17. 群れなす獣
これから戦場と化そうという雪の峰には、暗く暗雲が垂れ込めている。
ヌナブト・バフィンを今、実効支配しているのは、先住するイヌイットではなく、この巨大な黒い巨塔である。
そして、その護衛が、この3匹の獣である。
1体は、先ほどの戦闘で、激しく損傷したはずなのだが。
ヌミノーゼランチャーによる損傷は致命傷ではなかったらしく、既に頭部は再生していた。
僅か3時間程度の間に、奴は傷を修復していたのだ。
黒々とした銛が胴体に突き刺さっているのと、再生した頭部の表皮の青黒さが少し薄いことを除けば、他の個体と区別がつかないほど、見事に構造を取り戻していた。
残りの2体もふくめ、3匹が一定の円を描くように移動して、あたりを警戒している。
山の稜線の向こうに消えたかと思うと、しばらくしてまた巨体が現れる。
警戒は解かれそうにない。と、なれば、倒すしかなかった。
「アイリス。ほかにいるか?」
「大きいのは3匹だけ」
「関准尉。お前はあれを倒したことがあるそうだな」
「ええ、まあ……あんまり、覚えてないですけど」
隊長の解説によれば、この『巨獣』の生態は十分に解明されていなかった。
同盟側の討伐記録は、片手で数えられるほどしかない。
大型の個体ほど、肢の数が増えるらしいこと。
眷属とするのは、『獣』や『三つ脚』らしいこと。
体の中枢の巨大なパワーマトリクスを破壊しない限り、動きを止めないこと。
僕が見た、体内から『目玉』を呼び出すことは、知られていないようだった。
あくまで僕の経験として、注意を促すにとどめた。
フランはあまり聞いていないようだったが、隊長とウェスト中尉は真剣に対策を検討していた。アイリスは寝ていた。
そして、あの黒い構造体である。
正確に調査されたことはあまりなかったが、最初に観測されたのは2038年。南米で、ディセンダントとの交戦中に認められ、『一枚岩』と通称された。
人類がここまで、モノリスに接近するのは初めてかもしれない、と大尉は語る。
故に、その機能など、細かいものは一切解明されていない。ディセンダントの侵攻の強い地域に現れるため、一種の凶兆として見なされている程度だ。
敵は3体。こちらは5機。とはいえ、戦力の差は歴然である。
結局、作戦は、遠距離からの攻撃で砲塔を潰し、その後、1体ずつ仕留めるしかなさそうだった。
黒い構造体を見ると、無性に左目が痛む。
距離が縮むほど、眼痛が増していくようだ。
これまでの知見に従い、肢の数が9本のものが頭目であろうと判断し、残りの再生中の7本と、もう一体の7本に優先して、まずは長を潰すことになった。
隊長の提案する作戦はこうだ。
先手はアイリスの機体の、曲げられるヌミノーゼ光である。
これで山の稜線の反対側、トール山から攻撃があったように見せかけ、小さい2匹を釣りだす。
その隙に頭目に攻撃を集中し、あわよくば倒す。倒せなくても、頭部は破壊する。
攻撃の鍵は、僕の機体、デスブリンガーのライフルである。頭部に攻撃を叩き込み、防御フィールドらしきものを中和。
追加のヌミノーゼランチャー及びライフルの一斉攻撃により、頭部を砕く。要はさっきと同じ戦法だ。
アイリスはプロビデンスの能力で、敵のパワーマトリクスの位置を正確に把握できる。それを部隊で共有することで、精密な射撃が可能となる。
頭部のマトリクスの環状列石のような並びを狙えば、頭を吹き飛ばせるはずだ。
いまや、悪天候は問題にならなかった。
「各機。準備はいいな。アイリス、くれぐれも勝手に動くなよ」
「りょーかい」
どこまでも緊張感のない白い珍獣の発言は、緊張をほぐすのに効果があるらしかった。
