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末裔のゼノグラフト  作者: 十八 弥七
第1章 朔北
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2. 獣

 とてつもなく嫌な夢を見た。

 これまでも、時々、同じ夢を見ていた、ような気がするが……

 こんなに、はっきりと覚えているのは、初めてだった。


 一面の白い雪。

 黒いぼろぼろの衣をまとった、痩せぎすの人影。

 フードを目深に被っており、表情はうかがい知れない。


 静かに、しかし、確実に、『奴』は近づいてくる。

 雪の上を、音もなく。

 僕は、それをじっと見つめていた。

 徐々に、『奴』と僕の距離が縮まっていく。

 目をそらそうにも、不思議と『奴』を見てしまう。


 双方の距離は、どんどん縮まっていく。

 と、同時に、これまで感じていた違和感が、より確かに感じられた。

 僕は、その瞬間、気がついてしまった。

 『奴』の通ったあとの雪原には、足跡が全く無いのだ。

 音もなく、足跡もなく。

 『奴』は、僕を目指して、忍び寄るように、しかし、堂々と、雪の中を進んできた。


 逃げたい。

 逃げられない。

 体が、動かないのだ。


 視線を固定したまま、瞬きもせず、僕は『奴』をじっと見据えている。

 今や、僕と奴の距離は50メートル程度。

 徐々にはっきりと、『奴』の姿が見えてくる。

 ぼろぼろの黒衣の下に覗く手足には、皮がない。

 本来、四肢を動かすべき、筋肉も見当たらなかった。

 筋肉を酸素で満たす血管も。

 筋肉に命令を送る神経も。

 筋肉を留めるための腱も。

 関節にあるべき、軟骨も。


 ……何も、ないのだ。

 やや黄土色に変色した骨以外には、『奴』の四肢には何もついていない。

 ならば、身体が動くはずもない。


 今や、僕と『奴』は、手を伸ばせば届きそうな距離にいた。

 その瞬間、猛烈な吹雪が僕を襲った。


 『奴』は、吹雪をものともせず、そこに立っている。

 黒衣が吹雪でめくれ、その下の顔が見えた。

 予想通りの、頭蓋骨が、僕を見据えている。

 眼窩には眼球はなく、代わりに、橙色の光が灯る。

 橙色の目で、『奴』は、僕を見すえていた。

 僕は急に、生臭い、血の匂いを感じた。

 風の流れを無視して、その匂いは、僕に伝わってきた。


 身動きの取れない僕に、『奴』が手を伸ばす。

 頭蓋骨しかない、顔面表情筋のない顔が、どういうわけか、口の端を上げて歪んだ。ように見えた。

 顔に手が伸びる。

 骨だけの手が。


 その刹那、僕は目を覚ました。

 空はまだ暗い。

 左頬には、まだ、冷たい接触(チル・タッチ)の感触が残っていた。



 西暦2051年10月7日。


 最悪の夢から一睡も出来ないでいると、あまりにあっけなく、その日は来てしまった。


 カムチャツカ半島……ユーラシア大陸の東の果て、

 標高4000mを超える山岳地帯が連なる土地である。

 今やここは、地図を見ればすぐにわかる通り、地球連邦と自由主義同盟の戦闘の最前線となっていた。

 オジョールナヤに着陸して補給を済ませた後、ベーリング海をしばらく飛行し、僕達は再度の着陸地にたどりついた。

 かつての州都、ペトロパブロフスクに、殆ど人影は見当たらない。

 水位の上昇の影響だけではなく、ディセンダントの出現後は、どういうわけか火山活動が活発化しており、住民は殆どが避難あるいは落命しており、辺りは不気味に静まりかえっていた。

