16話 行方知れずの部下と宝
衝撃の事実。
ノアとモニカが昨日出会った保育士(?)の男性、マインドは、カイルと古くからの親友であり、また魔族の長、魔王だという。
カイルに友人がいたという事実にも驚いたが、それ以上に驚いたのはマインドが魔王だということだ。
もちろんそんな仰天告白、そう易々と信じてはいない。というか頭の整理が追いつかない。
けれどマインドと話をするうちに、なんだかんだノアもモニカも、マインドが魔王であることを受け入れつつあった。
彼の雄々しい態度や、隙を感じさせない気配、鍛え上げられた体つきなど、確かに魔王と言われたら頷ける。
そんなマインドに、ノアはふと気になったことを口にした。
「魔王であるお前が、こんな所にいて大丈夫なのか?」
こんな所、とは、人間の国を指す。他の国と相違的な、広大な海にぽつんと浮かぶ島国。モンスターの生息数も他と比べ極端に少ない。魔族とは無縁の国だ。
首を傾げるノアに、マインドは大きく頷いて見せた。
「うむ。国と魔族統治の雑務は、優秀な部下二人に任せておる。心配は無用だ」
「あれ、マインドの部下は三人じゃなかったか?」
不意に隣から聞こえてきた。ノアでもモニカでもマインドでもない声。
「うわっびっくりした!?」
左を向いて驚く。いつの間にかカイルが起きていた。
マインドはカイルが起きていたことに対して、特に反応を示さない。
だが、カイルの言葉を聞いて、小さくうつむいたマインドの顔に、影がかかる。
「……それがな、昨年程から、部下の一人である“アガレス”が行方不明なのだ。性格があれだから心配なんだが……」
「えっ、そうなのか?」
「ゆ、行方不明……それなのに、マインドさんはその方を探しに行かなくて大丈夫なんですか?」
「ああ。奴の捜索は、先程も言った優秀な部下二人に任せておる。その二人で見つけられないのならば、我が捜索に加担したところで無意味よ。アガレスの動向は気になるが、致し方ない」
部下のことを、よほど信頼しているらしい。
それから、と思い出したいようにマインドが呟いた。
「アガレスと共に、魔王城の地下に保管されてあった“大地のオーブ”も消失したらしい」
「ええっ?!」モニカが叫んだ。
「ついでみたいにさらっと流したがそれとんでもない大事件だぞ」珍しくカイルもつっこむ。
「オーブ?」聞き慣れない単語に、一人、ノアは首を傾げた。
「む、なんだ少年、まさかオーブを知らぬのか?」
信じられないという顔をされる。
「さ、左様でございます……」きゅっと体を縮こまらせた。
ふむ、と、まだ信じられないというような口調で呟いた後、うつむかせていた顔を上げ、マインドはノアの目を見て口を開いた。
「オーブというのは、この世に存在する全八属性の魔法の魔力が、それぞれ凝縮された魔力の塊だ。オーブは各魔力属性につき一つずつしかこの世に存在せん。我の城にあったのが、大地魔法の魔力の塊、大地のオーブだ。どうしてオーブというものがこの世に存在するのか、未だその実態が明らかになっておらぬ、謎多き宝よ」
「へぇ~……ん、あれ待った。……全八属性?
六属性じゃなくて?」
魔法の属性は、炎,水,雷,風,大地,毒で、全六属性のはずだ。
ノアの言葉を聞き、マインドだけでなくカイルやモニカすらも仰天した。
何故そんな表情をされるのか分からず、ノアの方も仰天する。
「ノ、ノアさんもしかして、“光魔法”と“闇魔法”をご存知ありませんか?」モニカが言う。両手が不自然な位置で固まり、明らかに動揺しているのが分かった。
「え、えっと……そんな有名なものなのか……?」
「ゆ、有名も何も、常識ですよ……?」
常識。その言葉が、ノアには妙に遠い言葉に聞こえた。
「ごめん、説明してもらってもいいか?」
モニカは表情を変えて、微笑みながら頷いた。
「光魔法と闇魔法は、全八属性魔法の一つです。その名のとおり、光と闇を操る魔法で、最も強力な魔法だと言われています。これらの魔法は扱える者がとても限られていて、そもそも今この世に実在するのかも分からないとさえ噂されています」
「へぇ~……」
丁寧に説明されても、見たことがないものはイマイチ、ピンとこなかった。想像力が足りなくて申し訳ない。
「つまり話を戻すと、オーブは国宝級の大財宝なんです。それが消失したというのは、とんでもない大事件だということなんです」
「大事件……」
にも関わらずヘラヘラしているマインドを見ると、モニカの言う大事件という言葉が、どうにも大袈裟にしか聞こえない。
「光魔法と闇魔法についてはまぁ分かったけど(嘘まったく分からん)。大地のオーブは今もまだ見つかってない……んだよな?」
「うむ。アガレスと共に、早く見つかればよいのだがな」
「オーブを盗んだのは、そのアガレスって奴なのか?」
