5話 最強さんは不老不死
ノア,カイル,モニカの三人は、王から受けた依頼、★6モンスター討伐の作戦を立てるため、ギルドのフリースペースで丸太の机を囲んでいた。
ギルドはいつでもガヤガヤしているため、ノア達の話し声も周りの声でかき消してもらえる。
席は気休め程度だがボードで仕切られているため、秘密の話し合いにはもってこいだ。
しかし今日は作戦会議の前に、モニカへ話すことがあった。それは、カイルのことである。
「……モニカ、心して聞いてくれ」
「はい、なんでしょう?」
ちょこんと小首を傾げているモニカは、今からなされる話の重大さをまったく感づいている様子はなかった。
隣でぼーーっと座っている当の本人、カイルの呑気な様子を横目に見つつ、ノアは一呼吸を置いてから、言葉を口にした。
「実は────」
「ええええ!?!?」
体を仰け反らせたモニカが、目を丸くして声を上げた。咄嗟に出た大声だったため、我に返った後モニカが慌てて口を手で塞ぐ。
ちらっと辺りの様子を伺ったが、周りの冒険者たちの中で、モニカの声に反応を見せた者はいなかった。ほっと安堵の息を吐く。
秘密話をするように顔を寄せ、モニカは小声で言った。
「え、えっと……あの、もう一度要点を整理して、説明してもらっても?」
瞳の焦点が合わないまま、モニカが右手の人差し指を立ててくる。
「──カイルは、伝説上で語られている、最強最古の勇者なんだ」
ノアはモニカの注文に答え、先程した説明の要点だけを絞り伝えた。
隣でカイルが首を小さく縦に動かす。自分のことなんだから最初から最後まで全部自分で話せよと、思わないこともまったくない。
モニカはより一層、顔に困惑の表情を浮かべ、えぇ……、と吐息のように呟いた。出口がどこにあるか分からない、迷路に迷いこんでしまった時のような思いだろう。
しばらくして、俯かせていた顔を上げたモニカは、ノアとカイルを真っ直ぐと見据える。ノアの顔つきも引き締まった。
「あ、あの……い、いきなりそんなことを言われても……やっぱり、それを受け入れる頭の要領が今はまだないというか……信じられないというか…………お二人を疑っているわけではないのですが……」
言葉を途切れ途切れにさせ、モニカが申し訳なさそうに言う。
「──まあ、そうなるよな。いいよいいよ。今はまだ、信じられなくても全然大丈夫。というか寧ろ、それが普通なんだろうし。桃太郎が実在しましたって言ってるようなもんだもんな」軽い口調でノアは言った。
またカイルは隣で小さく頷く。だったら自分の口でちゃんと話せと、めちゃくちゃ思う。
「……すみません……」
「いやいや、謝るなって」
冗談っぽく笑って言う。それでもモニカは申し訳なさそうにしている。
笑っていた表情を整え、ノアは言った。
「──今回これを話したのは、モニカが俺たちの“仲間”だからだ。……一人にだけ隠し事をしてるって、なんか嫌だろ? だから、モニカにも伝えておきたかった。カイルのこと。ただ、だからといってすぐ信じろというわけじゃない。さっきも言ったが、今はまだ信じられなくてもいい。これから先、俺やカイルと共に旅をするなかで、徐々にでも受け入れてほしいだけだ。まあ今は、頭の片隅で覚えておいてくれるだけでいいからさ」こめかみをコンコンと叩く。
「──分かりました」狼狽の色は、完全には消えていないものの、先程と比べて断然モニカの表情は明るくなった。ノアの言葉を飲み、今は深く考えないように切りを付けたのだろう。
「──よっし、じゃあ★6モンスター討伐依頼の整理を──」
「あっ、その前に少しいいですか?」モニカが小さく手を挙げる。
「なんだ?」ノアが聞き返す。
「純粋に疑問なんですが、カイルさんはどうして千年近くも生きられているんですか?」
一瞬、カイルが目を見開いたように見えた。
「あっ、それ俺も聞きたい」
「ノアさんも知らないんですか?」
