Ex. 洋上のフラン
隊長たちが戻ってきた。やたら強力なヌミノーゼ反応のある破片を引っさげて。
私はといえば、やっていたことはなんだろう。
……のんきにお留守番だ。
その間、小規模な侵略者の群れとの戦闘はあったが、小型ばかりで、しかもこちらには私たちの実験小隊以外にも艦載部隊がいる。
故に、そこまで活躍の機会はなかった。
手堅く撃墜数を稼いだだけだ。
これでは正直、物足りない。
私が実験小隊に選抜されたのは、ゼノグラフト定着率の高さだけが理由ではない。
自分で志願したのだ。
祖国を焼きつくした怪物どもに、復讐する力が欲しかった。
だが、アイリスはともかくとしても、あの新入り、雅也は異常だった。
そもそも、敵国からの亡命者というところからして、普通ではないのだが。
私たちの隊はここのところ、新種の異星人と戦って、それなりに善戦して、生き延びている。
あいつの機体、それに、ここ一番での操縦のセンスは認めざるをえなかった。
だから、余計に悔しい。
自分ではまあまあ、技量はある方だと思っていた。
それが、あんな車椅子の子供に劣る活躍しかできないなんて。
別に、あいつのことを恨んでいるつもりはない。
あいつはまあまあ、いいやつだ。
エルベ川の戦いでも、時間稼ぎのために最後まで戦ってくれたという。
そんなやつをこんな風に言うのは、罰当たりかもしれない。
だが、私は、力のない自分が悔しかった。
『バラク・フセイン・オバマ』は、本国、ノーフォーク海軍基地への帰投を命じられた。
理由は簡単だ。
あの棺桶に入っている、巨大な爪を持ち帰ること。
未知の素材をぜひ本部で解析したい、というのは、科学者連中としては当たり前の発想だろう。
私も、それなりにあれには興味があった。
そんなこんなで、私たちは大西洋を通り、一路北米大陸を目指すことになった。
この海は、こちらの勢力圏内である。
護衛に巡洋艦『シエラ・ネバダ』『ロートリンゲン』の2隻が加わり、哨戒に当たっている。
小規模な艦隊だが、この海を渡るだけならば戦力的には十分であった。
……はずだったのだが。
どういうわけだか、ディセンダントの群れによく出くわした。
小型の目玉の群れに2日目に遭遇したのを皮切りに、海の上を滑るアメンボ型や、小型の海蛇型などだ。
このうち、海蛇との戦闘により『シエラ・ネバダ』は被弾して落伍し、代わりに駆逐艦『ローチ』、『ヘンダーソン』の2隻が合流、補給艦から物資の積み替えを行っていた。
ジェファーソン艦長は、補給作業中、展望デッキでぼやいていた。
立ち聞きするつもりはなかったのだが、明らかに敵との交戦が多い。
あの「爪」が、何かを呼び寄せているのではないか、と、彼は推察していた。
あれのヌミノーゼ反応は、通常のパワー・マトリクス用のフィルターを10枚重ねにした特注のケージの外に、今も漏れ出し続けている。
甲板がそんな具合だから、『バラク・フセイン・オバマ』は艦載機もまともに飛ばせず、私たちはレインジャー用の大型ブースターを装備して戦闘に出ざるを得ない。
修理中の隊長とジョーの機体、それに出撃ごとに主治医から十分に休むように言われている雅也は出撃できない。
今、うちの小隊で動けるのは、私とアイリスだけだ。
明らかに手薄な状態だった。
そんな状態で、洋上で足を止めるということはどういう結果を招くか。
虎視眈々と、私たちを狙う目が、大洋に潜んでいた。
そのことに私たちはもっと早くに気づくべきだったのかもしれない。
周囲の哨戒は、各艦の艦載部隊が輪番で行っていた。
非常警報で叩き起こされた私は、同じく出撃命令の出たアイリスをひっぱたいて起こすと、格納庫へと向かった。
