2話 それは運命の出会い
朝になり、隙間風びゅーびゅーだった宿を出て歩くこと二時間、ノア達は国の中心、王都に辿り着いた。
ノア達が今いる国は、人間の国・アンスロポス。
昔から、生息するモンスターの個体が少なく、他所からの干渉もない島国であることから、特別な力を持たない最弱の種族である人間が栄えた。
アンスロポスの王都は人口が密集しており店も多い。一般的な店からちょっと変わった店まで、城下には様々な種類の店が建ち並んでいる。
そして王都の中心に聳え立つのが、この国のシンボル、王城だ。
空の光を反射する真っ白な外装と、遠くからでも映える真っ赤な尖り帽子のような屋根は、さながら童話の世界を連想させる。
今回Sランク冒険者たちの集合場所となっていたのは王城の中。店を見て回りたい気持ちを抑え、ノアは早足で向かった。
パンを抱える子供連れの親子や路上演奏をする人たちの横を通りすぎていく。
王城の門の前には、十字の紋章が入った制服を着た門番二人が、槍を構え銅像のように立っていた。
国に遣える者たちは皆、同じように紋章がデザインされた制服を着ている。ノアはどうにも、そのデザインがあまり好きになれない。
届けられた招待状を門番に見せると、門の扉が開けられた。城の中に入ると、赤い絨毯が敷かれた長い廊下が続き、奥にまた扉がある。
それを引くように開けると広間に出、中には大勢の人々が集まっていた。
甲冑姿の大男や山賊のような風貌の小柄な女性など。皆思うがまま、辺りの人と、雑談を楽しんでいる。
恐らくここにいる全員、王から召集をかけられた、ノアと同じSランク冒険者だろう。
こうも集まっているのを見ると、国に50人程度しかいないといわれているSランク冒険者の希少価値が疑われてくる。
Sランク冒険者の中には、白い髭を生やした仙人のようなお爺さんや、ノアと同い年程の女の子までいた。
そんな風に辺りを見ていると、不意に人の喋り声が消え、冒険者たちの視線が扉の反対側へ向いた。ノアもつられてそちらを見る。
丁度、王が遣いの兵士に挟まれ、壇上に姿を現したところだった。
ふくよかな体型で、年老いてはいるが、歩き方や佇まいからは一切の隙も見受けられなかった。
手慣れたように一つお辞儀をすると、前置きなしに王は、よく通る声で冒険者たちに語りかけ始めた。
「今回、こうして優秀な人材であるSランク冒険者の君たちに集まってもらったのは、国から君たちにいくつか、クエストを依頼したいためだ」
これに対しては誰も反応を示さない。大体予想のついていたことだった。
「察しのついている者も多いと思う。依頼はどれも、モンスターの討伐だ。そして、討伐をお願いしたいモンスターの危険度は……どれも“★6レベル”だ……」
『──!?』
波のように一瞬のざわめきが起こる。これには冒険者たちの間にも、流石に驚きと緊張が走った。
普通、人に害を与えるモンスターの危険度というのは☆1~☆5までの五段階で表される。Sランクものの腕前を持つ者であれば、☆5モンスターでも然程苦労はしない。
しかし★6レベルとなれば、話は別だ。ここからモンスターの危険度は、ぐっと跳ね上がる。それこそ、Sランク冒険者たち複数人で挑んだとしても、勝てない場合がある程だ。
だが、★6レベルのモンスターなど、滅多に現れることはない。
冒険者の中には、★6モンスターの存在を都市伝説扱いする者も少なくない程だ。
にも関わらず、★6モンスター討伐依頼が、しかも複数。王が、各地を旅するSランク冒険者たち全員をここへ召集したのも、この話を聞けば頷けた。それだけ、事は重大だ。
「討伐を依頼したいモンスターの情報は、今兵士たちに配らせてある」
すると横から腕を伸ばした兵士が、ノアへ数枚の紙の束を手渡してきた。
隣でカイルも同じものを受け取っている。王城では普段の寝ていないようで安心した。
パラパラと捲り枚数だけ確認すると、全部で七枚あった。つまり、この国に現在★6モンスターが七体いるということになる。
……天変地異レベルの大事件ではないか?!
