18話 揺れる意志と示す決意
セイラを追うノア達に立ちはだかった、巨大なミノタウロス。このミノタウロスは、どうやらセイラの命令でノア達を足止めしているようだった。
セイラはそのまま、ノア達から逃げいく。
ノアはセイラを追う足を止めないまま、腰に差した剣を抜いた。
その時視界の端に、ミノタウロスに怯えた子供たちを宥めるコスモの姿が映った。
ここにいたのか、と安堵する気持ちもあったが、今はそれどころではない。
「目を瞑って!」ノアは叫ぶ。
そして剣をミノタウロスに向けて構え、地面を蹴りミノタウロスの頭上まで跳んだ。
ミノタウロスが振り上げる斧を、空中で身を捻って避け、ミノタウロスの首に剣を入れる。
まるで豆腐でも切るかのように、ミノタウロスの首はスパッと斬れた。
首の切り口から血しぶきが吹き出す。
ノアは空中で身を一回転して勢いを殺し、タンッと地面に着地した。
背中越しに、体から離れた頭が重力に従って落ち、ドチャッという鈍い音が聞こえた。
数秒差で、胴体も後ろに倒れる。今度はドーンッと地響きのような音が響いた。
着地してすぐ、剣をしまい、ノアはまたセイラを追って駆け出す。
コスモ達のことは、マインド達に任せておけば大丈夫だろう。
既に1㎞近く、セイラを追って走った。だが体力にはまだ余裕があった。こういう時、自分の底抜けた体力の多さには感謝しかない。
そしてついに
「きゃっ!」
「やっと捕まえた……」
ようやくセイラに追い付き、彼女の左腕を掴んだ。
セイラはノアに腕を引っ張られ、体勢を後ろに崩し尻餅をつく。
その隙にノアはセイラの手から、奪われたペンダントを取り返した。
ぱっとみ、ペンダントに傷などは付いていないようで安心する。ただ、鎖は切れてしまった。
「ちょっ痛っ離してよ……!」セイラはノアに掴まれた腕をぶんぶん振って言う。
だがノアはセイラの腕を離すものかと、更に強く掴む。
「痛っ!」セイラが叫んだ。
「手を離して欲しいなら、お前が俺のペンダントを盗んだ理由を教えろ。なんで俺のペンダントを狙う? しらばっくれんなよ。今度は逃がさねーからな」セイラをギロリと睨む。
「っ──!」セイラもノアを睨み返した。
しかし、自分が不利な立場にあることを理解したのか、セイラは小さく舌打ちをし、それから上目遣いにノアを見た。
何かを覚悟したような表情にも見えた。
「……分かったわ。でも、話せない……話したくないんじゃなくて、話せないのよ……」
「話せない……?」
セイラは小さく頷く。
そう言うセイラの声は、これまで聞いたことがない程、弱々しかった。
◆◆◆
ミノタウロスを瞬殺したノアは、赤紫色の髪をした美人を追って視界の彼方へと消えていった。
マインドはノアをすぐには追わず、傍で子供たちに向かって優しく声をかけ続けているコスモへ駆け寄った。
コスモとは、マインドがこの街やって来た頃から毎日毎日顔を会わせている。
なのに今、マインドにとって、コスモという人間の女性が、やけに遠くの存在であるように感じた。
それはきっとマインドが、自身が魔王であると改めて思い出したからに違いなかった。
カイルと再会し、何百年、何千年と昔の記憶が次々に頭を過った。もちろん、魔王として魔族の頂点に君臨し、国をビシバシ統治していた頃の記憶だ。
あの頃は──全ては、魔族がこの世の種族のトップに立つため。それが魔族の理念であり、魔王としての理念だった。
そのためにマインドは、魔王としての新たな自分を生み出し、マインドという人格を全て捨てた。
魔王であるにも関わらず、マインドは他者への情が深すぎた。そう皆から言われ、彼自身もそれを自覚していた。それでは魔王が勤まらないことも。
自分を殺して、殺して、殺して……何度殺したか分からない。だけどそれだけ殺して、ようやくマインドは魔王になれた。本当のマインドは、死んだ。もう昔のマインドには戻らない。……そう、思っていたのに──
「──今、こうしてまた我が“マインド”でいられるのは、カイルと──コスモのお陰であろうな」ぽつりと呟いた。
不思議なものだ。
あれだけ人格を殺し、必死になって自分を偽ってきたのに──たった一つの出会いで、こうも簡単に人格は生き返ってしまうものなのか。
生き返ってしまうのなら──
そしてマインドは、魔王として自分を偽ることを止めた。自分がしたいと思ったこと、正しいと思ったことを貫いていくことにした。
たとえ魔王らしくなくても。
たとえ魔族らしくなくても。
たとえ、仲間に受け入れられなくても。
けれど、魔王として存在した偽りの自分も、またマインドに他ならないのだと、気付いてしまった。
あの自分は、本当に偽りだったのだろうか?
