30話 セイラの家族
前回のあらすじ。
セイラの故郷、アステリへやって来たと思った刹那、実はセイラがアステリの姫君であることが判明した。彼女の帰還に気付いた兵士たちによって強制的に馬車に乗せられ、ノア達は城へつれられた。
しばらくして馬車が揺れなくなった。どこかに止まったらしい。
なんだか、ここまでで既にどっと疲れた……。
同じことを、ノアだけでなく全員が思っていることだろう。
開けられた扉から外に出る。後ろを振り返ると、さっきまで遠くに見えていた城が、目の前にあった。
ノアは目を見開く。
アンスロポスの城と似ているが、所々に散りばめられた星のモチーフが、アステリの城らしさを出している。大きさもアンスロポスの城と比べて二倍はある。流石は世界最大級の人間国家を象徴する建物だ。
モニカ達も順番に馬車から降りてくる。
城を見て、モニカも目を見開いた。
「近くで見ると、想像の何倍も大きいですね……」
「中は地下もあるから、もっと大きく感じるわよ。一応ここがあたしの家だけど、あんまり行かない階層とか、未だに迷うことあるもの」
「住んでる本人が間取りを把握しきれないってとんでもないな……」
「いや~分かるぞセイラ殿。我もよく、魔王城の中で迷子になり、会議に間に合わなくなることがあったぞ。魔王となって何百年と経つが、たまに帰ると自室がどこかも分からなくなる」
「数百年経ってそれはマズイのでは……?」モニカが困惑した様子で言う。いや、これは呆れているのか?
マインドはケラケラと笑っている。
不意に視線を斜め後ろにやると、ノア達四人から少し離れた場所で、城をぼんやりと眺めているカイルの姿があった。
いつもの何も考えていないボーっとした目とは違い、何かを思い出しているようだった。
三人から離れて、ノアはカイルに近付いた。
「この城に、何か思うことでもあるのか?」
カイルはチラッとノアを見て、すぐに城へ視線を戻した。
「……。思うことというか……アステリの城は、昔と何も変わっていないと思ってな」
「え、カイルはアステリに来たことがあるのか?」
「まあ……千年も生きてるし、大体の土地には。特にアステリは、昔“大対立”があった頃に人間軍の基地があった国だから、国の傭兵だった頃によく王に呼び出されて城にも来ていた」
「へぇ~。“大対立”って、“天使と悪魔のいがみ合いから種族ごとの対立に発展して起きた世界対戦”のことだよな? 勇者が魔王を倒したって言われてるのも大対立の最中だったっけ」
「そうだな」
「カイルってアステリの傭兵だったのかぁ。なんか、誰かに雇われてたっていうのが意外」
「あの頃は“冒険者”という制度がなかったから、そうしないと生きていけなかったんだ。──でも……」
何かを言おうとして、カイルは口ごもった。
「ん? どうした?」
「……いや、なんでもない」
そう言い、彼はようやく城から視線を背けた。
自分からカイルの過去を詮索しようとは思わないが、彼のことをまた一つ知れて、ノアは嬉しかった。
「ノアー、カイルー、城の中に入るわよー」
気付けば城門が開けられ、セイラ達が中に行こうとしていた。
ノアは慌ててカイルの手を引き、彼女たちの後を追った。
◇◇◇
セイラの言っていたとおり、城の中は外から見た以上に広かった。
兵士たちの案内で向かっている場所へも、城門から既に五分以上歩いているがまだつかない。ノアがよく利用する宿屋なんて、出入口から徒歩十秒で宿泊部屋につくぞ。
というかどこへ向かっているのか、ノア達は兵士たちからまったく何も知らされていない。
セイラもいるし、牢屋とかそんな変な場所につれて行かれてるのではないと思うが……。
ようやく兵士たちが足を止めた。目の前には、豪華な装飾が施され、金で縁取られた大きな扉があった。いかにも特別な部屋だ。
「では、中へどうぞ」
慣れた様子で頭を下げ、兵士たちが扉を開けた。
部屋からの光で一瞬目が眩む。たくさんある大きな窓から、外の光がこれでもかと室内に入り込んでいるのが原因だ。
25mほど離れた場所に置かれた立派な玉座に、高価な服を着た荘厳な雰囲気のある一人の老人が腰かけていた。その場にいるだけで場を支配するような、圧倒的な存在感がある。
ノア達は部屋に足を踏み入れ、老人と向かい合うように横一列に並んだ。
セイラの姿に気づいてすぐに、老人は少し表情を綻ばせた。
「セイラ、よく帰ってきてくれた」
老人は想像よりも優しく柔らかな声でセイラを迎え、体を前のめりにさせた。
「お父様……」
セイラが呟いた。
……セイラ=姫、つまり、お父様=王様!?
