1_追放
「エイス、今日で君を王国聖騎士団から解雇する。もう君はここでは通用しない」
俺の上官である騎士団副団長ベルナルドのその言葉を聞いて俺は視界がぐらりと揺れるのを感じた。いやだ、やめてくれ。俺はここで貢献してきたんだ。一日たりとも休んだことはないし、後輩にも真摯に指導してきた。
「ま、待ってください。もうすぐで魔力病が治りそうな気がするんです。どうか、もう少しだけ」
魔力病。それは非常に珍しい病だ。俺はそれに数か月前にかかってしまったのだ。症状としては、魔力が練れなくなる、というものだ。
剣士だから問題なさそうに思えるが、そうではない。剣士は誰でも身体強化魔法や、剣戟魔法を駆使しながら戦う。才能のある奴の中には、炎魔法や雷魔法を剣に付与するヤツすらいる。むしろ身体能力よりも、そちらの扱いのセンスの方が重要といっても過言ではない。
つまり俺は剣士として致命的な病にかかってしまったのだ。
「エイスよ。残念ながら魔力病が治ったという事例を私は聞いたことがない。それに……知っているだろう。王国聖騎士団から魔力病になった者がいることを知られる訳にはいかんのだよ。ましてや君は騎士団に十人しかいない隊長のうちの一人だ。わかるだろ?」
基本的に王国聖騎士団は、負傷して引退とか、戦死者には手厚い組織だ。だが、魔力病は話が別なのだ。
「それは、魔力病が魔族の病と呼ばれているからですか?」
「そうだ。魔族と何らかの形で繋がりを持ってしまったが故に、それに罹る、と考えられている」
「根拠はあるのでしょうか?」
「魔力病に罹った者が少なすぎる以上、確実な根拠は出せんよ。だが、世間にそう周知されている、というだけで君を解雇する理由としては十分だということだ。正直に言うとな」
俺は、自分の中に生じる怒りを封じ込めるので精いっぱいだった。
「俺の今までの貢献を無に帰すほど、その世間の周知とやらは重要ですか」
「君の武勇は私も念頭において話しているよ。誠実のエイスよ。だが、世間の周知はそれだけ重要であるし、それ以上に重要なものに組織の論理というものがある、ということだ」
ベルナルドは最早取り繕う気すらないようであった。
組織の論理、騎士団から魔力病の者を出した、ということを公にできない、ということであろう。
「・・・わかりました」
俺は心が折れた中、そう呟くのが精いっぱいだった。何より俺が愛していた王国聖騎士団に裏切られたと感じてしまったのだ。その時点で俺の心を繋ぎとめられるモノはもう既になかった。
俺が、それを認めると、ベルナルドは明らかに安堵の表情を浮かべた。
「それでは、エイスよ。準備ができ次第、1週間以内にここから去ってくれ。これが私から君への最後の命令とする」
俺は、それに同意するとベルナルドの部屋から出た。
俺がその王国聖騎士団を去る、という情報は比較的すぐに伝わったようだった。何より悲しかったのは、今まで仲良く接してきた仲間たちが掌を返したかのように冷たく、腫物に触れるような扱いとなったということだ。
そんな中俺は、騎士団を去る準備をしていたが、二人ほど俺の寮の部屋に来客があった。
一人は──まあ、来るとは思っていたがあまり会いたくない男だった。
「ようエイス。久しぶりだな」
そいつは俺の同期のガイストだった。ガイストは三番隊の副隊長だ。まあ同じ釜の飯を食った同期ではあるのだが、性格が悪いことで有名だ。
「ガイスト、何か用か?」
俺は目を合わせずにそう言った。
「え?いや、天才にして誠実の、同期一の出世柱のエイス君が追放されるらしいから、どんな顔してるか見に来たんだが、何か問題でも?」
ガイストは、自分の意図するところを包み隠さずそう言った。
「うれしそうだな、ガイストよ」
公なものではないがNO2のガイスト、というのが王国聖騎士団内で最も認知されたガイストの二つ名だ。まあ、俺はそれを念頭においてそう言った。
「ああ、嬉しいね。こうしてエイス君が落ちぶれてゆく様を見れる日が来たんだからな。まさに『ざまあ』ってやつだよ、ははっ」
俺が認知しているその言葉の使い方だと、俺が何かガイストに相当な屈辱を与えていなければ成立しない筈だが俺は何もしていない。まあいい。
「ま、頑張れよガイスト」
俺は何も言うことがないのでそう言った。
と、瞬間、ガイストの顔が怒りに染まったのが分かった。
「その余裕綽々な感じが気に食わねえなあ、エイスよ。ムカつくから教えてやるよ。お前嵌められたんだぜ?」
俺は、その言葉に反応せざるを得なかった。
は?なんだと?どういうことだ?
