表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
末裔のゼノグラフト  作者: 十八 弥七
第2章 海路
PR
13/112

11. 水底

 『そいつ』は、きっと、猛烈に怒っていたのだろう。

 全ての『瞳』を潰し、さらに奴に痛撃を加えたことで、奴に勝ったつもりでいたのだ。

 しかし、奴の生命力は、その程度で負けを認めなかった。

 同時に、奴は、その姿に似た地球の生物――つまり、蛇だ――と同様に、狡猾で執念深い生き物であった。

 虎視眈々と、愚かな人類に懲罰を下すタイミングを計っていた。

 奴が賢かった点は、奴の肉体を容易に切り裂く刃を持ったスミェールチ、この機体を狙わなかったこと。

 人類が不幸だった点は、――これは後にわかったことだが――青の巨人の操縦者、アイリス・コールリッジは盲人であるがゆえに、空間の広がりとか、海の昏さといったものを本質的に理解していなかったことだった。

 

 果たして、複数の不幸の重なりから、巨大な海蛇に丸呑みにされ、群青の巨人は怪物の体腔の旅に向かった。

 恐らくは、死出の旅になるであろう。


 実の所、僕は、そこまでしてやる義理があったわけではない。

 が、多くの命を奪い、今も命を飲み込まんとするこの海蛇を、僕は単純に、憎悪していた。

 真冬の望みは違った。

 死神(スミェールチ)に魂を囚われながら、彼女は、操縦者の命を救いたいと言った。


――私たちなら出来る。やろう? お兄ちゃん。


 やらないと、きっと、後悔する。妹はそう付け加えた。

 『後悔する』の主語を省略出来るのは、日本語の曖昧さの良さだろう、と僕は思った。


 かくして、僕たち兄妹は、奴に再び斬り込んだ。死神の鎌を振りかざして。

 黒い巨人は、銀河の彼方の暗黒物質(ダークマター)のようにうねる大海に、ひと思いに飛び込んだ。

 この機体の感知能力は素晴らしく、水中においても寸分の狂いなく、怪異の輪郭をとらえ続けていた。

 水中で僅かに速度が鈍りつつも、その圧倒的な高速性で蛇に追いつき、脇腹に食らいついた。


――まだ先。まだ、生きてる。


 真冬が囁く。

 海蛇のうねりが作り出す猛烈な海流は、死神の表面装甲を軋ませ、はるか大海の彼方へ振り落とそうとする。

 しかし、死神の鎌の強度と、皮肉なことに蛇の組織の頑強さが合わさり、振り落とされることはなかった。

 僕は正確に蛇の泳ぐ先、その頭を狙い、蛇の胴体を慎重に切り開いていく。

 苦痛を感じているのか、蛇は体節を斬り終える毎に激しくのたうち、暴れた。この死神は取り憑いて離さなかった。

 

 斬りつけた脇腹から頭まで1/3ほど進めた地点で、奴は猛烈に、狂ったように暴れ回った。

 刃を止め、奴にしがみつく姿勢となる。

 全周囲を走査するモニターは、細かい泡で埋め尽くされ、機能を半ば果たさなくなっている。


――お兄ちゃん、大丈夫?


 真冬は、この機体の慣性制御を完璧にこなしていた。今の僕の、脆弱な体の、首がもげてしまわないのは、全て、真冬のおかげだった。


 僕が礼を告げる前に、巨大な蛇の腹部から、何か飛び出してきた。

 泡にまみれてよく見えなかったが、それが例の目玉の怪物であることに気づくまでに、そう時間はいらなかった。

 奴が仕掛けてくる攻撃は、地上とはまるで異なっていた。

 死神に体当たりを仕掛けてきたかと思うと、そのまま自爆したのだ。

 ヌミノーゼの防御が剥がれ、水圧が機体に襲いかかる。

 2匹目が突撃してきた。

 鎌を突き刺した姿勢では、四肢が自由にならない。激しいうねりの中、銃を放ったが、蛇のはがれた表皮が、銃の威力を殺いでしまい、致命傷にならない。

 僕は焦っていた。

 次の自爆を食らえば、さらにヌミノーゼは剥がれるだろう。

 何度も食らえば、いつか水圧に負けて自壊してしまう。

 当たりを見回すと、今まで以上に真っ暗だ。

 奴はいつの間にか深度をかなり深くしているらしい。

 こちらはもちろんのこと、あの群青の巨人はどこまで耐えられるのか?

