28話 行ってきます
ノア達は、目的地だったテディ保育園の前までやって来た。
今朝にも訪れたが、間に色々あり過ぎたせいで、それが随分昔のことのように思う。
愛らしい動物の絵が描かれた保育園の門は閉ざされている。鍵がかかっているかと思ったが、手をかけると門はギィーという錆びた音を立てながら抵抗なく開いた。
目的の人物、コスモはすぐに見つかった。彼女は子供たちと共にグラウンドへ出ていた。
「コスモ」
マインドが声をかけると、コスモはバネで弾かれたように素早く顔をこちらへ向けた。彼女を囲む子供の視線もノア達へ向く。
コスモとマインドの間にほんの一瞬、緊張した空気が流れた。
それは彼が、コスモの前で見せた強力な力のせいだろう。
マインドはコスモに、自分が魔王であることを伝えてはいない。だから、強力な力も今まで彼女に隠していた。もちろん保育園の子供たちにも。
だからお互い、どう声を掛け合えばよいのか分からなくなっていた。
しかしそんなことを一切気にしない子供たちは、一目散にマインドの元へ駆け寄ってきた。何人かの子はノアとモニカの方へも走ってくる。
「マインド兄ちゃーん!」
人懐っこい子供たちは、次々にマインドのたくましい体へと抱きつく。子供たちに囲まれたマインドは、普段は見せないとても穏やかな笑顔を浮かべた。その大きな手のひらで子供たちの頭を撫でた。
その後ろでノアとモニカは、やって来た数人の子供相手にあわあわしていた。昨日一日一緒に遊んだとはいえ、こうやって駆け寄ってもらえる程子供たちに懐いてもらえているとは思っていなかったからだ。
いつも通りの子供たちの様子を見て、コスモも体の力を抜いてふぅ、と微笑を浮かべた。そしてマインドと目を合わせた。
「さっきはありがとう、マインド。お陰で私も子供たちも、皆助かったよ」
それから視線をノアとモニカへ向けた。
「二人もありがとう。君たちは本当に強いんだな」
「──いいえ。コスモさん達が無事で本当によかったです」
ノアの言葉に、モニカもコクコクと頷いた。
コスモは力なく笑った。
次に彼女の視線はノアの後ろに立つカイルと、更にその後ろに隠れるようにして立つセイラへと向いた。
「お前は……」
コスモは目を見開く。
昨日この保育園を襲撃してきた──もとい、ノアを襲撃した人物が、今ノア達と共にいることに驚いているのだろう。当然の反応である。
セイラはおずおずとした様子で、カイルの後ろから前へ出た。
「えっと……さ、昨日は、突然ここを襲撃したりして、皆さんにご迷惑をおかけて、本当にすみませんでした……!」
セイラはコスモへ深く頭を下げた。本来のセイラは、こうやって心から謝罪を述べることができる女性なのだろう。
「──ノア達が君を許したなら、私が君を責める理由はないさ」とても優しい声音だった。「でも、一体何があって君らは一緒にいるんだい? それに、そこにいる青年も私は初めましてだし」
「あやつはカイルといって、我の盟友であり、ノア殿達の仲間だ。決して怪しい奴ではないぞ」
「そうなのか。初めまして、私はコスモという者だ。──マインドのこと、よろしく頼むよ」
「……!?」
コスモが最後に言った言葉を聞いて、ノアは驚いた。小声でモニカに尋ねる。
『なぁモニカ、コスモさんってマインドが俺たちについてくること知ってるのか?』
『はい。ミノタウロスとの戦闘中にさらっとですが、マインドさんがコスモさんに伝えられました』
ノアがいない間に何があったのか、彼には分からないが、コスモがマインドの決断を受け入れようとしてくれていることは分かった。
「──もう、我が離れても泣かぬようになったんだな」
「当たり前だろう? 私ももう大人なんだからさ」
マインドは力なく笑った。それは、人の成長の早さを、魔族である彼が寂しがっているように見えた。
その後二人は大事な話し合いがあると園児に言い、二人で園内へと姿を消した。
それは実質、ノア達に子供たちを任せるという意だった。こうなることを想定してノア達がマインドについてきたのだから、問題ない。
子供たちも賢く、コスモとマインドの後を追うような子はいなかった。
ノアとモニカで、子供たちの相手をする。
カイルは端の方でボーっと突っ立ってるだけで、逆に子供たちに遊ばれている状態だ。
セイラは昨日のことがあってか、自分から子供たちに近付けず、カイルとも離れた端っこで一人でいた。
そんな時、一人の女の子がおぼつかない足取りでセイラのいる場所へと向かった。
ノアとモニカも、自然とその女の子の姿を目で追った。
女の子が目の前にやって来たことに気付いたセイラは、下を向いていた顔を上げて女の子を見た。そして驚いた表情をする。
「あなた、今朝の……」
「うん! あのね、お姉ちゃんが、お金なかった私の代わりに買ってくれたお薬をママにあげたらね、ママ、元気になってくれたの! だからね、お姉ちゃん、本当にありがとうございましたっ!」
ノアから女の子の表情は見えないが、女の子は満面の笑みを浮かべているのだろう。
セイラは今にも泣き出しそうな笑顔で、女の子と視線を合わせた。
「ううん、あなたのお母さんが元気になったのは、あなたが勇気を出して薬を買いに行ったからよ。──お母さんが元気になって、本当に良かったね」
「──うん!」女の子は大きく頷いた。
──そうか。
今朝ノアが見た、セイラに似た人影。あれはやはり、セイラ本人だったのだ。
アガレスのせいで凶暴化した状態でも、セイラの中には優しさの部分が残っていたんだな。
モニカもセイラと女の子の様子を嬉しそうに見守っている。
女の子に手を引かれて、セイラも子供たちが集まるノア達の場所までやって来た。