「──おい、待て、お前何を言ってる」
「おっと、口が滑っちまった。何でもないよ。じゃあな、せいぜい頑張れよ」
ガイストは俺の動揺を見て満足したかのようにそう言うと、勝手に部屋を出ていった。
嵌められただと?
何が?どういうことだ?俺が?
たしかに俺は動揺してしまっていた。
だが、どうしようもない。
俺がここを去らなければならない、という結論は変わらないのだ。
俺は少し放心してしまっていた。
と、もう一人の客が現れた。
「エイス先輩!」
そこに現れたのは後輩のリタだった。
相変わらず、ショートカットにした美しい髪と、瑠璃のような大きな、天真爛漫さを感じさせる美しい瞳。溌剌さを感じさせる伸びやかな肢体。要はかわいい。
コイツは見た目は可愛い女の子なのだが、凄いやつだ。騎士団の女性比率は約1割で、正直、身体能力面や男社会である分、女の出世は不利だと言われている。
にも関わらず、その天才性でもう隊長まで昇進している。確か最年少記録だった筈だ。一応俺も逸材とか言われていたが、コイツの前でそれを言われるのは恥ずかしくなる程だ。
「おう、リタか。何しにきた?」
俺は努めて冷静にそう言った。
「いや、聞いてませんよ。いなくなっちゃうなんて」
リタは恨めしげにそう言った。
「いや、言ってないからな。上層部の命令だから仕方ないし、なんか雰囲気的に話しづらいし」
「上の連中はイカれてるんじゃないですか?」
俺が魔力病だということまでリタは知らないのだろうか?にしても、リタは見た目に反して口が悪い。
「ま、しょうがないんだよ。俺はもう闘えないんだ」
「それでも……闘えなかったとしても、指導者としての面だけで見ても、エイス先輩は騎士団に残る価値が十全にあると思います!」
リタは訴えるようにそう言った。
「うーん、そうは思わないけど……それにさっきも言ったけど上からの命令なんだよ」
「いや、ダメです!行かないで下さい!ボクがそうお願いしているんです!」
男社会で張り合うために、一人称がボクになっているのが、このリタの特徴の一つだったが、イタイ奴みたいだから、止めろと何度言ってもコイツは聞かない。頑固なのだ。
「いや、お前たちに上からの命令は絶対だって教えてる以上、ここで辞めないのは筋が通らないんだよ」
そういうと、リタは今度は泣きそうな顔になった。
「じゃあ……ボクは今後、エイス先輩が居なくなって、ここでどうしてゆけばいいんですか……」
はい?お前は俺が居なくなっても天才だから出世街道まっしぐらでしょうよ。最早お前にとって女性であるということはハンデどころか、有利に働くくらい、勢いがあるし。
「まあ、お前は俺が居なくても十分にやってける能力があるから心配するなよ」
そう言うと、なぜかリタはムッとした様子だった。
「エイスさんは何も分かってません!置いていかれる人間の辛さも、ボクの気持ちも!」
「いや、違うって。俺がお前達を置いていくんじゃない。俺が騎士団から追放されるんだってば」
「そうやって、人の気も知らず正論ばっかり言うから!」
「人の気も知らず?」
俺はそこが本当にわからなかったので、問い返すとリタはハッとしたように口をつぐんでしまった。
「――い、いえ何でもないです。感情的になってごめんなさい。ただ、これだけは言っておきます。ボクはエイス先輩に何度も助けられてきました。今後のご健勝をお祈りしています」
「ああ、お前もな」
感情が揺れているリタを見て、妹のように思ってしまい、つい、俺はリタの頭にポンポンと手を置いた。
「うっ……!」
リタは何とも言えない複雑な表情で俺を睨んだ。
あ、しまった。ごめん、セクハラになるな、コレと俺は咄嗟に思い、手を戻した。
「じゃあな、リタ。準備がちょうど終わったから行くわ」
「え!?あ、ああ。はい。それでは」
俺はいたたまれなくなって、予定を早めて寮を出たのだった。
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前作から二作目です。
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