3話 最強の魔法使い
「こっちはカイル。俺の相棒だ」
「よろしく」
「モニカです。よろしくお願いします」
カイルの容姿は大体20歳程の青年だ。そのためか、モニカの表情が少しこわばっているように見えた。
デジャブを感じながら再びカイルを揺さぶり起こし、ノアはモニカに相棒カイルを紹介した。王城で寝る変な奴という第一印象がついたことは間違いない。
「変わった奴だけど、まぁ腕は確かだしいい奴だよ。仲良くしてやって」
カイルがろくに戦っているところを見たことがないノアが言うのもあれだが。
そして何故か、まるでノアがカイルの保護者であるような会話になっている。
モニカがカイルに心を開いたかどうかは定かではないが、三人は王城を出て海竜討伐のため港へ向かった。
港方面へ向かっている冒険者は案外少なかった。
恐らく、自分の腕では海竜を討伐できないと踏んだ冒険者が今回は多かったのだろう。
その原因が、王に質問攻めをして海竜の恐ろしさを存分に引き出したノアとモニカにあることは間違いない。
ただ、自分の力を過信し過ぎず、相手との力量を測れるのは流石Sランク冒険者だ。それは逃げではなく、死を防ぐ立派な手段なのだから。
つまりモニカが、海竜討伐へ向かうノアについてきているのは、モニカにも海竜を討伐するだけの力があるという証拠でもある。モニカのことだ、ただの無謀な行動では絶対にない。と思う。
「モニカって、仲間とかいるのか?」ふと気になり尋ねた。
モニカは首を振る。「いえ……ずっと一人で旅をしています」
「旅? 女の子一人で旅なんて、何か目的があるのか?」
「そういうノアさんは、何か目的が? あっごめんなさい、旅をされていると勝手に思ってたんですが……」
「してるよ。ん~俺は……目的は特にないかな。強いていうなら自分探し」
「そうですか。私は──……私も、特に理由はありません」
「じゃあお互い、宛のない放浪者なわけだ」
「はい、お互い。──カイルさんは、何か目的があってノアさんと旅をされているんですか?」
モニカがカイルへ話しかけたことに、ノアは驚いた。
「……あるような、ないような」相変わらずのカイル。
「なんだよそれ」笑いが吹き出る。「そういや、お前に目的があるなんて考えたこともなかったな」
カイルは戦闘時はいつも寝ているため、とても目的を持った奴とは思えなかった。
「そんな話をしたことすらなかったからな」
「……お二人は、一緒に旅をされて長いんですか?」
「いや? そんな経ってない。一年ってとこかな」
それから港へ着くまで、ノアはモニカに、カイルと出会った経緯を話した。大した話でもなかったが、意外とモニカが興味を持ってくれて嬉しかった。
王都を抜けて、整備の行き届いていない荒れた道を歩き初めて1時間。
潮の香りがノアの鼻孔をくすぐる。冷気を含んだ風が頬を撫で、歩き火照った体に丁度よかった。
……悲鳴が聞こえなければ、平和な瞬間だった。
目の前に、目的地の港が見えた。
そして海から上半身を出す、水を纏った蒼い巨大竜の姿も確認できた。長い二本の髭が、風によって靡いていた。
あれが、討伐対象の海竜だろう。実物を見ると、想像以上の大きさだった。
ノアとモニカは、揃って息を飲む。
しかしそれは恐怖というより、その大きさと威圧感に一瞬圧倒されただけだ。
「でかいな……」
「はい……」
海竜とは、既に何人かの冒険者たちが交戦しているところだった。しかし一目で押されていることが分かる。五人のSランク冒険者たちを、たった一体の海竜が圧倒していた。
ノアはふとした疑問を抱く。
「海竜ってあんな強かったか?」
ノアは以前にも別の海竜と戦った経験があるが、然程苦戦を強いられた覚えはない。
