15話 我は○○
外で立ち話もなんだからと、マインドがノア達を近くのバーの中へと入れてくれた。
聞くとそこは、マインドが経営する、夜中営業のバーらしい。
昼間はコスモの保育園仕事を手伝い、夜はバーを経営して生計を立てているという。
マインドが言うには、ここのバーは酒類が豊富という理由でそこそこ人気があるらしい。料理はお摘みのピーナッツくらしいしか出てこないらしいが。
バーの内装は黒皮が使われた家具が多いシックな雰囲気で、光量が絞られたオレンジ色の照明も、それらの落ち着いた雰囲気にマッチしていた。
店の奥には簡易的なステージもあり、そこで酒に酔ったお客がノリノリで歌っている姿が容易に想像できる。
席はカウンター席と、カフェ等でたまに見かけるソファ席がある。真っ黒なカウンター席からは、キッチンの様子と、その後ろに飾られた色とりどりのお酒のボトルがよく目につく。
マインドがカウンター奥のキッチンに入り、その前のカウンター席にノア達は座った。
マインドがノア達に、グラスに入ったアイスティーを出してくれた。
「お酒以外の飲み物もあるんですね」ノアが訊いた。
「うむ。我のバーは、子供も赤子もウェルカムだからな。粉ミルクだって常備しておる。まあ、一度も赤子を連れた母親が来店したことはないのだがな!」愉快そうに笑いながら、マインドが言った。
「あはは……」ノアも苦笑する。
ノアは、グラスを手で持たずストローでアイスティーを飲むカイルへと視線をやった。
先程、マインドがカイルへ言った「盟友!」という言葉が脳裏をよぎる。そこから推察するに、カイルとマインドは、以前からの知り合いということなのか。
ただ、それを確認する間もなくマインドにバーへ招待されたため、今だ真相は分かっていない。
というかカイルにちゃんとした知り合いがいたことに驚いた。
ノアはカイルから、そういった類いの話を聞いたことがなかった。ノアからそういったことを尋ねることもなかったし、またカイルから話されることもなかったからだ。
つい視線が、カイルとマインドを行き来する。
その視線に気が付いたマインドが、自分も飲んでいたアイスティーを置き、カウンターへ身を乗り出した。
「ノア殿とモニカ殿は、カイルとどういった関係なのだ?」
ノア達に質問が向けられる。
マインドからすれば、ノア達とカイルが一緒にいることに疑問を抱くのが当然である。
ノアは素直に答えた。
「一緒に旅をする仲間です。もともと俺とカイルが一年前に出会って旅を始めて、数日前にモニカとも初めて出会いました」
モニカも頷いた。
「ノア殿とモニカ殿は出会って数日だったのか。これは驚いた。てっきり幼なじみのようなものだと思っておったぞ」マインドが目を見開く。
「カイルとマインドさんは、どういう知り合いなんですか?」今度はノアがマインドに訊いた。
「うむ、そうだな、まだちゃんとした自己紹介をしていなかった。主らはカイルが、魔王を倒したと語り継がれている勇者だということを知っておるか?」
「え? はい、カイルから直接聞きました」
マインドも、カイルの素性を知っているらしい。つまりそれだけ、二人は親密な仲ということになる。
「ふむ、では話が早いな。──改めて、我の名はマインド。そして、魔族の長、魔王である!」
「「…………えっ??」」
暫しの沈黙が、場を支配する。
あまりにもあっさりしたマインドの爆弾発言に、ノアとモニカの思考が固まる。
隣では裏腹に、カイルが呑気そうに欠伸を漏らしていた。
そして
「ええええええ?! 魔王っ?!」
「マインドさんが魔王?!」
二人は同時に叫んだ。それはもう大声で、辺りの迷惑など考えずに。
「魔王ってあの魔王ですか?! 本当に?!」
「魔王と勇者が盟友ってどういう……?!」
「そもそも魔王ってカイルに倒されたんですよね?!」
「マインドさんはコスモさんと幼なじみなのでは?!」
「なんで魔王が人間の国にいるんですか?!」
「というか人間じゃなかったんですか?!」
ノアとモニカは矢継ぎ早に質問をマインドへぶつけた。それでもまだ、質問は口からいくらでも溢れ出てくる。
マインドが魔王?
