9話 マッチョ男との遭遇
ガヤガヤと賑わう大通りを、人の波を掻き分けながら、ノアとモニカは並んで歩いていた。
視界の端に映るお店が次々と変わってゆき、どこから見て回ろうか迷ってしまう。
モニカもキョロキョロと辺りを見渡していて、興味津々のようだ。初めて都会に出てきた田舎の子のようである。
「カイルさんは、寝るのがお好きなんですね」
そうモニカがノアに対して言ったのは、出店で買ったカップアイスを、広場のベンチに座って一口口の中へ入れた時だった。ほろ苦いチョコの冷たさが、舌を気持ちよく刺激する。
「ああ。ろくに体動かしてないのに、な~んであんな寝れるかなぁ」
「ノアさんは、カイルさんが戦ったところを見たことがあるんですか?」
ノアの方を向き、右手に持った小さなスプーンでストロベリーアイスを突っつきながら、モニカが小首を傾げた。
「ん~、見たっていうか……一回だけ、俺とカイルで木刀を使った模擬戦をやったことがあるんだ。それが、カイルが戦ったところを見た、最初で最後」
「ノアさんとカイルさんが……。どちらが勝ったんですか?」
「そりゃもちろん、カイルの圧勝だったよ。あいつ、俺の攻撃を目を瞑ったまま全部避けたんだ」
「えっ!?」アイスを突いていたモニカの手が静止する。
「逆に俺はカイルの攻撃を全然見切れなくてさ。──分かってはいたけど、格の違いっていうのを感じた。考えてみりゃあ当然なんだけどな、千年剣を振り続けた奴と、たった十年剣を振った奴とじゃ、勝負になるわけない」
「千年……ですか……」
「ああ。この差は、きっと俺の人生全てを使っても、絶対に埋まらない。──周りからは最強なんて呼ばれるけどさ……最強は結局俺じゃなくて、隣でいつも寝ているカイルなんだよ」
「……」
「まあ別にいいんだけどな。最強なんて柄じゃないし。ちょっとモンスターに襲われた時に、自分や仲間の身を守れるくらいの強さがあればそれで」
「ノアさんは、地位や名誉とかには興味がないんですね」
「そーだな。金はあればいいって思ってるけど。……あ、そういや気になってたんだけどさ──」
「は、はい。なんでしょう?」
「前にモニカ、俺がモニカのことを最強の魔法使いって言った時、本気で謙遜してたよな。それってなんでなんだ?」
「あぁ……あの時の。…………ノアさんと、同じです」
「え?」
「……私の隣にも、いたんです。私よりも全然強い、格の違う最強の魔法使いが……」
「え……はあああああ?!」
アイスカップを落としそうになりながら思い切り叫ぶ。咄嗟に出た声だった。
モニカがぎょっとしたように肩を震わせた。
「…………え?」ノアはもう一度聞き返した。
モニカ以上の魔法の腕を持つ奴がいるなど、到底すぐには想像できなかった。大袈裟かもしれないが、頭が真っ白になる。
ラスボスを倒したと思ったら、その後裏ボスが出てきた気分だ。
叫んで数秒、ようやく頭の整理がついてきた。
「はああああ?! 何そいつチートじゃん。世界大丈夫破滅しない??」
「あはは……破滅は多分しませんよ。一旦落ち着きましょうか」
モニカに窘められ、うっと声を詰まらせ深呼吸をした。そうすると、少し脳が冷静になる。とはいえ、心臓はまだドクドクと高鳴っていた。
「えっと、つまりそれって、カイルみたいにレベルおかしい奴が、この世にもう一人いるってことか? いや、そもそもそれって人間?」
「れっきとした人間です。……私の姉なので」
「姉ぇ?!」また叫ぶ。既に喉が壊れそうだった。「いや、そうか、姉、姉か……」姉がいること自体が初耳だったが、ぶつぶつと呟き、頭の整理を行う。
そしてなんだか少し、納得したような気がした。
ノアに兄弟いないが、姉や兄は、いつだって妹,弟の先をいくもの──というイメージがある。だから、その姉がモニカより強いと聞いても、姉ならそうか、と妙にしっくりきた。
「モニカって、お姉さんがいたんだなぁ。性格がしっかりしてるから、てっきり長女か一人っ子かと」
それを聞いたモニカはぶるぶると首を振る。仄かにピンクがかった茶色いツインテールの髪が、時計の振り子のように揺れた。
「モニカより強いってことは……まさかお姉さんも六属性全ての魔法が使えたり……?」
「そのまさかです。……保有魔力量やその威力だって、あの人は、私の何倍もあって……」
あの人、とモニカが他人行儀に言うのが、少し気になった。
だがそれ以上に聞き捨てならなかったのは、その前に言った言葉だ。……六属性の魔法が使え、魔力保有量や魔法の威力がモニカの何倍も……?
