12話 唯一無二の宝物だから
「……誰だ、お前」
コスモが、警戒の色が滲んだ瞳を、数メートル先に立つセイラへ向けた。
出てきてしまった子供たちを死守するように立っている。
こんな時でも冷静さが健在なのが、流石は姉御先生と呼ばれるだけある。
「……ん? いや……誰、はこっちの台詞なんだけど」一方のセイラは、ノアの予想とは裏腹に、訝しげな表情を浮かべた。
セイラの視線がコスモから、その後ろに隠れている子供、更にその奥の園内にいる子供たちに注がれる。セイラの表情が、より一層困惑に近くなる。
「な、なんで子供がこんなにいるわけ……?」
セイラの少し弱々しい言葉遣いが意外に感じられ、面を食らう。
口振りから察するに、どうやらセイラは、ここが保育園であることを知らずに来たらしい。
この土煙を考えると、門からではなく上から来たのだろうし、門の横に掘られた『テディ保育園』という文字も見ていないのだろう。
セイラの狙いはペンダント、つまりノアだ。
しかし、ここが保育園ということすら知らず、どのようにしてセイラは、ノアの居場所を突き止めたのだろうか。自分の行動の全てを見透かされているようで、背筋に軽い悪寒が走った。
「む? ここがテディ保育園だからに決まっておろう、美人なお嬢さん」威厳たっぷりに、マインドが言う。
こんな時でも、マインドは自分のペースを崩さない。肝が座っているのか、天然なのか、マイペースなのか。
「ああ? 保育園? ……あ~そういう……って、あんたも誰よ!」
「我の名はマインドだ」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
「お嬢さん、お名前は?」
「あんたには絶っっ対言わないわ!」
「フ、フラれた……」マインドがガックリと肩を落とす。
「何、秒でナンパして失敗してしょぼくれてるんだいあんたは。そんなことをしてる場合じゃないだろ……。相変わらずお前は……」コスモが呆れ顔で言う。
こういうマインドの行動は、よくあることらしい。
「……で? セイラは、こんなとこまで遥々俺に会いに来て、ま~たペンダントを奪おうと企んでると?」
「そうよ。ほら、遥々来てやったんだから、さっさとペンダントを頂戴?」
「来て、と頼んだ覚えはねーよ。……やるわけないだろ?」ノアはセイラを睨み付ける。
セイラは肩を竦めた。
しつこい相手に、肩を竦めたいのはこちらの方である。
「……どうやら、ノアにとって迷惑な知り合いのようだな」コスモが厳しい目付きで言う。
「はい。……すみません、俺のせいで……。多分セイラと剣を交えることになるので、ここをお借りしてもよろしいですか? 街の方に出ると、色々と被害が……」
「ああ、構わないよ、君にならね」コスモは優しく微笑んだ。「子供たちは、私たち三人で避難させておくから」
「すみません、本当にありがとうございます」
「そんな怯えたように固くならなくてもいいさ。さっ、いつまでも団子虫みたいに丸まってないで、さっさと行くよマインド!」しょんぼりと丸まったマインドの大きな背中を、コスモがバシッと叩いた。
コスモが園内にいる子供たちを連れ、門の外へ出ていった。
「ま、待つのだコスモ~! 子供たち~!」マインドも慌てたようにコスモ達の後を追って出ていく。
残ったのは、ノアとモニカだった。
「モニカ?」コスモ達の元へ向かわないモニカを、ノアは怪訝に思う。
「わ、私もノアさんと戦います! また、ノアさんが昨日みたいなことになったら……」モニカが泣きそうな目で訴えてかけてくる。
「……あ~……ごめん、思ってた以上に心配かけてたんだな」
モニカが大きく頷いた。
「でも、今回は一人で大丈夫だ。俺は、同じ罠に二度は引っ掛からない男だからな」笑って言う。それでもモニカは納得していないようだが、「頼む」
そう、モニカの目を見て言うと、真剣さがモニカにも伝わったのだろう。渋々といった様子だったが、モニカはノアの横を通ってコスモ達の元へ向かっていった。
安心して、ノアは再びセイラに向き直る。そして、ふっと息を吐いた。
「待っていてくれたんだな」
セイラは、先程までの場所から一歩も動いていなかった。
「ふんっ。別に」セイラがツンッとそっぽを向く。
けれど、本当に不思議だった。本気でペンダントを奪う気があるなら、逃げていく子供たちやモニカのことなど気にせず、ノアに掴みかかってくればよい話。何故そうしなかったのだろうか。