巨獣の周遊運動は、今、最も巨大な個体がこちらに向かって歩いてきている。
残りの2体は、オーディン山の稜線に隠れつつあった。
「アイリス、今だ」
「はいはい。お任せ!」
アイリス機は、指から光線を放つ。
このヌミノーゼ光は任意に操作できるらしく、稜線を這いながら大きく迂回して、トール山の山頂から現れた。
光は見えない防御フィールドに遮られ、途中で力なく散った。
それで、囮には十分だ。
稜線の向こうの2匹は、敵の姿と誤認し、トール山に向けて光線を放っている。
次は、僕だ。
――お兄ちゃん、準備、いいよ。
「うん……決める、外さない」
真冬に語った僕の言葉は、決意の独語としてとらえられたようだ。
「よし。……5, 4, 3……今」
僕は、右手のライフルから、暗黒の束を放った。
正確に巨獣の頭を狙う軌道で、黒い闇が飛翔する。
僅かな間を置いて、ヌミノーゼランチャーの光が、9本脚の巨獣の頭をとらえる。
が、破壊には至らない。変わりに表面の青黒い六角形の殻が剥離し、巨獣がこの世のものではない唸り声を上げた。
「こいつ、硬いぞ!?」
ウェスト中尉は、ランチャーの再チャージに入っていた。自慢の大砲を防がれたのは不本意らしい。
僕のほうのライフルは、真冬によれば、まだ撃てるらしかった。
顔が半分崩れた、巨大な獣は、こちらを橙の瞳でじっと見つめていた。
明らかに、攻撃の構えだ。そうさせるわけにはいかない。
残りの2体も、攻撃に気づいて、接近しつつあった。
「もう一度、行きます!」
僕は再び、暗黒の槍を放つ。
今度は、パワーマトリクスの瞳に突き刺さり、光を奪う。
ヌミノーゼランチャーのチャージはまだ終わっていない。
変わりに、隊長とフランはライフルを放ち、頭をえぐる。
とどめとなったのは、アイリスが放った頭部のヌミノーゼ光であった。
巨獣は頭部を失い、大きくのけぞり、崖下に転げ落ちた。
「へへっ、今度こそボクの……」
アイリスは、攻撃に夢中で、残りの2体からの攻撃に無頓着であった。
「危ないっ!」
僕は、再生したほうの頭にライフルを撃ち込み、もう一匹から放たれた光線を、左手の鎌で切り裂いた。
しかし、敵の火力が予想以上だった。
左手が軋む。
力の奔流に、死神は押し流されつつあった。
鎌が、吹き飛ばされる……!
その直前、真横からヌミノーゼの光が撃ち出され、攻撃を相殺した。
ウェスト中尉のランチャーであった。
「ひぇっ……」
アイリスといえば、交戦の度に情けない声を出すのが日課になっているらしい。
「すみません、中尉。ありがとうございます」
「いいってこと。次、来るぞ」
まだ2匹、健在の巨獣は、なおも破壊光線を放とうと、力をためている。
頭が壊れた、ひときわ大きな巨獣も、態勢を立て直し始めていた。
えぐれた頭部の断端から、目玉型のディセンダントが飛び立ちつつある。
「関准尉、1匹は任せていいか」
「やってみます」
「よし。ジョセフとアイリスは目玉の掃除と、デカブツの牽制。右のは俺とフランで狩る。雅也、お前は左のをやれ」
隊長に、下の名前で呼ばれるのは、この時がはじめてだった。
僕は漆黒の翼を広げ、巨獣に飛びかかった。
――お兄ちゃん。距離、気をつけて。
そうだ。あまり隊長の機体からは離れられないのだ。
戦闘の興奮で、忘れかけていたが。
真冬は、それを忘れていなかった。
彼女は、僕の体のことだけを考えてくれていた。
隊長とフランは、跳躍の最中であった。
飛翔する2機を、後衛のヌミノーゼランチャーが援護する。
アイリスは光る目玉に、光の槍を突き立てる作業に必死のようだ。
かくして、乱戦が始まった。