「それはまだ分からん。しかし、アガレスならばあり得る。信用していないという訳ではないが、奴は目的のためなら手段を選ばぬところがあるからな。優秀なのは間違いないが、少々我が強い。我とは特に価値観が相容れぬらしくてな、お互い分かち合えぬままだ」
「マインドさんへの反発も兼ねて、ですか……」
「左様だ」
「価値観が違うって、具体的にどう違うんだ?」
先程から質問しかしていないノアである。
「そうだな……我は魔族も人間も仲良しウェルカム派なのだが、アガレスは……魔族は人間に劣っていてはならない、魔族が一番、そういう考え方なのだ」
「ようは考え方が古いと」
「ズバッと言うな」モニカに対して苦笑する。
「……」
「早く見つかるといいな。アガレスも、大地のオーブも」
「……ああ」
「そういえば、マインドさん……魔王が生きているということを、他の魔族の方たちはご存知なんですか?」
「当然であろう。魔族の中では常識だ。だが無闇に他言するなとは言いつけておる。──我の存在は、人間と魔族の争いを生む、火種としかならぬからな……」
そう言ってマインドは、口元は笑っていつつ、視線をうつむかせる。その様子を見ていると、どうにも心が強く痛んだ。
そこに存在するだけで、周りの争いを生んでしまう厄災のような存在……。
その痛みが分かってしまう自分が嫌だった。
「一応、和解したということは伏せ、致命傷を負わされたということになっている。そのための治療で、未だ城に籠っているとも噂されているな」
「へぇ。まぁ千年前の人間と魔族の関係を考えれば、そういう対応が当然か」
どうやらカイルも初耳だったらしい。
「千年前といえば、魔族はとても好戦的で凶暴な種族だったと聞いています。でもマインドさんからは、そういう感じが一切しないというか……」
「魔族の方針が、魔王の意思なのだと思われておるようなら、それはとんだ見当違いだぞ」
「え、どういうことですか?」モニカが瞳を大きく開ける。
「誤解されがちだが、大抵の種族はどこも、王は然程の権力は持っておらぬ。王が存在する一番の意味は、種族の統治ではなく、自分たち種族の力の象徴となることだからな。王の強さがそのまま、他種族から見たその種族の力となるのだ」
「ていうことは、上が下を支配するっていうよりかは、下の意思を上が実行するっていう感じなのか?」
人間の国は前者だ。王が自ら政治の指揮を取っている国である。絶対君主制とまではいかないが、それに近い政体だ。だから王の意見で動いていない他の国の政体が、ノアには想像しづらい。
「左様。そのとおりだ。……王なんて呼ばれておるが、実際はただの操り人形よ。自分の意思なんて、どこにも反映されん」
「へぇ……なんか意外だったな」
「人間の国が異様なだけよ」
マインドは残りのアイスティーをくびっと飲み干した。グラスをカウンターに置くと、中に入った氷がカランと音を立てる。
ノアのアイスティーは、まだ半分以上残っている。照明の光を反射した鮮やかな色は、ノアの髪と同じ色をしている。
その水面に映った自分の顔は、ゆらゆらと広がる波紋のせいで、ぐにゃりと歪んで見えた。
「あっそういえば……最近、この国で狂暴的なモンスターが増加していることを、マインドさんはご存知ですか?」モニカが訊く。
「むっ、そうなのか? 初耳だ」
「魔王が初耳って……。お前一体、ずっとここで何やってたんだ?」ノアがズバッと訊く。
敬語でなくてもいいと言われ、もはや礼儀の“れ”の字もない。
「街で可愛い子をナンパしておった」
「魔王が何やってんだよ!?」
思わずつっこむ。
「まあ、この件に関しては国家機密ですし」
「あ~、そういやそっか」
「ふむ……しかし、そうか。狂暴的なモンスターの増加……」
そうぶつぶつ呟きながら、マインドは何かを真剣に考え込む。
数十秒の間があった後、意を決したような表情をして、マインドがノア達を一瞥した。
「よし、決めた。我もカイル達の旅路についていくとしよう!」
「「──ええええええ?!」」
ノアとモニカは、揃って大声を上げた。
今日は叫んでばかりで、喉が痛い。
「む? なんだ、嫌か?」
「いや、いやいやいや! そうじゃないんだけど、そんな突然──魔王が旅の仲間になるって、え、待って。あまりに非現実過ぎて頭の整理が追い付かない……」
「モニカは既に倒れそうになっているぞ」
「え?」
「──? ──?? ──???!?!」
「モニカーー!?」
こうして、最強の冒険者,最強の魔法使い,伝説の勇者,魔王という珍妙なパーティーが誕生したのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字・脱字,アドバイス等あれば教えていただけますと参考になります。
ブックマーク,評価,感想,レビュー等をしていただければ、とても励みになります。
次話も読んでいただければ嬉しいです。




