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冷淡少女は異世界も学識高く行く  作者: 藍原レトロ
第3話 「կյանք《ケハーンク》、つまり道を探さなくてはいけないわけですね」
13/19

#3-3

 奴隷少女が厨房の見習いデールにお遣いをさせている間、慌ただしい厨房はどこかゆっくりした時間の流れだった。忙しさは変わらなかったが、皆どこか少女のことが気になって、仕事にならなかったのだ。


 それは厨房長ガンスリールも同じだった。しきりに厨房内の人間の尻を叩いて仕事をさせているが、その指示がどうも的外れなのは横目で少女のことを見ていたからだった。当の少女はと言えば、呑気に窓辺に肘をついて風に当たっている。

 

 「奴隷さん奴隷さん!」

 

 遠くからまるでサイレンのように近づいてくる男の声。少女が振り返ると同時に、厨房の全員がデールの方を向いた。デールは大きなたらいを両手で抱え、右へ左へ頭が跳ねるようにぴょこぴょこと走りながらやってくる。少女は軽く手を振るとデールの元へと歩みより、すぐにそのたらいの中を確認した。


 「ご苦労様。頼んだものはすべて手に入ったからしら」

 「へいへい、もちろんだとも。なんて言ってもお遣いに走ったのは厨房の見習い、それもただの見習いじゃない、よくできる見習いのデールさ。しかし奴隷さん、このお遣いはちいとばかし苦労したぜ。特になるべく綺麗な布が必要だってんだから、苦労したぜ。何しろこのデール、王宮の女中たちとはまるっきし面識がなかったもんで、綺麗な布をくれなんて言っても全然、まったく、少しも話を聞いてくれなんだ。見習いの、よくできる見習いのデールが怪しいなんて口を揃えちまうもんでだね」


 大きなたらいを床に置き、大げさな身振り手振りでデールは語る。少女はしゃがみ込むと、たらいの中の布を手にする。


 「それでも手に入ったのね。これは綿、まあ仕方ないわ。一度この布を洗いたいんだけど、ここにはそのための綺麗な水がな―」

 「へいへい、王様の為、命がかかっているんですとこのデール、何度も女中方を説得して何とかその布を頂いたんです。にしても、布と紐

なんてお裁縫でも始めるんだい?しかも油に石に炭に砂?このデール、よくできるとは評判だけども、奴隷さんのやりたいことがちいともわからないんですよ。よくできるデールがわからないのだから、ここにいる全員もきっとわからないでしょうね。だとするとよくできるデールよりよくできる奴隷さんなわけで―」


 少女の言葉を遮って話し続けるデール。構うことなく少女はたらいの中からデールが持ってきた一式を取り出すとそこに甕から掬った水を張った。


 「実はデール、女中方の中で素敵な女性を目にしたのです。たしかお名前は…フェリア、そうフェリアです。このデールが話続けるのをフェリアは黙って聞いてくれていたのです。僕は結婚するならああいう聞き上手な女性がいいなと常日頃から考えているのですが、そういえば結婚といえば最近知人の家事見習のメイスがなんと見習いにも関わらず結婚していたことがわかりまして、その話を聞いた母が―」

 「少し黙ってろ!」とガンスリールが拳を振り下ろす。


 衝撃でデールの頭の上には星が飛び、その場にはたりと倒れこんだ。厨房内の数人が倒れたデールを引きずって片付けていると少女は立ち上がり、厨房の隅に置いてあった大きな空き瓶を手に取る。形状から、ワインなどの飲料が入れてあったものだと思われる。


 「これ、頂くわね」

 「お前一体何しようってんだ」


 少女はその大きな空き瓶の底のほうにぐるぐるとデールが持ってきた紐を巻き付けていく。そしてある程度巻いてまとまった紐へたいまつ用の油を染み込ませると近くにあった鍋掴みを手に歩き出す。


 「ガンスリール、火を借りるわね」


 ぐつぐつと煮立たせてあったかまどの上の鍋を退かすと少女は瓶の底を火に近づける。油に引火しすぐに大きな火に包まれる瓶を手に少女はたらいの方まで歩いてきた。その場の、デール以外の人間が固唾を飲んで見守っている。少女が歩いている途中、何度かパキパキと瓶に亀裂が入る音がして火がどんどんと小さくなる。そして火が消えてなくなる直前に少女は瓶の底を水の中に差し入れた。


