7話 敵
腕を振り、地を蹴り、走って、走って、走って──
地響きが聞こえた森の奥へと、ノアは急いだ。
幸いノアは一般と比べて体力量も多く、走りも速い。すぐに目的地にたどり着いた。
そこは周りに木々が密集しておらず、開けた野原となっていた。
駆け付けた先で目に飛び込んできたのは、二人分の人影だ。座り込んでいる人影と、その前にそれを見下ろすかたちで立っている人影。
座り込んでいる方がモニカだと、直ぐに気が付いた。では、もう一人の立っている人影は?
──それは、剣を片手に持った知らない女性だった。
赤紫色のポニーテールに、モデルのようにスラッとした風貌。しかしその目は暗く、この世の一切の光を映していなかった。見た目の年齢的にはカイルと同じくらいだろうか(勿論容姿の話)
「!?」
よく見ると、木に背中を預け座り込むモニカの左腕は、負傷していた。右手で傷口を押さえており、痛みからか表情は歪んでいる。
あの赤紫髪の女にやられたことは、明らかだった。
「……誰なんだ、あの女。敵であることは、多分確かだけど……」
睨み付けるように女をよく観察する。
その女の気配からは、一切の隙も感じられない。相手はかなりの手練れだろう。
「! ノアさん!」ノアに気が付いたモニカの声。
その声に反応し、女もノアの方を向いた。冷酷なその目は、一瞬ナイフで胸を刺されたのではないかと錯覚する程だ。
離れていても、溢れ出る殺気がビリビリと肌に伝わってくる。これまで討伐した★6モンスター以上の殺気だ。
女はモニカを気にも止めず、ノアの方へゆっくりと向かってくる。
(えっなんでこっちくんの?!)
そもそも、何故ノアに殺気が向けられているかも謎だった。
「──へぇ……まさかこんなに早く、“目的のもの”が見つかるとはね」歩みを止めず、女は不適に笑う。
不気味な笑みに額から冷や汗が伝り、ノアは一歩後ずさる。
(こいつ、さっきの★6ジャバウォック以上にヤバイ……)これは確信だった。
女はノアの2m程手前で立ち止まった。近くで見れば見るほど、闇のように深い瞳だった。
「ねぇ」女が言う。「“そのペンダント”、あたしにくれない? 素直にそうしてくれたら、悪いようにはしないわよ?」
「……ペンダント?」怪訝に思い尋ね返す。
恐らく、相手が言っているのは、ノアが首に下げているキャロルのペンダントのことだ。
しかし、ペンダント自体は今、ノアの服の下に隠れて相手には見えていないはず。首元のチェーンしか見えていないはずだった。
「なんでこんなちんけなペンダントを欲しがるんだ?」
言いながら、ちんけなペンダント呼ばわりしたことに対し、後でキャロルに殴られるなと思う。
「それを言うと思う?」女は首を傾ける。
「だよな」元々期待はしていなかった。
しかしこれではっきりした。
この女の目的は、最初からノアのペンダントだ。つまり女は、ノアの持つペンダントの存在を元から知っていたということになる。
何故見ず知らずの女が、ノアのペンダントの存在を知っていて、更にそれを狙おうとするのか、理由はまったく分からない。
が、今は目の前のことに集中しようと決めた。
「……悪いが、これは誰にも渡さない。親の形見なもんでね」
「そう……」女は表情を沈める。「じゃあ、力ずくで──」
そう言った途端、女がノアめがけて剣を向けて突っ込んで来た。彼女の長い赤紫の髪が揺れる。
ノアは剣を握る手に力を込め、彼女の剣を受け止めた。カーンという音と、振動が頭に直接響き、衝撃で火花が出る。
「重い……」
まるで、巨大な岩を受け止めているようだった。普通の女性が出せる力では、まずない。
一旦それを跳ね返し距離をとる。
今の剣の重さ、Sランク冒険者並みかそれ以上の力があることは確か。少し慎重にいった方がいいとみた。
(相手の狙いがこのペンダントだとすれば、相手は俺を殺しにくる……。モニカの方は大丈夫だろう。負傷しているとはいえ、傷は浅い。魔法で自分の身を守るくらいは容易いだろう。だから今集中すべきは、自分のことと敵のこと。多分相手は俺のことを舐めきっている。久々に、この弱そうな見た目に感謝だな。────ん……?)