「未確認だが、おそらくは新種と思われる」
そんな不安をかきたてるようなアナウンスを意に介する様子もなく、アイリスはただただあくびを連発している。
今回は洋上での任務となる。大型ブースターつきのバックパックを装備したレインジャーは、大きな背負い籠を身につけたようで、シルエットが大きく変化している。
整備士たちは慌ただしく作業を行っていた。まだ、調整が完璧でない機体があるのだ。
幸いにして、私の機体は、整備は完了し、内蔵火器の装填中であった。
私は自分のレインジャーに飛び乗り、夜の海へと飛び出した。
こいつの制御はなかなか難しい。ブースターパックは、推力偏向・ノズルを装備しているが、基本的には直進しか出来ない。
常時、ある程度の速度を保ちながら移動していないと、追加装備と併せて10トンを超える機体ごと水中に突っ込むことになる。
また、ケロシン・ジェットは燃料切れになればその役割を果たさなくなる。
戦闘中のアフターバーナー使用を考えれば、10分程度飛び続けられれば上出来だろう。
他にも『バラク・フセイン・オバマ』の艦載機のレインジャーはいるが、連中は別に選抜された腕利きというわけではない。
最低限の技量はあるだろうが、この大型バックパック・ブースターを使うのはなかなか大変なのだ。並大抵のパイロットでは、機体に振り回されてしまうだろう。
自分で言うのもなんだが、私はこのパックに慣れていた。多分、この艦の誰よりも。
『ドライアド』に乗り換える前は、通常型レインジャーにバックパックを付けて使っていた。
洋上でなくても、このパックによる推進力と、3次元的な戦闘機動を行える特性は大いに役に立っていた。
それだけに、大型スラスターユニットを内蔵する『ドライアド』を失ったのはつくづく惜しい、と思う。推進力の差がただ恨めしい。
「まずは……お前ッ!」
鬱憤ばらしを兼ねて、私は手近な「目玉」をマトリクス・ブレイドで両断した。
こちらの接近に気づいた他の個体が、橙の破壊光線を放ってくるが、こちらの速力なら十分にかわせる。
この目玉の一群は、どうやら、『バラク・フセイン・オバマ』を狙っているらしい。
あの爪が狙いなのか、それとも、発進前の機体を叩くだけの知能があるのか。
そのへんはどちらでもいい。今、私は目の前の敵をなるべく引っ掻き回す必要があった。
アフターバーナーを全開にし、目玉の群れを突っ切る。
空母と反対側へ。なるべく、注意をこちらに引きつける。
ある程度距離をとったところで、翻りながら実弾ライフルを叩き込む。
20mm90口径のヘビー・ライフルは、装甲目標に対してもそれなりの威力を発揮する強力な兵器ではあるものの、ヌミノーゼ膜に包まれた目玉に対しては決定打とはならなかった。
もう少し強力な火器が装備できればいいのだが。
怯んだ目玉型の群れに飛び込み、切り払う。これで3体目。
数はそれほどでもない。徐々に、味方のレインジャーも空に上がってきている。
問題は、さっき報告にあった新種らしいという個体だ。
「高エネルギー反応! ベクター、330!」
すっかり目が覚めたらしいアイリスが叫ぶ。
後ろに浮かぶ、巨頭の『プロビデンス』が、索敵を開始したらしい。
11時方向からまばゆい光が瞬き、次の瞬間、艦隊の後方を守る駆逐艦が炎に包まれた。
「ヘンダーソン被弾、被害状況不明」
CICからの通信も混乱しているようだ。見る限り相当な被害が出ていそうだ。
だが、敵の位置はわかった。
「アイリス、敵をトレースできるか?」
「任せて! まだ動いていない!」