そう考えながらも、剣を抜いてセイラへと突き出す。斬るつもりはなかったが、威嚇というやつだ。
セイラも、持っている剣をノアへ突き出した。剣は昨日と同じ物のようだ。
「翌日、早速くるとはな……お前、もしかして暇なのか?」
「はあ?! ん、んんんなわけないでしょ?! 昨日のあれから、悔しさで腸が煮えくり返りそうで、いてもたってもいられなかったのよ!」
「いやそんな慌てて弁解しなくても」
「……ノア、だったわね。──昨日はしてやられたけど、今日はそのペンダント、いただくわ」
ぐっと息を飲んだ。
北の方角から、心地よい風が吹いた。一つに結われたセイラの長い髪が、風のそよぐ方向へサラサラと靡く。
こうして真正面から見ると、本当にモデルのような体型で凄く美人だ。
「……ちゃんと、覚えてくれてたのね。……あたしの名前」不意にセイラが言った。
「そっちも、覚えてくれてたんだな。俺の名前なんて、てっきり忘れられてると思ってたよ」
「は? そこまであたし記憶力悪くないから」
「じゃあ俺は記憶力悪そうって言いたいのかよ」
「そうよ」
ずばっと言われ、少し傷つく。確かに、人より記憶力は悪い方かもしれないけども……。
(なんで俺、出会って二日の奴にこんな馬鹿にされてるんだ? 何あいつ、めっちゃ失礼じゃん)
タンッと地を蹴る音がし、正面からセイラが剣先をノアへ向けて突っ込んできた。
剣先が喉元へやって来るギリギリのところで、ノアは体を右へ捻りそれを避ける。
低い姿勢で体を回転させ、セイラの足を払おうとしたが、これは気付かれバックステップで避けられる。
ノアもバックステップで距離をとる。
目の前に立っていたセイラの姿が消えた。
後ろに気配を感じ、素早く振り向いてセイラの剣を受け止める。やはり大岩のように重い。
靴に仕込まれていたナイフが飛び出て、その靴でセイラが又してもノアの首元を狙ってきた。
これをノアは、相手の剣を受け止めていた剣を少しずらし、それで動きを止めた。
ノアの細い両腕に、セイラの剣の重みがジリジリとのし掛かる。
二つの刃を一つの剣で受け止めるのは苦しくなり、威力を高めるためノアは詠唱を口にした。
「“プロミネンス”」
すると、ノアの剣が赤い炎を宿した。
その熱で、セイラの剣が少し押される。
分が悪いと思ったのか、セイラが後ろへ飛び退く。
息を整えてから、セイラがまたノアへ突っ込んできた。
右から斬りつけられた剣を防ぐ。
今度は左から斬りつけられた剣を、また防ぐ。
次は右上、その次は上、左、左下、右、左、上、左下──
次々と襲いかかってくるセイラの斬撃を、ノアは持ち前の動体視力と瞬発力を活かし、全てかわすか防ぐ。しかしこちらから攻める隙はなく、状況は押され続けるばかりだ。
しかも、全ての攻撃が喉を狙ってくるため厄介だ。ペンダントのチェーンでも斬ろうとしているのだろうか。
「ははっ、動きが生温いわよ。相手を殺さないように、なんていう甘っ甘な考えを持ってちゃあ、私に殺されるわよぉ?」
「──っ!」セイラに考えを読まれ、下唇を噛む。
セイラの言っていることは正しい。手を抜いて戦い続けられる程、彼女は弱い相手じゃない。
しかし、相手を殺すわけにはいかなかった。
単純な戦闘能力では上回っていても、相手を殺さないようにする戦闘が苦手なノアにとって、この勝負はやや分が悪い。
何か打開策を考える必要がある。
剣を防ぐのと同時に必死で脳を働かせるが、なかなかいいアイディアは思い浮かばない。
そうこうしているうちに、ノアは後ろへ追い込まれてきた。
地面を思い切り蹴り、セイラの頭上を一回転して飛び、一旦身を引く。
後方跳びを繰り返し、更に距離をとる。
セイラが、ノアへ向かって走ってきた。
打開策を模索する。
そもそも、殺さずに相手を倒すには、どうすればいいのだろうか。……駄目だ、分からん。
途端、何か嫌な予感がノアの頭を過った。感覚的に、より強く地面を蹴り、大きく後方へ下がる。
セイラも強く地面を蹴った。そして、すぐにノアの眼前までやって来る。
「──っ!」
セイラの剣が、ノアの首近くへ突き出された、その時だった。
眼前に見えていたはずのセイラの姿が、ノアの視界から消えた。
「あれ?」
おかしく感じ下を見ると、セイラが顔から地面に倒れていた。
……転けた?