違和感があった。
相手がまったくこちらへ攻めてこない。
目的が目の前にあるのなら、もっと積極的に攻めてきてもいいはず。
ノアだって、好きで戦いたいわけじゃない。相手が引いてくれるなら、それにこしたことはない。だけど、これは少しおかしい。
(……なんだ? この相手側の余裕は……?)
「なあ、攻めてこないのか?」
「あら、攻めてきてほしいの? なら安心なさい。私はず~っと攻めてるから」
「は? 何を──」そう、相手の方へ足を踏み出した時だった。
「──!? ガハッ……!?」
体の力が抜け、ノアはその場に崩れ落ちた。思わず口元へやった手を見ると、真っ赤な血がべっとりと付着していた。
「な、にが──?」
必死で思考を巡らせる。今日は、頭を使うことが多い。
相手はノアへ直接何もしていなかった。ならば間接的な何か。──毒?
毒は魔法属性の一種だ。その名のとおり、毒を操る魔法。
もし、相手の属性が毒だとしたら?
……だが、相手が魔法を詠唱した素振りはなかった。ではモニカと同じく無詠唱で? いや、それは恐らくない。無詠唱ができる奴がそうポンポンといてたまるか。
ならば考えられるのは、最初からこの場に毒魔法が展開されていたということ。
(俺が駆け付けてくるのを、読んでた……?)
仮に、この場に毒魔法の霧が展開されているとすれば、まずい。早めに決着をつけないと、その前にノアが、吸い込んだ毒で意識を手放してしまう。
毒霧のような範囲魔法の場合、その毒を吸い込んで死に至ることはない。致死量レベルの毒霧を展開するには、それ相応の魔力が必要だからだ。
しかしここで気絶すれば、毒で死ぬ心配がなくても、相手に直接殺される可能性がある。
力を振り絞り、立ち上がった。
──頭がクラクラする。視界をぼやける。足元もおぼつかない。
知らぬ間に、かなりの毒を吸い込んでしまっていたようだ。
それでも……
ノアは剣を再び構えると、地面を蹴り、精一杯のスピードで相手との距離を詰めた。
炎魔法は使えない。ここら一帯に毒霧が蔓延しているとすれば、炎が毒霧に引火してノアやモニカにまで炎が牙を剥くことになる。それは避けたい。
ノアのスピードは、まさしく瞬間移動とも呼べる程のものだった。
敵が目を見開いてたじろぐ。
剣は使わない。人を斬りたくなかった。
片足を地面につき、それを軸にしてもう一方の足を回転させる。そして相手の横腹へ、回し蹴りを入れた。
「かはっ──!!」女が腹を抱えて蹲る。
攻撃は上手く相手に効いたようだ。
ノアは腹を押さえ咳き込む女の目の前に、肩で息をしながら剣を突き立てた。
「退け。お前に勝ち目はない。……それに──」
ノアは血を吐く相手を見る。
「この毒霧、お前自身もダメージ食らうんだろ? このままじゃ、お前の身が持たない。ペンダントを手にしたところで、お前自身が死んじゃ意味ないだろ?」
「……」図星だったのか、女は押し黙る。
「退くなら、今回は見逃してやる。お前、名前は?」
「………………“セイラ”」女はぼそっと答えた。
「セイラか。俺はノア、よろしくな」
「…………ふんっ」そっぽを向かれた。
セイラは苦しそうに表情を歪めながら、素直にノア達の元を去っていった。
「ノアさん!」
セイラの姿がなくなったのを見計らって、モニカがノアの元に駆け付けた。
笑って手を振ろうとすると、何故か手が上がらなかった。頭の中で、キーーンと音が反響する。……痛い。
ノアはそのままその場に倒れこんだ。
「ノアさん?! ノアさん──!!」
近くから、泣きながらノアを呼ぶモニカの声が聞こえた。しかし不思議なことに、徐々にその声はノアの耳から離れていく。
瞼を閉じる。頭の中が子供の落書きのようにぐちゃぐちゃで、もう何も考えられない。
ノアはそのまま意識を手放した。
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