「特に早急に討伐を依頼したいのが、その一番の紙に記した“海竜”だ。数日前から国の所有する港の一つに出没しており、異国の貿易船が来られず、アンスロポスの物流がストップし困っておる……」
(海竜じゃなくてでっかい鰻だったら、討伐した後焼いて美味しく食べられるのになぁ)
緊迫した王の悩みとは裏腹に、ノアは頭の中でそんな呑気なことを考えていた。資金節約のため、朝食を食べていないせいでお腹が空いていた。
「はっ! んなもん楽勝じゃねーか」
何人かの冒険者たちは、そう言い王からの依頼を鼻で笑っていた。静かな広間に、数人の笑い声が響く。周りの冒険者たちは、そんな彼らに冷ややかな視線を送る。
王がムッとしたように表情をしかめたが、直ぐに咳払いをし表情を整えた。
「では、よろしく頼む」
ばつが悪そうに、王がそう言い残して壇上を降りようとした時だった。
「あの……」と言う少女の声が広間を木霊した。
王も降りようとしていた足を壇上へ戻し、声の主を見る。
王や冒険者たちの視線の中心にいたのは、先程見かけたノアと同い年程の少女だった。魔女のようなとんがり帽子を深く被り、右目には眼帯を着けている。
「あの、今おっしゃられた海竜について、いくつか質問をしてもよろしいでしょうか」
王がにこやかに「どうぞ」と答えた。
Sランク冒険者の中でも、少年少女と呼べる年齢の者はノアとこの少女くらいなものだ。
こんな年齢じゃあ、この少女はモンスター討伐を怖がってるだろうから、優しく接してあげよう、と王も思ったのかもしれない。声音が先程までとは別人じゃないかと思うくらい優しいくなった。
「海竜といっても、様々な個体がいますよね。この討伐対象の海竜には、どういった特徴が?」
少女は王に対して物怖じすることなくハキハキとした口調で訊く。自然と耳を傾けてしまう、よく通った声だった。
すると王は「いや~……それはだね……」と言葉を濁した。
それで察する。まだ調査が行われていないのだ。
当然といえば当然かもしれない。相手は★6モンスターなのだから、調査のため迂闊に兵を送り、近づけば返り討ちに遭うだけだ。
少女は肩を竦め、質問を変えた。「では、その海竜はどれくらいの全長があるのですか?」
これに王は、安心したように息を吐いた。答えられる質問なのだろう。
「全長は約15m。体周りは直径60㎝ある。普通の海竜よりも巨大で、その力も数倍あると思われる」
これに周りはざわめく。
ノアも、想像していた以上の海竜の体長に驚いた。怖じ気づきはしなかったが。少女もすんとした表情を崩さなかった。
「あの、俺からも質問いいでしょうか」
尋ねたかったことのあったノアも、少女に続くかたちで手を挙げた。
王が「どうぞ」と促す。
「仮に海竜を倒せた場合、海竜の死体はどうすれば?」
ノアがそう口にした途端、辺りが再びざわめき始めた。
予想通りの周りの反応を見て、バレないようにため息を吐きつつ、ノアは王へと向けた視線を動かさない。こういう時は、堂々と胸を張っていた方がいい。
「海竜の死体は、後から城の兵士たちが回収に向かうため、その場に置いてままにしてくれて構わない。ただ、討伐の証拠として海竜の角は持ち帰ってきてほしい」
「分かりました」
死体を担ぐ心配がいらず安心した。
「おい、あの子供、まさか自分が海竜を倒せると思ってるわけじゃないよな……」
「大人っぽく質問をしたかっただけだろ。でしゃばりな子供だ……」
「そういう質問は弱い奴がするもんじゃねーよ……」
周りからボソボソと聞こえてくる声。これが、先程ざわめきが起きた理由だ。
聞こえてますよーだ、とノアは心の中で毒突く。
好き勝手言われ少しムッとするが、ここでキレればそれこそ子供っぽい。実際子供だが。
ここは無視という大人の対応をしておこう。
気が付けば、先程海竜討伐が簡単だと鼻で笑っていた奴らの姿がなくなっていた。余裕をこいて、ノア達が王に質問している間に、先に王城を出て海竜討伐へ向かったのだろう。
そういう奴らに限ってすぐにやられることを、ノアは知っている。
その後もノアと少女が交互にいくつか王へ質問をし、色々な情報を知ることができた。
王が兵士たちを連れ去っていく。
ほとんどの冒険者が城を出て討伐へ向かう中、王城を出る前に、ノアはいくつかの考えを巡らせた。
まず、ノアの持つ魔法属性は炎。
適合する魔法属性は一般的に一人一つのため、ノアは炎の魔法以外は使えない。そのため、水を操る海竜とは相性が悪かった。
魔法には他に水,風,電気,大地,毒の属性がある。
この中で海竜と相性がいいのは電気属性だ。水は電気を通すとは、よくいう。
ノアの実力ならば、魔法を使わず剣だけでも勝てると思う。しかし今は情報が少なく、相手が未知数な以上、他に実力のある仲間がほしいところだ。
……カイルはどうせ寝ているだろうし。
「あれ?」
そういえば、先程まで隣にいたはずのカイルの姿がない。きょろきょろと周りを探すと、壁に凭れ掛かり寝ているカイルの姿があった。
