22話 相容れない理想
ノア達は近くの茂みに身を潜め、少し離れた場所に一人で立つセイラの様子を伺っていた。
モニカが認識阻害用の結界を張ってくれたため、ノア達から出ていかない限り、これから来る相手、アガレスに、ノア達の存在が気付かれる心配はない。
ここからではセイラの後ろ姿しか見ることができないが、背中越しにも彼女の緊張が伝わってきた。
「アガレスさん、本当に来るでしょうか?」モニカが独り言のように呟いた。
「来ることを祈るしかないな。じゃないと叩けない」
「うむ。セイラ殿を信じようではないか」
その時、ノアは嫌な気配を感じた。
ノアだけじゃない。全員の視線が、青く澄みきった空に向く。
流れ星のような尾を引いて、こちらへ向かってくる“何か”がそこにいた。
「来たっ!」ノアは小声で呟いた。
“何か”は徐々に高度を下げて、セイラの元へ向かってきた。
そしてそれが地に着いた瞬間、地面が割れるような音と共に、辺りに砂煙が舞った。
砂煙が晴れ、ついに、そこに現れた者の姿を確認することができた。
そこに姿を現したのは、ノアのイメージとは対照的な、爽やかな容姿の好青年だった。
人懐っこそうに笑みを浮かべる彼からは、殺戮の限りを尽くすような気配は一切感じられなかった。
しかし、その人物が紛れもなくアガレスだという事実は、マインドとセイラの反応を見れば一目瞭然だった。
セイラの予想通り現れたアガレスは、笑みを絶やさぬままセイラに近づいた。
「……ほら、ペンダント奪ってきたわよ」
セイラは警戒の色を滲ませた声音で言う。
しかしアガレスはそんなこと気にしていない様子だった。
「うんうん、お疲れ様。やっぱり君は優秀だったね。じゃあ、それを僕に渡してくれるかな?」
悪意がまったく感じられない声だった。軽い口調でアガレスは言う。そして右手をセイラへ差し出した。
しかしセイラはそれを拒み、アガレスに訊いた。
「その前に教えて。──なんで、あたしの国の人たちを殺したの」
「ん? そんな理由が知りたいの? 知ったところで別に意味がある話じゃないけどなぁ」
「いいから答えて!」
セイラが強く言うと、アガレスは飄々とした態度で顎に手を当てた。
「ん~そうだな~、君たちが人間だからかな」
「……は?」
アガレスの口から出た言葉に、セイラは固まった。
茂みに隠れてそれを聞いていたノア達も、アガレスの言葉に唖然とする。アガレスの言いたいことが分からなかった。
「ん? 何、もっと長い説明期待してた? でも、誰だってそんなもんだよ。人を殺す理由なんて。相手が嫌いだった、相手にムカついた。相手に幻滅した。そんな一言でまとめられてしまうような、些細な理由。僕も同じだよ。僕は人間が大嫌いだ。弱っちいくせに強者に抗おうとして、凄くムカつく。大人しく言うこと聞いてればいいのに、敵わないくせして無謀にも反抗して、凄く幻滅した。だから殺したんだよ」
「そ、そんな理由で……? そんなの……あたし達に、何の罪もないじゃない!」
「君にとっては“そんな理由”かもしれないけど、僕にとっては十分過ぎる動機だよ? それに、殺されるのに罪とかも関係ない。弱者は強者に喰われ、強者は弱者を喰う。それがこの世の正しい摂理じゃないか」
アガレスの態度には、悪びれた様子が一切ない。さもそれが当然のことのように言う。
アガレスにとって人間は、そこら辺の害悪モンスターと同じ感覚なのだ。
ノアは息を飲んだ。
セイラの肩が微かに震えている。ぶつけたいけどぶつけられない怒りを、必死で押さえているようだった。
セイラの心境を思うと、胸が痛くなった。そんな理由で、大切な人たちを奪われたのかと。
「……やっぱりあんたに、このペンダントは渡せない」
「何……?」
セイラはアガレスに右手のひらを向け、詠唱を唱えた。
「“アシッド”!」
すると彼女の手から、蛍光色のドロッとした液体が出現した。それらはまるで意思を持った生物のように、アガレスへ向かって行く。
アガレスはセイラの魔法を避けなかった。
相手の体を溶かす彼女の酸魔法が、もろにアガレスにかかる。
しかし、アガレスはまるで水がかかっただけというように、何事もなくその場に立っていた。
「な、なんで?!」