 寒々しい波が、寄せては返すだけである。


 徐々に白んできた東の空。

 これが、人生最後の日の出になるかもしれない。

 そんなことを夢想しながら飲み物をすすっていると、背後から声をかけられた。


「おう。眠たそうだな」


 目の前の男、大村は、妙に陽気な様子で話しかけてきた。


「眠れなかったか?」

「ええ、はい……まあ」


 僕は曖昧に答える。


「そりゃあ、そうだろうな。こんな作戦だ。不安にならない奴はいないだろうな」

「大村さんはどうなんですか?」


 これまで2回の出撃で、僕は大村に3回、死ぬところを助けられた。

 命の恩人に、僕は快眠の秘訣を聞いてみる。


「俺か? 俺にはりっぱな眠り薬がある……こいつがありゃ、どこでも快眠だ」


 金属製の水筒を誇らしげに掲げながら、大村はニヤリとしてみせた。

 大柄な大村は、僕より4つ年上で、総身を濃い体毛で覆われていた。

 動物ならば熊に例えるのがふさわしいだろう。

 本州から転属となって北海道方面に来たのが2年前。

 以来、『獣』との激戦を繰り広げた猛者である。


「僕、未成年ですよ」

「細かいことを気にするやつだな、お前は。ま、せいぜい俺の晩酌に付き合えるようになるまでは、生き延びてみろ」


 彼なりの励ましのあと、水筒を懐に仕舞いこみながら、大村はのっしのっしと隊長のところに行き、何やら話し始める。

 代わりに、僕の横には、混血の幼なじみが座り込んだ。

 ボディラインが出やすいパイロットスーツは、彼女のスタイルの良さを際立てていた。

 ……こいつ、こんなに胸があったか?

