10_友人
とりあえず俺は、最も俺が信頼しているリヒテルという人間の元を久しぶりに訪れた。
賢者の後継者
人は彼をそう呼んでいる。俺の幼少期からの親友だ。
友達になったきっかけとしては、俺もこの男も同じ孤児院の出身である、ということで自然と仲良くなった。
アルデハイド孤児院。
実は、知る人ぞ知る孤児院だ。
かつて、賢者アルデハイドという男がいた。権力とは距離を置き、田舎で暮らしていながらも、世界最強の七人「七天星」にかつて数えられ、その名が王国中に知れ渡っていた男である。
何を隠そう83年前、大陸を滅ぼす力を持つ、と言われる災厄の黒龍を三日三晩の死闘の末に、単騎で討伐したのが賢者アルデハイドだ。騎士団長エックハルトの「破壊の魔族」討伐と並んで、最早伝説と化している。
……俺は生まれていなかったので、話でしか知らない出来事だが。
そのアルデハイドが晩年に、慈善活動として行っていたのが孤児院運営であり、俺も、リヒテルもそこで15歳まで育った。そこは国家レベルの才能を多数輩出している「奇跡の孤児院」とか言われており、アルデハイドの名声をさらに高める要因にもなった。
アルデハイドがすごい人だ、というのは当時から何となくは分かっていたけど、簡単な勉強やその他いろいろを教えてくれるアルデハイドに対し、俺たちは親しみを込めて「先生」と呼んでいた。
俺は勉強はからっきしで、剣術が好きだったから、主には先生に剣術を習っていた。そんなに剣術は得意じゃない、と先生は言っていたが、それでも圧倒的に強かった。
そして、リヒテルは、先生が持つ「知識」を貪欲に求めていた。知識とは、魔法や失われた技術、政治、経済、数学、その他何でもだ。
その分野においてリヒテルは、明らかに俺たちの中で最も優秀だった。ただ先生の引きこもり属性を濃くして引き継いだようなところがあり、変人なのは間違いない。
今では、リヒテルがアルデハイドの一番弟子、とか後継者とか言われている。
と、いうことで彼は人里離れたところで研究をする、というところまで先生譲りなので会うのは久しぶりだ。俺の魔力病が発覚して以来か。
「ようエイス。久しぶりだな。また何か老けたか?」
リヒテルの住む家の門を開くなり、彼はそう軽口を叩いた。コイツは……昔から変わらない見た目だな。
優しげな眼差しにに、丸い大きな眼鏡が印象的だ。陰気な感じではあるが、まぁ甘いマスク、ってのはこういう顔を言うんだろう。女にモテても全然おかしくない。変人でさえなければ。
「ま、知っての通り人生いろいろあり過ぎてメンタルヘルスに問題があるんだよ」
「前も言ったけど、僕に魔力病は治せないし、騎士団に復帰させることもできないぞ。先生だったらできたかもしれないが」
どうやらそうらしい。まあ先生でも無理だったと思うが。
「わかってるっつーの。俺はもう冒険者になったから、それはいいんだよ。今はとりあえずお前の知識を貸してくれ」
「ああ、そうなの?ま、いいけど」
リヒテルは本を読んだまま、そう言った。
「コレを見たことがあるか?」
俺はそういうと武器を机の上に置いた。
瞬間、リヒテルの顔色が明確に変わった。
そして、何も言わない。コイツは一生懸命に何かを考えるとき、頭がフル回転しているときにこういう顔をする。
「――おいエイス、お前これをどこで手に入れたんだ?」
暫くしてリヒテルは口を開いた。
「最近、タウンメイスの近くで発見されたダンジョンだ。てか俺が迷い込んだ結果、発見したんだが」
「ああ、あのやたら凶悪だと巷で噂のダンジョンのことか?お前が見つけたんだな。結論から言うと、コレはヤバいモノだ」
「そんなことなら俺でもわかるっつーの。もしかして俺は賢者なのか?」
俺は軽口をたたいたが、リヒテルはそれを無視した。
「まぁこれは第一次人魔大戦の末期に使われた最終魔導兵装シリーズの六番目の型だな。名前は魔人の右腕だったと思う。通称『銃剣』とも呼ばれる」
「知ってるのか?」
「ああ。今は失われた技術だが、第一次人魔大戦の中期に『銃』という遠距離魔法効率化装置ができたんだよ。それに近接戦闘もできるように剣としての機能を加えたのが、コレだよ。まあ最終兵装シリーズの中では、汎用性と攻撃力重視の武器だが、扱いが難しいことで有名、って何かの書籍で読んだな」
ふーん。ま、よく分からんけど。
「やっぱスゴいのこれ?」
「凄いなんてもんじゃねえよ。この最終魔導兵装シリーズが導入されるや否や、人間側の大逆転勝利で戦争が終わったんだからな。最終魔導兵装シリーズでほかに発掘されたのって、たぶんあと2つだけで、どっちも国王の宝物庫の最深部に国宝として保管されてる筈だぞ」
「ふーん、あと2つってちなみにどんなの?」
「えーと確か、魔人の盾と魔人の矢だったと思う」
ふむ。なるほど。
国宝級、と聞いても正直、俺はあまり驚かなかった。
だってダンジョンの壁に穴を開けたし。
俺にとっての問題はそこではない。
「問題は、魔族の強さを真似て、昔の人がコレを作ったものの、使えるヤツが居なかったってことだな。そりゃそうだろ人間と魔族は違うんだから。で、コレを使える人間を作ることになった。それが魔人だ」
「魔人?」
さすがリヒテルだ。俺が問題だと思っていたポイントに何も言わずとも、踏み込んでくれている。
「魔族はとんでもなく強かった。だから魔族を捕虜にして、その魔力回路をそのまま人間に移植しようとしたんだよ。それが魔人だ」
「魔力回路って……」
「心臓だよ」
俺はそれを聞いて引いてしまった。
それこそ、ドン引きと言っていいくらいに。
「ここまで聞いてて昔の皆さんってやる事が極悪非道な気がするんだが」
「戦争だからな。そうなるよ。その魔人達とこの魔導兵装シリーズが戦争を終わらせたんだが」
ふむ、なるほど。予想より俺はヤバいモノを拾ったらしい。
「ふーん、まぁ分かったよ。で、俺なぜかコイツを使えるんだけど何で?俺は元平民で魔人じゃない筈なんだが?」
「あ?何言ってんの?メンタル平気?使えるわけないだろ?」
……コイツは……。
「俺はあの凶悪ダンジョンに最初に入ったとき、ミノタウロスと黒狼虎を、コイツを使って狩った。その後もコイツを使って冒険者活動をやってる。事実だ」
「はっはっは。ミノタウロス?イヤ無理だって。お前は騎士団で隊長できるくらいは強かったもしれないけど、無理無理。あり得ないから」
カチーン。
俺は黙って銃剣を持つと、空いていた窓の方を向けて引き金を引いた。
ガンッ!!!
