不協和音解決する
「私が中学1年生の頃の話です。私は入学式の時に聞いたトロンボーンの音に惹かれて吹奏楽部に入りました。もちろんトロンボーンを吹きたくて。無事にトロンボーンを吹くことになった私はパートで素晴らしい先輩に出会います。その先輩は2年で副部長をやっていました。優しいけれど、叱るときはしっかり叱る。そして、とても楽器の上手な先輩でした」
俺は柿原の話す言葉に違和感を覚える。
「コンクールに向け練習する日々、正直楽しいものではなく、辞めたい気持ちが大きかったです。でも、その先輩はどんなにキツイ練習でも笑顔を絶やさず楽しそうに楽器を吹いていました。だから、私も頑張って練習に耐えました。そして迎える初めてのコンクール。私は舞台に上がり、予選は無事に突破しました。このまま県でも演奏して駒を進めるものと思っていました。でも県大会の本番前日、先輩が倒れたのです。その時はただの疲労からくるものとしか思っていませんでしたし、本番当日はケロリとした表情で舞台に載っていました。県も無事に突破し、東関東にむけ練習は激しくなっていきました。そんな日々を送る中で先輩は体調を崩していきました。練習中に吐くこともありました。ついに練習をしばらく休みました」
淡々と話す柿原。
すげーヤな予感しかしない……
「東関東大会近くになると先輩は復帰しました。少しやつれていましたが、以前のように吐くことなどはありませんでした。絶対に全国行こうね、と先輩と約束した本番の日、良く晴れた日の1番目に演奏しました。結果は銀賞。全国に行くことは叶いませんでした。悔しかった。でも、次がある。私はそう思ってしまった」
下を向く柿原。何かに耐えるよう、スカートを握りしめていた。
「翌日から、先輩は来たり来なかったりを繰り返し、私にこう言いました。
「私、病気に罹っちゃった。治らないわけじゃないけど治るのに時間がかかるから、しばらく部活も学校もお休みするね。次こそ、全国行っていい演奏しようね」と。
それから、私は先輩と全国で演奏できるよう必死に練習しました。1年は、気づけばあっという間に過ぎていました。新入生も入り、あとは先輩が帰ってくるのを待つのみ。そこに、先輩が亡くなった。そういう知らせが耳に届きました。次があると思ったのに、先輩にはあれが結果として、最後になってしまった。実は先輩は夏ごろから脳腫瘍に侵されていたそうです。それに気づかず、突き進んだ結果が東関東大会銀賞。もっと真剣にやればよかった。あのとき、このとき、ああすればよかった……こんな想いはもうしたくない。もう2度と先輩とは演奏できない。そんな後悔をしたくないから、全員で演奏したい。全国に行きたいのはコンクール目指すんならテッペンだし、絶対記憶に残るからです。だから、私はこれが最後の演奏、合奏かもしれないと思いながら吹いています。重いお話をしてしまいました。すみません」
すすり泣きがあちらこちらから聞こえる。重々しい雰囲気が空間を支配する。それを取っ払うように、柿原は勢いよく顔を上げる。
「言いたいことは、やるなら全力でっ!!!!!!です」
「「「はいっ!!!!」」」
部室のドアの外、一つの影。
「やっと、はじめの一歩ね」