その時共に討伐をしたSランク冒険者たちも、余裕の表情だったのを覚えている。
「私は海竜を目にすること自体初めてなのですが……流石に★6モンスターは一筋縄じゃいかないということでしょうか」
するとその時、一人の冒険者が電気魔法を海竜めがけて発動した。電気魔法は竜のように空中を移動し、海竜に直撃する。
──しかし海竜はぴくりとも動じず、魔法が全然効いていないように見えた。
冒険者たちは困惑し、一時的に撤退していく。
離れて見ていたノアも困惑した。
「今の電気魔法、かなりの威力で直撃したはずなのに……」
「そうですね?」一方のモニカはちょこんと首を傾げる。「でもあの海竜、何故電気魔法が効かないのでしょうか……」
すると、珍しくまだ寝ていなかったカイルが口を開いた。「あの海竜は“プロアクア”。純水を身に纏っているといわれている、海を統べる王の竜だ」ノアはカイルが起きていたことに驚いた。「純水はまず、電気を通さない。普通の水が電気を流すのは、中に不純物が入っているからだ。だから、純水を纏っているプロアクアに、電気魔法は効かない」
じゃあ、とモニカが口にした。「それなら、不純物を混ぜ混めばいい話です。大地魔法なら、プロアクアの纏う純水に不純物を混ぜることができます」
モニカは何やら自信ありげだ。
しかしモニカが使う魔法が大地属性だとすると、別の属性に当たる電気魔法をモニカは使えないということになる。
穴がある作戦のような気がしたが、ノアはモニカを信じてみることにした。
ということで、今回ノアに出番はなさそうである。
そもそもノアは、海竜を実際に見た時点で今回の討伐を諦めていた。
それは別に、相手が強くて勝てないと思ったからではない。原因は海竜のいる場所だ。
海竜がいるのは海の中。そうなると、物理攻撃型のノアが剣で海竜を一刀両断しようとすると、海竜を討伐できようができまいが、ノアはそのまま海へダイブすることになる。
──ノアはカナヅチだ。つまり、そういうことである。
海竜が陸へ上がってきた時に備え、ノアも一応モニカの隣で剣を抜く。
撤退した他の冒険者たちの、止めとけと、さも言っていそうな視線が、視界に入った。
彼らが、王城にいた時鼻で笑っていた冒険者たちと気が付いたのは、この時だ。
──深呼吸をしたモニカが、右手の平を海竜へ向けたのと、突如出現した岩の塊が海竜にぶつかったのは、同時に起きたことだった。
海竜が、地響きでも起こしそうな叫び声を上げて唸る。
一瞬のことに何が起きたか分からず、ノアも他の冒険者たちも唖然する。
風属性の派生、浮遊魔法で宙に浮いた海竜。
その頭上にできた雷雲。
一本の大きな槍のように、雷が海竜の頭上から凄まじく大きな音を立てて、落ちた──
声を出す者は誰もいない。
黒い煙を上げる海竜の死体が、浮遊魔法によって陸に上げられた。
普通、使える魔法の属性は一人一つのはずだ。にも関わらず、異なる属性の魔法が、しかも巨大な威力で発動された現実に、ノアはしばし夢でも見ているのかと思った。
発動主は、間違いない──モニカだ。
しかも普通、魔法というのは発動に詠唱が必要だ。詠唱を発することによって、体内の魔力をどのように放出するかを形作るのである。
しかしモニカは、詠唱を一切口にしていなかった。それすなわち、普通ならあり得ないことである。
それこそ、無詠唱で魔法を発動するなど、一体どれだけの魔力とセンスが必要か……。
更に驚くことに、モニカが発動した魔法は三属性。
適合する属性を複数持つ者が稀にいるとは、風の噂で耳にしたことがある。しかし実際にそれを目にするのは初めてであり、もう本当に脳みそがパニック状態だ。