アイリスの指示を頼りに、私はヘンダーソンの、その残骸になりつつある鈍色の鋼鉄の塊の、ちょうど船尾の方向へブースターを吹かした。
仄暗い海面に微かに見える、黒い肢体。
一見するとアメンボに近いが、2-3倍程度は大きく、そして、脚は6本ではなく、8本。
アメンボ型が進化したものか、それとも、別種か。
蜘蛛のような、生理的な嫌悪感を感じさせる黒い影。
傾斜を復元できず、大幅に傾きつつあるヘンダーソンから、レインジャーが離陸する。
しかし、奴の放つ光に吹き飛ばされ、中空に塵と消えた。
パイロットは脱出出来ていないだろう。
もう一機、離陸しようとするレインジャーを、奴が狙う。
「させるかよ!」
私はとっさにライフルを放った。当たらなくてもいい、気が引ければそれでいい。
やつは、私の狙い通り、その中心部にあるパワー・マトリクスから、光を放ってきた。
破壊光線が私の機体の右足をかすめる。
間一髪、ブースターで回避し、バレルロールしながら奴に接近する。
橙色の核に近づくと、その輝きはいや増し、威圧的な光を放ち続けている。
「この野郎! 沈めーッ!」
左手に構えたライフルの照準を橙の炉心にぴたりと合わせ、トリガーを引く。
20x102mmの航空機関砲弾が、まばゆいマズルフラッシュとともに、鋼鉄の雨となって降り注ぐ。
しかし、奴はその細い8本の足をくねらせ、器用にマトリクスへの直撃を防いでいる。
私はアンダーバレルグレネードの射撃モードに切り替えた。
120mmの対ヌミノーゼ膜砲弾は、奴の脚に着弾し、緑の輝きと橙の輝きが混ざり、光が散る。
むきだしになった六角形の黒い装甲に、20mm砲弾を更に浴びせる。
今度は、ヌミノーゼに阻まれず、直撃弾となった。
奴の脚のうち、太めの2本の片割れが穴だらけとなり、もぎ取れる。
破壊された部位の破片に紛れ、奴は光線を再び放ってきた。
至近距離の砲撃を強引に躱す。
加速の衝撃が、私の身体に直接叩きつけられる。
無論、この程度でどうにかなるフラン・デュヴァル様ではない。
右に急制動をかけ、更にやつに接近、マトリクス・ブレイドで薙ぎ払った。
脚のうち3本を失った海蜘蛛は、体制を崩す。
体制を崩しながら、奴は再度、砲撃を行ってきた。おもったよりタフな相手だ。
ブースターの出力を上げ、攻撃を躱そうとするが、光の束が迫ってきた。
さすがに、まずい。踏み込みすぎたか。
祈りつつとっさにシールドを構える。
爆発音。しかし、衝撃はほとんどない。
光は、緑色の爆発に遮られ、私の機体まで到達しなかった。
先程、ヘンダーソンから離陸したばかりのレインジャーが、エアバースト設定で対ヌミノーゼ・グレネードを発射していたようだ。
緑の光が、橙の破壊光線を散らす。
やつはまだ何が起きたか把握できていないようだ。
ベクタード・ノズルを反転させ、宙返りしながら奴の射程圏内から離脱する。
「お前、すごい機動だな!」
先程の友軍機から通信が入る。
「この程度軽いさ。早く片付けよう!」
「援護は任せろ」
緑色の煙が晴れ、5本足になった海蜘蛛の姿が再び現れる。
奴はエネルギーをチャージしているようだ。
「来るよ、フラン!」
アイリスの警告からごくわずかして、奴は上空全体に拡散する光の槍を放った。
拡散しているため、1発1発の威力はそれほどでもないが、私の機体にはシールドに数発、左足にもかすっていた。
先程の友軍機も右手と右足に被弾している。
再度放たれれば、こちらが不利だろう。
「一気に行く!」
私は、ブースターを全開にして突っ込んだ。
私をとらえようとする奴の脚は、後方からの正確な銃撃で破壊される。
奴の懐に潜り込んだ。
これで、決まりだ。そのはずだった。