 もう少し、頭の方に栄養を回すようにしても良さそうだが。


「何?」


 僕の視線に気付いたのか、佐野は例によって不機嫌そうに僕を睨みつける。

 僅かな日の光に、彼女の薄く金色がかった髪がなびく。

 そのポニーテールは、僕には仔馬(ポニー)ではなく狐の尻尾を思わせた。


「別に、何でも」

「なんかいやらしい想像でもしてたの? 全く、ホントバカなんだから。最ッ低よ、最低」


 仮定を前提に罵倒されたが、事実当たっていたので、反論はしなかった。

 彼女の方から話を切り出してきた。


「……全ッ然、眠れなかった」

「今その話をしてたとこだよ」

「あんたは余裕そうね……なんかムカつく」

「そうでもないけど」

「で。何かアドバイスしてもらったの?」

「ウォトカだって」

「バッカじゃないの。あのヒグマも、あんたも」

「まあ、そうかもね。でも、頭空っぽのほうが、案外、身軽かもよ?」


 悪い夢を見たことはとりあえず伏せ、僕は適当に相槌を打った。


「ホント、緊張感ないんだから……」

「で、なんの話?」

「何よ、話がなきゃ、来ちゃ悪いってわけ?」


 彼女はいつも以上に苛立っている様子だった。

 無理もない。今日の作戦の緊張感は、これまでの日ではない。

 僕はこのあとしばらく、なんとか彼女を慰めようとしたが……

 空虚な言葉は、結局届かないままであった。


「……昨日の、話なんだけどさ」

「うん」

「あんた、なんか言ったでしょ」

「言ったけど。何を?」

「バカ」

「いや、ごめん、なんの話だっけ」

「……辞令が、来たあとよ」


 僕は記憶の糸をたぐる。

 元来、適当に相槌を打つ癖があるためか、正直、どんな話をしていたのかあまり覚えていないが。

 ああ、コーヒーを飲んだ時のことか。多分、これだ。


「一緒に逃げる話?」

「そうじゃない! その後」

「……ああ、そっか」


――約束でもすればいいかな? 僕が守るって。


 我ながら気楽な約束をしようと思ったものだ。

 そんな余裕、あるわけないだろうに。


「わかった。じゃあ、今日は僕が守る。代わりに、佐野も僕を守ってよ」

「……バカ」


 顔を真っ赤にして、彼女も行ってしまった。

 僕は真面目な話をしたつもりだ。

 お互いに援護し合えば、生存の確率は格段に高まるだろう。

 彼女が求めていたのは、そうでないことは、わかっていたつもりなのだが。

 やはり、言えなかった。幼なじみというのは特有の気恥ずかしさがある。

 この時言っておけば、と、後々僕は後悔することになるのだが。


 程なくして休憩は終わり、出撃の時間となった。



 オホートニクのカメラが、複雑な地形を次々に捉え、ヘッドマウントディスプレイに表示する。

度重なる地震で、辺り一帯に建てられた粗末な建物は、その殆どが倒壊していた。

 隆起した断層は雪国の道路を不自然に切り裂き、人工と自然が入り交じる、奇妙な風景を形作っていた。

 この雪をどけたら、整然と折り重なる地層を見ることができるのだろう。

 それにしても、地球が重ねてきた歴史に比べ、人類の歴史のなんと短くはかないことだろうか。

 遠景にもうもうと立ち上る噴煙と、凍て付き、崩れかけた街並みは、

 僕に人の営みの終焉を想起させるに必要十分であった。


 小隊は20mmアサルトライフル(アフタマート)とシールドを装備し、周囲を警戒しながら、徐々に歩を進めていた。

 名銃、AKMのスタイリングをそのまま大型化したようなこの銃は、特徴的なバナナマグに20x139mm弾を30発格納できる。ディセンダントに対して決定打とはならないものの、十分、信頼できる火器であることは、2回の出撃で痛感していた。