「ああ。なんか、聞いたら負けな気がして……」
「なんですかそれ」モニカがクスリと笑った。
「で、カイル。して、その長寿過ぎる長寿の秘密は?」
ノアがどうぞ、と促すように、広げた手の指先をカイルに向ける。
少しまどろんだ様子の瞳で、カイルは呟いた。
「…………一応、不老不死だから」
「!? 不老不──モゴモゴ……!」
思わず叫び出しそうだったノアの口を、モニカが手で塞いできた。そのモニカも、自分で自分の口を塞いで、大声を上げそうだったのを必死に堪えた様子だった。
確かに、“不老不死!?”と大声で叫ぶのは、色々とまずい。止めてくれたモニカに感謝である。
「えっ、待って。いや信じる、別に信じるけども……そもそも不老不死なんて、この世界に存在できるのか? なんか、世界の理がなんやらって聞いたことがある気が……」小声で尋ねる。
ノアの正面に座るモニカも、うんうんと頷いた。
「………………俺もよく分からない」
『ガクッ』
『ズコッ』
予想の斜め上をいくカイルの返答に、ノアもモニカもガクッと体の力が抜ける。当の本人も分からないとは、それは大丈夫なのだろうか。
「え、えぇ……じゃ、じゃあ何か、不老不死になった原因とかさ、それは覚えてないのか?」
目をぱちくりとさせ、手を顎にやりう~んと考えるカイル。数秒の間の後、カイルが頷いた。
「覚えていない」きっぱり言い切った。
「さ、さいですか……」諦めて肩を落とす。
「でも、不老不死なんていう規格外な存在になった原因ですよ? 普通覚えていそうなものですが。──もしかして生まれつき……?」
「いや、最初は普通の人間だった……はずだ。気付いたら年をとらなくなっていたとしか、記憶にない」瞳を閉じて首を振る。「──どれだけ重大で、大切な記憶であっても、時が経てば、人は必ず忘れるものだ。まして千年も生きていれば、その一瞬の記憶なんて、嫌でも忘れている」
それを聞いても、モニカは釈然としていない様子だったが、ノアはそうかもな、と思った。千年なんて、よくよく考えてみれば果てしなく遠い昔のことだ。忘れていても、なんら不思議ではない気がする。
「カイル本人がそう言うなら、そうなのかもしれないな。というか、単にお前が、自分が不老不死であることに興味なかっただけじゃ?」
興味のない記憶は直ぐになくなるという、あれである。
「不老不死であることに興味がないって……」モニカはまだ釈然としていない様子だ。
「……ノアの言うとおりかもしれない。俺は、自分のことに興味がないから」
ノアはうんうんと頷く。「ほらな? モニカ、カイルはこういう奴なんだよ。これに関しては、もう受け入れるんだ」
「ええぇ…………。消極的過ぎますよ……」
結局、カイルに対する謎が、また一つ増えたというだけの結果になった。
これ以上の詮索は無駄と判断し、ノアは気持ちを切り替えることにした。モニカも渋々といった様子で諦め、机に広げた依頼書の一枚を指で撫でる。
「昨日は、私たちでこの依頼書の★6モンスターの内二体を討伐したんですよね」
「ああ。他の所で、★6モンスターが討伐されたっていう情報はあるか?」
「今のところは聞いていません。やはり皆さん、国からの依頼というだけあって、行動が慎重になっているんでしょう」
となると、依頼書のモンスターは合計七体。残るは五体だ。このペースでいけば、ノアとモニカだけで依頼書のモンスターを全て討伐することも可能かもしれない。
すると、周りから聞こえてくるガヤガヤ音が、ある一定の場所に集まっていることに気が付いた。
仕切りボードの合間から視線を覗かせると、クエスト掲示板の前にやたらと人が集まっているのが見えた。
何事か気になったノアは、モニカ達から離れその人混みに近寄っていく。
モニカも慌てたようについてきた。
周りの人の身長が高くて、低身長のノアでは彼らの視線の先にあるものを捉えることができなかった。