事を起こした張本人であるモニカは、ノアの隣で安心したように胸を撫で下ろしている。特別、自分が凄いことをしたとは微塵も思っていないようだった。
王城でちらっと耳に入ってきた言葉──“最強の魔法使い”。それが頭を反響した。
「えっと……ノアさん?」
名前を呼ばれ、はっと我に返る。モニカが心配そうにこちらを見つめていた。
しっかりしろ自分と、ノアは自分の頬をペシペシと叩く。
「今の魔法って、全部モニカのか?」
そう聞くと、モニカは照れくさそうに頷いた。「はい。お恥ずかしながら……」そう言い恐縮する。
「めちゃくちゃ凄いじゃないか!」ノアは素直に言った。思わず握り拳に力が入る。「モニカって、適合属性が複数あるのか?」
「はい。……一応、六属性全ての魔法が使えます」
「凄!?」気付けばその言葉が口から漏れ出ていた。「まさかこんな凄い魔法使いが後輩にいたとは……“最強の魔法使い”って言葉、確かにモニカに似合う」
「それは買い被りすぎです。私は……最強なんて呼ばれる程、強くありませんよ」
やや悲しげに、モニカは首を横に振った。
それは、少し気になる反応だった。
「それよりも、早く海竜の角を回収してしまいましょう。今の衝撃音で、他のモンスターが近付いてくるかもしれません」
駆け足で海竜に近付き、モニカは風魔法の刃で角を切った。二本の海竜の角は、丁度サックスと同じくらいの大きさがあり、何かの楽器のようにみえた。
──そして、モニカの予感は的中する。
「!」
何者かの気配を感じ、そこにいた一同全員が近くの茂みに目をやった。
ガサガサと茂みが揺れ、グルルルル……と唸り声が聞こえてくる。
姿を現したのは巨大な“ブラッドウルフ”だった。
ブラッドウルフとは狼モンスターの一種であり、その真っ赤な瞳と血の気の立った凶暴な性格から、その名が名付けられた。通常個体でも☆4の難易度が付く、超危険生物だ。普段は森の奥の洞窟で暮らしているとされており、人前に現れることは滅多にない。
そのため、まず何故ブラッドウルフがこの近くにいたのか、疑問はそこからだった。
「あ、あれって……」モニカが何かに気が付く。「あのブラッドウルフって、もしかして王様からの依頼書にあった★6モンスターじゃ……」
「えっマジ?」
依頼書は枚数を数えただけで、中身はまだ一切読んでいなかった。
「依頼書をちゃんと読んでくださいよ。でも何で……ブラッドウルフの目撃場所は、ここからもっと北のはずなのに……」
「依頼書のモンスターってことは……多額の報酬金が期待できるってことだよな?!」
「えっそこですか?」意表を突かれたようにモニカが目を丸くする。
「よーし、そうと決まれば、さくっと討伐しますか」
肩をほぐし、なんの迷いもなくノアはブラッドウルフへと近付いた。
ブラッドウルフは、見るからに血に飢えた様子だった。
「き、危険です! ブラッドウルフの毛は見た目以上に硬くて、剣じゃ斬れません!」モニカは声を張り上げてノアを止めようとする。
「大丈夫。Sランクの先輩冒険者を甘くみちゃ駄目だよ」モニカに微笑みかけ、ブラッドウルフとの距離を縮めていく。
勝負は一瞬。
狙いを定め、ノアは地面を蹴りブラッドウルフへ直進した。だがそれにはブラッドウルフも直ぐに気付き、鋭利な長い爪をノアへ向けてくる。
予想どおりの動きだった。ノアはブラッドウルフに刃を向ける直前でスピードを落とし、また地面を蹴り今度は上へ飛ぶ。そしてブラッドウルフの頭上を越え背後をとった。
一秒にも満たないスピードでの進路変更に、ブラッドウルフの反応もワンターン遅れる。隙はそれだけで十分だった。
ブラッドウルフへ剣の刃を入れる。モニカが言っていたように、確かに少し堅い。しかし斬れない堅さじゃない。
