14話 お別れのはずが
~深夜~
モニカも眠りについた頃、ノアは部屋を出て、人のいない宿の外の裏側に来ていた。
裏側から見た宿には、扉も窓もない。
普段客に見られない場所だからか、手入れは行き届いていなかった。
地面には長い雑草が生い茂り、大きな木の下にある井戸には苔がびっしりと付いている。その井戸は長い間使われていないのか、水を汲み上げるためのバケツもない。
まるで、全ての人から忘れ去られたような、そんな場所だ。
普段は周りから見えないように隠しているペンダントを服の下から取り出し、ノアは白い宝石が嵌め込まれているペンダントの蓋を開けた。
ペンダントの中から、小さな光が飛び出してくる。キャロルだ。
ペンダントから出てきたキャロルは、大袈裟に伸びをし肩を回した。
「あ~肩凝るわ~。ずーとペンダントの中に閉じ込められてたから肩凝った~」キャロルが不貞腐れた態度で言う。
「悪かったって、昨日はペンダントから出してやれなくて。その~、気が付いたら朝になってたというか……」
昨日(日付が変わってるから一昨日?)、ノアはセイラから受けた毒のせいで、夕方から翌日の朝まで、約半日間眠っていた。
思えばキャロルとの会話は、モニカと出会った日の夜以来だ。
「はあぁぁ……」深いため息を吐くキャロル。「中から全部見てたわよ。……色々あって、言いたいことは山程あるけど……ノア、体の方は本当に大丈夫なのね?」
「ん、ああ。問題ない。ちょっと疲れはあるけど、このとおり元気ピンピンだ」
「そ。流石体力馬鹿」
「馬鹿って付けられると、褒められてるのか貶されてるのか分からなくなる現象」
「でも実際馬鹿じゃない。ほら、前にあんた、空腹で倒れるまで、自分が不眠不休飲まず食わずだったことに気付かなかったことあったでしょ」
「いやあれはもう五年以上も前の話だろ!? そんな前の話、今更掘り返さなくても……」
「まあ、今はカイルもモニカも傍についてるし、もうそんなことはないと思うけど」
それでもキャロルは、まだ何か心配そうにノアへ視線をやる。
「どうした?」
「……別に」そう言いキャロルはそっぽを向いた。「──にしても、あの女なんなのよ! ペンダントを?! “私”をよこせ?! は?! 意味分かんない!!」
肩を震わせいきなりキレたキャロルに驚く。
けど無理もない。
あの女とは、無論セイラのことを言っている。
ペンダントを狙ってくるセイラは、ペンダントに住むキャロルからすれば、自分を誘拐しに来た危険人物としか思えないのだろう。
「キャロルって、ペンダントの蓋を閉じられたら強制的にペンダントの中に戻されるんだっけ?」
「そうよ。だから、あんたがあの女にペンダントを奪われたら、私はおしまい。つまり、私の命はあんたが握ってると言っても過言じゃないってわけよ」キャロルがノアにビシッと指を指す。
「うう……過言じゃないって言い返せないのがプレッシャー……。でも、キャロルの姿が見えたり、声が聞こえたりするのは俺だけなんだろ? ペンダントが奪われても、キャロルに何かあるとは思えないけど」
「は? あんた、私を売るわけ??」
「いや違う違う。もしもの話だよ」
「……まあ、確かにそうなんだけど……それも確定はしてないのよね。今まで出会ってきた人たちの中で、私の存在を認識できた人がいなかったってだけの話であって。もしかしたら、あの女は私を認識できるのかもしれない」
「? つまり、何が言いたいんだ?」
「察しが悪いわねぇ。つまり、あの女の目的はペンダントじゃなくて、私かもしれない、って話よ」
「──えっ?!」
キャロルの考えを聞いて、思わず叫ぶ。
ノアにとって、その発想は考えてもみなかった。
しかし、確かにあり得る話ではあった。
この、白い宝石くらいしか価値の分からないペンダントよりも、キャロルという未知の存在の方が、何十倍も価値はあるだろう。
本当にセイラは、それを狙って?