仕方なく、人混みを掻き分けて、クエスト掲示板の張り紙がよく見える一番前に出る。
続いてモニカも苦労した様子で、ノアの隣に出た。
そこにあったクエスト掲示板の張り紙を見て、ノアはある違和感を覚えた。
「なんか……やけに☆4,5のクエストが多くないか?」
パッと見た感じ、全体の約6割が☆4,5難易度のクエストだ。普通☆4,5のクエストは、多くても3割程度しかないため、普段の二倍ということになる。
「もしかして、ご存知ありませんか?」モニカが言った。
「何が?」ノアは訝しげに首を捻る。
モニカが周りを見る。ここでは場が悪いと言わんばかりに、ノアを手招き人混みから抜けた。
むさ苦しさから解放され、二人揃ってため息を吐く。
「えっと、で? モニカはさっき何を言おうとしたんだ?」
ノアの瞳を真っ直ぐに見つめ、神妙な面持ちでモニカが唇を動かした。
「最近、“狂暴的なモンスター”の目撃情報が、国のあちこちで相次いでいるんです。ほとんどは森や洞窟での目撃情報ですが、中には市街地での目撃情報もあって……」
「えっ──モンスターが市街地に? 買い物でもしたかったのかな……」
「そんな平和だったら良かったんですけどね……」モニカが苦笑する。
「でも普通、市街地の周囲には、モンスターが入れないようになっている、特殊な結界が張られているはずだよな?」
「どうやら、それが突破されてしまったそうです。しかも、市街地に現れるモンスターは、どれも☆5の危険モンスターだそうで……」
「なっ!?」言葉が詰まる。
市街地に張られている結界は、どれもとても強力なものばかりだ。それが突破されたなど、そもそも前例がないことだ。
「──そんな大事件なら、もっと情報が広まっていてもおかしくないと思うけど……」
「国が故意に伏せているという噂も。安全性を豪語していた結界が破られたとなると、国の信用問題にも関わるので。情報屋などには、口止め料としてそれなりの金額が支払われたという噂も」
「でもそういう噂が立っている時点で、情報は漏洩してしまってるんだな」
「はい。まぁ、お金で解決できるという考え方自体、間違ってますから。けれど、やはり一般市民が閲覧するようなニュースやサイトには、この手の情報は一切流れていません。国側にばれた場合、それなりの処罰があるんでしょう」
「成る程、だから冒険者しか利用しない、裏の情報屋くらいからしか情報が流れないってわけか。で、モニカはそこで聞いたと」
「いえ、ちょっと違います。私が聞いたのは、先日の王城です。冒険者の方達が噂しているのを耳にして、それで」
「お、王城で……。国の兵士らがいる場で噂するとか、そいつら、堂々としたもんだなぁ……」
「もしかすると、国がSランク冒険者たちを召集して依頼をするなんて大それたことをしたのは、また狂暴なモンスターに結界を破壊されることを恐れての政策なのかもしれませんね。早いところ手を打ちたかったのかも」
「成る程な。確かに色々と辻褄があう。……にしても、狂暴的なモンスター達か……突然それらが増えるっていうのは、何か原因があるのか……?」顎に手を当て思案する。
モニカが深く俯いた。「ある……とは思います。少なくとも、突如として狂暴なモンスターが現れてくるというのは、どうも不自然です」
「やっぱだよなぁ……」
頭を抱え、色々と思考を巡らせる。だがしかし、理知的というよりは脳筋思考に近いノアに、この難題の答えを導き出すというのは到底不可能だった。
「……取りあえず、今は次の討伐対象を考えるか」
「ですね」ノアが考えることを放棄したことには突っ込まないでくれた。
元の席に戻ると、カイルが机に顔を突っ伏して寝ていた。ものすごく静かに寝ているため、死んでるのではないかと毎回ハラハラする。
席に座り直し、無造作に広げた依頼書にざっと目を通した。
そのうち一枚の依頼書に書かれた条件を気に入り、手に取る。
