11話 思わぬ事態
足の裏で思いっきりグラウンドを蹴ると、その勢いで体が前のめりに進み出す。少しつま先で砂を引っ掻き、付き過ぎた速度を殺す。
本気で相手をしては駄目だ。これは遊び、ゲームなんだから。たった10秒で全員を捕まえてしまっては、子供たちからのブーイングが凄まじいことになるだろう。それぐらいの未来は、ノアでも容易に想像できた。
早歩き程度にスピードを緩め、子供たちこ背中を追う。それでも、直ぐに追い付いてしまった。
一瞬、タッチすることを躊躇ったが、それでも手を出してその子の肩を優しくポンッと叩いた。
ノアにタッチされた男の子は、動きを止めて後ろを振り返った。目が大きく見開かれている。あまりにも直ぐにタッチされたことに、驚いているのだろう。
「次は君が鬼になる……のかな?」鬼ごっこのルールが曖昧なノアは、男の子に向かって優しく笑い、首を傾げる。
男の子は少し考える素振りを見せた後、首を横に振った。
「ううん、今日はノア兄ちゃんがずっと鬼して。そっちの方が面白そう!」前歯の抜けた白い歯を見せて笑う。
「オッケー」親指と人差し指で丸を作り、男の子に見せる。そして、辺りをぐるっと見渡した。
子供たちは、滑り台の上にいたり、ジャングルの中にいたり、複数人でグラウンドの端に固まっていたり、逆にグラウンドの真ん中で堂々と構えていたりと、様々な場所にいた。
そして何か、ノアはその光景に違和感を感じた。原因ははっきりと分からない。しかし、目を閉じて子供たちを待つ前にしっかりと見たグラウンドの光景と、今ノアが見ているグラウンドの光景に、何か違う部分があるように感じた。
……ただの気のせいかな、と気持ちを切り替える。今は子供たちとの鬼ごっこを、自分自身も全力で楽しもう。
そう心に決め、また地面を蹴る。今度はちゃんと力を制御して。
その後も、お手柔らかく、ノアは鬼として子供たちをタッチしていった。泣き出しそうになる子もいてめちゃくちゃ焦ったが、その時は微笑みかけ続けてなんとかなった。
砂場を挟んだ向こう側に、男の子が二人でそわそわしてノアの方を見ているのが見えた。二人をタッチしようと、ノアは砂場を迂回して回る。
すると突然、踏み出した足が下に沈んだ。
「うわっ!?」ノアはバランスを崩して尻餅をついた。
「あぁ、やっと踏んでくれたよぉ。ノアお兄ちゃん、落とし穴全部避けちゃうんだもん」
二人でいた男の子の一人が、嬉しそうに胸を撫で下ろしている。
「落とし穴?」ノアは、バランスを崩す原因になった足元を見る。
グラウンドの砂が掘られてできた直径1m程の穴に、ノアの左足が嵌まっていた。
それを見て、ノアは苦笑する。
「成る程、準備ってこれか」先程、グラウンドを見たときに感じた違和感にも納得した。
「にしても落とし穴のカモフラージュめちゃくちゃうまいな。ぱっと見ただけじゃ、どこに落とし穴があるかなんて分からない」
「姉御先生に教えてもらったんだー! 敵に気付かれない罠の作り方!」
「へ、へぇ、コスモさんが……」
そういえばマインドが、コスモは自然に見せる装飾が得意だと言っていた。
それにしても、コスモは何故子供たちに落とし穴の作り方なんて教えているのだろう……。
まさか保育園のグラウンドに、落とし穴が作られているとは思いもしなかった。いや普通はそんな保育園ないぞ。
よく見ると、至るところに不自然な地面がある。それが、他の落とし穴なのだろう。
その後は程よく落とし穴に引っ掛かるようにし、ノアは鬼ごっこを再開させた。それが大人の対応であることは、流石のノアでも分かった。
時には、予想以上に深い落とし穴もあったりして、顔から転けそうにもなったが……。
数時間も遊ぶと、流石の子供たちの顔にも疲れが見え始め、園内で休憩することにした。
室内では、モニカの周りに女の子を中心とした子供たちが集まったおり、モニカの手元で浮いて踊る人形をまじまじと見ていた。
滑らかにワルツを踊る人形は、本当に生きているかのようだ。恐らく、風魔法を応用した浮遊魔法を使って浮かしているのだろう。
コスモが、帰ってきたノア達一行に気が付き、手を振ってくる。
「お疲れ~。ず~と鬼ごっこを続けていたな。あれだけ子供たちと遊び続けて、よく息切れしないねぇ」
