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末裔のゼノグラフト  作者: 十八 弥七
第11章 侵食
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84. 学園都市

 西暦2052年7月6日、16時41分。

 紀伊半島の沖合い300キロメートル、高度一万フィートの上空で、僕はディセンダントの一群と交戦状態に入った。


 相手は目玉の小規模な群れ……といっても、20体程度はいるだろうか?


 当機からの応援要請に対し、付近を哨戒中のF-47が支援のため接近中とのことだが、このまま到着までの1分を耐えるのは、正直難しいだろう。

 航空機はヌミノーゼ・ビームの一撃で容易に撃墜されてしまう。それが20体、まあまあの脅威だ。

 もちろん、僕たちの乗る機動兵器も、ヌミノーゼ膜の防御なしに直撃を貰えば耐えられないのには変わりがないが。

 ともあれ、まずは注意を引くことが肝要だ。

 僕は危険を承知で、目玉の群れに突入した。


 これまでの『目玉』との交戦の経験上、奴らは特に上位個体から統率を受けていない限り、手近な目標に狙いを絞って攻撃を行うことが多かった。

 こいつらは相手の脅威度だとか、目標の重要度だとかはあまり計算しない。

 あるいは、そうするほどの能力がないのかもしれない。


 僕の読み通り、と言っていいのか、『目玉』のうちほとんどは、こちらを一斉に向いた。

 空飛ぶ球体の瞳の部分にエネルギーがチャージされ、橙の輝きで周囲が満たされる。

 この大空の戦場における、濃厚な死の予感、総身の毛が逆立つような感覚。

 僕は、次第に自分が、その感覚に慣れつつあることを感じていた。

 ノルアドレナリンが作り出す、脳内の高揚感。

 その中でも、決して冷静さは失わずに、発射の直前、その瞬間を見極めて、機体を急降下させる。

 一瞬で超音速まで加速しているにもかかわらず、この身体にはほとんど重力加速度は感じられない。

 スミェールチの、いや、真冬のおかげだ。

 橙の光芒の網を凌いで、僕は今度は、機体を上昇させた。

 世界が反転する。

 ヘッドマウントディスプレイを通じて視界に入るのは、一面の青い空、白い雲、青い海。


 命を賭けた戦いの最中であるにもかかわらず、僕はどこか、開放感を感じていた。

 戦うのは決して好きではなかったが、こうして空を飛ぶ感覚は嫌いじゃない。

 今の身体より、元の身体よりも、今、僕は自由だった。


 左手の黒い鎌に、エネルギーを込める。

 黒い翼、黒い鎌、赤い光の粒子。

 まるで空と雲の色をネガポジ反転したような僕の機体は、再び『目玉』の群れに突入する。

 今度は、明確な殺意をもって。


「真冬、今だよ!」

――任せて、お兄ちゃん。


 黒い翼の断片は漆黒の球体と化し、『目玉』に取り憑き、動きを鈍らせる。

 大鎌にエネルギーを込め、空中で一回転しながら薙ぎ払えば、この『目玉』を始末するのは容易かった。

 一撃で空飛ぶ宝石の大半を仕留め、残りの個体をライフルで撃ち抜き、10秒足らずの戦闘は終了した。

 周囲に敵の反応は感知されることはなく、


「終わりました、機長。無理言ってすいませんでした」

「う、うむ……とにかく、機体を格納出来るか」


 僕は誘導に従って、機体をMV-37に乗り入れた。

 目的地、首都圏までは残り600キロメートルほど。1時間足らずで到着の予定であった。

 念のため、真冬には機体を起動状態にしたまま待機してもらったが、敵の襲撃はなかった。

 僕はこの時間をコクピットの中で過ごした。

 ヘッドマウントディスプレイを外し、また眼鏡を外して、目をこする。

 やはり本調子ではないらしく、頭がふらふらとする感じがぶり返してきた。

 体調もそうだが、コクピットから出ないことを決定したのは、そのほうが、余計な詮索も受けずにすみそうだと思ったから、というのも、ちょっとはある。

 機長にも怒られそうだし。


 僕はぼんやりとしたまま、真冬と他愛ない話をして過ごした。

 そもそも、僕がスミェールチに乗るときといえば、ほとんどは戦闘のときだ。

 こうして真冬とゆっくり話ができるというのは、あまりなかった。

 話をするとしても、どうしても戦いの話になってしまって。

 その意味で、兄妹水いらずの時間を過ごせたのは、僕にとっても、そしておそらくは真冬にとっても、良いことであったと思う。



 首都近郊は、以前の連邦軍の自爆にも等しい作戦で、甚大な被害を受けていた。

 それに比して、首都圏でも県境をまたぐ周辺地域のヌミノーゼ汚染はそれほど激しくなく、生身での活動にも何ら影響はないとのことであった。

 そこで、僕の身体の検査のために選ばれたのは、茨城県南部のつくば市であった。


 同市はかつて日本が国家として主権を有していた時代から作られていた研究機関の集まる都市であり、『連邦(ソユーズ)』による日本占領後も、先端技術の研究が行われていたそうだ。

