26話 見えてきた事件の全貌
「はい、これ」
「あぁ、ありがとう」
ノアはセイラから、自身のペンダントを受け取った。
やはり実際に手元へ返ってくると、安心感がより増す。本当に、これが奪われなくてよかった。
「その……改めて、本当にごめんなさい。あんた達には、短い間に沢山の迷惑をかけてしまったわ。本気で殺そうともしたし、謝って許されるようなことじゃないのも分かってるけど……」
ノアは首を振り、セイラに顔を上げるよう言った。
「セイラだって、やりたくてやったわけじゃなかったんだろ? 結果ペンダントも無事だったし、大丈夫だよ。俺も結構本気でセイラに剣を向けちゃったし、お互い様さ」
「……本当にごめんなさい。──ありがとう」
ノアはセイラに優しく微笑みかけた。
セイラを許したのは、決してノアが心の広い善人だからではない。自分がそんな“良い人”でないことは、ノア自身が一番よく分かっている。
“セイラを許した”という言葉選びでは語弊があったかもしれない。
ノアには、セイラを恨めるような資格がないだけだ。
「そういえば、なんで三人はさっきから黙ってるんだ?」
アガレスを倒した後、モニカ、カイル、マインドの三人は一言も声を発していない。指先や眉も一切動かないので、彼女らだけ時間が止まっているのではと思ってしまう。
今のノアの問いかけにも、誰も反応を示さなかった。ちょっと悲しい。
その沈黙を破るように呟かれたセイラの一言で、空気は変わった。
「……あいつの体が粉々に割れたの、あれはなんだったのかしら……」
「──っ!」
ピクリと肩を動かしたのは、モニカだった。少しするとおずおずとした様子で「あの……」と声を口に出した。
「恐らくですが……アガレスさんがあんな風になった理由、私、分かります」
「えっ、マジッ?!」
「はい。多分……原因は“大地のオーブ”です」
「どういうこと?」
「オーブというのが魔力の塊であることはご存知ですよね? オーブの魔力というのは、それはもう強大なものです。そんなものを体内に取り入れようものなら、まず体がその強大な魔力についていけなくなります。そしてこれは、魔法使いなら誰でも知っていることなのですが……身の丈に合わない強大な魔力は、毒そのものです。体が制御しきれない魔力は、いずれ行き場をなくし、次第にその者の心身を蝕みます。そして……魔力に蝕まれた心身は、異常なまでの破壊衝動と欲望に駆られ、魔力が尽きる──すなわち死に至るまで、暴走を続けます。恐ろしいのは、本人が自分の異常さを最後まで自覚できない点です。そして体を蝕み続けていた魔力が尽きると、限界を迎えた体は崩壊を始めるんです。先程、アガレスさんの体が粉々に砕けて失くなってしまったように……。だからアガレスさんは、“大地のオーブ”を取り込んでしまったせいで、あんな風におかしくなってしまったんだと思います」
長い説明を終え、モニカは肩の荷が下りたように吐息を漏らした。
俯いていたカイルとマインドも顔を上げ、モニカの説明に聞き入っていた。
「モニカの考えに俺も賛成だ。狂暴化の呪術を何度も行使できたのも、“大地のオーブ”の魔力があったからだろう」カイルが言う。
「ああ、毒の魔法しか使えぬはずのアガレスが大地の魔法を使えた理由も、“大地のオーブ”を取り込んでおったせいだとすれば納得がつく。それに、几帳面な性格をしたアガレスが、感情論だけで大量の人間に手をかけたことも、破壊衝動と欲望に駆られていたとすれば……」マインドも深く頷いた。
「でも“大地のオーブ”なんて宝、一体どこで手に入れたのよ?」
「ああ、それについてはだな──」
マインドはセイラに、自身が魔王であること、アガレスの失踪と同時期に、魔王城に保管されていた“大地のオーブ”が消失したことを話した。
あとついでに、カイルが千年前に魔王を倒したとされる伝説の勇者であることも話した。魔王を倒したというのは大戦を収めるための嘘で、今では互いに盟友同士であることもマインドの口から語られた。
「──はあぁ……もう頭が痛いんだけど……鈍器で頭思いっきり殴られた気分……」
マインドの話を聞き終えたセイラは、再び大きくため息を吐いた。
彼女の心境はノアでも容易く察することができる。
アガレスの件だけでも考えることが山盛りなのに、そこに目の前にいる人物たちが“魔王”、“伝説の勇者”ときたものだ。そりゃあ頭も抱えたくなる。
「で? まぁこの期に及んで嘘なんてつかないだろうし信じるけど……じゃあ“大地のオーブ”を盗んだのはあいつ自身だったってこと?」
「証拠はないが、そう考えるのが妥当であろう」
「でもさ、モニカの言う話をあいつが知ってたとして、危険を承知でオーブを飲み込もうなんて普通考えるか? あいつ、そんな自分の命を捨ててまで力を得て理想を叶えたがってる感じじゃなかったぞ? 最後まで、死ぬ気はないって感じだったし」ノアはアガレスの言動を思い出しながら言う。
「ああ、ノア殿のその考えも正しいと思うぞ。奴はあんな理想を掲げておったが、自分自身が一番“生”に執着しておった」
「となれば……誰かに虚偽の入れ知恵をされたのではないでしょうか。それが、アガレスさんが口にしていた“あの方”なのではないでしょうか?」
「魔力に蝕まれて死ぬことは知らされずに、力だけが手に入るとだけ言われてたってこと?」
「それなら納得がいく。だんだんと、今回の事件の全貌が見えてきた」
「でも結局、“あの方”に関する手がかりはまったくないわよね。種族も性別も年齢も、何も分かんない」
「それにまだ解決してない疑問が残ってるぞ。なんでアガレスは俺のペンダントを狙ってたんだ?」
「確かに……それが疑問です」
「ノア自身にも思い当たる節はないのか?」
「まったくなし!」
強いて言えばキャロルの件だが、ここでは伏せておくことにした。
頭大丈夫かと心配される未来しか見えない。
「アガレスの理想実現に、そのペンダントが必要だったのか? それとも……“あの方”という者が関係しておるのか? “あの方の計画”という言葉も気になるし……」
「……これも、話し合いだけじゃ到底分かりそうにないわね」
「セイラさんも、アガレスさんから何も聞かされてなかったんですよね?」
「ええ。国の人たちを殺されたくなければ、ペンダントを奪ってこいとしか……」
「アガレスがセイラに言った、“特別な人手”っていうのも訳分かんねーしな~」
分かったことが増えれば、当然分からないことも増えてくる。このままでは膠着状態だ。
「だーーあ!! 終了終了やめやめ! これ以上話しても埒が明かねー」
色々考えた結果、頭を使うことを放棄したノアは、終わり終わりと手のひらをパンパンと叩いた。
「まあ……そうだな。我らに分かるのは、今の話し合いで出てきたことくらいか」
「話をまとめると、今回の騒動は“大地のオーブ”を取り込み暴走したアガレスの仕業であり、そのアガレスは死亡。アガレスがノアのペンダントを狙った理由は不明だが、奴が口にしていた“あの方”という人物が関係している可能性が高い。ということでいいか?」
「異論なーし!」
他の者も頷いた。
今回の話し合いで謎のままに終わった“あの方”という存在が、後にノア達にとっての最大の脅威となることを、彼らはまだ知らない。
けれどカイルだけは、この時既に、“あの方”の正体と、それと対立する未来を予感していたのかもしれない。
だが、すべては、彼だけが知ることである──
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