紙の一番上には、でかでかと“ジャバウォック”という文字があった。
「この、ゲルマ森林のジャバウォック討伐にしないか? ゲルマ森林は市街地近くにある浅い森だし、早めに討伐しないとまた被害が出るかもしれない。それに報酬もなかなかいい」寧ろ決め手は報酬の良さである。
「ジャバウォックですか……初めて名前を聞くモンスターです。どんなモンスターなんですか?」
「いや、実は俺もよく知らない」
「知らないのにこれにするんですか?!」
「まぁ、報酬が良いから……。カイルに聞けば分かると思うぞ。流石に千年生きてるだけあって、無駄に博識だから」
眠るカイルの背中を揺すり、声をかけた。ゆっくりと瞼を開けたカイルが、眠そうな瞳を擦りながら起き上がる。
「なあカイル。ジャバウォックって知ってるか?」起こして早々に尋ねるノア。
何故いきなりそんなことを聞くのか、普通はまず尋ねるだろう。しかしカイルはそういった過程に興味がないのか、特に何も尋ねてこなかった。
そして文句も言わずに、尋ねられたとおりジャバウォックについて説明した。
「ジャバウォックというのは、簡潔に言えばドラゴンのような見た目をした、モンスターの一種だ。主に鋭利な爪と牙での攻撃を得意とし、深紅の赤い瞳を持つといわれている。言語の混沌,言語の存立を脅かす騒音、の象徴であるとも」
「ようはでかいライオンだな!」キラッキラの笑顔でノアが言う。
「雑にまとめすぎだ。まぁ確かにライオンと攻撃手段は同じだが」珍しくカイルが表情を崩し、呆れたように言った。
「つまり、相手の攻撃は近距離からのものということですよね。なら、私が遠距離からしっかりサポートします!」にっこりと微笑み、両手の握り拳にぎゅっと力を込める。
「ああ、頼りにしてる」ノアも微笑んだ。
カイルは、ぼーっと視線を泳がせ、何もない空中に視線をやっていた。
「よし、じゃあ次の目的はジャバウォック討伐に決まりだな。──そういや少し話戻すけどさ、市街地に出没したっていうモンスターは、一体どうなったんだ?」
ノアがそう尋ねると、モニカが表情を少し曇らせた。
「国の騎士団総動員で倒されたそうです。ただ、市民と騎士合わせて、何人かの犠牲者は出てしまったと……」
「……そうか」モニカの声が暗い理由が分かった気がした。
「なので──頑張りましょう、★6モンスターの討伐依頼!」立ち上がり、決意のこもった表情でモニカが言う。
それを見て、ノアも立ち上がった。
「ああ。絶対、今度は被害を出さないためにな」
ノアは右手の拳をモニカに向けて突き出した。察したように、モニカも右手の拳を出し、ノアの拳にぶつける。
「やるぞー! えいえいおー!!」
「えいえいおー!!」
拳をお互い、上へ突き出した。
ノアとモニカは、まだたった15と16の子供だ。お互いの気持ちを高め合おうとするその声には、年相応の無邪気さがあった。
この無邪気な声と笑顔の裏に、血の色に染まった悪夢のような過去があるなど、きっと誰も思わない。
もちろん、カイルも知らない。
なんとなく、カイルはこの先二人が歩まなくてはならない残酷な道を、直感的に察していた。この何百年という間で、様々な人々を見てきた不老不死の勘というやつかもしれない。
ただ、この先の未来の希望になるであろう二人のこの濁りのない笑顔は、決して失われることがあってはならないなと、カイルは頬杖をついて二人を見ながら、そう、密かに思った。
絶対に、自分たちのようになってはならない、と。
ノア(主人公)とモニカ(ヒロイン)の過去はめちゃくちゃ血に染まっています。もうヤバイです。可哀想過ぎる……(←血に染めている張本人)
それを早く書きたいですが、物語には順序があります。今は、目的地への階段を上り始めたところでしょうか。まだ主要キャラも出しきっていませんからね(汗)
どうか、これからもこの物語を読んでいただければ幸いです。