 ……僕は全く、そのへんの話は耳にしたことがなかったが。


 この地の研究所群は今再び『同盟』によって接収され、連邦軍の行っていた研究データなどの解析や、研究に関わっていた人員への尋問などが行われている。

 僕はこの機関で精査を受けることになった。

 なんといっても、いくら連邦軍が用意したものといっても、設備に罪はない、との判断だ。


 市南部に着陸したMV-37輸送機から、僕はスミェールチを動かし、輸送用トレーラーに機体を搭載した。

 見慣れぬ黒い機動兵器は市中の人々の注目の的になりやすい。

 余計な噂の立つことを恐れていたのは、僕だけではなく、司令部も同じであった。

 機長や傷病兵たちとは別れ、僕と真冬は、当面の受け入れ先である、高エネルギー加速器研究機構を目指すことになった。


 先端技術の研究機関が揃うこの都市は、都心部の壊滅と無縁で、全く損害がないように見えた。

 実際の傷跡がどれほどかは、はっきりわからなかったが。


 同盟軍は驚くほど多くの人員をこの地に派遣していた。

 なんと言っても、僕の機体・スミェールチのデータなどは、技術的優位を確信して疑わなかった同盟軍にとって、大きな衝撃を持って受け入れられていた。

 ともすれば、連邦軍がこの日本列島でどんな研究をしていたのかについての情報は、喉から手が出るほど欲しかったに違いない。

 多数の技術者が送り込まれ、同時に、日本出身の技術者からも協力を得ていたが、基幹的技術については連邦軍が持ち去った後であり、解析は困難であるようだった。

 中でも、もともと巨大なエネルギー加速器や、それに伴う遮蔽設備などを有していたこの研究機関は、地球がディセンダントの侵略を受けた後にはヌミノーゼ関連技術の研究にも携わるようになっていた。

 特に、パイロットに医科学的アプローチが必要になった現在の機動兵器の研究に関しては、近隣の国立大学との合同研究により、連邦軍に技術を供与していたものと目されているようだ。

 占領下の体制では、そうやって協力するのが、生き残りの道であったことは想像に難くないし、僕も事実、そうやって育てられたのだから、同盟軍のパイロットとなった今でも、彼らの生存戦略を批判するつもりにはなれなかった。


「やあどうも。待っていたよ。派手にドンパチやったそうじゃないか?」


 現地に派遣されていた技師たちの一人で、例のエリア51での研究経験もあるというレッドフォード医師は、機構の研究施設、その本館の入り口で、車椅子を用意して僕を待ち構えていた。


「……どうも、関雅也です」


 とりあえず、僕はぺこりと頭を下げた。


「ヴォーゲルから話は聞いている。なかなか興味深い子だとね」


 ヴォーゲル博士、といえば、エリア51で僕のスミぇールチの修復に立ち会った男だった。

 真冬のことを話していないので、ある意味当たり前といえばそうなのだが、スミぇールチの性能に魅入られているような男で、僕はあまりいい印象を抱かなかったのを覚えている。

 研究一筋の人だと、ああなってしまうのかもしれないが。

 それにしたって興味の幅が狭過ぎはしないだろうか、と僕は思ったものだ。

 この男が同じようなタイプでないことを天に祈りたい気分だった。


「到着早々で申し訳ないんだが、君の機体はここにおいておくとして、身体の検査についてはまずは大学病院の方で行いたいと思っている。構わないかね? それとも、少し休むかな?」

「大丈夫です。早く済ませたいので」


 実のところ僕は若干ふらふらしていたが、それを押し殺し、検査に同意した。


「結構。では行くとしようか」


 機関の用意した乗用車で、僕は夜の市街地へ向かった。

 バリアフリータイプのやつだ。少し大げさに感じたが、配慮はしてくれているのだろう。


 同盟軍による首都占領から2週間も経っていないというのに、つくば市の市街地は驚くほど平静を取り戻していた。

 まるであたかも、それが当然であったかのように、乗用車が走り、商店も普通に営業しているようだった。

 現金なものである。旧支配者の圧政が去れば、このようなものなのであろうか。

 すっかり自由主義国の一部と様変わりしたこの国には、『連邦(ソユーズ)』の全体主義体制の残り香を感じさせるものといえば、市中の看板や標識に併記されたキリル文字くらいだった。


 車が大学病院の正面入り口にたどり着いたとき、すでに時刻は19時を過ぎていた。

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