とてもじゃないが、そんな衝撃暴露をそう易々と信じられるわけがない。だって、伝説として勇者と共に語り継がれている、あの魔王だ。
あの時、カイルが古来の勇者であることはすぐに信じたノアだが、それとこれとは話が違う。
いやそもそも、誰もが思い描くであろう魔王のイメージとマインドがあまりにもかけ離れているため、信じようにも信じられない。
「まあまあ落ち着け。順番に説明してやろう」落ち着けない原因を作った張本人であるマインドは呑気に言う。
「「落ち着けないですよ!?」」ノアとモニカはまた叫んだ。
とは言ったものの、説明をしてくれるのなら、確かに今は、気持ちを落ちつかせてマインドの話を聞く方が先決だ。
二人は、椅子から半分浮き上がっていた腰を下ろし、質問を飲み込んでマインドの目を見た。吸い込まれるような金色をしている。
そして、マインドはゆっくりと語り始めた。
「我とカイルが初めて出会ったのは、伝承にあるとおり約千年前。カイルたちが、魔王である我を倒しに来た時だ」マインドはその頃を懐かしむような目で言う「カイルが剣を握りしめて我の目の前に現れたその時、我は確信したのだ。“──あっ、これは勝てんな”、と。だから争いは止め、和解を申し出ることにした」
「いきなり話がぶっ飛びましたね……」
さぞ壮絶な戦いがあったのだろうと思いきや、まさか魔王の方から勇者へ和解を申し出ていたとは。
その時のマインドの気持ちを想像すれば分からなくもない判断だが──
「魔族の長としては、本当にそれで良かったのですか……?」
モニカが、今まさにノアが思っていた言葉をそっくりそのまま代弁してくれた。
それにしても、意外とはっきり訊くのなモニカ。
「まあ確かに、格下の種族に頭を垂れるなど、魔族の誇りに欠けていると思われるやもしれんが──何よりも大切なのは、己と仲間の命だ。誇りやプライドというのは、時に捨てなくてはならない足枷になる。無意味な意地を張り続けた結果、命を落とすというのは、格好良くもなんともないのだよ」いつになく真剣な口調で語るマインド。
ノアとモニカも、思わずマインドの語りに聞き入った。
今の話を聞いて、少しではあるが、マインドが魔王であることを受け入れられたように感じた。
「あの、さっき、カイルたちって言いましたよね? マインドさんを倒しに来たのは、カイルだけじゃなかったんですか?」ノアが訊く。
伝説では、勇者は一人と語られていたはずだ。
カイル本人からも、昔仲間がいたという話は聞いたことがない。
まあ、マインドの件に関してもノアはカイルから一切聞かされたことがなかったし、仲間がいたという可能性は十分にあり得る。
当のカイルはというと、やけに静かだと思っていたら、ノア達が話し込んでいる間に、机の上に置いた自分の腕に顔を埋めて寝ていた。
ちなみに今の時刻は、朝の8時を少し過ぎたところだ。
「ふむ……その様子だとカイルからは何も聞いておらぬようだな」
「はい。そもそもカイルは、そういう自分語りを嫌うので」
「確かにカイルはそういう奴だな。しかし、ならばこれは、我の口から言うべきことではないな」
「え、どうしてですか?」
「……事実、カイルには昔、我の知る限りでは三人の仲間がいた。だが、旅をしている間に色々あったらしくてな。正直なところ、我はカイル以外とはあまり面識がなかったから、そこの詳しいことは何も知らぬ。だから教えられん!」
「そう、ですか……」
「まあ、どうしても気になるのであったら、カイル本人に直接聞いてみてはどうだ? 今はまた寝ているようだがな」
「……はい、そうしてみます」
「うむ。まあカイルと出会ってからは、それからなんやかんやあってな。それを乗り越え、今や我とカイルは盟友なのだ!」最後に元気よく、マインドが締め括る。
「できれば、そのなんやかんやの部分をはっきり聞きたいのですが」
「話せば丸三日はかかるぞ?」
「あ、じゃあいいです……」
「ふむ、そうか。──まぁ最近では、色々な地域を巡っては、こういったバーを経営したりして、我は生を楽しんでいる。この土地にやって来たのは、ほんの十数年前だ。コスモもあの頃は小さな子供だったが、今ではすっかり、立派な女性になりおって……」感慨深そうにマインドは言う。
「魔王にとって、十数年前は“ほんの”なんですね……」
「コスモさんは、マインドさんが魔族であることをご存知なんですか?」
「ああ。我から改まって話した覚えはないが……知っていると思うぞ」
昔、それこそ千年程前までは、人間と魔族(とその他諸々の種族)の仲は頗る悪かった。完全なる敵対関係で、相手の領土に一歩足を踏み入れれば、命はないというのが当たり前だったらしい。
しかしここ数百年の間に、人間と魔族(とその他諸々の種族)は武器をおさめ友好関係を築いてきた。
なので今のご時世、魔族が人間の国にいることは、あまり珍しくもない。いや、マインドの場合は魔王という役職の持ち主なため、今のご時世でも珍しいが。
まさか、マインドが魔王だと知れば、コスモは一体どんな反応をするのだろう。
「お、そうだ。今更かもしれんが、我に対して敬語はいらぬぞ。敬語を使われると、どうも魔王として仕事をしている気がして、気が抜けん」
魔王という立場上、当然ながら周りの魔族たちはマインドに最上級の敬意を示すため敬語で話すのだろう。
「分かった。それじゃあため口で」
ノアも、敬語は肌に合わないと感じていたため、ありがたかった。コスモなどの他の年上の人たちに対しては、今後とも敬語を使うつもりでいるが。
「わ、私は……すみません、敬語は癖みたいなものなので、このままで……」モニカが小さく肩をすぼめて謝る。
マインドは「了解した」と首を縦に振った。
「あ、そうだ。あともう一個、質問とはちょっと違うけど訊きたいことが」
「む、なんだ?」腕を組んだマインドが、芝居がかった動きで首を傾げた。
ノアがゆっくりと口を開いた。
彼らの談話は、まだまだ続く──
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