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伝説の魔女に恋したら俺が闇落ちした件  作者: 葛西渚
第一章 トキノ
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何年か経って僕らは街に出て高校に通うようになっていた。アマノも同じ学校に通っていた。僕らは時々、顔を合わせたが、声を掛け合うことはなかった。学校に通う道も帰り道も同じなのに、何となく避けていた。

それにアマノは人気者だった。教室の隅で本ばかり読んでいる僕とは違って、アマノは周りにたくさん友達がいた。女の子からも人気があるようだった。時々、教室で女の子たちがアマノの噂をしていることを耳にしたし、実際にアマノが女の子から手紙を受け取っているところを見たこともあった。アマノもそれに慣れているような振る舞いをしていた。


少し世界が違う、と僕は思っていた。だから、余計に声もかけることができなかった。

だが、きっかけがあった。村長が死んだのだった。孫のトモエがたまたま遊びに来たところ、村長を起こそうと声をかけたが、目を覚まさず、不信に思って触れたら冷たくなっていることに気付いたそうだ。

村長の葬式は村をあげて行われた。トモエは泣いてばかりいた。僕は大して役に立てることはなかったが、できるだけトモエの家の手伝いをした。トモエにも慰めの言葉をかけたが、彼女は泣くばかりで、僕の言葉を聞いていたのかは分からなかった。


新しい村長は街で暮らしていた村長の息子、つまりはトモエのお父さんが引き継いだ。しかし、きっと森のことは知らないだろうと僕は察した。村長はきっと誰にも森の秘密を伝えずに死んでしまったに違いない。


僕はアマノに相談する必要があると思った。


クラブ活動が終わる時間まで、アマノの帰る時間を待った。アマノが友達を何人か連れていたが、僕に気付くと友達に何かを言って別れた。


「何となく、声をかけにくかったんだ」とアマノは言った。

「僕もだ。君は変わったし、友達もたくさんできた。何となく声をかけにくかった」


僕らは村まで一緒に歩いて帰った。二人で話すのは本当に久しぶりだった。でも、話が途切れることなく色々な話ができた。殆ど話すことがなかった中学校での出来事や、村のこと、お互いの家のことなんかを。カネタのことはお互いに話そうとはしなかった。話すべきとではないと思ったからだ。


「それで…村長のことだよな」とアマノが言った。

「うん」

「お前が心配することはないと思う。あの人のこと、誰かが引き継いでるだろう」


「そうだと良いけど噂では遺言は何もなくて、あまりに突然のことだったって話しらしい。村長が死んで三日…そろそろ何かある気がする」

「お前が言うなら、そうかもしれないけど…」


アマノは僕の目をしっかりと見た。そして、確認するように言う。


「……お前は自分が大丈夫だと思うか?」


僕は頷く。でも、確証なんてない。もし、呪いの力で魔女のことを好きになってしまったとしても、思いを伝えなければ良い。僕たちは仕組みがわかっている。だから、呪いの力を避けることができるはずだ。だが、アマノの答えは違ったものだった。


「俺は分からない。確かにあの頃に比べれば、女っていうものに興味を持った気がする。でも、人を好きになるっていうのはよく分からない。自信があるわけじゃない。大丈夫だと言える自信はない」


アマノは正直だと思った。アマノに比べたら僕は嘘つきなのだろう。僕はもしかしたら、どこかで彼女に会うための言い訳をしているのではないか、と自分を疑っている。何か口実が欲しかった。そして、村長の死はその口実そのものだ。アマノの言う通り、村長は何かがあったときのために、森の話を誰かしらに伝えていた可能性は十分にある。しかし、僕はその逆を疑っている。いや、願っているのだ。彼女に会う口実として。


