11_黒の真言
外に出て目にした光景は信じられないものだった。
まず目を引いたのは、とんでもなく巨大な、謎の鳥のような、鯨のような禍々しい魔獣だ。リヒテルの家3軒分はあろうかという巨大さであった。
そして、その魔獣を、さらに巨大な地面から上半身のみが生えている巨人のような生き物の腕が掴んでいる。
その巨人?悪魔?なんなのか分からないものは、鎖につながれていた。
全体的に血まみれであり、肉と骨がむき出しになっている。
「おいリヒテル、説明頼む」
俺は思考を放棄した。
「あのクジラみたいな鳥みたいなのが、いきなり僕の家を攻撃して壊そうとした。だから、僕があの巨人を召喚して防いだ。それだけだ」
なるほどね。コイツはしばらく会わない間に、賢者アルデハイドの研究を相当部分解き明かして、化け物と化していたらしい。あんなもん召喚出来たら、無敵じゃねえか。
「念のため言っとくけど、あれは僕の家の周りでしか召喚できない、という制約のもとで成り立っている召喚術だからね。まあ、この家の周辺半径500メートル以内なら、僕は最強かもね」
リヒテルは眼鏡の位置を指で整えてそう言った。
あ、そう。もうツッコむ気力ないわ。
そう。コイツはとんでもない力を持っている。それは昔からそうだ。本当に才能の塊なのだ。
だが、その代わり家の庭より外から出られない。というより、出ようとも思っていない。俺は知っているが、そこから出た途端、なぜか無力な役立たずと化す。その場面は昔、何度か目撃していた。
コイツを見ていると、人間の才能はバランスの悪さが生み出すものなのかという気分になることがある。
と、そんなことを考えていると目の前に人が現れた。合計3人だ。
一人目は、俺があったことのある男、山羊の男だ。
二人目は、翼の生えた女。会ったことはない。
あと一人は例のフード付きローブをしてて顔がわからなかったが、2.5メートルはあろうかという大男だった。
「ゲギャゲギャっ、セセ、セイレーンよ。俺たちの貴重な移動手段の鳥鯨が捻じ伏せられたぜ」
山羊の男が相変わらず下品な声でそう言った。
「恐ろしい召喚術ね。まあ、賢者の後継者 リヒテルの家だものね」
セイレーンと呼ばれた女性が、とてつもなく美しい声で答える。二人の会話の声のギャップがすごい。
「彼もで、ででてきてくれたね」
山羊の男が俺を見てそう言った。
「そうね」
セイレーンと呼ばれた女が簡単にそう答える。
「おい、なんか用か?」
俺は山羊の男の方をみてそう言った。
「あああ挨拶だ。ただのな」
山羊の男が俺をみてそう切り返す。
「挨拶したいなら、仮面くらいとったらどうだ?」
「あ、ああああそうだな」
山羊の男は、そう言うと仮面を取った。
相変わらず恐ろしく美しい貌だ。非現実的と言っていいくらいの。
「お、お前、名前は何なんだ?」
山羊の男は仮面を取って、いくぶん流ちょうな言葉で俺にそう言った。
「俺は騎士団隊長改め冒険者のエイス=インザフォールだ」
「そうか、オレは山羊だ」
……ツッコミそうになったが、おそらく本気だったのでやめておいた。その状況を見て、セイレーンと呼ばれた女が口を開く。
「ごめんなさいねぇ。私たちはそういう名前で互いを呼び合ってるし、それは対外的にも同じなの。ちなみに私はセイレーン。よろしく。ま、覚えやすいからいいでしょ?私たちは『黒の真言』っていう組織の幹部なの。よろしく」
「黒の真言」という単語を聞いて、微かにリヒテルがピクッと眉を動かすのを俺は横目に見た。
「へぇ、あのブラックリストSSランクの邪教集団『黒の真言』さんですか。これはこれは。エイス、知り合いか?」
「ああ、こいつら遺跡でワケのわからん、女の子を生贄にする儀式をしてたから乱入して止めた。後悔はしていない」
「……お前、よく生きてたな。コイツらは魔族の力に通じてる非常にヤバい集団だぞ。『魔族の魔法』とか使われなかったのか?」
魔族の魔法?ああ、あの炎魔法か。確かにやばかったな。
というか、リヒテルはあえて俺と会話をするフリをして自分の持っている情報を開示する意図があったようだった。
「厄介ねえ。私は貴方の方が好きかもしれないわ。リヒテルさん」
セイレーンが、切れ長の目から放たれる蕩けるような目つきでリヒテルを見、何とも耳に残る色香を含んだ声で話した。凄まじい色気というかオーラに俺はクラクラしそうになった。……正直、俺の方を向いてなくてよかった。
「魅了の魔力を使うなら、エイスの方にしといた方がいいですよ。セイレーンさん」
……いや、バラすなって。
「今日来たのは本当に挨拶なの。後はお知らせかな?」
セイレーンが俺の方を向いて言った。
「お知らせ?」
「貴方が助けたあの娘、もう死んでるわよ」
「……あ?」
俺は、身体を黒い何かが通り抜けたのが分かった。フィリアが死んだだと?