 ジュッと音がする。


 少女が瓶を取り出し二、三度軽く地面に打ち付けると、紐が巻いてあったラインで瓶が綺麗に割れる。割れるというよりも、そこでスパッと切れたという方が正しいのかもしれない。そのくらい綺麗な切り口だった。思わず一同は「おお」と声を上げてしまい、ガンスリールに睨まれた。

 

 底がなくなった瓶を逆さにして少女はデールが用意したものを詰めていく。

 

 「ガンスリール、このまま持っていて」


 布、砂、炭、砂利。綺麗に層が出来上がった逆さの瓶をガンスリールに渡すと、その下に空の容器をする。そして甕から杓子を使って水を入れるとすぐに逆さの瓶は水で満たされた。


 しばらくすると瓶から水が滴り始め、容器に少しずつ水が溜まる。少女が何度かそれを繰り返すと容器は濁りのない水でいっぱいになった。コップに掬うと少女は「どうぞ」とガンスリールに差し出す。その水を恐る恐る口にしたガンスリールは一言「臭くはないな」と言った。

 

 「最低限、飲料水は濾過すべきだわ。これでもまだ心配だから王族に提供する水はこれを煮沸したものにすべきよ」

 「しゃふつ?」

 

 ガンスリールが眉をひそめる。


 「一度沸騰させるの。そうすれば菌が死滅してより安全な水と言えるわ」

 「おまえは一体…」

 

 ガンスリールが口を開いた瞬間、奥で気を失っていたデールが目を覚ました。ぬるりと立ち上がったデールはぺらぺらと言葉を並べながら近づいてくる。


 「いやぁ、僕はどうしていたというんでしょう、急に寝てしまうなんてよくできていないみたいじゃないですか。おや、なんですこの瓶、一体このデールが寝ている間に何があったというんでしょうか。ガンスリールさん、よければ教えてはもらえなんだろうか」


 ガンスリールの拳が再び硬くなり始めたのを見て少女は「デール」と声をかけた。


 「きっと疲れが溜まっていたんじゃないかしら、よくできる人はそういうものよ。その水、あげるわ」

 「そう?よくできるせい?それじゃあ遠慮なく頂きますよ奴隷さん」


 デールは濾過された水をごくごくと飲み干すと、ふにゃふにゃの笑顔を見せて「おいしい水だ」と言った。「そう、よかったわね」と少女は満足そうだったが、ガンスリールは不機嫌なままだった。二人の間に割り込むとガンスリールは少女を立たせて厨房の外へと連れだす。引きずる少女を乱暴に投げ捨てると、仁王立ちで言い放った。


 「おい奴隷、いつまで厨房にいるつもりだ。用が済んだのなら早々に去れ。お前がいるような場所ではないんだ」


 振り返るとガンスリールは「何ぼさっとしている!はやく仕事に戻れ!」と怒鳴りつける。その衝撃で皆身体がびくっと跳ねると、急いで厨房へと戻っていき、デールも「それでは」と少女に一礼しその場を立ち去った。


 「厨房で働く奴隷は必要ないかしら?」


 少女が尋ねる。


 「不要だ」

 「さっきみたいに私が役に立つことがあるかもしれないわよ?」

 「不要だ」

 「どうして?役に立つ人間を使わないのは損だと思わない?」

 「いいや思わない。不要だ」

 「どうしてよ」

 「お前が奴隷だからだ。奴隷は厨房にはいらん」

 

 少女が何度問いかけても奴隷だからという理由で拒否されてしまった。少女もしばらくは中に入れてもらおうとしたが、頑ななガンスリールの態度に最終的には折れて、「それじゃあね」と手を振ると厨房を背に歩き出す。

 「ふうっ」と小さくため息を吐くとまた当てもなく王宮内を歩くことになった。

 

―さっきの水、デールにあげずに少し飲んでおけばよかったかも。


 後悔先に立たず。

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