24話 自分の首を絞めるけれど
アガレスがモニカの魔法を避ける。
体格が大きくなったにも関わらず、先程より攻撃を避けるスピードが上がっていた。
しかも、攻撃が当たったとしても、回復魔法によってすぐに治療されてしまう始末だ。
「どうしますか? 正直、このままでは泥沼状態です」
「そうだな……やはり、生半可な攻撃では駄目だ。殺すつもりでいかねばこちらが先に殺られる」
「……殺すつもりで、ですか」
モニカは躊躇うような口調だった。
その声を聞きマインドは優しく言った。
「なに、モニカ殿がやらねばならぬ話ではない。トドメは我が刺そう。これも魔王としての勤めだ」
「……殺せば、流石のあいつも回復できないものね」
「ああ。だがそれは、あくまでも最終手段としてとっておきたい。できるだけ攻撃を与え、アガレスの魔力を削ることが先決だ」
「分かりました。では、ここからは全力でいきます」
そう宣言すると、モニカは右手を勢いよく空に向けて掲げた。すると瞬く間に、モニカの周りを回る六体の竜が現れた。それらは炎・水・電気・風・大地・毒の属性を持つ魔法竜だった。
これらを見て、マインドとセイラだけでなくアガレスさえも驚いた様子を見せた。
「何これ?! 大地と電気だけじゃなくて、炎に水に風……全属性の魔法じゃない?!」
「まさかモニカ殿は二属性だけでなく、全属性の魔法を操れるのか?」
「はい、一応……」
「と、とんだ化け物がいたものね……」
モニカが指を鳴らすと、魔法竜は一斉にアガレスへと牙を向いた。
モニカが繰り出した魔法は、空気を裂き激流のごとくアガレスへ向かっていく。
ほとんどの魔法竜はアガレスに避けられてしまったが、風の魔法竜だけはアガレスの身を掠めた。その部分から微少の血が噴く。
しかし即座に回復魔法が使われ、アガレスについた傷は瞬く間に塞がってしまった。
モニカは唇を噛んだ。
「やはり魔法では、軌道がバレてかわされますね……」
魔法は基本、発動の直前に大方の軌道を魔力を使ってセットする。
そのため、軌道上の僅かな魔力をアガレスに感知され、どれだけ強力な魔法を放っても、避けられてしまうのだ。
軌道が分かっている魔法を避けるなど、答えが分かっているクイズを解くようなものだ。
といっても普通、魔法の軌道を形作る魔力というのは本当に微々たる量であり、相手に感知されることはない。それを感知して避けられるアガレスが異常なのだ。
モニカは間髪入れずに魔法を連発する。
人より遥かに優る量の魔力を持つため、魔力切れという概念がモニカにはない。
そんな中で、モニカは考えていた。
モニカの魔法の威力は強大だ。当たれば、アガレスに凄まじいダメージを与えることができる。
しかし所詮“当たれば”の話だ。
魔法の軌道がバレている今、モニカの魔法のほとんどはアガレスに当たっていない。
マインドが横から大地魔法で援護をしてくれているが、それでもアガレスは容易く避ける。
そこでモニカがたどり着いた答えというのが──魔法ではアガレスを倒せない。
「マインドさん、セイラさん。私に考えがあります」
「む、なんだ?」
「このままではじり貧です。恐らく、アガレスさんの魔力が無くなるよりも、私の体力とマインドさんの魔力が尽きる方が先だと思います」
「……確かに、戦況がずっとこれでは、いずれそうなるだろうな」
「はい。なので私は今から、この戦況に変化を起こすであろう“とある術”を使いたいと思います」
「とある術?」
「はい。──“一定の範囲において、しばらくの間魔法が使えなくなる術”です」
「なっ……?!」
「ふむ、成る程。魔法での攻撃はアガレスに当たらぬ故、我らも魔法を捨て、アガレスの回復魔法を封じると」
「はい、その通りです」
「ちょっ……なんでそんな冷静なのよ?! あたしとあんたは体術があるからいいとしても、モニカ、体術のないあんたにとっては、唯一の攻撃手段を失うことになる。自殺行為よ?!」
「そうですね。セイラさんのおっしゃるとおり、私は魔法以外での戦闘はできません。剣だって、一度も振るったことのない身ですので」
「なら──っ!」
「でも──」
モニカとセイラの声が重なる。
日だまりのような笑みをモニカは浮かべた。
「大丈夫です。私の策は、私の首を締めるけれど──私には、セイラさんとマインドさんがいますから。──信じてますよ」
「っ──!」
セイラはモニカの言葉に意表を突かれた。
モニカの言っている言葉の意味。マインドは兎も角、ついさっきまで敵だったセイラに、モニカは自身の命を預けるというのだ。
「……なんで、そこまで私を信じてくれるの?」
モニカはちょこんとした様子でセイラの目を見た。そしてすぐに優しい笑顔をセイラに向けた。
「今のセイラさんからは、人を思いやり心配する、優しい心を感じるからですよ。私の策を聞いた時、すぐに私の身を案じてくれたのが、その証拠です」
「っ! ……あなたの方が、よっぽど大人ね」
「?」
「ううん。……ありがとう」
