一話
紫乃愛希と申します。
中田敦彦のYouTube大学で取り上げられていたギリシャ神話の英雄ヘラクレスのお話を見ていてふと着想したものを投稿致します。
そこまでがっつりヘラクレスの伝説に忠実という訳ではなく、あくまでそれをヒントに考えついたお話です。
実生活の合間を縫っての更新ですので、遅くはなりますが、それでもいいという心の広い方はどうぞ最後までお付き合いください。
良い天気とは、正にこのことを言うのだろう。
雲一つ無い青空、強すぎず弱すぎずの心地よい風、最適と思える気温。
自然とやる気が漲ってくるようだ。
外で鍛練するもよし、家で勉強するもよし、友だちと遊んだり、親の手伝いで農場で働くのも良い。
丘の原っぱで昼寝なんて最高じゃないか。
そこに死体が転がっていなければ。
ヴィオレット王国 エスポワ村
祖毒龍の洞窟にほど近いこの村は、元宮廷魔導師第二席カイ・ローレライと賢者:ウィンリィ・ローレライの夫婦が移住して以降活気づいていた。
カイは村民に魔導理論を分かりやすく教え、その応用で操作技術を指導した。その結果村ではほぼ普及していなかった魔導が使えるようになった。
ウィンリィは村民に教育を施した。王都では通うのが当たり前の学校も、この村にはなく、一番近い学校は徒歩で半日かかる。ウィンリィの授業は子どもたちのみならず大人にも大人気だ。
また、二人のネームバリューもあるだろうが、以前より頻繁に商人が往来するようになり、物や技術の売買が増えていった。
祖毒龍の洞窟で採取される薬草や鉱物、それらの加工品は今では特産品と言えるだろう。
村の様相は変わっていった。大きく景観を変えることなく、皆が住みやすい村作りがなされていった。
そして生活に慣れてきたある日、二人の間に子どもが生まれた。
名をレイ・ローレライ。
レイは、身長が周りよりやや低いことに若干のコンプレックスは持ちつつも、すくすくと育っていった。
父からは魔導関連の技術や知識を、母からは学術や生活に関わる様々な事を教わり、かつて王都で名を馳せた有名な剣士であった老人:キーン・ソートに自ら剣の技術を習いにいった。
しかし、レイが十五になると、どこからか怠けることを覚えた。
朝起きると食事の後、村からほど近い丘で寝転がり、近づいてくる動物と戯れる日々を過ごした。
平和な日々、穏やかな毎日、これからもずっと続いていくと、村の誰もが思った。
その安寧が終わりを迎えるのは、レイが18回目の誕生日を迎えたひと月の後であった。
気づいたらいなくなっていた事だ。あまりに一瞬だったのか、僕の感覚が鈍っていたのか。
同所にて
生まれてからずっと感じているこの村の風は一番気持ちいい。この村以外に行った記憶がないから、どこかと比べてというわけではないが、きっと何処にいったとしてもそう感じるだろう。
周りにいる猫や犬、鳥、馬、兎に蛇。洞窟から出てきた亀やペンギンたちもそう感じていると思う。
今一番の疑問は、僕の腹の上に寝そべり、自分の場所だと言わんばかりの態度で昼寝をしているこのペンギンは何故洞窟に住み着いているのか。
幼い頃母から、ペンギンは寒いところで生きていると聞いたが、その教えが間違っているのか、このペンギンがおかしいのかわからないが、適度にぬくぬくしていて悪くないので良しとする。
足音が聞こえる。何度も聞いた事のある歩調だ。誰かなんてすぐわかった。
だが、一つ分からないのは、さっきまで腹部に陣取っていたペンギンが気づいたらいなくなっていた事だ。あまりに一瞬だったのか、僕の感覚が鈍っていたのか。
「せいっ」
「おぶっ!!」
そいつは勢いよく腹部にのしかかってきた。なるほど、だからあいつはいなくなったのか。陣取るなら最後まで譲らないでくれ。
腹の中身が口から出るかと思った。どこか傷でもついたらどうするつもりなのか。
猫を顔からどけて目を開けると、のしかかってきたのは案の定、隣の家で暮らしている少女:スフィア・タンドリンだった。
端正な顔立ちで、若い衆の中では一番の美人だとじい様方が騒いでいるのは日常茶飯事だ。
「僕の身体に何かあったらどうしてくれるんだ。」
「ウィンリィさんがいるでしょ。」
「母さんは何でも治すわけじゃないぞ。」
「じゃあ諦めて。」
「なんという理不尽か。」
「ハイズなら泣いて喜ぶわ。」
「彼の将来が心配でならないね。」
