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末裔のゼノグラフト  作者: 十八 弥七
第10章 南進
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77. 潜みしもの

 パイロットをしていて、自分の機体の周囲に、敵性反応を示す光点が出現したとき、それは生物学的な表現をすれば「闘争か逃走かファイト・オア・フライト」の反応を引き起こし、僕の交感神経系を一気に活性化するストレスとなる。


 心臓は不自然なペースで脈打ち、全身への血流を――真冬の心臓が――必死に送り出し、脳への血流を確保して、僕の頭脳をなんとか働かせようとする。

 僕は、この感覚がどうにも嫌いだった。

 光点が1つ現れただけでも、僕の体は強い緊張感に晒される。

 そもそもパイロットはみな、同じようなものかもしれないが。


 では、その敵の存在を示すところの光点が無数に現れた場合はどうだろうか。

 答えはあえて言うまでもないと思う。最悪としか形容できない。


 西暦2052年7月2日、午前9時54分。


 同盟軍上陸部隊の計25機は、一斉に現れたディセンダントの群れに、突如包囲されることとなった。

 この隠れたる捕食者たちは、僕たちが来るのをじっと息を潜めて待っていたのだろうか?

 それにしては不自然だ。

 なにせ、奴らの体の中核を構成するヌミノーゼ反応は一切認められなかった。

 と、いうことは、こいつらは死んでいた、ということになる。


 ディセンダントは通常、破壊されればそのケイ素の肉体は連続性を失い、チリに帰る。

 そう、僕たちは教えられていて、実際、一部の強力な個体の例外を除けば、それは経験上正しいものだった。


 背中から草木を生やした、『(ビースト)』型の群れが僕たちを一斉に見据える。

 この獣は、単体では正直、僕たちの機体ではそこまでの脅威にはならない。

 しかし、個体数が100を超えるようであれば、単体の戦力は大して問題ではない。その群れの存在そのものが、脅威であるといえた。


「くそっ、待ち伏せか? この前も喰らったばっかりじゃねえか!」


 飛びかかってきた『獣』の鉤爪を、フラン少尉がブレイドで受け流す。

 後方に展開した友軍のレインジャー隊は、行軍の隊形のまま敵に横腹を突かれる形となった。

 混乱が部隊を包む。

 しかし、かろうじて前衛が殿を務める隊形であったことから、総崩れとはなっていなかった。


「こちらエックスレイ・リーダー、現在のポイントに対地攻撃を要請。こちらは北に抜ける、俺たちを巻き込むなよ」

「『ウィリアム・ジェファーソン・クリントン』、了解。ロメオ隊が爆撃に向かう」


 隊長はあくまで冷静に、近接航空支援を要請した。


「ここで迎撃するのは不利だ。伝達の通り、北へ抜ける。しんがりは俺たちでやる、先に味方を逃がせ。ジョー、お前が先導しろ」

「アイアイ……くそ、ランチャーがあればな!」


 隊長の命令に従い、ウェスト中尉は北に重力跳躍を行う。

 川沿いを最低高度で低く飛翔した彼の機体を狙い、複数の『獣』が頭部の瞳からヌミノーゼ・ビームを一斉射撃する。

 水面に着弾したビームが水蒸気爆発を起こし、僕たちを、そして『獣』の視界も遮った。

 水の壁の影から、ユウ少尉のヘルカイトが猛然と突進を仕掛け、まず1匹目の首級を挙げた。


「ロメオ1より攻撃部隊へ、30秒で着弾する。そこから離れろ」


 全隊に一斉に通信が入った。

 すでに友軍機は発艦を済ませ、攻撃態勢に入っているようだ。


「この前もミサイルでふっとばされそうになった気がするけどな!?」

「黙って敵を抑えろ!」


 連続で放たれるビームをバレルロールしながら回避し、フラン少尉は最も前衛の個体を狙ってブレイドを突き立てた。

 樹木を纏う『獣』は、首のマトリクスを切り離され、力尽きて倒れ込む。

 まだ『獣』の群れの勢いは収まらず、突出した形のフラン少尉に群がる。

 隊長はライフルとグレネードランチャーを同時に発射し、土煙の壁を群れの中心に作った。


 僕の機体も敵の攻撃の対象であった。

 ビーム攻撃を飛行してかわした僕は、この選択が誤りであったことを直後に理解した。


――お兄ちゃん、下げて!!


 真冬の声とほぼ同時に、警告音が鳴り響く。

 次の瞬間、東に見える山岳地帯から一斉に、僕の機体を狙って橙のビーム射撃が行われる。

 『三脚(トライポッド)』型の姿が拡大されて視界の端に映った。

 僕は紙一重のところで機体を降下させて、集束するビームを避ける。

 空中で複数門放たれたビームが交錯し、ヌミノーゼ・エネルギーの衝突が起こり爆発を起こした。


 僕は降下させた際の勢いが過剰で、危うくカガヤン川に突っ込むところであった。

 水面を滑るように移動しながら、ライフルで手近なターゲットを狙う。

 空中戦は危険だ。

 とすれば、航空支援部隊は大丈夫だろうか?