「体力は人並み以上ある自信があるので」
実際、まだ体力にはかなりの余裕があった。全力で走っていなかったため、思った以上に体力を消費しなかったようだ。
「こんな風に、思いっきり遊ぶのは初めてです」
「幼少の頃にあまり遊ばなかったのかい?」
「はい。ずっと一人だったので」平然とした口調で言う。言った後で、口を滑らせたかなと思い、口を噤んだ。
「そうか。……何か、思い出したくないことを思い出させたようで悪かったね」
「いえ……。凄く楽しかったです。コスモさんの所の子供たちと遊ぶの」
「ふふ、そうかい。それは良かった」
「そうだろうそうだろう。コスモのクラスの子供たちは、皆素晴らしい子供ばかりだからな!」
「マインドさん」
振り返ると、ノアの後ろでマインドが腕を組み、堂々たる仁王立ちでいた。またしても、声をかけられるまで、気配を感じ取ることができなかった。
「マインド、お前は一体またどこで何をしてたんだ」
「サボっていたわけではないぞ。この前の雨の時に、雨漏りがした部屋があったからな。少し屋根の修理をしていた」
「そいつはありがたいけど、私はマインドの重みで、屋根が落ちないかどうかの方が心配だよ」
「案ずるなコスモよ。多少ミシミシと音はしたが、何の問題もなかったぞ」
「そのミシミシっていう音が問題なんだよ。はぁ……まぁ、ここもかなり古いからね。もう築50年はいってるか」
「それは……かなりの築年齢ですね」
「ふむ、そうだな。人間の年で考えれば、赤ん坊がお婆さんになる程だからな」
「建て替えを考えたりはしないんですか?」
「ん~そうしたいのは山々なんだけど、何しろこれがねぇ……」コスモが親指と人差し指で丸を作り、その境目を上に向ける。
「あぁ、お金ですか。でも、こういう公共の施設って、国がお金を出してくれるって聞いたこたがありますが」
「ははは、その国も貧乏なんだよ。だから、こんなほぼ市民経営の保育所には、そうお金をかけてはくれない」
「……貧乏、か……」
それは違うと思った。少なくとも、Sランク冒険者たちを召集し、報酬金を支払えるくらいの財政力はある。Sランク冒険者として召集された者の一人として、それは確信できた。
では国は何故、ここのような古くなった公共施設の建て直し等をしないのだろう。
少し考えて、答えは直ぐに出た。
恐らく原因は、最近相次ぐ、狂暴的なモンスターの出現。そちらの政策に金を回しているせいで、他の国の政治が疎かになっているのだろう。
「あの……」
『ドガーーン!!』
「──っ!?」
施設の外、グラウンドから突如鳴り響いた、地面が割れるような音。
教室にいた全員が、咄嗟に音がした方向へ視線を向けた。
ノアの中で、何か嫌な予感が広がる。そして、それは当たっていた。
地鳴り音の正体を確認するため、ノア,コスモ,マインドの三人は跳び跳ねるように外へ出た。
モニカは、パニックになった子供たちをなだめてくれている。
グラウンドには、前方の様子が見えない程の砂煙が立ち込めていた。思わず、腕で目と口を庇う。
爆音といい、この砂煙といい、まるで隕石が落ちてきたようだ。
ノアは砂煙で目を細めながら、砂煙のその奥を凝視する。そこには、ゆらりと動く人影があった。
その人影が腕を横に、手刀を入れるように振ると、風が強く靡き砂煙が割れて消えた。
砂煙の隙間から覗いたその人物を見て、ノアは瞳を大きく見開き息を飲んだ。その人物に、見覚えがあった。それもつい、昨日のこと──
その人物──女性は口元をニヤリと歪ませる。相変わらず瞳に、光はなかった。
「セイラ……」
目の前に立つ女性の名前を呟いた。
つい昨日、ノアのペンダントを狙いに来た人物。毒魔法の使い手。お陰でノアは半日近く、生死の狭間を漂う羽目になった。
ノアにとって現在、最も再会したくなかった相手トップ3に入る人物である。
「久しぶり……っていう程時間も経っていないかしら? ──ペンダント、また奪いに来ちゃった」
真っ赤な舌を覗かせ、セイラは不気味に微笑んだ。
更新が遅くなりすみません。
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