僕が迷い動揺していることに気付いていたかどうかは分からないが、アマノが唐突に言った。


「でも、様子くらい見に行ったほうが良いのかもしれないな」


僕はその言葉を待っていたのだろう。力強く頷いていた。

何かに引きづられているようだ。悪い兆候を感じる。でも、逆らうことができない。




アマノと二人で森の中に入った。

化物には二体、遭遇した。だが、魔女に敵意なんて持っていない僕らを襲うことはない。

あの家についた。あの時と変わった様子はない。ノックをする前に家の扉が開いた。彼女だ。リナさんは少しも変わっていない。家から顔を出した彼女の姿を見て、僕は美しいと思った。


だが、すぐにその気持ちをかき消す。そういう気持ちに漬け込まれたら、僕もカネタのように死んでしまうかもしれない。彼女は最初、僕たちが何者なのか理解できていない様子だったが、僕が昔のことを説明すると、思い出してくれたらしく、彼女は優しく微笑んだ。まるで僕らの帰りを待っていた母親のようだった。


「貴方たち、もう二度と会えないのかと思っていたわ。かなり大人らしくなったのね」


覚えていてくれたのかと思うと僕は少し嬉しかった。僕は心の中で湧き上がる気持ちを誤魔化すようにアマノを見た。彼の表情は特に変わった様子はない。


「貴方に食料を届けていた村長が死にました。何かと困ることが出てくるんじゃないかと思って」

「村長さんが…?」


リナさんは目を伏せたまま黙ってしまった。

話を聞く限り、彼女と村長は長い付き合いだ。突然、死んだと聞かされて、ショックを受けたのだろうか。


「あの…」

押し黙ったままのリナさんに僕は声をかけた。彼女は顔をあげて微笑む。

「ごめんなさい、少しびっくりしてしまって…」

「食料、困ってないかなと思って」


アマノは臆することないように本題に入る。リナさんは理解ができないといった様子で首を傾げる。僕らが想像できないほどに年齢を重ねているはずなのに、その仕草はどこか幼い。


「既に当てがあるなら良いですけど」

「どうかしら。村長さんが誰かにお願いしていてくれてたのなら良いけど」

「俺たちもそれが分からなくて」


僕たちは三人で話し合い、一週間後にまた来る約束をした。村長は一週間に一回、ここにきていたそうだ。そのため、一週間たっても誰も訪れないのなら、村長は誰かに彼女のことを伝えていないと判断できる。僕らは一週間後までには十分だと思われる食料を渡して、村へ帰った。


「貴方たちが来てくれて本当に助かったわ。これからも来てくれると本当に嬉しいのだけど」と彼女は言った。

気のせいか、彼女の視線は僕に向けられていたように感じた。




一週間後、僕らはまた彼女の家を訪れた。

やはり彼女の家には誰も訪れてこなかったらしい。また一週間後、僕らは彼女のもとを訪れるとして帰った。


「どうすれば良い?」と村に帰る途中、アマノが僕に聞いた。

「分からないけど…今のところは僕らがやるべきだと思う。誰でもできることではないし、誰かにこのことを伝えてしまうことで大きな問題に発展する可能性もある」


「お前が言うなら、そうかもしれないな…」

「もしかしたら、村の人が総出で彼女を殺すことを試みるかもしれない。彼女は殺せないし、あの化物たちを殺すこともできない。村の人たちが全滅してしまう。他にも彼女の呪いを利用して、悪用する可能性もある。考えだしたらキリがない」