 嫌な予感が頭をよぎる。

 だが、今の僕に、他人の心配をするような余裕は、とてもなかった。


 狙ったはずの『獣』は、僕の攻撃を軽く跳躍して回避した。

 僕のライフルは軌道を逸れ、緑地に突き刺さる。

 黒い銛が、地面を侵食する。

 『獣』は、僕に向かって猛然と突進を仕掛けてきた。

 頭部の瞳から、ビームが乱発される。

 それを援護するように、ひときわ大きな樹木を背中に載せた個体と、草の生い茂る個体が、それぞれ左右からビームを発射し、僕の動きを牽制してきた。

 僕は先ほどの教訓から、高度を上げず低空で飛翔しながら、接近戦を行っているフラン少尉を巻き込まないように北側に距離を取り、突進してきた『獣』と切り結んだ。

 黒い鎌の威力は絶大であり、『獣』は自らの突撃の勢いのままに、胴体を切り裂かれ、塵へと戻っていった。

 カウントダウンは残り15秒。

 爆発半径を考えれば、退避するのに5秒は最低限欲しい。


「少尉!」


 まだ獣の群れと接近戦を演じるフラン少尉は、脱出の機会を失いつつあるようだった。

 今度は僕のライフルは、正確にフラン機に飛びかかる『獣』の頭部を刺し穿ち、強引に地面に釘付けにした。

 身動きの取れなくなった獣が悶え苦しみながら絶命する。


「クソッ! 後ろか!?」


 腰をかがめた姿勢で、重力跳躍グラビティ・リパルサーの構えに入るフラン少尉の後ろから、猛然と『獣』の爪と牙が迫る。

 僕はやや迷って、新装備の跳躍地雷を射出した。

 フラン少尉の機体を通り抜けたあたりで、跳躍地雷は炸裂、無数の鋼鉄の弾を『獣』に投射した。

 もちろん、散弾ではコア部分への一撃ではなかったが、純粋な運動エネルギーの衝突を受け、『獣』は大きくのけぞり、突進の勢いを失ったことで一時後退した。

 この時点で残り時間は10秒。退避までの時間は5秒しかない。


「危ねえな!」

「仕方ないでしょ!? 早く!」

「わかってるよ!!」


 フラン少尉は跳躍で、僕は低空飛行で、同時に爆心地から駆け出した。

 5機の艦載戦闘攻撃機はミサイル発射の態勢に入る。

 同時に、東側の橙の輝きが強くなる。ビームによる迎撃の構えに入ったらしい。

 狙いは、今雲の中から現れた艦載機だろう。


「おっと!」


 すでに安全圏に退避していたウェスト中尉が、やや機体の高度を上げ、ヌミノーゼ・スナイパーライフルを東の山中に照射する。

 細い緑の光条がうっそうとしたジャングルを焼き払い、その奥の『三脚』を切り払ったらしく、航空機の群れを狙って発射されるべき橙の輝きはあさっての方向に射出されることになった。


「こいつも使い方次第だな」


 10km以上離れたターゲットへの精密射撃をこともなく成功させつつ、中尉はライフルをコッキングした。


「行くぞ、安全距離を取れ!」


 パイロットの警告と同時に、コックピットにアラートが鳴り響く。

 表示板上では、ミサイルが一斉に放たれ、地上を目指していた。

 

 発射のタイミングとほぼ同時に、僕たちは爆発半径を離れた。

 安全距離を取るため、スラスターを吹かして更に加速する。

 白い軌跡を描いて地上を目指すミサイル群と交錯するように、僕たちは北へと飛びつづけた。


 ほぼ時刻を同じくして着弾した多数のミサイルが、一斉に緑の爆風を巻き起こす。

 僕たちのいた場所から、『獣』たちが猛然と追撃を行ってくる。

 しかし、対ヌミノーゼ弾頭ミサイルの爆風のほうが、跳躍する『獣』の速度より、いくらか早かった。

 『獣』の群れは、爆炎に飲まれ、融解していった。



 一瞬のミサイル攻撃で、『獣』の群れは半分以上が消滅した。

 まだ30体ほどの反応が認められていたが、一人1匹ちょっとの割当ならば、そう無理な数ではない。

 何より、こいつらの武器は数を頼っての包囲だった。

 数的優位が無いのであれば、そこまでの脅威ではなかった。


 友軍のレインジャー隊はよく訓練された動きで、後衛の射撃で敵の足を止め、前衛が1体ずつ処理していった。


 『獣』の奇襲は大きな脅威であったが、30秒ほどの戦闘で、残りの数を殲滅することができた。

 やはり、こちらにも数がいるというのは大きい。


「エックスレイ集合。被害状況、報告」


 幸いにして、僕たちの隊には被害はなかった。

 新装備が役に立つとは思わなかったが。あればあるだけのことはあるものだ。

 戦果は最も突出したフラン少尉が5体、ユウ少尉が3体。隊長と僕が2体ずつ。

 また未確認だが、相当の『三脚(トライポッド)』型が、ウェスト中尉に葬られたことだろう。

 後方に続く友軍は、通常装備型2機が腕を破壊されて中破、重装備型1機が装甲板へのビームの直撃を受けて小破、といったところである。

 まだ戦闘は可能だが、被害は確実に出ていた。

 一方で対ヌミノーゼ弾頭を大量に消費したという点では、資源としてはそれなりに消耗していた。

 そう何度も、この戦法ができるわけではない。


 南国の天気は、戦場の趨勢のごとく変わりやすいものである。

 空を見上げると、南方の戦線に、文字通りの暗雲が立ち込めようとしていた。

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