トランペットの1コマ
速やかに退場し、3階の金管の階へ向かう。
「珍しく毒吐かなかったな」
「まぁ田中先輩がいるからね。さほど心配はしていなかったのよ。ただ、気を引き締めるという点で声はかけさせてもらったの」
「そういうことか。3年全員、戻ってくんのかなー戻ったら戻ってきたでめんどそうだな……」
「全員じゃなきゃダメよ。必ず戻ってもらう。もし1人でも欠けるのであれば、そのときはコンクールは出ない」
「なんで、そんなに全員にこだわるんだよ。コンクール以外だって定期演奏会とか、みんなで吹く機会はあるだろ」
「1年って長いと思う?それとも、短いと思う?」
「俺の話聞いてるか?まぁ……長いと思うけど」
「そう」
ペットの教室の前で立ち止まり、動きをすべて止める柿原。俺は、俺の前を歩く柿原の後ろ姿しか見ない。
返答がない。
「柿原っ「私は短いと思ってる。例え3年間合わせたとしてもね。だからよ」
肩に触れようと柿原に手を伸ばした瞬間、柿原が振り向く。
笑っているのに、泣いているように見えた。
「失礼しまーす。ペット!!音が抜けない。前回の合奏の最後、良くなったと思ったのに戻ってる。息吸って…」
普段通りの柿原。
俺の思い過ごしか……?てか、わけわかんねぇ。めんど……考えるの止めよ。
「ほら、窓に向かって音を届けてくださいっ!」
「ってコラ。窓開けるんじゃない。苦情来ただろうがよ」
まったく、反省してないな……
ペットは3年がおらず、しかも上級生は2年、島田楓1人だ。そして1年、小峰雪。同じく1年、佐野敦美の計3人。
3年がいないからか、圧倒的技術不足が目立つパートだ。
「大きい音を出そうとしないで、届けてください。力んだら余計出ませんよ。それからブレスしっかり!!」
「「「はいっ」」」
こりゃ余計ダメだな。柿原の圧が強すぎて緊張してる。
「柿原、ちょっと教室の外から聴いてみて。俺が教室から聴いとくから」
「わかったわ」
柿原が外に出たのを見計らって島田先輩に声を掛ける。
「先輩、3年がいないってキツイですよね。俺も経験したことあるんですよ。1年の俺じゃ相談には頼りないですけど不安があれば聞きますよ。柿原は厳しいし怖いかもだけど、理不尽には怒ったりしない。だから特に1年の小峰とか佐野はいろんな意味で付き合ってやってくれ」
「冴木君がそこまで言うなら……今度しゃべってみようかな」
「ありがとう、冴木君。じゃあ行くよ。1,2,3,4」
「「「スゥーーーーー」」」
パーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまで音って変わるものなのか……周りが輝いているようにさえ見える!
「ストップ。いいじゃない、いいじゃない!!この音を忘れないように!必ず遠くに届けるように。それからブレスの音も聞こえた。この調子で練習してください」
満面の笑みを見せた柿原。
「「「はいっ」」」