状況を考えるより先に、このチャンスを逃すまいと、ノアは反射的にセイラの動きを封じるため、セイラの首の後ろへ剣を翳した。これでセイラは動けない。
セイラの足元へ視線をやると、そこの地面に不自然な穴が空いていた。そこは丁度、先程ノアが避けた地面だ。
「あっ、残ってた鬼ごっこの落とし穴か! それでこいつ転けたんだな……」少し哀れに思えてくる。
地面の様子が不自然に感じても、まさか保育園のグラウンドに落とし穴が仕掛けてあるなんて、誰も思わない。
セイラの場合は、ノアを追いかけるのに夢中で、地面の不自然さにも気が付いていなかったのだろう。
セイラがゆっくりと顔を上げた。整った顔が、真っ赤になっている。
「なんで保育園に落とし穴なんてあるのよ!」やや八つ当たり気味で、ノアに言ってきた。声が震えていた。
「いや俺に聞かれても……ここはそういう教育方針なんじゃないか?」
「どういう教育方針よ!」ごもっともである。
「まぁ兎も角、これでお前は動けない。負けだ。俺はお前を殺したくない。ここは昨日みたいに、潔く撤退してくれないか?」
「…………」セイラは下唇を噛み、押し黙った。
「──なあ、あのさぁ……」
周りの遊具を見ながら、ノアはセイラに語りかけた。
下唇を噛んだまま、上目遣いでセイラがノアの顔を見る。
「おかしいよな。あれだけ無茶苦茶に、お前は俺を殺そうとしてきたのに、周りの遊具には、傷一つ付いてない。それってさ──」一呼吸の間を置いて言う。「セイラが、この保育園の遊具を傷付けないように、意識して剣を振っていたってことだろ?」
ノアがうつ伏せ状態のセイラへ視線をやる。
セイラはノアから視線を外していた。
「お前、本当は結構優しいんじゃないか?」
「な──っ!? 何言ってんのよ! や、優しくなんて、ないし……」
セイラが真っ赤になった顔を勢いよく上げる。目には狼狽の色が見えた。そして声が小さくなっていくのと同時に、再び顔を俯かせた。
「ツンデレかよ」ノアは思わず苦笑する。
「ヘラヘラ笑うな!」セイラの怒号が飛んだ。
それから、しばしの沈黙が続く。
セイラの中で色々と葛藤があるようだ。苦虫を噛み潰したような表情からも、それは読み取れる。
ノアはセイラに剣を当てたまましゃがみこむ。
「お早めにご決断を~」
「うっさい!」
「何をそんなに考える必要があるんだ? 勝てない勝負は、拘らずに退いて、勝てる勝負の時にまた出直してくればいいと思うんだけど?」
「………………分かったわよ……退けばいいんでしょ……」
「お、ありがたい。めっちゃ嫌そうな顔してるけど」
ノアはセイラの首元に当てていた剣を少し浮かした。そして、セイラが立ち上がるのと同時にノアも立ち上がり、剣を首筋より少し後ろに固定した位置で動かす。
セイラは大きくため息を吐いた。
「くっそ……なんでこんなちんちくりんに勝てないのかしら……」
「背が低いのは生まれつきだ嘲ないでくれ」
今年で16歳になるノア、身長152㎝である。150㎝のモニカと並んでいて、ほとんど差がない。年齢偽装には便利だが、近いうちに成長期が訪れることを祈るばかりだ。
悲しい話だが、現在セイラの首元に剣をやっている今も、ノアは背伸び状態である。いやセイラの身長が高過ぎるのだと、勝手に相手のせいにする。
すると唐突に、セイラが暗い瞳をノアへ向けてきた。ポニーテールの長い後ろ髪の先が、ふわっと半円を描く。白い肌に映える赤い色の唇が、ゆっくりと動いた。
「──ねぇ、なんであんた、そうそのペンダントに拘るの? さっさと私に渡してくれれば、こんなアホみたいに私と戦わないで済むのに」
「はは、愚問だな。言っただろ。これは親の形見なんだ。この世にたった一つしかない、唯一無二の宝物。だから、誰にも渡すわけにはいかないんだ」
向けられたのセイラ瞳を真っ直ぐに見据え、ノアは微笑を浮かべハキハキと答えた。
(それに、これ手放したら、キャロルを売ったことになるからな。それ流石に……)
そんな非人道的なことをするはずもなく、ノアは無意識に、服の上から胸元のペンダントを力強く握った。ペンダントから、エネルギーが体に流れ込んでくるような錯覚を覚える。
こうしていると、キャロルとは本当にずっと一緒にいるんだなと思う。
「…………そう」
短く、それだけを呟くと、セイラは炎のように真っ赤な空の果てへと、細い背中をノアに向け、何度か跳び消えていった。
そしてノアは、吸い寄せられるように、ガクッと地へ腰を下ろしていた。
流石に疲れた。
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