当時のことを振り返るほど、マインドは自分自身のことが分からなくなる。
だが、マインドは今の自分が好きだ。
だから──今の自分を、変えたくない。
「……マインド?」コスモが自分に気が付き、何故ここにいるのかと尋ねるような視線を向けてくる。
少々長い物思いに耽っていたようだ。
あのミノタウロスの死体は、子供たちの教育上よろしくないと思い、彼が得意とする大地の魔法で、死体を土の下に隠した。
するとその時、近くの茂みから、何十体という数のミノタウロスが姿を現した。
先程ノアが倒したミノタウロスと比べればサイズは小さいが、それでも一体一体が☆4モンスターの並みの強さである。
恐らく、あの巨大ミノタウロスの子分たちだろう。
「マインドさん!」モニカの自分を呼ぶ声が聞こえた。
彼女なら、これくらいの量のモンスターを全滅させるなど、造作もないだろう。モニカが戦うところを見たことはないが、彼女が持つ魔力の量が人並み外れているどころの話でないことは、初めマインドが彼女を見つけた時から分かっていた。
ノアもそうだが、恐らく彼女らは、冒険者の中でも最も位の高いSランクに属する者たちだ。
末恐ろしい子供たちである。今はまだ分からないが、数年もすれば、マインドでは彼女らに太刀打ちできなくなるだろう。
だから、モンスターのことはモニカに任せて、自分はコスモ達を安全な場所まで避難させればいい。
しかし、マインドは
「──モニカ殿はコスモ達をよろしく頼む! このモンスターどもは我が引き受けた!」
「えっ?! だ、大丈夫です! 私でも片付けられ──!」
「そうではない!」力強く言う。「今、ここで我がやらなくてはいけない気がするのだ! それが──」コスモを見る。「──それが、我が主らについていくという意志を、コスモに示すことになる」
コスモのキラキラ光る瞳が、大きく見開かれた。
「……まあ、安心せい。この程度の敵なら、コスモ達の避難が完了する前にも終わらせられるだろう」
そう言い、詠唱を口にする。
コスモの前で、これ程の魔法を使うのは初めてだった。きっとコスモは、マインドがこんな魔法を使えるなんて知らなかっただろうし、思いもしなかっただろう。
「“大地よ。怒り、偽りの輝きを天に示せ”」
その途端、地中から、先の尖ったガラスの結晶が、無数に飛び出してきた。
それらは何の躊躇も見せず、ミノタウロスを一体一体、全て串刺しにしていく。まるで針地獄だ。
ミノタウロスがもがき苦しみ、雑音のような叫び声を上げる。
一発で仕留めない、残酷な処刑方法だ。これは、消えきれなかった、マインドの魔王としての本質の現れでもあった。
辺りには一瞬で、真っ赤な水溜まりがいくつもいくつも広がった。
この光景も、子供たちには教育上よろしくないかもしれない。
しかしモニカの働きは実に迅速だった。既にほとんどの子供たちが、保育園の方へ避難が進んでいた。この惨状を目にする子供はいない。
視界の隅に、木陰で居眠りをするカイルの姿が一瞬映る。
最後にコスモが残っていた。
コスモはマインドの目を真っ直ぐ見据える。
目を反らさず、マインドもコスモの目を見つめ返した。
「──帰ったら、ゆっくりと事情聴取をするからな」コスモが言う。
「──ああ。覚悟は、できている」
そしてマインド達は、ノアの後を追って駆け出した。
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