ハイズ・モーリナーは村長の孫息子。誰に対しても気さくで、よく言えばムードメーカー、悪く言えばお調子者だ。
本人は気にしているようだが、顔のそばかすは僕的にとてもチャーミングだと思う。
そんな彼だが、最近スフィアに対してマゾの気質を見せ始めている。自覚があるのかどうなのか。
「それで、用件は?」
「…特にない。」
「珍しいな。」
基本的にスフィアがここに来るときは何か伝言がある時か、怠けている僕を叱りに来る時位のものだ。親か何かだろうか。いや、それにしては接触機会が少ないか。とにかくもっと僕に優しくしてほしい。無条件に甘やかしてくれ。
…いや、それはそれで何故だか嫌だな。何故かはよく分からないが。
「まさか、スフィアもサボりに来たのか?」
「あるわけない。」
「だよね。なら、なんで?」
「……」
スフィアは村で一番の美人と言われているが、一番勤勉とも言われている。そんな彼女が僕と一緒にサボるなんてこと、起きはしないか。
たまには息抜きしてはどうかとは思う。だが、何ともないような雰囲気でいる彼女を見ると、上手い息抜きを知っているかのようだ。そうであるなら是非ともご教授願いたい。
「さて、そろそろ母さんお手製シチューが出来上がる頃だ。スフィアも来るだろ?」
「うん。」
動物たちに、また後でと声をかけて、駆け足で家に戻る。
母さんは料理が苦手だ。普段は父さんが作っている。だが、どんな魔導を使っているのか、シチューだけは絶品だ。
正直、どんな授業よりその方法を真っ先に教えてほしい。
この間父さんに料理を教わったが、いつも魔導に関してとても繊細で細やかな操作技術なのに、料理では大雑把だ。
これは出来ないやつ特有の考えなのかもしれないが、ちゃんと分量は教えてほしい。
何がどれ位必要か、どのタイミングで何を入れるのか。
「こんな感じになったら塩ちゃっちゃ、胡椒ぱぱぱっ。」
全くわからない。
視覚情報としては分からなくもない。
もっと言語的に、具体的に説明してほしい。
料理に関する父への愚痴と、母のシチューへの期待が頭の半分以上を占めた時にはもう家の玄関前に着いていた。
少し手前位からシチューのいい匂いは鼻を伝って頭の中まで届いていた。
本当に、何故母作シチューはあれだけ魔性なのか。何か専用の魔導を使ってると言われた方がむしろ納得するレベルまで来ている。
「僕のシチュー!!」
「まずは手を洗ってきなさい。あらスフィアちゃん。ちょうど食事の準備が出来たところだから、よかったら一緒にどう?」
「ありがとうございます。是非。」
「いやぁ母さん.シチューだけは絶品だよね!シチューだけ!」
「"だけ"を強調するんじゃありません。」
「ふごっ!!」
近くにあった本を手に取って正確に僕の頭に投げるなんて。今日は我が身を案じてくれる人がいない日なのか。とても痛い。
本の大半をペラペラな紙が構成しているとはいえ、束になれば相当の威力だ。
頭が凹んでないかと、ペタペタ触って確かめる。
「頭がかち割れたらちゃんとくっつけてやりますから安心していいですよ。」
「粘土でも使いそうな言い方やめて!ってかくっつけりゃ良いって話でもないからね!」
「そういえば、キーンさんが明後日にまた試験をするそうだから、サボるんじゃないぞ。」
「げっ、じいさん、こないだ試験したばっかなのにまたやんのか。全く、ほんと鬼だな。」
「…レイが無駄にキーンおじさんの模擬刀落とそうと巻き技するからでしょ。」
「だってあのじいさん、模擬刀でも何でも、剣の形してるもん持ってたら圧が半端ねぇんだよ!スフィアには甘いくせに!」
あの人に剣を持たせたら殺される。何となくそう思う。
基本的に誰にでも厳しく指導するが、僕とスフィアには例外だ。最も、同じ例外扱いでもさっき言った通りその中身は大きく違う。
最近は特に、僕と手合わせする時には本気になっているようだ。いつか殺される。
他愛のない会話はスフィアの母:アニー・タンドリンが食卓に混ざっても変わらず続いた。
タンドリン家は、2年前にスフィアの父:ゴウィン・タンドリンが他界してから、以前にも増してローレライ家と交流を深め、アニーさんが隣町での仕事が長引くとローレライ家で食事をし、逆にうちの両親が仕事で遠出している時はタンドリン家にお邪魔する。
