お別れ演奏会
「課題曲Ⅱ、1曲だけ演奏します。そういえば、松尾君がこう言っていました。全力でやるから楽しいと。奏者のみなさんは私だけを見ていてください」
聞いてたのか……
部員一人ひとりに目配せをする。柿原が指揮棒を上げると、みんなも楽器を構える。よい緊張感が部室を満たす。
1,2,3,4
4つの空振りをした後、みんなが一斉に音を奏で出す。
ペットの突き抜けるような明るい音でファンファーレ。負けじとボーンも勇ましい音で追随する。でも、お世辞でも音のパワーバランスがいいとは言えない。
クラ、サックスのメロディーは明るく元気に吹くはずが悲しく、哀愁が漂うし、テンポを後ろに引っ張る。それを先打ち、後打ちが前へ引っ張る。パーカスだけが正しいテンポを刻む。
中低音のメロディーは勇ましいを取り越して怒りに満ちていた。つい、ユーフォの気迫に煽られ感化されてしまった。
トリオは落ち着くはずなのに騒がしかった。
木管がメインのはずが、金管は自己主張を繰り返し、それに負けじと木管が音を張り上げる。柿原はそれを止めるどころか煽るばかり。
トリオを抜け、最後はただ突っ走る。もうめちゃくちゃだ。この一言に尽きる。楽譜に書いてある指示も音量記号もクソくらえ。ただただ、自分の想いをみんなが音にのせて吹く。
3年達はこの収集のつかなさに、みな笑顔を浮かべていた。
パッパンパパパン
最後のトゥッティはすべての想いを出し切った清々しさで満ちていた。
トゥッティは全員で同じとこを吹くことだ。
パチパチパチ
拍手がまばらに響く中、
「みんな、私たちとお別れする気あるの?」と、部長の羽田先輩が声を発した。
「ないです。私たちには先輩たちの力が必要なんです」
この柿原の一言に、他の1,2年も口々に声をあげる。
「私は、先輩がいなくなって寂しかった。柿原さんが入ってきて、先輩たちが抜けて別の部活に入り込んだみたいだった。正直、なんとなく楽器触って演奏できればいいなんて思ってました。でも、今日演奏してもっと本気で先輩たちと演奏がしたい、そう思いました。戻ってきてください!!」
神楽先輩は立ち上がり、先輩たちに頭を下げる。
「戻ってきてくれ!」
「一緒に最後の夏、頑張ろう?」
田中先輩、高遠先輩と次々に頭を下げる。
「先輩たちがいないとダメなんです。下手だろうが上手かろうが先輩という存在は部活にとって大事なんです。みんなで演奏しないとどう頑張っても下手なんです。私はこれからも生意気言います。それでも、お願いします。戻ってきてください!!!」
「受験失敗したらどうしてくれるの?」と、副部長の前田先輩が冷静につっこむ。
「どうもできません。でも、部活の時間は今まで通りにします。特別、増やしたりはしません。受験勉強優先でも構いません。ただ、できるだけ毎日来てほしいのと合奏は出てほしいです。5分でも10分でもいいので毎日吹いてください」
再度、頭を下げる柿原。
「柿原は3年全員が戻ってこないとコンクールは出ないと言っていました。彼女は全員で演奏することにこだわっています。彼女だけじゃない、俺も全員で演奏したいと思います。3年の先輩たちと演奏できるのはこの1年しかないんです。戻ってきてください!」
これで、奏者全員が頭を下げる。
「ふぅー、困った後輩と同級生たちね。戻ってもいい。ただ、柿原さんのこだわりようは少し不思議だわ。訳を聞かせてもらえる?」
緊迫した空気を和らげるようおどけた雰囲気を醸しだす部長。
「わかりました」