4話 罪の鎖
★6モンスターを討伐した日の夜。
討伐依頼の報酬金は、思っていたよりもちょっと安かった。
討伐した人が、十代半ばの子供だったことも少なからず影響しているだろう。
王城で、海竜とブラッドウルフの闘いで得た戦利品を見せた時の兵士たちの仰天した反応がどうにも忘れられない。
子供に大金を渡すというのは、色々と問題がある。なので配慮といった方が正しいか。
安いとはいっても、一般人が見れば目を見開く金額ではある。
今日はその報酬で、ちょっと高めの宿に泊まった。食事付きで、三人とも、一人一部屋の個室付きである。なんとも豪華だ。
そのため相手を起こす心配なく、ノアは宿を抜け人目につかない外に出られた。
そして昨日と同じように、今日もペンダントの蓋を開ける。毎晩とはいわないが、キャロルとのお喋りはノアの恒例行事だ。
ペンダントから出てきてぐっと伸びをしたキャロルは、開口早々にノアを冷やかしてくる。
「ひゅーひゅー、可愛い子捕まえたじゃな~い」モニカのことを言っているのだろう。表情がムカつくくらいニヤニヤしている。
「う、うるさいな~。そこら辺の噂好きのおばさんによく似てる……」
「誰がおばさんだゴラー!」
「はいはい悪かった。というか、お前ペンダントの中にいるのにどうやって外の様子を見てるんだ?」
「さあ? 見えてるもんは見えてるのよ。マジックミラーにでもなってるんじゃない?」膨らむ頬を見る限り、機嫌は直っていないようだ。
「ふ~ん……」
キャロルの様子を気にすることなく、そう頷く。中にいる本人が分かっていないのでは、ノアにはどうすることもできない。
「でも、出会って初日の女の子をパーティーに誘うってのは、些か不安ね。……有り金全部盗まれてとんずらされるとかないわよね……」
「あのモニカが? それはないだろ。お前は心配性過ぎんの」
「あんたが呑気過ぎるだけだと思うけど。……なんで、あの娘をパーティーに誘おうと思ったの?」きつい目付きだった。
「あ~……」聞かれて頭を掻く。「深い理由は特にないけど……まぁただ単純に、年の近い同じSランクだったってことで、ちょっとした縁を感じたからかな。それに、あれだけの魔法の腕があるなら、仲間にいて心強いだろ?」
「ふ~ん、縁ねぇ……。惚れたからってわけじゃないのね」
「ち、違うし!」
ノアの顔がブワッと赤くなったのを見ると、今の言葉が嘘か本当かよく分からない。
「そ、それよりも! お、お前から見てどう感じる? モニカのこと」
「は? なんでそれを私に聞くのよ」
「質問を質問で返すな答えろ!」
「……そうねぇ」星空を見上げる。暫しの沈黙の後、ゆっくりとキャロルが言葉を紡いだ。「“天才”だと思うわよ。全属性の魔法を操れる者なんて、そんなの人間でも魔族でも、神ですら、今までみたことがない」
「……そんなにか」
「そんなによ」
……思わず笑ってしまった。キャロルがここまで素直にモニカを褒めるとは思わなかったからだ。
「……何よ」笑うノアに、キャロルが不機嫌そうに眉を潜める。
「いや、ごめんごめん。……そっか、天才か」
「一対一で戦ったら、あんたといい勝負なんじゃない?」
「いやいや、100%俺が負ける未来が見えるんだけど」
「そう? 私はあんたが勝つ方に一票入れるわよ」
「……なんだ? 今日のキャロル、やけに素直に褒めてくれて気味悪いぞ……」
「はあ?! 失礼ね! 私はいつだって素直で可愛いでしょうが」
「素直で可愛い? ははっ人違いじゃ──」
台詞を言い終える前に、キャロルが足でノアの頭を思いっきり蹴った。
「だーーいっったーあああ?!」頭を抱え悶絶する。靴の先が刺さり、頭に穴でも空いたかと思った。
「ふんっ! デリカシーの欠片もない馬鹿が」プイッとそっぽを向く。
しゃがみこんだノアはまだ悶絶しており、キャロルの機嫌を気にしている余裕もなさそうだが。
傍から見れば、男が一人夜の空き地で悶絶しているという、明らか奇妙な構図ができあがってしまった。
「…………ねぇ。……あんた、あの女の子に嘘ついてたわよね」しばらくの間を開けてから、キャロルが言った。
悶絶していたノアも立ち直り、立ち上がってキャロルを睨み付ける。
「……なんのことだよ」
「旅をする目的よ。あるじゃない、ちゃんとした理由が。なんで言わなかったの? ……まぁ、理由はなんとなく分かるけど」
……ため息を吐く。こういう時、下手に誤魔化そうとしても、キャロルに言葉で勝つことができないのはよくよく知っていた。
「……ただ、まだ話すべきじゃないって……話したくないって、そう思ったからだ」
「──へぇ……馬鹿な頭してるわりに、あんたも色々考えてるのねぇ」
「馬鹿は余計だ馬鹿は」
「ねぇ、それは“罪の意識”? だけどあの時のことは……あんたは、何も悪くないって、私は思うけど……」
「っ!」
言葉が詰まる。狼狽の色を浮かべた。
「…………いいや、悪いのは俺だ。……あの時、動けなかった俺の……」ぎゅっと胸の服を握る。「だから俺は、償い続けなくちゃならない」
そう言うノアの瞳は、虚ろで悲しみに溢れており、とてもとても辛そうだった。キャロルはとてもじゃないが、そんなノアを見ていられず、視線をノアから少し外す。
「──そう……。まっ、あんたがそうしたいなら、そうすればいいわ。でも、一生くよくよ罪だ罪だって引きずるのは止めなさいよ。あんただって“被害者”なんだから」
「……」
「……トラウマ思い出させて悪かったわね。ただ、やっぱあんたにしんみりしたのは似合わないわ。──じゃっ、甘~い恋ばな期待してるからね~♪」
「なっ!? だからそんなんじゃ──!」
ノアの反論も聞かず、キャロルはすいっとまたペンダントの中へと戻っていった。蓋がパタンと閉じる。
静寂の夜の街で聞こえるふくろうの鳴き声が、ノアの心の闇を広げるようで、とても不気味に感じられた。
──一人になり、思い出すのは、目の前で飛び散った赤い血と、鼓膜を貫く悲鳴、そして……恐怖と涙と血でぐちゃぐちゃになった、知り合い達の面影だ。
あの日から10年の月日が経った今でも、まだ時々この悪夢に魘される。起きればいつも、全身に冷や汗をかいてシーツがびしゃびしゃになる。
深いため息が出た。
「……言わないのは、逃げてるだけなのかなぁ。──旅の理由を言えば、あの時のことも言わないといけなくなる。そうしたらきっと……カイルからもモニカからも、俺は見捨てられる……」
ただただ不安だった。
ただただ怖かった。
“見捨てる”、は、ノアにとって呪いの言葉だ。
すべては、あの日の自分の面影に重なってしまうから。
その“罪の鎖”が、ノアから消えることは多分、永遠にない。
ノアが、死者たちの手を振りほどけないでいる、間は……。
最後まで読んでいただきありがとうございます∩(*´∀`*)∩
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次話も是非。