「その術はすぐに使えるのか?」
「いえ、魔力を貯めて練り上げるのに、少しだけ時間がかかります」
「了解した。では、アガレスの誘導は我に任せよ」
「お願いします。私も、怪しまれないよう魔法での攻撃はできる限り続けるようにします」
「ああ。ただ、無理はせぬようにな。セイラ殿は、万一我が反応しきれずアガレスの攻撃がモニカ殿に向かってきた時のため、モニカ殿の護衛に徹してくれ。魔力を練り上げる作業をしていては、流石のモニカ殿でも咄嗟に反応するのは難しいだろうからな」
「ええ、分かったわ」
こう話している間も、アガレスの攻撃は止まらない。常人では普通目で追うこともままならないスピードで、幾多もの黒く硬い先の尖った枝のようなものがマインド達を襲う。
残り体力を考え最小限の動きで攻撃をかわしつつ、マインドは今日何度目か分からない詠唱を唱えた。
「“永らく眠りし母なる大地よ。憤怒に染まり今目覚めん。その身を割りて天を突け”」
地響きと共に地が割れ、無数の鋭利な岩の塊が姿を現した。
針と表現するには規模が違う。それはまるで、地の中から槍が突き出たようだった。
アガレスはそれらを軽いステップで、岩が地面から姿を現す前に避けた。
やはり、魔力が感知されているのだ。
間髪入れずにモニカが放った炎と水の槍が真っ直ぐ猛烈なスピードでアガレスを襲うが、これもあと数㎜といったところで避けられる。
「ふふ。そこのお嬢さん方は何をこそこそとやっているんですかねぇ?」
アガレスの攻撃の対象がモニカ達へ向く。
が、マインドが間に入り、アガレスの攻撃を全て受け止めはね返した。
「あははっ! 今の攻撃を全てお一人ではね除けるとは、流石の馬鹿力ですね、魔王様」
アガレスは狂喜に満ちた目で笑い、前髪を右手でかきあげた。体の変形が激しく、鳥の脚のようになったそれが、最早“手”なのかどうかも怪しいが。
「くっ……モニカ殿が何かやっていることに勘づいたか……」
「それだけこそこそやってれば気付きますよ。人間が何をやってようと僕はどうでもいいですが、そのお嬢さんの魔力は警戒しないといけないですからねぇ。……早めに仕留めるか」
「っ?!」
アガレスは左手をバッと横へ広げた。その途端、宙に浮く十数個の岩の塊が、彼の背後に出現した。岩の塊はどれも人の顔程度の大きさがある。
それらは明らかに大地魔法によって生成されたものだった。
しかしもちろん、マインドが発動したものではない。
「なっ?! 何故お主が大地の魔力を操れる?! お主の適正属性は“毒”だけであったはずだっ!」
衝撃のあまりマインドは珍しく声をあらげた。
普通、どんな種族であっても、適正属性以外の属性を持つ魔法を操ることは不可能である。
しかしアガレスは、適正外で発動不可能であるはずの大地の魔法を使った。
「ふふ♪ さあ? どうしてでしょうねぇ?」
アガレスはおどけた様子で小首を傾げると、左手の手のひらをマインド達へ向けた。それを合図に、岩の塊たちが次々にマインド達を襲う。
拳を使い、マインドは向かってくる岩の塊をパンチで次々と粉砕していく。
しかし数個の岩の塊がマインドの横を通り過ぎ、モニカ目掛けて襲いかかってきた。
予期していなかった攻撃に、防御のための魔法が間に合わず、迫り来る岩の塊を前にモニカはきゅっと目を瞑った。
だが衝撃も痛みも、モニカは感じなかった。
そっと目を開ける。すると目の前に、剣で岩の塊を真っ二つに破壊したセイラの姿が映った。
「あたしだって、護衛としての任務はちゃんと果たすわよ」
「……っ! ……はい! 流石です、セイラさん!」
笑顔でモニカはそう言う。
セイラが自分たちの仲間であることを今、改めて感じ、それがとても嬉しかった。
「すまぬ! 攻撃を防ぎきれなかった!」
岩の塊を全て捌ききったマインドは、一瞬モニカ達の方を振り返って詫びた。
「大丈夫よ、こっちにはちゃんとあたしがついてるから。あんたはあんたの役目に集中しなさい」
「……っ! ……ああ!」
そのセイラの言葉を聞いて、マインドも嬉しそうだった。きっと、モニカと同じことを感じたのだろう。
そして──
「マインドさん! 術を発動する準備が整いました!」
「分かった! 発動はいつでもオッケーだ!」
「はいっ!」
モニカが術を発動させる直前、マインドは最後にアガレスへ向けて、大量の大地魔法を放った。
それらの魔法はいとも容易くアガレスに避けられてしまう。
しかしそれは想定内。
回避のため身を宙に浮かしたアガレス目掛けて、マインドは、この時のために魔法で生成しおいたガラスの剣を持ち、斬りかかった。
体術では魔力感知は役に立たない。
意表をつかれ、ほっっんの一瞬アガレスの反応が遅れた。
その隙を見逃すまいと振るわれたマインドの剣は、アガレスの身を大きく斬り裂き、真っ赤な返り血を浴びた。
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