ノア以外の者もそれに気付いたらしく、セイラ以外の全員が一斉に王へ跪いた。冒険者にとっては反射的な行動である。
マインドも跪いたのは意外だったが、魔王として礼儀が身に付いているのかもしれない。
「よくぞ無事に戻ってきてくれた。……良かった……」
優しい声音が、微かに震えている。
「……心配をかけて、申し訳ありません」
「……敬語はなくてよい。久しい娘との再会だ。今日くらいは、わしの娘として接してくれ」
「──ええ、分かったわ」
そう言いセイラはようやく微笑んだ。
「お主らも顔を上げとくれ」
王がノア達に向けて言う。
セイラが彼らの方を向き、彼らが跪く姿に驚いた。
「な、何してるの?」
セイラは困惑した様子で訊いた。
王の言葉を受け、ノア達は顔を上げて立ち上がった。
「冒険者としては、王へ頭を垂れるのは条件反射なんだよ」
「ほう、冒険者か。セイラ、彼らは?」
「右からノア、モニカ、カイル、マインドよ。彼らのお陰で、アガレスの件を無事解決することができたの」
「ほうなんと、そうなのか。これは、十分な礼をしなければならぬな。そしてセイラの父としても、礼を言わせてくれ、ありがとう」
「い、いえ。俺たちも、アガレスが起こしたことに怒りを感じていて、他人事じゃなかったので」
「私たちは少しお手伝いさせていただいただけです。セイラさんの頑張りがあったから解決できた出来事だと思います」
ノアとモニカの返答を聞いて、王は満足そうに何度も頷いた。
「はっはっは、よくできた返しだ。お主らにはより一層好感が持てた。──もしかしてだが、二人はSランク冒険者なのか?」
「「……! はいっ」」
「ほお、そうだったのかどおりで。と、いうことは──」
その時、王の言葉を遮るように、勢いよく部屋の扉が開かれた。
驚いてそちらへ目をやると、一人の青年が少し息を荒くしてそこに立っていた。防具や武器を身に付けているが、他の兵士たちとは異なる格好を見るに、冒険者だろうか。
整った顔立ちと、セイラと同じ赤紫色の艶やかな髪をしている。身長はカイルと同じくらいで、セイラよりやや年上に見える。
それと、曖昧な記憶だが、以前にどこかで顔を見たことがあるような気がする。
「兄さん!?」
入ってきた青年の姿を見るやいなや、セイラは目を見開いた。
「「兄さん?!」」
それを聞いてノア達も目を見開いた。
青年は何も言わずにセイラへ歩み寄り、そのまま彼女をぎゅっと抱きしめた。
「へっ?! あ、ちょ、ちょっと兄さん?!」
セイラは顔を真っ赤にし、軽いパニックを起こした。
近くにいるノア達も、どうすればよいか分からずどぎまぎしてしまう。
セイラを抱きしめて離さない青年は、くぐもった声で、けれどはっきりとこう呟いた。
「良かった……無事で……」
「……!」
それを聞いたセイラは、静かに表情を緩め、瞳を閉じた。
「……うん。ただいま」
セイラ達の様子を、マインドは嬉しそうに見つめた。
カイルは相変わらず真顔だが、見る人が見れば、僅かに微笑んでいることが分かる。
ノア達四人とも、セイラが家族と再会できて良かったと心から思った。嬉しそうなセイラを見ていると、こっちまで温かい気持ちになる。
でも……
ノアは、眉の下がった寂しい笑みを浮かべる。
ノアには両親がいない。だから、幸せそうな家族を見ると、胸がきゅっとなる。無事を喜び、抱きしめてくれるような人がいることが、羨ましいと思ってしまう。年を重ねて、もう平気だと思っていたが、案外まだ平気じゃなかったらしい。
兄とセイラの様子を見ているのが辛くなり、視線をそらすと、そこにモニカがいた。その表情を見て、おもわず息が止まる。
モニカもまた、とても寂しげな笑みを浮かべながら、セイラを見ていた。
モニカの家族に関する話は、以前に“姉がいる”と聞いただけで、両親については何も知らない。
優しいのか、厳しいのか。
仲がいいのか、悪いのか。
生きているのか、死んでいるのか。
ただ、彼女の家族事情を知らなくても、彼女がノアと同じで、セイラを羨ましく思っていることは分かった。
ノアの視線に気が付いたモニカと目が合う。咄嗟に作った笑顔をお互いに向けあった。
笑顔は、自分の深い部分を表に出さないための最大の武器だから。
自分は、モニカの深い部分をまだ全然知らないんだな。もちろんそれは、セイラにもマインドにもカイルにも言えることだが。
深い家族愛を目の当たりにすると、どうしても、過ごした月日の短いノア達の関係の浅さを思い知ってしまう。
まあ、家族の絆に、出会って数日の仲間の絆が敵うとは思っていないけど。
次に視線は、自然とセイラの父に向いた。
兄妹を幸せそうに見つめる優しい父の表情を見て、ノアは思った。
──これが、家族っていうやつなんだな……。
温かい海に沈んでいくような、そんな気持ちだった。
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