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末裔のゼノグラフト  作者: 十八 弥七
第3章 同盟
21/112

17. 群れなす獣

 これから戦場と化そうという雪の峰には、暗く暗雲が垂れ込めている。

 ヌナブト・バフィンを今、実効支配しているのは、先住するイヌイットではなく、この巨大な黒い巨塔である。

 そして、その護衛が、この3匹の獣である。

 1体は、先ほどの戦闘で、激しく損傷したはずなのだが。

 ヌミノーゼランチャーによる損傷は致命傷ではなかったらしく、既に頭部は再生していた。

 僅か3時間程度の間に、奴は傷を修復していたのだ。

 黒々とした銛が胴体に突き刺さっているのと、再生した頭部の表皮の青黒さが少し薄いことを除けば、他の個体と区別がつかないほど、見事に構造を取り戻していた。

 残りの2体もふくめ、3匹が一定の円を描くように移動して、あたりを警戒している。

 山の稜線の向こうに消えたかと思うと、しばらくしてまた巨体が現れる。

 警戒は解かれそうにない。と、なれば、倒すしかなかった。


「アイリス。ほかにいるか?」

「大きいのは3匹だけ」

「関准尉。お前はあれを倒したことがあるそうだな」

「ええ、まあ……あんまり、覚えてないですけど」


 隊長の解説によれば、この『巨獣(テリオン)』の生態は十分に解明されていなかった。

 同盟側の討伐記録は、片手で数えられるほどしかない。

 大型の個体ほど、肢の数が増えるらしいこと。

 眷属とするのは、『獣』や『三つ脚』らしいこと。

 体の中枢の巨大なパワーマトリクスを破壊しない限り、動きを止めないこと。


 僕が見た、体内から『目玉』を呼び出すことは、知られていないようだった。

 あくまで僕の経験として、注意を促すにとどめた。

 フランはあまり聞いていないようだったが、隊長とウェスト中尉は真剣に対策を検討していた。アイリスは寝ていた。

 