いつの間に?! と仰天しながら、寝付きのいいカイルを揺さぶり起こす。少ししてカイルが顔を上げた。
「たくお前、隙あらばいつでもどこでも寝るよな……」呆れてため息が出る。
すると、カイルが目付きを険しくしていることに気が付いた。その視線はノアよりも後方へ向けられていた。
その目付きが気になり、ノアも後ろを向く。
そこには、大人の男三人に何かを言われている、先程の少女の姿があった。
「あの子!」思わず口にする。
「なんだ、知り合いか?」カイルが不思議そうに尋ねてくる。
「えっ、知り合いっていうかさ……だってあの子、さっき王に質問をしていた子じゃないか。だからそりゃあ、印象に残ってるっていうか」
「質問をしていた子?」心当たりがなさそうに、カイルが首を傾げる。
「まさか……さてはお前、兵士から紙束受け取った後、速攻で寝てたな?」
「ああ、ご名答」カイルは悪びれる様子もなく頷いた。
「はあぁ……王の話の最中に寝るとか、お前の肝っ玉の大きさに驚きだよ」
兵士に見つかって連行されないでよかったな。
やれやれと首を振り、ノアはカイルを残して少女の元へと駆けていった。
「嬢ちゃんみたいな小さい女の子が、★6モンスター討伐なんてできるわけないじゃん?」
「Sランクに入れたのも、親のコネなんじゃねーの?」
「最強の魔法使いなんて呼ばれてても所詮ガキだ。どうせ大したことないんだろ?」
男三人の言葉に、少女は俯いたままで、何も反論をしようとしない。
そこへ、ノアは臆することなく、少女と柄の悪い三人組の間に割って入った。少女を庇うように、手を広げる。
「止めろよ、大人三人が女の子一人に寄って集って、みっともない」思ったことをそのまま口にした。
「あん?」
案の定、ノアの胸倉を男が掴んでくる。
「ガキが大人に歯向かってんじゃねーぞ。おめーらよりも、俺たちの方が何十倍も強いんだ。その気になりゃあ、お前なんかどうにだってできるんだぞ」ドスの効いた声だった。
それでもノアは無表情を崩さない。こういうのは、相手の言葉に耳を貸さないのが一番いい。経験則というやつだ。
「……チッ」
大きく舌打ちをし、ノアの胸倉を乱暴に離すと、男たちはその場を後にしていった。集まる視線に、居心地が悪くなったのだろう。
「──えっと、大丈夫?」
振り返ったノアがそう尋ねると、少女は顔を上げてこくりと頷いた。
「はい。助けていただいて、ありがとうございます」少女は頭を下げる。
声の調子も普通で、特に怖がっていた様子はない。
思えばこの少女も、紛れもないSランクなわけだし、もしかすればノアが助けずとも大丈夫だったかもしれない。と今更ながら気が付いた。
「ごめん、君も強いだろうし、あんまり俺が庇った意味なかったかも」
それに少女は首をぶんぶんと振った。
「いえ、そんなことないです。助けてもらえたことが、とても嬉しかったので」
「──そっか」ほっとして微笑む。「俺の名前はノア。今年で16歳。君は?」
「“モニカ”です。今年で15歳になります」
目を見開く。「マジか。大人びてるから、てっきり同い年くらいだと思ってた」
「ふふ、よく言われます。年のわりに、幼さが足りてないって」初めてモニカが微笑んだ。
大人びた雰囲気の少女だが、愛らしい笑顔からは年相応の幼さも感じられた。
「年の近いSランク冒険者っていなかったから、モニカがいて嬉しいよ」
「私もです。周りは大人ばかりで……今回の王様からの依頼だって、私、一人じゃ少し緊張しちゃって……」
「もしかして、Sランクになって日が浅い?」
「はい。今日で丁度二週間なります」
「へぇ。ちなみに、冒険者として活動し始めたのは?」
「えっと……半年前からでしょうか」
驚いた。こんな普通の可愛らしい少女が、たった半年で冒険者の最高クラス、Sランクにまで上り詰めたというのか。
まぁノアも人のことはいえないのだが。
「そっか。なぁ、もしよかったら、海竜の討伐に俺と一緒に行ってくれないか? 俺、魔法が炎属性なんだけど、今回の依頼には相性悪くて……」
「──はい! 私の方からもお願いしたいです。やっぱり、一人は心細いので……」
ほっと息を吐く。「やった! 良かった、フラれなくて」
「ふふふ。私の魔法属性が炎じゃなくてよかったですね」
「はは、ほんとに」
二人の間で、緊張の糸が切れた音がした。
周りが★6モンスター討伐への緊張でピリピリした空気の中、二人のいる空間だけは、まるで異次元の場所のように、緩い空気が流れる。
「あっ、そうだカイル!」
放りっぱなしにしていた相棒を思いだし、ばっとそちらへ視線を移す。
そしてノアは表情を歪めた。
「…………あいつの睡眠欲どうなってんだ……」思わずため息が出る。
少し目を離した隙に、最強最古の勇者カイルはまた夢の中にいたのだった。
この物語を思い付いたのは1話を投稿した日の前日です…
最後まで読んでいただきありがとうございます(*´ω`*)
次話も読んでいただければ嬉しいです