「私達の魅了薬と媚薬を重ね使いしちゃったからね。放っておいたら中毒で死ぬわよ、そりゃあね。まぁ放っておかなくても死ぬけど」
セイレーンの美しい声で紡がれる一つ一つの言葉が俺の身体を触手のように逆撫でし、沸々とドス黒い感情が生じた。
「おい、エイス。落ち着けよ」
リヒテルが何か喋っているが俺の耳に入ってこない。
「何故そんなことをする?」
たぶん俺はそんな意味のことを言った気がする。
「それが私たちの目的に必要だったからよ」
「じゃあ、あの娘の目的はどうなる?」
「より大きな目的は、小さな目的に優越する、と私は考えるかな」
「目的の大小をお前らに決める権利はねぇよ」
そう言った瞬間、俺は銃剣を構えていた。
そしてトリガーを引く。
あれ?指が動かない?
「おい、エイス。ちょっと落ち着け。挑発だぞ?多分。魅了薬と媚薬を重ね使いしたからってそう簡単に人が死ぬと思うか?僕の知識の範囲では、多分その子は大丈夫だ。後で僕が作った薬をあげなよ」
どうやらリヒテルの仕業らしい。
「てか、あの女の声に嘘を信じさせたり、人を操作したりする魔力が乗っていることに気づいてないのか?」
リヒテルの言葉に、セイレーンと名乗った女は少し驚いた顔をした。
……うん、全然気づいてない。
いかんな。リヒテルに助けられた。ちょっと冷静にならないと。
「……さすがにお前の物事の真実を見極める目はズバ抜けてんなぁ」
俺はヒートアップした頭を冷やす意味も込めて、肩をすくめるポーズをした。
「そりゃ一応、先生からそういう『眼』を受け継いでるもんで」
……ああ、そうだっけか。
そして、リヒテルがまた喋り出す。
「まあ、わかりましたよ。『黒の真言』さん。どうでもいいけど、ここは僕の敷地内なんですよ。力づくで来ても勝てませんよ?たとえ貴方達でもね。ああ、もちろん敷地から出れば別ですがね。例えばの話をしましょうか……ここなら僕が、実験と趣味で飼ってる1080種類の召喚獣を全部一気に召喚できるんですよ。ちなみに今、召喚してる奴は、135番目くらいに強いかなあ?」
本当か嘘なのかよく分からないが、まあ多分本当だろう。リヒテルはまた、スラスラと、やや狂気じみた感じで客観的事実を言うようにそう告げた。
「ケケケ、そうかいそうかい。面白いなあ。でも今日は見に来ただけなんだ。せいぜいこいつと戦って楽しんでくれよ」
こいつ、とはおそらく山羊とセイレーン以外のフードの巨漢のことだった。
フードの巨漢は骨隆々の2メートル50センチはあろうかという大男だった。巨大な金棒を持っている。
「じゃあ、そっちはエイスが相手してくれよ。サポートが必要ならするけど……まぁ不要だろ?今のお前なら」
リヒテルがそう言うや否や、俺は大男に向かって、引き金を引いた。
魔弾。
だが、衝撃が顔に当たったものの、すぐにこちらを向き直った。
「グオオオオ!!!!」
その男は咆哮した。
へえ……。
銃剣の魔弾が効かないとは、初めての経験だな。コイツはなかなか強いと見える。
そしてこの声、おそらく理性を失っている。この間の儀式で魔獣にされたのと、同種の存在か?