……キャロルが消えてしまうかもしれない、不意にそうと考えると、ノアは全身をぞっと撫でられるような不快な感覚を覚えた。
「……」
「……まっ、これはただの想像話よ。だからあんまり本気で捉えない方がいいわよ」
「……あ、ああ。そうだな……」
「だからって、ペンダントを奪われてもいい理由にはなんないから。ノアは心して、私を守りなさい。い・い・わ・ね??」今のキャロルには、相手に有無を言わせない気迫があった。
「当然だ。親の形見、キャロル、どっちも俺の、大切な宝物だからな」
「……そ。ま、分かってんならいいのよ」キャロルの耳が少し赤くなっていた。
キャロルに改めて言われずとも、ノアに、セイラにペンダントを渡すつもりはない。
ペンダントを、そしてキャロルを失うというのは、ノア自身が自覚しているよりも遥かに、ノアにとってあり得てはならないことだ。
キャロルがいなかったら、今ノアはここにいない。いたとしても、壊れていた。
だから今度は、俺が守る番だと、ノアは心に強く誓った。
誰かを救える人に、なるためにも──
◇◇◇
~翌日の朝~
宿を出たノアとモニカとカイルは、出発の前の腹ごしらえをしようと、街の商店街で朝の出店を見て回っていた。
右を見ても左を見ても、食べ物の出店が並んでいる。ぐつぐつジュージュー、煮られ焼かれている匂いが、鼻孔を擽る。
活気に溢れているとは、このことか。
「わ~! こういうの、あまり見かけたことがなかったので、凄くワクワクします!」モニカが幼子のように目を輝かせた。
「分かる! 俺も最初見た時、めっちゃテンション上がった。昼とか夜とは、また違った雰囲気があるよな」
「はい! あっ何を食べましょうか?」
「ん~朝だしそれっぽいもの……おっ肉まん、旨そ~。でも朝から肉まん……」
「案外いけると思いますよ。私、皆さんの分も含めて買ってきますね」
「おおっ頼んだ!」
駆け足で屋台へ向かっていくモニカを見送り、ノアとカイルは近くにあった飲食スペースの椅子に腰掛けた。木でできたその椅子は朝の冷気で冷えているはずなのに、心なしか少し温かく感じた。
朝の六時にも関わらず、辺りは人で賑わっている。多くは仕事へ向かう前に朝食を食べに来た大人だろうか。片手に食べ物を持っている人が多い。
昨日は保育園でたくさんの子供を見たが、今子供は一人二人程しか見受けられなかった。
「……眠っ……」ノアの正面に座るカイルが微睡んだ瞼を擦りながら言う。
「あれだけ寝といてかよ……いやまぁ、いつものことだけどさぁ」
「ノアは、朝でも昼でも夜でも元気だよな」
「ふっふっふ、若者の体力舐めるなよ? 今は俺が起こしてるからカイルも起きてるけど、俺と旅始める前は一体どんな生活送ってたんだ?」
「……ぼーっと生きてたからよく覚えてないけど……多分、ほぼ一日中寝てた」
「いやそれ、多分じゃなくて、確実にその生活スタイルだろ。これに関しては謎に自信ある」
「……」
「ん、どうした?」
「……ノアは、俺と出会う前はどうしてたんだ?」
「えっ俺……?」突然自分に話題が振られたことに戸惑う。「あ……あぁ……今と、そんなに変わんないよ。目的もなく放浪して、金がないからギリギリ生きてた感じ」
目を背けてそう言うと、カイルが怪訝そうに眉を潜めた。
「……それ、いつからだ? ノアの年の子供って、普通なら孤児院に入ってるよな?」
「──っ」
「……もしかしてノア、孤児院に入ってなかったのか?」
「──っ!」
……何気ないカイルの言葉一つ一つが耳に入る度、頭がぐらぐらぐらぐらした。
ぐちゃぐちゃになる。
カイルの顔が見えない。
色がなくなる。
声が出ない。
息ができない。
「────」
「……悪い、言いたくないなら答えなくていい」
「っあ、ああ。……ごめん」
そう返事を返すと、頭のぐちゃぐちゃがなくなり、息も吸えるようになった。
ただ、カイルには申し訳なく思う気持ちが募り、つい目を背けたままになった。
ノアは、自分で自分が分からなくなる。
何故自分は今、こんなにも動揺したのだろう? 過去に関わるから?