セイラの驚きの声を聞き流し、髪から滴る酸を舐めながら、アガレスは言った。
「言ってなかったかい? 僕は毒属性に適正がある毒耐性持ちだって」
ノアは以前モニカに教えられたことを思い出した。
“毒魔法が使える者の中には、稀に毒に対して耐性を持つ者もいる”。
「君は、僕に逆らうんだね。いいよ。そっちから仕掛けてきたってことは、それ相応の覚悟があってのことだよね?」
雰囲気ががらりと変わった。
アガレスは剣を抜き、無機質な色をした瞳をセイラへ向けた。それでも絶やされることのない笑みが、とても不気味だった。
いてもたってもいられず、ノアは茂みから飛び出し横からアガレスに斬りかかった。
それと同時に、モニカが電気の魔法を発動させる。
不意打ちだったにも関わらず、ノアの剣は容易くアガレスに防がれてしまった。
しかしその隙に、セイラはアガレスの元を離れることができた。
「これは……」アガレスが周りの様子を見て呟く。
一旦ノアはアガレスと距離をとった。そして茂みから出てきたマインドの横に並ぶ。
「成る程、電気魔法の檻か。確かに、電気魔法に適正のない僕が、この檻を破るのは難しいね。しかもご丁寧に、無理矢理逃げようとすれば巨大ないかづちが落ちてくるオプション付きとは」
(なっ?! バレてる……)
モニカも隠し球であるいかづちのことがバレ、きゅっと唇を噛んでいた。
「別に、君に仲間がいたことは予想済みだよ。でなきゃ、自分の立場を理解している君が、僕に反抗するわけがない」
するとアガレスが、ノアの隣に立つマインドの存在に気が付いた。
「おや? 魔王様じゃないですか。お久しぶりですね。まさかこんなところで再びお目にかかるとは」
「アガレス……」
マインドが険しい顔つきでアガレスを睨み付けた。しかしその表情には、元部下のしたこと対する戸惑いもあった。
「えっ待って、魔王?」
マインドの正体を一人だけ知らないセイラは困惑の声を上げる。
「あー……それについては後でじっくり説明するから」
そう言いノアはセイラを宥めた。
「……セイラ殿から話は聞いた。人間の虐殺に、モンスターの狂暴化──アガレス、何故こんなことをする」
「こんなこと? 魔王ともあろうお方が、随分平和主義になったものですね。“大対立”があった千年前は、もう少しマシな魔王だったというのに」
「……」
「これが本来あるべき魔族の姿なんですよ。魔族は長きに渡り、力でこの世を統治してきた。力こそ全てだった。しかし……何ですか今の魔族のていたらくっぷりは! 皆仲良く? 平和に? ──魔族の恥さらしが」
「……っ!」
「はあ……だから僕が、他の魔族に思い出させてやるんですよ。過去の輝かしい魔族の栄光と、その本質を。そのためには、人間が少し邪魔だったんですよ。身の程知らずの弱小種族が」
「アガレス、その考え方は間違っておる。そんな考え方では、誰も幸せにならない!」
「幸せ? 僕はそんなの、別にどうだっていいですよ。僕が求めるのは、“幸せ”ではなく“快楽”ですから」
……二人の会話を聞いていて分かった。
同じ魔族でも、この二人の考え方は根本的に違う。
魔族の幸せや平和を第一として考えるマインドに対し、アガレスは魔族の地位や名誉を第一に考えている。
きっとこれは、魔族によっても意見が分かれる問題だろう。
だからアガレスは、上司であるはずのマインドをまったく慕っていない。
「はあ……あなたにこれ以上、僕の気高い思想を話したところで、時間の無駄です。僕は多忙なんですから。さっセイラ、早くそのペンダントを僕に渡せ」
アガレスはセイラに手を差し出すが、彼女は決してペンダントを渡そうとはしなかった。
「チッ……」アガレスは大きく舌打ちをする。
「なあ、なんでお前はそんなに俺のペンダントを狙うんだ? 別にこれに大した価値なんてないと思うけど」
「……ああ、君がペンダントの持ち主だったのか。でも、それを話す義理はないね。価値がないというなら、大人しく僕に渡してくれないかな?」
その言葉に、ノアは違和感を覚えた。
アガレスは、ペンダントの持ち主であるノアの居場所を常に知っていたというのに、ノアがペンダントの持ち主であることを知らなかった?