 いずれにせよ、あまり時間はなさそうだった。

 

「真冬、何かない?」

――あるよ。お兄ちゃんなら、使えると思う。


 真冬が提案したのは、両肘と両膝から出る闇の刃であった。

 僕は左手の鎌を突き刺したまま、右手で肘鉄で鉄砲を繰り出す要領で、正確に目玉の怪物を突いた。

 自爆は臨界に達せず、光が眼球から漏れ、水圧に耐えられず急速にしぼんでいった。

 落伍する目玉の残骸に目もくれず、僕はさらに切り開いた。


――あと少し。あと、少しだよ。


 怪物が僕を振り落とそうと、大きくうねった。

 再び現れた目玉を、今度は膝蹴りで破壊する。

 膝から伸びた漆黒の棘は、怪物を切り裂くに十分すぎる威力を持っていた。

 破壊的な海流も、しかし、死神の闇の刃を振り払うには不足だった。

 真冬が群青の巨人の位置を示す。

 僕は、蛇の傷跡を覆う闇の中に、手を差し入れた。


「つかまれ!」


 聞こえるはずは、無かったのだが。

 暫くの時間があり、何者かが手をつかみ返してきた。

 もう、大丈夫。

 聞こえるわけがないささやきを海中に残し、僕は一気に浮上した。

 機体は予想と異なり、殆ど軋んでいない。

 眼下の奇形の巨人は、奇怪な頭部が、水圧によるものか、蛇の攻撃が、不自然な形にへこんでいた。


 安心して水上に戻らんとする僕たちであったが、激しい海流の乱れが、安心をかき消して現実に引き戻す。

 あの蛇は追撃をかけてきた。


 ならば、迎え撃つのが、僕たちのやり方だ。


 巨大な蛇は、水中に目玉を放ちつつ、巨大な顎門を再び広げていた。

 単調なやつだ。

 僕は、奇形の巨人を離し、蛇の前に仁王立ちとなった。

 左手の鎌は、今や水中にあることを忘れたように、赤い稲光のような破壊の力をまとっている。

 海の水そのものが破壊されているのか、鎌の周りでは細かい気泡が無数に出来ては消えていた。

 

 僕は、鎌の刃――それは、今や機体の10倍はあろうかという大きさになっていた――で、横一文字に蛇の口を切り裂いた。

 ただでさえ口裂けの蛇の顔は、漆黒の闇に両断され、上顎と下顎をきれいに分割された蛇は、力なく海中に没していった。

 

 僕は、奇形の巨人をつかみ、一気に上昇した。

 空は、対空砲火とヌミノーゼの嵐が収まり、ただ暗い雲が低く、どこまでもカーテンのように延びているだけであった。

 星空は見えなかった。



 『バラク・フセイン・オバマ』の甲板の消火は、まだ終わっていなかった。

 そこに、2体の巨人が降り立った。

 海蛇は、去ったらしかった。

 奴が死んだかどうかは、誰も知らない。

 生き残りの目玉の怪物もどこかに去っていた。

 奴らが、文字通り海蛇の『眼』であったのは、後の解析でわかったことだった。


 せっかくスミェールチに戻れたのだ。このまま飛び去ってしまおうか。

 しかし、僕の体の疲労は限界に近かった。

 1時間以上は、戦っていただろうか?

 いくら、体が自由になるとはいえ、基礎的な体力は真冬のものと変わらない。

 加えて、誤嚥性の肺炎がぶり返してきたのだろうか。

 妙に、息が苦しくなっていた。


 暫しの逡巡ののち、真冬は、僕を降ろした。

 僕の意思とは無関係に。

 漆黒の優しい死神は、僕を心配そうに見つめていた。

 海水の乾く匂いの中、僕の意識は遠くなっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