呆気にとられ、間抜けにも口がポカンと開いたまま塞がらなくなった。
魔法のことには少し疎いノアだが、モニカの保有する魔力量が常人の比でないことは、明らかだ。
普通の人の魔力量が水溜まり程度なら、モニカの魔力量は海だ。それぐらい、違う。海の数倍など、到底想像できない。いやできるはずがない。
しかし、そうなると一つ疑問が浮かび上がってくる。そんな魔法の大天才とも呼べるような人物が、何故人々の間で一切認知されていないのだろうか。それだけの才能があるなら、嫌でも目立ってしまいそうなものだが……。
黙り込んでしまったノアに対して、モニカが優しく微笑みかける。
「まぁ、姉とはもう長いこと疎遠なんですけどね。それに……あれが姉だなんて、思いたくもない…………」
「え?」それに、の後の言葉がよく聞き取れず、聞き返す。
「あっ、ノアさんは、ご兄弟はいらっしゃらないんですか?」
モニカが少し声のトーンを上げ、話題を変えた。まるで、これ以上姉のことは話したくないとでもいうように。
「──いいや、いない。俺も兄貴とか欲しかったな~とは、よく思うよ」
「そうなんですか? じゃあ、今じゃカイルさんが兄みたいなものですね」
「あ~確かに。でも、どっちかというとカイルは──」
「「父親」」ノアとモニカの声が被る。一瞬顔を見合わせた後、直ぐに笑いが溢れた。
気が付けば、ノアが強く握りすぎたせいでアイスはドロドロに溶けてしまっていた。スプーンを使う理由もなくり、カップの中でジュース状になったアイスを直接口に流し込む。隣でモニカもノアと同じ格好をしていた。
ベンチから腰を上げて、近くにあったゴミ箱にカップを捨てる。
「この後どうすr──」
モニカを方を振り返った時、ノアは言葉を詰まらせた。
その原因は、一目瞭然で──ノアとは対照的な厳つい体格をした背の高いチャラい男性が、ニッコニコの笑顔でモニカに声をかけていたのだ。耳の下まである少し長めの真っ赤な髪色が、思わず目を引く。勿論、ノア達の見知らぬ男性だ。
「ヘーイ! そこの可憐でプリティーなお嬢さん! よければこれから、我と優雅なウォークドライブを楽しまないか?」お姫様をダンスに誘う王子様のように、モニカへ手を差し出した。
一から十を瞬時に察する。多分、ナンパというやつだ。
数秒前まではそこにいなかったはずの男が突然目の前に現れ、ノアもモニカも驚き無言になる。……現れた時、気配すら感じなかった。
この人、ただ者ではない気がする。……だが、醸し出される人懐っこい雰囲気のせいで、うまく相手を警戒することができなかった。
「えと……」男性の言葉に、困惑の色を隠しきれていないモニカ。
というか、ナンパって一人でいる女性に対して行うものではないのか? 俺、性別男の俺が隣にいるんですが?
すると、丁度男性の後方からもう一人、誰かが近寄ってくる気配があった。
その雰囲気は、怒気を明らかに含んでいる。ノアも一瞬悪寒を感じた。
男性は、その気配にまだ気が付いていない。呆然とするモニカに向かって、まだ手を差し出している。
怒りのオーラを纏った気配が、男性の真後ろでピタッと動きを止めた。男性の体格が大きくて、ノアの方向からは後ろの人物の姿が見えない。
「マ~イ~ン~ド~?」見知らぬ女性の声がした。
その声を聞いた男性の顔が、一瞬にして真っ青に変わり、大袈裟に肩を震わせる。そして、錆びたロボットのようにぎこちなく首を回し、声がした後ろを男性が見た。
それと同時に、後ろの女性がノア達の前に出てくる。連動して男性の顔も、また前を向いた。
茶色いショートカットの、キリッと吊り上がった目元が特徴的な美人だ。
女性はノアとモニカに優しく微笑みかけると、すぐさまくるりと体を反転させ、男性の方を向く。男性の表情が、可哀想になるくらい引き攣った。
「──覚悟はできてるね??」
「いっ、いやまだ……」
『パーーン!』
その瞬間、女性のビンタが男性の顔を直撃する音が、辺りに甲高く木霊した。そして──
「こんっの馬鹿マッチョがーー!」
男性に向かって、女性が怒鳴り叫んだ。
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