この矛盾は、どういうことだろう。
「はあ……もういい。僕もこれ以上、君らごときに時間をかけたくはない。全員この場で皆殺しにして、それからペンダントを頂くとするよ」
そう言うと、剣を構えたアガレスが真っ先に向かったのは、セイラの方だった。
しかしそれは予想通りだ。
ノアはアガレスとセイラの間に割って入り、アガレスの剣を受け止める。
アガレスの剣は、セイラの時以上に重たかった。
これは、剣が折れないよう、攻撃の受け止め方も意識しなくてはならない。
セイラが傍から離れたことを確認し、ノアはアガレスに追撃を入れた。
そこから、アガレスとノアの斬撃戦が始まる。常人では、とても追いきれる戦いではない。
「へぇ……強いね、君。ほんとに人間? 他の種族の血でも混じってるんじゃないかい?」
「さあな。親が誰なのかは知らないもんでね」
更に斬撃は激しくなる。周りの者たちが介入する暇さえない、まさに音速の戦いだった。
途中で砂煙を立て目眩ましを狙ったが、アガレスにはまったく効果がなかった。
恐らくノアの攻撃パターンが読まれていたのだろう。恐ろしい程の思考の速さだ。
「うんうん、悪くない動きだ。こちらの攻撃を読みきれなくても反応できる、その動体視力と反射神経。こりゃ殺すのは難しいかな」
そう言うと、アガレスは追撃の手を止めノアから距離を取った。
「なんだ、あっさり引くんだな」
「まあね。勝てない相手一人にネチネチ執着するほど、僕は低能じゃないよ。もっと合理的に動かないと。例えば──」
アガレスはモニカに剣を向けて地を蹴った。
モニカは慌てた様子もなく、冷静に自分の身を守るための魔法を発動させた。モニカとアガレスの間に、巨大な岩の壁ができる。
「こりゃ驚いた。電気の檻を維持しながら、しかも無詠唱でこんな大魔法を放てるなんて。でも──」
アガレスはモニカに近づくスピードを緩めない。拳を振るい、モニカの岩の壁を破壊した。
「っ!?」
流石のモニカも、これには驚きを隠しきれない様子だった。
ノアも、まさかモニカの魔法が拳一つで破られるとは思いもしなかった。
そのままアガレスがモニカへ剣を振るおうとした瞬間、間に入ったマインドが素手でアガレスの剣を受け止めた。衝撃波が空気を波打った。
「へぇ……流石は魔王様ですね。これを素手で押さえるとは」
マインドは険しい表情でアガレスを睨み付けた。
「いい加減にしないかアガレス。こんなことをして、なんの意味があるというのだ」
「意味? もちろんありますよ。まっ、あなたのような生半可な魔王には、到底理解できないでしょうけどねっ!」
アガレスはマインドに回し蹴りを入れた。威力は凄まじく、マインドは掴んでいたアガレスの剣を離した。
そして次に、アガレスが狙いを定めたのが──
「っ!?」
「今度こそはお前だ。この使えない裏切り者が」
冷酷なアガレスの声が、静寂したフィールドに響く。
距離がありすぎて、誰も反応できなかった。
世界がスローモーションになり、誰かの叫び声が聞こえる。
『ザクッ』
鈍い音と共に、アガレスの剣がセイラの胸に深く突き刺さった。
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