すぐにセイラも周りを子供たちで囲まれる。セイラの表情はとても幸せそうだった。
マインドとコスモが戻ってくる気配はまだない。
とても長い説明がいるため、もうしばらくかかるだろう。
二人は今、どんな会話をしているのだろう。
幼馴染みというのは、どういう関係なのだろう。ノアとカイルとは、また違う。ノアとキャロルとも、また違う。
でもきっと、離れることはとても寂しいだろう。
最後に二人は、お互いに何を伝えるのだろうか──
◇◇◇
~深夜~
周りに誰もいないことを念入りに確認して、ノアはペンダントの蓋を開けた。
中から小さな光が飛び出してくる。キャロルだ。
「……」
「えと……どうした? キャロル?」
普段なら出てきた瞬間何かを叫ぶはずのキャロルが何も言わないことに、ノアは困惑した。
「いや、あのほら、言いたいことがありすぎて、何から叫んだらいいか……」
「あぁ……そういうことな」
マインドが魔王だった件、セイラが仲間になった件、アガレスが起こした事件の件、その他諸々……これらのことが一日で起きたのだ。確かに叫びたいことだらけである。
「ん~じゃあまずマインドの件ね」
どうやら一個一個の件を順番に処理していくようだ。
「まああの男からは妙な気迫というか、ただ者じゃない感は感じてたし、魔族っていうのは驚かなかったわね。けどまさか魔王だったなんて……。てゆーか、なんで魔族の王が人間の国にいるのよおーー?!」
本日一発目の叫び、いただきました。
「それだけならまだしも、カイルとは盟友だって言うし突然旅についてくるって言い出すし、なんなのあれ?! 本当に魔王? 魔王の自覚ないの? 魔王なのに自由過ぎるでしょっ?!」
本日二回目の叫び。
「……まあ、あいつはいい奴そうだったしまだいいわ。問題は──あの誘拐女に明日からついて行くとかどういう神経してるのよ、ええ?! あんた馬鹿でしょ?! 馬鹿なのは元からだけど馬鹿通り越して大馬鹿者でしょ?!」
「いやそんな馬鹿連呼しなくても……」
「いーーや、馬鹿よあんたは。操られてたにしても、あの女は信用ならないわ。国の人たちの為に仕方がなくっていうのも嘘で、最初からあの魔族の仲間だった可能性もあるんだからね?!」
「それは流石に疑い過ぎじゃ……」
「疑うことに過ぎることはないのよ。たく……あんたらはお人好し過ぎるわよまったく……。あんたがあの女に負けることはないでしょうけど、何時なんどき裏切られるか分かったもんじゃないんだからね? 自分の身くらい、自分が一番大切にしてあげなさいよ」
「あはは……分かったよ。心配してくれてありがとな」
「あんたの身に何かあったら、私がどうなるかも分からないもの。これも自分の身のためよ。────あと話してないのは、あいつのことかしら」
「アガレスのことだな」
「あいつはヤバかったわね……。目が完全にイッてたし。ああいう好青年みたいな見た目した奴が一番ヤバイって意味がよく分かったわ……」
「キャロルがそんなに怯えるって相当だな」
「あいつの目を見て怯えない方がおかしいわよ。あいつの手にペンダントがいってたと思うと……ああぁ鳥肌がぁ……」
「結局、あいつの命令でセイラはキャロルのペンダントを奪おうとしてたんだよな。アガレスはキャロルのことが見えてたのか?」
「さあ、それは分かんないけど……多分違う気がするわね。なんとなくだけど……あいつ自身がペンダントを欲していたんじゃなくて、あいつの更に後ろにいる奴が、ペンダントの欲しているような感じがするのよねぇ……」
「それってもしかして、“あの方”って奴か?」
「そこまでは分かんないわよ。あいつの考えを読める訳じゃあるまいし。でも……“あの方”っていう存在を、あんたが警戒しておい方がいいっていう気がするのは確かね」
「誰かも分かんないのに警戒するっていうのは難しい話だな……」
「難しくてもするのよ! 私の命がかかってる可能性だってあんだからねっ!」
「ん~分かったよ。頑張るよ」
「ほんとに分かってるのかしらねぇ……。はぁ……まだ色々言いたいこととか文句はあるけど、一先ず夜も遅いしこれぐらいで寝かしてあげるわ」
「え? 俺はまだ大丈夫だけど……」
「馬鹿ねぇあんた。自分では大丈夫って思ってても、体は大丈夫じゃないなんてよくあるのよ。特に、あんたの場合わね。だから大人しく私の優しさを受け取って寝なさい」
「うっ……は~い、じゃあ大人しく寝るよ」
「初めから素直にそう言えばいいのよ。あ、あとそれから──右腕、大丈夫なの?」
「ああ、アガレスに切られた所か。大丈夫、ちゃんと止血して病院にも行ったから」
「そう。……まあ、あんたが無事で良かったわ」
不意に優しい声音になったキャロルは、小さな手でノアの頭を撫でた。
いつものキャロルなら絶対にしない行動に戸惑いつつ、ノアは笑って言った。
「ありがとう、キャロル」
◇◇◇
そして次の日の朝。
コスモに見送られ、ノア達は王都へ向けて出発した。
「行ってらっしゃい」笑顔でコスモが言う。
マインド、ノア、モニカは揃って答えた。
「「「行ってきます!」」」
【1章 モンスターの狂暴化】~解決~
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ついに1章完結です!長かった!
彼らの旅はまだまだ続きますので、最後まで見守っていただければ幸いです。
誤字・脱字,アドバイス等あれば教えていただけますと参考になります。
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次話も読んでいただければ嬉しいです。