でも昨日、キャロルに過去を掘り返された時は、特に何も感じなかった。
……あの時は、相手がキャロルだったから?
それからモニカが戻ってきて、ノアとカイルに肉まんを手渡してくれた。肉まんは手が痛くなる程熱々だった。これを三人分運んでくれたモニカには感謝である。
肉まんを一口頬張ると、中から出てきた肉汁がじゅわっと口の中に広がった。
でも、美味しいはずなのに、ノアは味を感じなかった。
それは肉まんが熱すぎるせいなのか、自分の味覚がおかしくなったのか、ノア自身にも分からなかった。
◇◇◇
朝食を食べ終え、商店街のあった大通りを右に曲がると、そこには閑静な住宅街と少しのお店が立ち並んでいた。
お店といっても洒落た雑貨屋等はなく、今は明かりも付いていない夜営業のスナックやバーばかりだ。
建物の一つ一つ、背の高いものが多く、通りの日当たりはあまりよくない。人通りもないため、より一層辺りが暗く感じられた。
「確かこの道通ったよな……」今来た道と先の道を睨みつけ、ノアは頭を抱える。
ノア達の目的地は、コスモの働くテディ保育園だ。
昨日約束したとおり、この街を去る前に、コスモとマインドに挨拶をして行こうと思っていた。
カイルには、まだコスモとマインドのことを話せていないが、ノアがどこに向かおうとしているかを、カイルから聞いてくる気配は一切ない。そもそも興味がないのだろう。
今も、眠そうに首をかくかくさせながら、転ばないか不安になる足取りでついてきている。
ノアは、昨日テディ保育園へ向かう際に通った道のりを、記憶の片隅から引っ張り出しながら手元の地図と照らし合わせた。……この道で、多分合っているはずだ。
かれこれ数分、地図から顔を上げたり下げたり後ろを振り返ったりを繰り返していたノアの様子を見兼ねたモニカが、地図をノアから交代で受け取り、颯爽と先頭に立ってくれた。イケメンかよマジでありがとう。ノアは心の中でモニカに土下座した。
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おお、ノア殿とモニカ殿ではないか」
「あっ!」
声がした方向へ顔を上げると、そこには腰に手を当て、仁王立ちでノア達を待ち構えるマインドの姿があった。
「マインドさん?」
何故マインドがここにいるのかと、モニカが首を傾げる。
それに返すように、マインドも首を傾げた。
「うむ。我はマインドだぞ。ノア殿とモニカ殿、それに後ろの始めましての人様は、一体どうしてここに──」そこまで言って、マインドの言葉が止まる。
カイルへ視線を向けたまま、目を見開いた状態でマインドの動きが固まった。
「マインドさん?」心配になったノアが声をかけるが、マインドはぴくりとも動かない。
それから機械のように、マインドの腕がゆっくりと上がり、人差し指でノアの後ろにいるカイルを指差した。
つられてノアもカイルの顔を見る。
カイルはいつもどおりの無表情だったが、先程まで半分閉じかけていた瞳が、今はしっかりと開かれていた。
マインドは口をパクパクと動かし、そして
「盟友!!」
マインドが嬉しそうな大声が、暗い住宅街に小玉した。
「「……え──??」」
ノアとモニカは、マインドの言葉にそう返すことしかできなかった。
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