 そして、あの黒い構造体である。

 正確に調査されたことはあまりなかったが、最初に観測されたのは2038年。南米で、ディセンダントとの交戦中に認められ、『一枚岩(モノリス)』と通称された。

 人類がここまで、モノリスに接近するのは初めてかもしれない、と大尉は語る。

 故に、その機能など、細かいものは一切解明されていない。ディセンダントの侵攻の強い地域に現れるため、一種の凶兆として見なされている程度だ。

 敵は3体。こちらは5機。とはいえ、戦力の差は歴然である。

 結局、作戦は、遠距離からの攻撃で砲塔を潰し、その後、1体ずつ仕留めるしかなさそうだった。

 黒い構造体を見ると、無性に左目が痛む。

 距離が縮むほど、眼痛が増していくようだ。


 これまでの知見に従い、肢の数が9本のものが頭目であろうと判断し、残りの再生中の7本と、もう一体の7本に優先して、まずは長を潰すことになった。

 隊長の提案する作戦はこうだ。

 先手はアイリスの機体の、曲げられるヌミノーゼ光である。

 これで山の稜線の反対側、トール山から攻撃があったように見せかけ、小さい2匹を釣りだす。

 その隙に頭目に攻撃を集中し、あわよくば倒す。倒せなくても、頭部は破壊する。

 攻撃の鍵は、僕の機体、デスブリンガーのライフルである。頭部に攻撃を叩き込み、防御フィールドらしきものを中和。

 追加のヌミノーゼランチャー及びライフルの一斉攻撃により、頭部を砕く。要はさっきと同じ戦法だ。

 アイリスはプロビデンスの能力で、敵のパワーマトリクスの位置を正確に把握できる。それを部隊で共有することで、精密な射撃が可能となる。

 頭部のマトリクスの環状列石のような並びを狙えば、頭を吹き飛ばせるはずだ。

 いまや、悪天候は問題にならなかった。


「各機。準備はいいな。アイリス、くれぐれも勝手に動くなよ」

「りょーかい」


 どこまでも緊張感のない白い珍獣の発言は、緊張をほぐすのに効果があるらしかった。

 巨獣の周遊運動は、今、最も巨大な個体がこちらに向かって歩いてきている。

 残りの2体は、オーディン山の稜線に隠れつつあった。


「アイリス、今だ」

「はいはい。お任せ!」


 アイリス機は、指から光線を放つ。

 このヌミノーゼ光は任意に操作できるらしく、稜線を這いながら大きく迂回して、トール山の山頂から現れた。

 光は見えない防御フィールドに遮られ、途中で力なく散った。

 それで、囮には十分だ。

 稜線の向こうの2匹は、敵の姿と誤認し、トール山に向けて光線を放っている。


 次は、僕だ。


――お兄ちゃん、準備、いいよ。

「うん……決める、外さない」


 真冬に語った僕の言葉は、決意の独語としてとらえられたようだ。


「よし。……5, 4, 3……今」


 僕は、右手のライフルから、暗黒の束を放った。

 正確に巨獣の頭を狙う軌道で、黒い闇が飛翔する。

 僅かな間を置いて、ヌミノーゼランチャーの光が、9本脚の巨獣の頭をとらえる。

 が、破壊には至らない。変わりに表面の青黒い六角形の殻が剥離し、巨獣がこの世のものではない唸り声を上げた。

 

「こいつ、硬いぞ!?」


 ウェスト中尉は、ランチャーの再チャージに入っていた。自慢の大砲を防がれたのは不本意らしい。

 僕のほうのライフルは、真冬によれば、まだ撃てるらしかった。

 顔が半分崩れた、巨大な獣は、こちらを橙の瞳でじっと見つめていた。

 明らかに、攻撃の構えだ。そうさせるわけにはいかない。

 残りの2体も、攻撃に気づいて、接近しつつあった。


「もう一度、行きます!」


 僕は再び、暗黒の槍を放つ。

 今度は、パワーマトリクスの瞳に突き刺さり、光を奪う。

 ヌミノーゼランチャーのチャージはまだ終わっていない。

 変わりに、隊長とフランはライフルを放ち、頭をえぐる。

 とどめとなったのは、アイリスが放った頭部のヌミノーゼ光であった。

 巨獣は頭部を失い、大きくのけぞり、崖下に転げ落ちた。


「へへっ、今度こそボクの……」


 アイリスは、攻撃に夢中で、残りの2体からの攻撃に無頓着であった。


「危ないっ!」


 僕は、再生したほうの頭にライフルを撃ち込み、もう一匹から放たれた光線を、左手の鎌で切り裂いた。

 しかし、敵の火力が予想以上だった。


 左手が軋む。

 力の奔流に、死神は押し流されつつあった。

 鎌が、吹き飛ばされる……!


 その直前、真横からヌミノーゼの光が撃ち出され、攻撃を相殺した。

 ウェスト中尉のランチャーであった。


「ひぇっ……」


 アイリスといえば、交戦の度に情けない声を出すのが日課になっているらしい。


「すみません、中尉。ありがとうございます」

「いいってこと。次、来るぞ」


 まだ2匹、健在の巨獣は、なおも破壊光線を放とうと、力をためている。

 頭が壊れた、ひときわ大きな巨獣も、態勢を立て直し始めていた。

 えぐれた頭部の断端から、目玉型のディセンダントが飛び立ちつつある。


「関准尉、1匹は任せていいか」

「やってみます」

「よし。ジョセフとアイリスは目玉の掃除と、デカブツの牽制。右のは俺とフランで狩る。雅也、お前は左のをやれ」


 隊長に、下の名前で呼ばれるのは、この時がはじめてだった。


 僕は漆黒の翼を広げ、巨獣に飛びかかった。


――お兄ちゃん。距離、気をつけて。


 そうだ。あまり隊長の機体からは離れられないのだ。

 戦闘の興奮で、忘れかけていたが。

 真冬は、それを忘れていなかった。

 彼女は、僕の体のことだけを考えてくれていた。


 隊長とフランは、跳躍の最中であった。

 飛翔する2機を、後衛のヌミノーゼランチャーが援護する。

 アイリスは光る目玉に、光の槍を突き立てる作業に必死のようだ。


 かくして、乱戦が始まった。

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