「…そうか。俺には考えもつかなかった」

「できれば信頼できる女性を探すのが一番だと思う。その人がまた誰かに何年かたったら引き継いで…そうやっていくのが一番安全な気がするよ」

「お前は色々考えてたんだな。俺は考えることを放棄してた。この件について」


アマノはこのことについて殆ど考えずに過ごしていたのだろうか。僕は考えずにいられなかった。僕は確実に森の魔女に蝕まれつつあるということだ。


「俺は特に何も感じないんだ」

まるで僕の心を読んだかのようにアマノが言った。

「なにを?」


「あの女についてだ。男だったらあの女に惚れるように力が働いているんだろう。あの時がそうだったってのは理解している」


アマノは間接的にカネタのこと、もしかしたら彼の父親のことを言っているかもしれない。


「でも、俺は特に何も感じていない。あの女に対して。俺がおかしいのか。何か条件があるのか。お前はどうなんだ?」


どう答えるべきなのか迷った。アマノはカネタのときも、彼女と関わることを慎重に考えていた。関わるべきではないと。きっと、今もそう考えている可能性が高い。


「特に何ともないよ。大丈夫だと思う」


嘘をついた。本当は自分でも呪いの力が影響していると気付いている。だが、それをアマノには言えない。


「そうか。なら、食料の件は当分、俺たちでやろう。他にできそうな女が見つかるまで」


僕は深く頷く。心の奥で上手くいったと満足しているのを感じる。僕は着実にあの時のカネタと同じような人間になっていく。だが、どうすれば良いのか分からない。アマノはどうなのだろうか。彼女の美しさの前に何も感じないだなんて、嘘をついているのだろうか。確かに彼は彼女の呪いの影響をそれほど受けていないように感じる。それが嘘なのだとしたら…。先を歩くアマノの背中を僕は睨むように見ていた。僕は下を向いて自分の表情を整えた。




次の週、アマノと二人でリナさんの家へ食料を運びに行った。

森に入るのはそれほど恐ろしくは感じなくなった。それよりも、困難だったのは食料を買うための資金だった。家の食料をこっそりと確保したり、与えられた僅かなお小遣いを食料と交換したところで、十分とは言えなかった。だから、僕とアマノはバイトを始めて彼女の食料を購入するための資金を稼ぐことにしたのだった。


「最近、バイトを始めたんだって?」

ある日、学校から帰るとき、トモエと一緒になった。

僕らは同じ学校に通っていて、トモエは時々声をかけてくれる。


「うん、少しでもおじさんたちから自立できるようにと思って」

「そっかー、偉いね。だから最近は充実してる顔をしているんだね」

「そうかな…?」


「うん。ちょっと前まではすっごい人生つまらなそうにしてたじゃん。私、少し心配だったんだ。昔から知ってるしさ。やっぱり、バイト楽しいの?」

「そういうわけじゃないんだけどさ」


「じゃあ、他に楽しいことでもできた?」

「そういうわけでもないんだけど……」


曖昧な態度を続ける僕の顔をトモエが覗き込む。目を細め、僕の考えていることを読み取ろうとしているみたいだった。そして、クイズの正解でも言い当てるかのように手を叩いてから、明るい声で言った。


「もしかして好きな人でもできた?」


トモエは自分で言った冗談を楽しむように笑う。僕はリアクションをできずに、リナさんの顔を思い浮かべていた。だが、僕はそれを認めるわけにはいかなかった。それを認めてしまったら僕は死んでしまうかもしれない。僕はべつにリナさんに対して特別な感情を持っているわけではないと言い聞かせた。


「なに、図星なの?」


トモエが露骨に顔を引きつらせる。まるで、僕が恋をするなんて有り得ないと思っているかのようだ。


「そうじゃないよ。べつに好きな人なんてできてない。それより、トモエは大丈夫? 村長、突然だったけど…」

「うん。凄いびっくりしたし、悲しかったけど、いつまでも泣いてられないからね」

「そっか」


トモエや彼女の親戚の様子を見る限り、やはり誰も森について聞かされている様子はなかった。


「色々、手伝ってくれてありがとう。おばあちゃんが死んで、きつかった。でも、トキノくんが手伝ってくれたり、声かけてくれたのが支えになったよ」

「僕は大したことしてないよ。それに昔イジメられてた頃、トモエはいつも助けてくれていた」


「そんなこともあったね」

トモエは昔のことを思い出したのか、ちょっとだけ笑った。

「トキノくん、変わったよね。男らしくなった」


「そうかな?」

「バイトのこともそうだけど、トキノくんが何かに対して真剣に頑張っている気がするんだ。それ見てたら、私も頑張らなければ、って思った」


僕の最近の変化と言えば、リナさんのことに違いなかった。トモエが感じたことが事実ならば、僕はリナさんと再会したことで変化しているようだ。


「だからさ、もしトキノくんに困ったことがあったら、私にも手伝わせてよ。助けになれるよう、頑張るからさ」


トモエが微笑む。トモエは本当に優しい人間だ。自分の祖母である村長が死んでしまったのに明るく振る舞おうと心がけているのだ。彼女が言ってくれたように、彼女が祖母の死から立ち直れた要因の一つなのだとしたら、リナさんにも同じように元気づけてあげることはできないだろうか。僕はリナさんの役に立ちたい。