特に苦戦することなく、ノアはブラッドウルフの首を落とした──
秒殺だった。
返り血が付いた頬を拭い、モニカを方を見る。
モニカは驚きで瞬きを忘れていた。
まるで、先程モニカの魔法を見て唖然していた自分を見ているようだった。
完全に存在を忘れていたが、隠れていた他のSランク冒険者たちも眼球を見開いている。口はあんぐりと開いていた。
「凄い……」モニカがそう呟いたのが分かる。
ノアは照れくささから苦笑いを浮かべた。「そんな大したことでもないさ。モニカの方が凄いよ」
ぶんぶんとモニカが首を横に振る。「いえ、私なんかよりノアさんの方が全然──」
「いやいや何を言う。モニカの方が──」
「いえいえノアさんの方が──」
お互い一歩も譲らないこの駆け引きが、なんだか可笑しく二人で吹き出した。
「じゃあ討伐の証拠を持って、王城へ戻るか」
「はい。そうしましょう」
「そういえば、ブラッドウルフって何を持ち帰ればいいんだ?」
「毛とか……目でしょうか?」
「よし、なら二つとも持ち帰るか」
モニカに風魔法の恩恵を貰った剣で、ブラッドウルフの毛を刈る。面白いようにスパスパと斬れた。そして気は引けたが、剣を刺しブラッドウルフの赤い目玉をくり抜く。この時モニカは思わず目を背けていた。ノアも背けたい気持ちはよく分かった。
隠れていた五人の冒険者たちは、腰が抜けてどうやらしばらく立てないようだ。
まぁSランク冒険者だし、仮にまたモンスターが襲いに来ても、その時は自分たちでなんとかするだろう。
五人を担いで王都に戻ることはできないため、平等に全員置いていくことにした。
それと、戻る前にカイルを起こさなくては。
木の下で寝ていたカイルを、肩を叩いて起こす。
カイルが寝ていた場所は、なんとブラッドウルフが現れた位置の真隣だった。よくもまぁバレず、しかもあの唸り声を聞いて起きないものだ。
「こんな場所で堂々と寝ていて大丈夫なんですか?」モニカも困惑している。
「大丈夫。こいつ、寝てても何故か攻撃避けるから」
流石最強の勇者と、言ってよいところなのだろうか。
目を覚まして早々、カイルがノアに言った。
「その服、着替えなくて大丈夫か?」
「え?」
言われて自分の服を見る。
ノアの服は、ブラッドウルフの返り血で血まみれだった。傍から見れば、その風貌は殺人鬼だ。
「あちゃぁ……」
またやってしまった。
頭を抱え、取りあえず上に来ていた血塗れのジャケットを脱ぐ。
「ほら」
カイルから差し出された上着を着て、なんとか下の返り血は誤魔化せた。
「また服買い替えかぁ……」
「敵を倒す時は、相手の攻撃だけじゃく返り血もかわすんだな」
モニカか空を見上げる。「それじゃあ王都へ向かいましょう。少し日も暮れてきました」
「もうそんな時間か。なら急ごう」
駆け足で三人は、王都へ向かう。
「なあ」走りながら、ノアは隣を並走するモニカへ話しかけた。
「なんでしょう?」モニカがノアを見て問う。
「──よかったらさ、俺たちと一緒にパーティーを組んでくれないか?」
「えっ──」モニカが足を止めた。ノア達も足を止める。
ノアはモニカと向き合った。
「駄目かな? モニカが嫌なら断っても──」
「────です」
「え?」
聞き返すと、モニカの目には涙が潤んでいた。「すっごく……嬉しいです。私……本当は一人が怖くて怖くて……仲間が、欲しくて……」ぱっと顔を上げ、笑顔を向ける。「私なんかでよければ、喜んで!」
その眩しい笑顔に、ノアもカイルも笑う。
凄く凄く嬉しかった。
「ああ。ようこそ、俺たちのパーティーへ──!」
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