アニーさんは隣町まで、知り合いのカフェで働いている。そこで経営を学び、エスポワで自分の店を待つのだと話していた。
確かにあんな美人がカフェなんて開いたら、男たちは仕事をサボって毎日通ってしまうだろう。大繁盛だ。間違いなく僕はそのうちの一人になるだろう。
大変美味しかったシチューをあっという間に食べ終え、再び丘へ戻ってきた。
スフィアは洗い物を手伝った後に父さんに魔導を習うと言っていたので家で別れてきた。
出る時に母さんから
「スフィアちゃんは手伝うのに、息子はしてくれないんですね。母さん悲しいです。」
と全く悲しくなさそうな表情で言われたのは、まぁいつものことだ。
いつもの場所に行くと、動物たちはまだそこにいた。
一箇所に集まってぬくぬくとしている。その真ん中にある小鳥は、蛇を枕に寝ているが、食われたりしないのだろうか。種族間を超えた友情故に為せることなのだろうか。よくわからない。
俺も混ざろうとしたその時だった。
さっきまで心地よかったはずなのに、一瞬にはして寒気が全身を襲った。
この感覚は、幼い頃、父さんの研究部屋にある小型マナ精製炉をいじって壊した時に似ている。
ただ、その時とは比べものにならない位の量のマナを感じた。何かがおかしい。
そう感じた次の瞬間
エスポワ周辺に、龍の咆哮に似た音が響き渡る。ただ、龍の咆哮にしては必死さというか、余裕が感じられない。
近くに祖毒龍の洞窟があるから、ちょくちょく飛龍を見かけるが、龍は本来、他の生物を遥かに凌駕する能力を有する為、余裕という言葉が羽生やして飛んでいる様な生物だ。
その龍が、全く余裕のない、危機迫った咆哮を響かせている。
何かがおかしい。
いつもとは決定的に、何が違う。
この丘の向こう、村とは反対側でマナに異常が発生している。
とにかく確認して、両親に報告しようと村に背を向けたその時。
背後から圧倒的な存在感を放つ何かの気配を感じた。
近くにいるだけで押し潰されそうな、息をする事すら許さないと言わんばかりの威圧感で存在するそいつを、僕はかつて洞窟で見たことがある。
「そ、祖毒、龍…」
以前見た時は、優しく万物を包み込む様なオーラを漂わせていた祖毒龍だが、今はそんなもの、見る影もない。
白銀の鱗はどす黒く染まり、両脚の爪はこの世の全てを貫かんとする勢いで鋭く尖って、膨大な量のマナを溢れさせている。
八祖龍の中で一番温厚といわれる祖毒龍がこんな様子だ。違和感は確定的なものへと変わった。
動かない。動けない。
先程一言だけ言葉を紡げたのは奇跡だったのだろうか。だとしたら、そんなことを言うために奇跡を使ってしまった事を死ぬほど恨んでやる。
だが、どれだけうらんだとしても、頭の先から爪先まで、一切の挙動を許されないかの如く動かない。
そんな僕とは対照的に、祖毒龍は動き始める。
巨大な羽を存分に使い、高度を上げ、村の真上まで飛ぶ。
祖毒龍が洞窟から出るところすら、長生きの村長でさえ見たことないと言っていたのに。
そいつが、目の前でマナの凝縮を始めた。
嫌な予感しかしなかった。
そして分かってしまった。
これが直撃したら、たとえ父さんと母さんが、文字通り死力を尽くしたところで、到底防ぎようがない。
ただ見ていることしか出来なかった。
様子がおかしい祖毒龍を。
村の人たちが外へ集まっていく様を。
父さんと母さんが全力の結界を張るところを。
祖毒龍のブレスが村を飲み込んでいくのを。
一瞬のうちに完成した強力な結界が破れるのを。
ただ見ていることしか出来なかった。
そばにいた動物はもういなくなっていた。
中心にいた小鳥は、マナ酔いを起こしたのか倒れている。
それを気遣う余裕はなく、僕は無理やりに、そして必死に身体を動かした。
全てが、もう遅いとは分かりながらも。
あまりにも普段と違いすぎる。
そんな中でも変わらない、空模様を除いては。
着想を得た動画のリンクを張っておきます。ご興味のある方は是非ご覧になってください。
多岐にわたってお話されているので、今まで触れてこなかった教養を得るきっかけになると思います。
僕も大学で友達に教えてもらって以降ずっとハマってます。
https://www.youtube.com/watch?v=q7oIE5_cLIs&list=PL4fCcsGH1K_i8GzROLCW2ft37LVlaQ6Mz&index=44&t=0s