トモエは返事をしない僕を不審に思ったのか、笑顔のまま首を傾げた。僕は慌てて返事をする。

「ありがとう。何かあったら頼らせてもらうよ」




ある日、僕とアマノがリナさんの家を訪ねた日のことだった。リナさんがため息をついた。遠くを見て、憂うように。僕は反射的に反応して「どうしたんですか?」と聞いていた。


彼女は微笑んで首を横に振る。


「なんでもないの。ただ最近、少し髪が伸びてきて…」

リナさんの髪の毛は腰まで伸びていたので、確かに切ったほうが良さそうだった。

「切りたいんですか?」


「そうなんだけど、今まで髪を切るときは村長さんがやってくれてたから…」

「リナさんが切りたいなら、僕がやりますよ」


僕は良いところを見せるつもりで胸を張って言った。自信なんてなかったが、少しでも彼女の役に立てれば、と思っていた。


「あ…大丈夫。ごめんなさい、私の髪には触らないほうが良いわ」

「どうして?」

「良いの、大丈夫だから」


リナさんは断ったが、僕はリナさんに気に入られたい一心で、半ば強引に用意を始め、リナさんも仕方なしにそれに従った。


いざ、ハサミを手にして僕はリナさんの後ろに立ったが、僕はその髪の毛に手を伸ばすことすらできなかった。他では決して見ることのない白金色の髪の毛が真っ直ぐと下に伸びている。艶やかで何らかの乱れや濁りが全くないようだった。僕はそれから目を離すことができない。魅了された…というよりも恐ろしいという気持ちに近かった。厳かなほどに神聖な美しさがあり、それは裏返すと悪魔が破滅に導くための誘惑でもあるような気がした。僕は何もすることができない。


僕に背を向けていたリナさんが心配そうに振り返る。


「大丈夫って言ったでしょ。無理しなくて良いの」


その言葉に僕は正気を取り戻した。だが、何も言葉が出てこなかった。リナさんの期待を裏切ってしまったという後悔の気持ちが押し寄せてきた。


「なんだよ、貸してみろよ」


それらの様子を見ていたアマノが僕からハサミを取り上げ、リナさんの背後に移動した。

アマノは二、三秒だけ何かを考えるように停止していたが、すぐにハサミを入れ始めた。


何も感じないのか無表情で切り進める。しかも、上手だった。僕だったら髪の毛に触れられたとしてもあんなに上手にできないだろう。


リナさんも驚いているのか、何度も「何ともないの?」とアマノに声をかけた。しかし、アマノは特に異常を感じないらしく、無表情でハサミを動かし続けている。僕が感じた恐怖はなんだったのかと思わせる程に順調だ。切り終えると、リナさんは鏡を覗き込み、満足そうに指で髪の毛を整えた。


そして今まで見たことない笑顔で言った。


「アマノくん、凄いわね。本当に。貴方みたいな人は初めてだわ」


リナさんの笑顔に胸が締め付けられるようだった。僕はそんな言葉をかけてもらったことがない。僕はあの笑顔とあの言葉のためなら何だってするだろう。だが、アマノはやはり無表情のまま返事をした。


「ほんの少し切っただけですよ」

「ううん、本当に凄いわ。貴方ってきっと何か特別な才能があるんじゃないかしら」


リナさんは何度も嬉しそうに切った髪の毛を確かめるように鏡を覗き込む。


「また伸びたら切ってほしいな。お願い、お礼もするから」

「べつに良いですよ」


そんな会話を聞きながら僕は「お礼もするから」という言葉を頭の中で何度も繰り返した。

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