しかし、奴はまだ諦めていなかった。
チャージが終わっていないにも関わらず、私に向けてなけなしの破壊光線を放ってきた。
流石にこの距離では回避できない。
左手のシールドで受けるが、ライフルごと左手を持って行かれた。
「くそっ、トドメだっ!」
意を決し、露出した核部分に、マトリクス・ブレイドを差し込んだ。
パワー・マトリクスは一瞬、脈動するように瞬き、刺突された部位からひびが広がっていき、砕けた。
核を失った蜘蛛は、崩れ落ち、海中に没していった。
かろうじて、私は蜘蛛を討ち取った。
「大丈夫か」
煙を吐く私の機体に、先程のレインジャーが寄ってきた。
「一人で飛べるさ。帰艦する!」
私は助けを振り払い、『バラク・フセイン・オバマ』を目指した。
おそらく、恥ずかしかったのだろう。
被弾したことが、なのか、こうして優しくされたことが、なのかは、未だによくわからない。
帰り道、目玉に出会ったが、例のレインジャーがライフルを放ち、撃破した。
どうも、なかなかいい腕らしい。
ようやく甲板に着艦すると、整備班が消火器を持って駆け寄ってきた。
損傷は思いの外深刻で、フレーム部分にも損傷が見られていた。
「外から見るとひどいな……」
「だから言ったんだよ。よく持ったもんだ」
結局、この艦まで護衛してくれた例のパイロットも、機体の補給を受けていた。
ヘルメットを脱ぐと、意外と優男である。
「あんた、名前は?」
「フランソワーズ・デュヴァル。フランって呼ばれてる」
「洒落た名前だな。俺はジェームズ、今日は助かった。またどっかで会ったらよろしくな」
応急修理と補給が終わった機体に乗り込むと、奴は再び空に飛び立っていった。
ヘンダーソンはかろうじて沈没を免れたが、母艦として使えるような状態ではない。
結果として、巡洋艦ロートリンゲンと駆逐艦ローチに分乗し、臨時編成となるそうだ。
ともかく、飛べる機体がないので、私は待機することになった。
待機状態のまま、戦闘は終わり、艦内通路を通っていると、いつもの面子に出会った。
「おう、やったな、フラン」
ジョセフ中尉が話しかけてきた。
「新種か。マトリクスを持ち帰れなかったのが残念だが、結構なお手柄だぜ」
「フン、アメンボに毛が生えたようなもんだよ、あんなの」
「うそうそー。フラン、ヤバかったじゃん」
「黙れ、こいつっ」
「ぎゃー、痛いーっ!」
アイリスのこめかみをぐりぐりしつつ、私は先程の戦闘を思い返していた。
確かに、危ないところではあった。
「被弾したと聞いて、心配しました」
目の前の車椅子の少女――本人は男だというが――、雅也にも心配をかけたようだ。
こいつはこいつでまあまあいいやつである。
「ドライアドならあんな風にやられはしなかったんだけどな……」
「そーでもないんじゃ……ああ痛い痛い痛い!」
余計なことをいう小猿を懲らしめる手に力を込める。
隊長は意外と何も言わなかった。
言われなくても、わかっているだろう、ということだろうか。
休息のため自室に入ったときには、すでに水平線上に朝日が昇り始めていた。
今日までには隊長やジョー中尉の機体の修復は終わるはずである。
甲板からはちょうど、私の機体が格納庫へ運ばれるところであった。
運が悪ければ、左手一本では済まなかったかもしれない。
と、自分の左手の手のひらを眺めながら、思うのであった。
ともあれ、生き延びたのは確かだ。少なくともいまのところはツイている。
あとは、カスタムレインジャーが再び受領できれば、言うことなし、なのだが。
あまり高望みしないようにしよう、と思いつつ、私は眠りについた。




