1話 最強の勇者
彼は私たちの恩人だ。千年に一人の最強勇者様だ──!
誰かが、そう彼を称した。
また別の町では、
彼は神が生んだ奇跡の子よ。彼がいれば、私たちは安泰。他種族の脅威に、怯える必要などないわ! 彼が戦い続けてくれる限り──!
また別の地方で、
彼こそがこの世の希望になる!
彼は私たち凡人とは違う!
彼は普通の人間じゃないわ!
彼は私たちのために戦ってくれる!
──彼は戦い続けなければならない。私たちのために──
──他に道があるとでも? その才能を無駄にするなんて許さない──
──何が不満なの? 誰もが欲しがる才能を、あなたは持っているのに──
──どうして戦う必要があるのか? 逆に何でそんな当然のことを疑問に思うの──
──戦いたくない? あはは、笑わせないでよ。だって──
━━あなたは普通にはなれないんだから━━
◆◆◆
ある田舎の小さな村で、大きな悲鳴があちこちから上がっていた。
ドシン、ドシンと大地が揺れ、村を囲む森の木に止まっていた小鳥たちは、空へと飛び去っていった。
巨大な何かが、その小さな村に迫ってきていた。
その大きな地響きに、村の人たちは皆、村の向こうを見た。そして──
「きゃああああ!? ドラゴン!?」
洗濯物を干していた女性が、衣類を地面に落とし叫び声を上げた。
「な、なんでこんな山奥に氷のドラゴンが──!」
農作業をしていた男性が鍬を手から滑り落とし、恐怖と絶望で顔をひきつらせる。
他の者たちも、叫び声を上げる者、立ち尽くす者、泣き叫ぶ者の、腰が抜けて地面に座り込む者、全ての者がバラバラに動いていた。
「そ、そんなこと言ってる場合か! 兎に角、子供たちを連れて早く麓へ逃げるんだ! モタモタしてたら俺たちが氷付けにされるぞ!」
怒号ともとれるような、しかし悲鳴にも聞こえるような声で、村の頭である男が仲間たちに早急に指揮をとる。
村は、たった数分のうちに危険区域となり、パニックとなる人々で大混乱を招いていた。
それでも村人たちは頭の指示にしっかり従い、バラバラだった行動にも連携が見え始めていた。
幸いにもドラゴンは、小さな人間たちにまだ気付いていない。
大急ぎで子供たちと荷物を抱え、大人たちは慣れない動きで避難を始めた。
上げていた悲鳴と泣き声をぐっと堪え、数十人しかいない村人たちは静かに、住み慣れた家や土地を手放していく。……それが一体、どれ程怖く、どれ程辛い選択であることか……
しかし氷結のドラゴンに敵う程の実力者など、この小さな村にいやしない。
最低でも、ソロでドラゴンを倒すには、国に遣える騎士団長級、つまり、冒険者の中でも一番ランクの高い者であるSランク冒険者、その中でも上位レベルに入る程の者の力が必要だ。
だが、そんな圧倒的な実力を持つ天才など、この国に十人いるかどうかすら分からない。
だから村の壊滅は、絶対的な運命と、皆がそう思っていた。
──その時だった。
『ザシュッッ』
風を斬るかのような音と共に、村へ迫って来ていたドラゴンが、真っ二つに斬られ崩れ落ちたのだ。
一瞬の出来事に、逃げる足を止めた村人たちが崩れ落ちるドラゴンを見て唖然とする中、その前には、剣に炎を灯したオレンジ髪の少年が頬を拭い立っていた。
少年は、背丈だけで見れば12歳程にしか見えないくらいに小さく、片手で持っている剣は、彼の体重よりも重そうな物だ。
そんな彼がドラゴンを倒し、村を救ってくれたという事実には、皆が直ぐには気付けなかった。
しかし冷静になりその事実を認識すると、村人たちは歓声を上げて彼に駆け寄り、各々が感謝の思いを口出す。感極まって涙を流す者も大勢いた。
「本当にありがとう。君はこの村の英雄だ!」
「昨日初め会った時は弱そうな奴と思ったけど、兄ちゃんこんなに強かったんだねぇ!」
「まさかこんな腕利きだったとは!」
「王都の兵士より強いんじゃないか!?」
そう言ってもらえることは嬉しいが、彼──“ノア”は手をひらひらとさせ、全ての言葉を謙遜する。
「いえいえ、俺なんて全然……それに今回は、相手との魔法相性が良かっただけですから」
「そんなことないよ。君は“最強の勇者様”だ!」一人の村人がそう言う。
──“最強”、ねぇ……と、ノアは心の中で思った。その言葉を言われべきなのは、俺じゃない。
ちらりと横を見る。だって……ノアよりも強い奴は、直ぐ隣にいるのだから。
いつの間にかノアの隣には、眠たそうに立っている紫髪の青年がいた。
彼はつい先程まで、ドラゴンが近くまで迫っているにも関わらず、森の木の下で呑気に昼寝をしていた。いつものことなので、ノアはもう何も言わない。
彼は、冒険者のノアと同じパーティーを組む相棒、“カイル”。
そして驚くのはここからだ。
なんと彼は、千年も昔、魔王を倒し世界に平和をもたらしたと語られる、伝説の最強最古の勇者なのだ!