 どこかで、3度めという慢心があったのかもしれなかった。

 慢心には慢心の報いが、訪れるものである。

 不意に、僕の足元の道路が音を立てて崩れはじめた。

 総重量10トン近い巨体を、安普請の道路では支えきれなかったのだろう。

 瞬時に道路の残骸を蹴り、地上に戻る。

 鋼鉄の巨人が雪化粧の地面を踏みしめると、あたりに鈍い地響きが轟いた。

 ずううううん、という、ともすれば雪崩かと思うような音波が、無人の街に拡がっていった。

 驚いた鳥たちが、屍肉をあさるのもほどほどに、北の空へと飛び立っていく。


「大丈夫か」


 島田隊長の声がインカムから聞こえてくる。 

 島田の駆る、オホートニク指揮官機のメインカメラ――人間においては両眼に当たる部分に、それはある――が輝き、こちらを伺っている。


「各部損傷確認。異常なし」


 僕は手短に報告を済ませる。

 HMDの表示では、少なくとも損傷はない。

 とはいえ、オホートニクは繊細な機体であった。

 関節は後でチェックしておくべきだろう。

 自由主義同盟との撃ち合いで足が止まるということは、つまりは、死神とお友達になりにいくようなものだ。


「大村、周囲の反応は?」

「半径5000以内に反応なし」

「よし。地形に注意しつつ、前進」


 大村副長は手早く周囲を確認し、安全を報告する。

 この状況で、地形に気を遣っていない奴はいない。

 それはつまり、足を踏み外した間抜けに対するわずかな苛立ちを含んだ口調なのだ。


 本来このような不整地において、オホートニクは地上車両に比して機動性で優位に立つ。

 強靱な鋼鉄の四肢による柔軟な移動と、パワーマトリクスを用いた重力制御による跳躍は、段差も崩落した道路もものともせず、高速の進撃を可能としていた。


 しかし、それも、操縦者が熟練してのことである。

 まともな戦闘は3回めの僕には、そこまで柔軟な機動は無理だった。


「隊長、5時方向に反応。距離1200、数少なくとも2、いや、3、急速に近づく」


 張り詰めた佐野の声が響いていた。

 彼女はどこまでも生真面目な人だった。

 細かいことにもよく気がつくし、何より、油断がない。

 その一方で、突然のことには弱く、それだけに、周到に準備をして、万事用意をしておくのが、彼女なりの生き方だったのかもしれない。


「地中から来た、か」

「隊長、どうします」

「大物を呼ばれる前に叩く。関、俺と来い。ショッピングモールで迎撃だ。大村、お前は佐野とだ。変電所の屋根から撃て。ここの通路は一本道。入ってきたところを潰す」

「了解」


 僕の開けた大穴を目指し、醜い『獣』がやってくる。

 哀れな犠牲者の血肉を裂き、白い地面を赤く染めるのが、奴らの習性なのだ。奴らは狩りを楽しんでいた。

 来るなら来い。こちらが『狩人』なのだ。

 お前たちは狩られる側の哀れな獣に過ぎない。

 実戦の昂ぶりに、全身がかっと熱くなる。

 瞳が開き、普段よりヘッドマウントディスプレイの光がまぶしく感じられる。

 脳内にノルアドレナリンであるとか、ドパミンであるとか、またはエンドルフィンが駆け巡っていくさまを思い描き、僕は奮い立った。


 程なくして、獣の爪が大地を抉る音が聞こえてきた。

 奴らは、地面に四肢を叩きつけるように走る。

 まるで、自分の存在の証、その傷跡を、大地に刻みつけようとしているかのように。


「いいか、関。ここは北海道とは訳が違う。囲まれたらお仕舞いだぞ。まずは射撃で奴らを遠ざける。ここはこの前と同じだ」

「はい、隊長」

「だが、それだけじゃ奴らは止まらんだろう。今回は数が多い。突破してきたら俺と大村がやる。お前たちは絶対に奴らに近づくな。いいか、剣を使おうと思うな。みすみす、自分の部下を獣の餌にはしたくないからな」

「了解」


 隊長の声はいつになく真剣だった。

 隊長ですら、声が震えているのだ。

 まして、操縦桿を持つ僕の右手が震えるのもやむを得ない話であった。


 果たして、隊長の読み通り、敵が現れた。

 四つ足の獣のような見た目の、ディセンダントの尖兵が3匹。

 すでに交戦したことがある種類(タイプ)だ。

 だが、北海道に出没するものに比べて、その姿は大きく、力強い。

 丸太のような四つ足獣の四肢。

 鎌を思わせる四肢末端の爪。

 金槌のような、鞭のような、不可解な見た目の尾。

 無貌ながら、破壊への衝動と怒りを感じさせる頭部に当たる部分。

 そこから覗く牙も含め、この獣は駆けまわる全身武器庫であった。


 獰猛な獣に出会ったときの記憶、遺伝子に刻まれた恐怖が、明確な死の予感となって僕の体を包む。

 口の中は酸っぱく、そして妙に生臭かった。

 ふと、今朝の夢を思い出す。

 あのときと、今とで、同じ匂いがした気がした。

 せり上がってくる苦味と死神の気配を強引に嚥下し、僕は息を整えた。


「今だ。狙え……」


 2匹の獣がこちらに、1匹は対岸の2人に、猛然と突進する。

 隊長の号令とともに、右手の20mmアサルトライフルを構え、照準をつける。

 狙うべきは、動物でいうところの頭にあたる部分。

 獣型は、そこにパワーマトリクスを秘めていた。

 精確に撃ち抜ければ、20x139mmの威力でも、核を傷つけることができる。

 そうすれば力の漏出が始まる。

 やがて奴らは力を失い、永久にケイ素化合物の塊に姿を変えるはずである。


 レティクルの中央に頭を捉え、トリガーを引く。

 機体に振動が伝わるのと同時に、タングステン製の砲弾が、90口径の銃身に刻まれたライフリングを通り、音速の壁を突き抜け、1300メートル毎秒という速さで氷点下の大気を切り裂いて獣に向かう。

 突然の攻撃に対し、僕たち地球の在来種が長い進化の過程を経て獲得した希突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)やシュワン細胞を嘲笑うかのような速さで、獣は翻転した。