と、すさまじいスピードで大男は俺との距離を詰めた。
金棒の一撃。
俺はしゃがんでそれを躱す。
ブンッ!!という空気を、薙ぎ払う音が凄まじい音量で聞こえた。
だが……。
カウンターの回転斬撃。
そして、タイミングを合わせたトリガーの斬撃強化付与。
ブンッ!ザクッ!!
そういった感触が俺の手の中にあった。
そして大男は倒れ込んだ。
……そして暫く痙攣した後々、動かなくなった。
「……え?マジ!?嘘?この子を一瞬で倒しちゃうの?しかも本当に最終魔導兵装シリーズを使いこなしてる!?」
「ゲゲゲ。だから言ったろ?セイレーンよ。面白いんだって。ククク、やっぱオマエ強いなあ。ますます気に入ったよ」
山羊がそう言った。なんだ?やけに呆気ないな。
「ふーん。ま、認めてあげるわ。でも、まあ、かつての同志に引導を渡してあげたのだから誇ればいいと思うわよ?私はね」
……かつての同志だと?まさか……。
「じゃあ、帰るわね?楽しかったわ」
そう言うと、セイレーンは詠唱を始めた。
「――祉績去擾淀秤雰玄獄擬幾叢札乃屈詐零」
これは……以前、山羊が使ったものと同種の魔法。
美しい声で奏でられるその詠唱は、相変わらずこの世のモノとは思えない。
――さっきリヒテルが言ってた魔族の魔法か。
「風魔法 刃」
その瞬間、すさまじい風魔法の刃が鋸で、鉄線を高速で引くかのような轟音を放ち、リヒテルの召喚獣の腕を切断した。
「……へぇ」
リヒテルが静かに驚嘆の声を漏らす。
「じゃあね」
そう言って山羊とセイレーンは、鳥鯨に乗った。
「……待てよ」
俺はそう言っていた。
「あ?なんだ?」
山羊が答える。
「てめえらは何なんだ?魔族か?」
「……オレ達は『黒の真言』。人と魔族、或いはその中間の者達の集合体だ」
そうして奴らは帰って行ったのだった。
「……エイス」
リヒテルは俺を気遣うかのように声をかけた。
「大丈夫だ」
俺はそう答えた。
リヒテルの気遣いは俺にとってショックであろう出来事に配慮してのことだろう。
「あの女、最後にかつての同志と言ってやがったな」
俺は、そのフードを剥がした。
コイツは……。
「エイス、やはり知った顔だったのか?」
「……ああ。当時とは変わってしまっているけど、この面影は元三番隊三席のジョシュだ。数年前に邪教に目覚めて失踪した、って話は聞いてたけどな」
俺はそう言うと、ジョシュであった者に再度ローブをかけた。やはりアイツらは人を人だと思っていない。
だが……。
騎士団員は常に死と隣り合わせだ。そんな極限状況の中、邪教にすら救いを求めてしまうことは良くある。そしてジョシュは邪教に身を落とした結果、理性の無い化け物にされてしまった。
悪に堕ちた騎士団員を断罪するのも騎士団員の仕事だ。そういう意味で俺は、ジョシュを斬ったことに後悔はない。
俺の騎士道で成すべきことだったから、それを成した。ただ、それだけだ。そういう意味で俺は、この件に関しては平静さを保っていられた。
だが俺はもう騎士団員ではないし、黒の真言の連中に対して怒りを抱いている事実は認めなければならないが。
「エイス、おそらくだが……」
「ああ、アイツら黒の真言と王国聖騎士団は何らかの繋がりがある」
俺はその予感を口にしていた。
すみませんがタイトル変更します。理由としては無双ものじゃないことと、タイトル見ても話の中身がよくわからないのが主な理由……。