……普段の彼の様子を見ていると、とてもそうとは思えないのだが。
そもそも、何故千年も昔から、今も尚カイルが生きていられるのか──それはあまり考えないようにしている。なんというか、つっこんだら負けな気がする。
伝説の最強最古の勇者といえば、この世界でその存在を知らない者はいない。
子供や大人が当たり前に桃太郎や浦島太郎という物語を知っているように、最強最古の勇者の伝説は誰もが知り、そして千年、ずっとこの世界で語り継がれてきた。
このことを知るのはカイル本人とノアだけで、もちろんここの村人たちは何も知らない。
「何か、何かお礼をさせてください!」村の頭である男がノアに言う。
「お礼だなんて……俺は、昨日と今日この村でお世話になった分のお礼を、皆さんに返しただけですよ」
ノアとカイルは、昨日からこの村を訪れていた。旅の疲れを癒すためだ。村の人たちは皆優しく、突然やって来た見ず知らずの冒険者のノア達にも、本当に親切に接してくれた。
あのまま何もしなければ、ノアもドラゴンの餌食になっていたし、これは自分のためでもあった。まぁ、わざわざそんなことを言う必要もないため云わないが。
だからこれは、一晩この村に泊めてくれたことへのお礼だったわけで、ノアからすれば既にお互い利益はWin-Winだ。
そうノアが言うと頭の男性は、「じゃあ、せめて食事だけでも!」と手を掴んできた。
これ以上は断るのも悪いと思い、ノアもそれを笑顔で了承する。……了承、という言い方も変かもしれない。こちらは食べさせてもらう側なのだから。
村の人たちは本当に優しくて、何もしていないカイルまでもが豪華な食事を用意してもらった。
出されたのは主に山で採れる山菜を使った料理で、昨日食べたメニューも豪華で美味しかったが、今日のはそれを更に上回っていた。
料理に舌鼓を打っていると、昨夜家を貸してくれたおじさんが隣に腰掛けてきた。
「いや~まさか兄ちゃんがドラゴンを倒しちまうとはねぇ。やっぱ人間、見た目だけで判断するのはいかんわ」
「あはは、弱そうって、思ってました?」
おじさんは素直に頷く。「だって兄ちゃん、背はちびっ子いし体つきはひょろひょろだし肌も白いし──剣をろくに持ててたことだけでも驚きさ」
「ははは……よく言われます」
肌が白いことは関係あるのかと疑問だったが、病弱っぽく見えるという意味だろうと勝手に理解することにした。
おじさんから酒を進められたが、ノアはまだ未成年のため遠慮した。代わりに子供用のオレンジジュースを注いでもらう。
カイルは勿論余裕で成人していてお酒も飲めるが、酒を飲むと直ぐに寝てしまうため、今はノアと同じくオレンジジュースで我慢してもらおう。
まだ昼で、この後しばらく歩くというのに、ここで寝られては非常に困る。
おじさんは他のおじさん達と、酒を交え歌い出した。賑やかで、幸せそうで、楽しくて──とても居心地がよかった。
それと一緒に、先程言われたことを思い返す。
弱そう、か……
これは、本当によく言われる。この容姿は生まれつきなため仕方がないと既に諦めているが、今まで色々な苦労の原因になったきた。
その一つが、一年前のこと。
ノアが、カイルと出会った時だ。
それは、冒険者として認めてもらうことができる、15歳になった日のことだった。
ノアは冒険者としてパーティーを組むため、ギルドを訪れ仲間を探していた。
基本的に声をかけるのはノアの方で、誰かから誘われることはなかった。
しかしノアは、見た目が弱そうという理由だけで、誰にもパーティーに入れてもらえなかったのだ。
人を見た目で決めつける、こんな理不尽なことがあっていいのか! ……まぁ、普通にめちゃくちゃショックだった。
「ま、まさか、弱そうってだけで門前払いされるとは……」
途方に暮れ、ノアは一人ベンチに座り落胆した。
初っぱなからこんなことになるとは、流石に思ってもみなかった。
そんな時にノアに声をかけてくれたのが、他でもない、カイルだったのだ。
声をかけてもらえたのが嬉しくて、パーティーを組まないかと誘われた時は、ろくに相手の実力や素性も考えずすぐさまOKした。
後からカイルの正体を明かされたときは、それはそれは驚いて──10秒くらい開いた口が塞がらず、「えーーーー!?」と叫び続けたことを、今でもよ~く覚えている。というか、誰であろうとそうなるに決まっている。
いきなりそんなことを言われても、普通は信じない者の方が多い。
しかしノアは、それを疑うことなく信じた。ノアが他人を信用しやすいというのもあったが……カイルが、そんなくだらない冗談を真剣な表情で言うとは思えなかったのだ。
ノアは、カイルを誰よりも信用している。
──楽しい時間はあっという間に過ぎ、ノアとカイルは村を出て王都へ向かった。帰りには、村の人たち総出で送り出してくれた。本当にいい人たちだ。
