19話 本当の犯人は
セイラがぎゅっと口をつぐみ、押し黙り続けて五分近くが経過した。
セイラの瞳は、先程からずっとキョロキョロと忙しなく動いている。まるで、何かに怯えているように見えた。
セイラの左腕を、ノアは掴んだままでいる。
彼女なら、一瞬でも隙を作れば、ノアから逃げることができてしまう。ようやくセイラの目的を聞き出せるかもしれないチャンスだというのに、それを潰したくはなかった。
まあ、握る手に力はそんなに入れていないつもりだ。痛いと言われたし。
そんな調子で、何の進展も起きないままでいると、モニカがノアと合流した。後ろから更に、カイルとマインドもついてきている。
「コスモさん達は大丈夫か?」ノアは真っ先に訊いた。
モニカ達に任せておけば心配はいらないと考えていたが、それでも気になる。
「はい。無事に避難させました。ご安心ください」モニカが穏やかに微笑む。
「そっかぁ。よかったぁ……」セイラの腕を掴んでいない方の手で、胸を撫で下ろす。
「それから、ノアさんが去った後、再び何体かのミノタウロスが現れたのですが、マインドさんが全て倒してくださいました」
「そうだったのか。ありがとうマインド」
「お安いご用だ」マインドがドンッと自らの胸を叩く。「ちなみに、そちらの美女はどちら様だ?」彼はノアの隣にいるセイラを見て訊いた。
「セイラ。昨日、テディ保育園で俺を襲ってきた奴だよ」
「──ああ!」ぽんっと手を打った。
どうやら思い出したようだ。
「で、逃げられないように、今こうやって取り押さえてるんだけど……いや~、それがさっきからこいつ、全っ然口を開かなくてなぁ」
半目でセイラを見る。視線を逸らされた。
「そうだ、ノアさん。一応お伝えしたいことが」
「ん? なんだモニカ?」
「ノアさんが倒したミノタウロス、さっき確認したのですが、あれ、国から依頼がきていた★6モンスターの一体だったみたいです」
「え、マジ?」
「はい。ノアさんがあまりにもスパッと倒してしまったので私も疑いましたが、確かです。それと、ついでの情報ですが、あのミノタウロスは依頼されていた★6モンスターの中でも、一番強い個体だったようです」
「えぇ嘘だろあれが……?」
結構勢い任せに倒したためよく覚えてはいないが、まぁ言われてみれば確かに? 普通のモンスターよりは、斬った時首が硬かった気がする。
「あっ! じゃあ討伐の証拠品を採取するの忘れた!」
「ご安心ください。私がしっかり回収してきましたので」
「おぉ……流石モニカ。頼りになる~」
いつも寝てばかりいるどっかの誰かさんも見習って欲しいものだ。
「──嘘……あんた、あのミノタウロスをそんな軽々と倒しちゃったの……?」今までずっと押し黙っていたセイラが口を開いた。
セイラがノアを見る。目が、信じられないと言っている。
「ん~……まぁそうだな……。あの時はセイラを追うことで頭いっぱいだったし、正直勢い任せにやっただけだけど」
「はああぁ……どおりで、足止めしてもすぐに追いついてきたわけだわ……」目が、あんた化け物?と言っている。
「──で? お前の方はなんか話す気になったのか?」
「……」うつむき、再び押し黙るセイラ。
「んん~埒が明かね~……」
「では、我から一つ質問してもよいか?」
「ん、どーぞ」
「先程のミノタウロスは、セイラ殿の指示で動いていたように見えたのだが……その、もしや最近狂暴的なモンスターの出没が頻繁に起きているというのは、セイラ殿の仕業なのか?」
「えっ?」
「モニカ殿の話を聞いた限りだと、狂暴的なモンスターの出没は突如相次いだようだし、人為的な何かが働いているように思えたのだが……」
ノアも、マインドが言う可能性を考えなかったわけではない。けれど、無意識に排除していた可能性だった。
というか、よくよく考えてみれば、この街にミノタウロスが複数体いたというのもおかしな話だ。街にはモンスターを中に入れないための結界が張られているし、そもそもこの街の近くに、モンスターが生息するような場所もない。
更に更に、セイラと初めて出会った時のことを思い出してみる。あの時の場所の近くにも、確か★6モンスターのジャバウォックがいた。
これは偶然なのか?
「セイラ、お前の仕業なのか?」
うつむいたまま、顔を上げないでいるセイラに問う。長い沈黙の後、セイラは口を動かした。
「…………あたし、じゃないわ。でも、誰の仕業かは、知ってる」
「──っ!? 誰なんだ?! ほんとに誰かの仕業なのか?!」
まさかの発言に、当然ノアはセイラに知っていることを尋ねる。
しかしセイラはノアの質問には答えず、こう続けた。
「……あたし…………脅されてるの……。あんたのペンダントを奪えって……」
「はっ!?」
突然、セイラが語りだした。ずっと、口をつぐんで何も話さなかったのに。
けれどそこにはつっこまず、ノアはセイラの話に耳を傾けた。
でもまさか、脅されていたとは……
「……歯向かったら、故郷の人たちに何をされるか……。あたしじゃ、弱くて敵わなかった……助けられなかった……だから、従うしかなくて……。……モンスターを狂暴的に変えているのも、あたしを脅してる奴よ。確証があるわけじゃないけど、それを仄めかすようなこと、何度か言ってたし……」
「──お前、誰かに命令されて俺のペンダントを盗みにきたのか」
セイラが頷いた。
「一体誰に命令されたんだ? 相手は一人なのか? 誰に脅されてるんだ?」
セイラの言葉が詰まる。色々な考えが、頭の中で格闘しているようだった。
「……言ったってバレたら、どうなるか……」
「──俺がなんとかする」
「えっ……?」
「何が目的でそいつがこんなことしてるかは知らねーけど……俺が、セイラを脅してる奴をやっつけてやる」
気休めで言ったつもりはない。ノアは本気で告げた。
自惚れてはいないが、ノアにはそれができてしまう程の力がある。それを彼自身も理解していた。良くも悪くも、これがノアという人間の人生を変えてきたものだから。
「……本気、なのよね?」
「ああ」
「……信じて、いいの?」
「ああ」
それからセイラは、意を決したように深呼吸をした。何度も、何度も。
セイラの瞳は、怯えてコスモに泣きついていた子供たちと似ていた。
セイラの口から、ゆっくりと言葉が紡がれ始める。彼女が示した、その、名は──
「……魔族──“アガレス”よ」
「──!?」
思ってもみなかった名。
その場にいる全員が、その名を聞いて、固まった。
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