その音と共に、窓の外の大樹がメキメキと倒れ、ドーンと倒れる音がこだました。
呆然として口をあんぐりと開けるリヒテル。
「……な、あれは魔弾か?しかも詠唱なしで、あのスピードと威力だと?」
「と、まぁこんな風なんだよ。正直、もっと得体のしれない力が出たこともある。俺も面食らってんだ。魔力病が関係してんのかな?って気がしてるけど」
魔力病、という単語を聞いてハッと反応したリヒテルはまた何かを考え始めた。
「魔力病、魔人、魔力回路……」
何やらブツブツとリヒテルは言っている。
そして暫くのち、呟くのをやめた。
「よし!ちょっと、お前今から検査するから!」
そういうことになった。
◇
俺はリヒテルの持つ様々なよくわからない魔道具で体の隅から隅まで調べられた。
騎士団の定期身体検査のときを思い出したが、もっと詳しく調べるものだろう。
そうして1時間。
「結果が出たぞ。僕にとっては興味深い結果だ。だが、お前にとっては残念かもな。聞くか?」
「ああ、言ってくれ」
「残念ながら、お前はやっぱ魔族に近づいてるんだろうな」
リヒテルが結論を口にした。
「……なんだって?」
「魔力病って正体不明だってのは知ってると思うけど、みんな言うのは魔族と関わったらそうなる、って話ばかりだ。それ以上の情報はない」
「あ、ああ。それは聞いた事があるよ。俺は関わったことないけど」
「で、今、僕の高精度鑑定魔法でお前を改めて見てみたけど、魔力が魔族のソレにそっくりだ」
「どういうことだ?」
「お前の魔力を数値化すると、−2156.5だったよ。そして、その数値は検査中にもマイナス方向に徐々に拡大していった。で、今は−2156.7になった。」
は?マイナス方向の魔力だと?
それって……。
「魔獣と同じってことか?」
「ま、魔獣というより数字の多寡でいうと、もはや魔族に近い数字だな」
「おいおい、どう言うことだよ?」
「魔力病になった人間の末路に関する都市伝説を知っているか?」
知らない、知っているわけがない。
「暴走して恐ろしい姿になった挙句『魔族の魔法』を放ちまくって、破壊の限りを尽くしたんだと。で、当時全盛期の騎士団長 エックハルトに死闘の末に討伐されたらしいぞ」
俺はその話を聞いて鳥肌が立った。
「破壊の魔族」が元々、魔力病にかかっただけの元人間だっただと?
「おい、待てよ。知らねぇぞ、そんな話。団長からも聞いたことねえし」
「僕もデマだと思っていた。ただ、魔力が練れなくなってゼロになるだけだと。だが、お前を見てると正しいとしか思えなくなってきた、ってのが本音だな」
俺は視界がグルグルと周りって天井が曲がっているような錯覚に陥った。
俺が魔族に?冗談だろ?
そして、ふと、俺はあのときの山羊の儀式を思い出した。そしてあのフードの連中が魔獣になってゆく姿。さっきリヒテルから聞いた魔人の話。
「なあリヒテル。魔族とか魔人とか、あるいは人を魔人にする術って現存してるのか?」
「……それを聞くか?」
リヒテルは目の奥に鋭い光を宿してそう言った。
「ああ、聞かざるを得ないね」
俺はリヒテルの目の奥の光を見てそう言った。
だが、話の続きは始まらなかった。
「おい、エイス」
「ああ」
俺たちは目を合わせた。
瞬間、この家を影が覆った。辺り一帯を暗くする巨大な影。
そして、風を切る音。
「グオオオオオ!!!!」
これは……何かの鳴き声……か?
その瞬間、リヒテルの眼が青く発光した。
そして、両手の平を胸の前で合わせる。
「……召喚術 七の月の巨神兵」
リヒテルのその言葉と共に、さっきの鳴き声が再度した。
そして、あたりの暗さが元に戻った。
何が起こっていたのか俺は理解できていないが、リヒテルはそうでなさそうだ。
「エイス。外に出よう」
俺は、その言葉に同意した。
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