国の首都にあたる王都へは、ここからそこそこの時間がかかる。今日一日では辿り着けないだろう。
王都へ向かうのは、王が、ギルドでSランクの実力を持つ冒険者たちを、一斉に召集したからである。
それでノアも招待状で召集を受けた。理由は分からない。王都で王から直接聞くしかないだろう。
カイルと何気ない雑談を交わし歩いていると、空が赤く染まり始め夜が訪れ始めた。
これ以上の移動は止め、その日は王都の一歩手前の街で宿を借りることにした。
そろそろお金も尽き始めているため、早いところギルドでクエストを受注して、お金を稼ぎたいところだ。
「な~カイル。金ないから宿、一番安いとこでいいか?」
「別にいいが……お前、4日前にクエストを受けたばかりだろ。なんでもう金が尽きてきてるんだよ……」
「わ~るかったな、金遣いが荒くて!」
ほんっとにお金がないため、昼食を村で食べさせてもらえたことは本当にありがたかった。
夕食はお互い焼き鳥二本で我慢し、街一番の安宿に宿泊した。一泊銀貨2枚という価格なだけあり、部屋はかなりその……あれだった。
しかし特に潔癖症でもない、寧ろズボラな性格の二人は、そんなこと一切気にしない。室内で寝られればそれでいい。そういう思考回路だ。
夜も更けてきた頃、ノアはカイルを起こさないよう、そ~っと宿から出た。
別にカイルを置いていくわけじゃない。ただ、一人になりたかった。
近くにあった路地に入り、ノアは辺りに人がいないことを確認して、いつも首から下げているペンダントを持つ。ロケットペンダントのような物で、蓋の部分に“白い宝石”が嵌め込まれた、アンティーク調なデザインの物だ。
更に辺りに人がいないことを確認し、一拍を置いてノアはペンダントの蓋を開けた。
するとペンダントの中から光が飛び出し、その光はノアの眼前で止まると、小さな女の子の姿に変身した。手のひらサイズ程の少女は宙を浮き、淡い光を放つ体は若干透けている。
「あ~~! や~っと外に出られた~! んも~、この中ちょー狭いんだからね!」
伸びをし、少女が頬を膨らませ文句を言う。大変ご立腹のようだ。
「悪かったって。──でも仕方がないだろ、お前の声や姿が見えるのは、俺だけなんだから」
少女は腕を組む。「仕方がなくない! ペンダントの蓋を開けといてくれるだけでいいからさ~、ね~なんとかならな~い?」
「む~り。だってお前、俺が無視したら頭蹴ってくるじゃねーか。それでお前の声に答えたら、今度はお前が見えていないカイルから変な目で見られるし……」
「んま~……確かにね」
「“キャロル”が俺の頭を蹴らなければ済む話なんだぞ?」
「だって~! ノアの頭って、な~んか蹴りやすい形してるのよねぇ」
「蹴りやすい頭ってなんだよ!?」思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を紡ぐ。
「──んで? 今は王都へ向かってるのよね」キャロルがノアに訊く。
「ああ。召集の日も明日だし、丁度時間どおりに着きそうだ」
「はあぁ……そう。にしてもあんた、ま~た目立つことしたわねぇ……」
「目立つことって、今日のドラゴンのことか?」
「それ以外何があるっていうの。……あんまり目立ち過ぎると、ろくなことないわよ」
「へいへい分かってるよ。お前は俺のかーちゃんか」
「母親みたいなもんでしょ。あんたが赤ん坊の頃から面倒見てやってんだから」
「面倒見てるのどっちか……」
ムッと腹を立てたキャロルが、ノア頭を蹴ってくる。
「いっった! お前の靴尖ってるから、刺さって地味に痛いんだよ!」
「はっ、なら金輪際、私に生意気な口を利かないことね」頭の後ろから、また顔の前に戻ってくる。「話すこともないし、もう寝るわ。ペンダント下にして寝ないようにしてよ」
そう言ってキャロルは、ペンダントの中へ吸い込まれるように消えていった。
「へーへー、言われずとも」
そう溢し、ノアも欠伸をしながら宿へと戻っていく。
キャロルが何者なのか、実のところ、ノアもよく分かっていない。
ただ、昔からこのペンダントを開ければ、いつも必ずノアの目の前に現れた。
彼女は妖精なのか、将又幽霊なのか、又そのどちらでもないのか……
だが、いつも深くは考えない。キャロルはキャロルであり、それ以上でもそれ以下でも、何者でもない。認識の仕方としては、ノアにとってそれだけで十分だった。
部屋の扉を静かに開け、シングルサイズのベッドに横になる。
安宿のベッドはゴワゴワしていて固いが、ノアからすれば問題ない。ものの数分で夢の中へと落ちていた。
そして明日、運命を変える一つ目の出会いがあることを、彼らはまだ知らない────
主人公…ではなくその相棒が最強の物語です∩(*´∇`*)
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