やらせてください
自由曲の中間部に入る。
「ふぁ」
あくびを噛み殺せず出してしまう。
中間部の最初は木管のアンサンブルがあるので、木管が捕まると眠くなってしまうのだ。
やべー、船漕ぎそう……
「ファーストコルネット、違う!!」
尾崎先生の怒鳴り声で意識が覚醒する。
「周りの雰囲気と全然違いますよ。音が固い。ちょっと、佐野、吹いてちょうだい」
「は、はいっ!!フゥー、スゥー……」
コルネットとは、金管楽器でトランペットを少し小さくした形をしている。基本トランペットと変わりないが、音色がペットよりはやや柔らかいと言われる。
個人的には吹き次第で音色は変わるからどっちかに統一すればいいと思う。現に、ウチにはコルネットはないので、ペットがコルネットのパートを吹く。
コルネットの前につく「ファースト」とは同じ楽器でもファースト、セカンド、サード(ホルンはフォースもある)、と分けられる。楽譜の左上などに「1stトランペット」という風に書いてあり、全員が同じ音を吹いているわけではないのだ。サードになっていくにつれ、楽譜に書いてある音域は低くなる。
突然のことに驚きながらも、佐野は中間部のメロディーを吹き切る。
サードを担当している佐野の音は柔らかく、ドッシリとした音色だ。ドッシリと表現したが重いわけではない。サードはパート内での支え役になる。風のない海のように広がる佐野の音はいいかもしれない。ただ……
「すこし落ち着きすぎね。もっと恋の情熱みたいなのを歌ってほしいわ。下火のようなものは感じるんだけどねぇ。今、好きな人は?」
尾崎先生と佐野は見つめあう。先に伏せたのは佐野。
「いません」
「ふーん、そう。好きな人が聴いて思いが伝わるくらい佐野の気持ちを音に載せてちょうだいね」
さらっと言ってのける尾崎先生。
あたふたし始める佐野。暑さで赤い顔が、耳まで赤くなる。
あの、尾崎先生の見透かすような眼には勝てないよな。ドンマイ、佐野。
「敦美ってば好きな人がいるの!?後で根掘り葉「先生っ!!!!」
先程まで無言だった島田先輩が立ち上がり、声を張り上げる。
「やりたい、で、す……メロディー、やらせてくださいっ!」
「私は貴女に言ったはずです。最低、2色の音を出せるようになりなさい、と。去年も言いました。今年も言いました。みんなにも言いました。パートを割り振ったのは5月。時間はあったはずです」
口を真一文字に結び、何かを堪えるように肩を震わせる先輩。楽器を持つ手には力が入っているのか、白くなっていた。
「ペットらしい音は出てくるようになりました。大変、いいことです。けれど、足りないんです。全国へ行くためにも、このメンバーで音楽を作り上げるためにも」
悔しい、情けない、怒り。多分、そんな感情が先輩の中にあるんだと思う。担当しているパートを外されたときほど悔しいものはない。
「それでも……やらせてくださいっ!!お願いしますっ!!!」
頭を下げる。楽器に涙が伝わった。
「私は、皆さんからコンクールに出たいという意志を感じたから指揮を振っているんです」
カツンカツン
「私は、基本は部に干渉しないようにしています。コンクールに出ないなら出ないでも、私はいいんですよ。ただ、無関心なわけではありません。あなたたちは子供でも、小さい子供ではありませんよね?そんな子供たちに、私が全国に行こうとか、練習頑張ろう、なんて言ったって仕方がないんですよ」
深呼吸する。
「部に入った以上、モチベーションは自分で作りやがれってんだぁ!!」
言葉を荒げる。
「コホン、もう一度言います。皆さんからコンクールに出たい、全国に行きたい。そういう意志を感じたから指揮を振っているんです。意志を貫くために、全力でここに立っています。ダメ出しやアドバイスを、私ができることはしてきました。それをするしかしないかはあなたたちですよ」
一人ひとりと目を合わせる。最後に、もう一度島田先輩を見る。
「上に行くためには、貴女の今じゃ間に合わない。そう判断しました。でも、貴女ならくじけない。そう考えての判断です」
「わかりました……」
涙を払い、席に座る。先生をまっすぐ見つめる顔はしっかり上を向いていた。
「悩んでいること。音楽、曲に対してわからないことがあったらいつでも聞いてください。いつも、皆さんを見守っていますから。今のところは部長さんばっかりが来ていますけどね。シンバルも戻ってきたようなので、頭からお願いします」