 20mm砲弾は地面に小さな穴を開け、飛礫をわずかに飛ばしたに過ぎなかった。

 飛び退いた獣を、更に鋼鉄の砲弾が襲う。

 隊長の放った砲弾は、獣の左後ろ脚を捕らえた。

 タングステンは光の膜を突き抜け、獣をわずかによろめかせた。


 明らかに、好機が訪れていた。

 僕は続けざまに砲弾を3発、頭に向けて放つ。

 1発は地面を、1発は獣の胴体を、そして、1発は獣の頭を貫通した。

 直撃だった。

 光が弾け飛び、そいつは動かなくなった。

 やった。やってやったぞ。通算5匹目だ。

 ざまあみろ……人類の敵。僕のほうが、上なんだ。


 ……そんな喜びに浸っている暇は、当然ながら無かった。

 もう1匹は同胞の死に目もくれず、ただ僕に向けて敢然と突進を続けていた。

 この怪物たちの間には、死を恐れるとか、悼むとか、

 そういった通俗的な概念は存在しないらしかった。

 僕はすぐに迎撃の体勢を取る。

 その刹那、獣の頭部が瞬き、僕の視界は橙色の光で埋め尽くされた。


 獣は光線を放っていた。

 パワーマトリクスからの力を受けた、死の光線。

 僅かに軌道を外れたそれは、僕の機体の少し右側、ショッピングモールの屋上のコンクリートを切り裂いていた。

 僕は攻撃が外れたことに安堵する暇も無く、足場が崩れていくことに対応しなければならなくなった。

 あるいは、最初から、奴はこれが狙いだったのかもしれない。


 仄暗い空に僅かに射す太陽を遮り、白い獣が宙を舞う。

 僕は、そいつに銃撃を加えようとした。

 柔らかい腹を狙って……

 急に時間の流れがゆっくりになったように感じられる。

 しかし、同じように僕の体も、そして、鋼鉄の巨人も、

 ごくゆっくりとしか動かなかった。

 心臓が早馬のように脈打っている。


 ……間に合わない。

 死神が微笑んだような気がした。


「関!」


 インカムからの大音声に我に返り、左を見ると、隊長が抜刀していた。

 パワーマトリクスからのエネルギーを受け、刀身が橙色の光を纏う。

 獣はいまや僕の機体から数メートルの距離まで接近していた。

 その死の跳躍は、橙色の死の輝きによって妨げられる。

 深々と胴体に刺さった剣は、シリコンの肉体をバターのように切り裂いた。

 脇腹を開かれた黙示録の獣は、それでもショッピングモールの屋上にたどり着くと、なおも僕を狙い、鎌のような両手を繰りだそうとする。

 彼は冥府(ステュクス)への道連れを欲しているようだった。

 脇腹から、橙色の死の光が漏れ続ける。


 こいつらの肉体に、臓物はない。

 では、なぜ、奴らは人間を、有機物を、喰らおうとするのか。

 僕は右手の銃を獣の頭に向け、3点バーストを放つ。

 彼らの防御膜ヌミノーゼ・メンブレンは身体の連続性が保たれているときに、最大の防御力を発揮することが知られている。

 胴体から力が漏れ出した獣に、もはや防御の力は残されていなかった。

 頭が砕け、光が漏れ、侵略者は動かなくなった。


「大丈夫か」


 本日、2度目の安否確認だ。


「……はい」


 力なく、僕は答えた。


 通路の反対岸に目をやると、大村と佐野の二人が銃撃を加え、獣を屠るところであった。

 醜い獣が旅立った後も、佐野は銃撃を加えていた。

 彼女の発砲は、大村が止めるまで続いていた。


 小隊は戦闘に勝ったのだ。

 だが、全員は弾薬を消費し、僕のオホートニクは装甲板と、股関節にあたる部分にも少し損傷を受けていた。

 これからの戦い、幸先が良いとはいいにくかった。


 これまでのような、敵を味方の陣地におびき寄せて狩る、有利な状況での戦闘とはまるで違った。

 僕は、勘違いしていた。

 僕でも、教本通り戦えば、それなりに戦えるのではないか、と。

 だが、それは違った。

 これが、本当の戦いなのだ。

 戦いの高揚が去ると、突然、寒気が襲ってきた。

 死神の吐息が、耳元に吹きつけられたような気がした。

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