感化
パー、パー、パー……
春風が吹き抜ける教室に楽器の音が一つ。
「下手くそ。音が死んでる」
なんで、こんなことを言われるハメになったんだっけ……
もう、楽器は触らないと思ってたのに。
冴木花は、公立坂下高校1年、口癖はだるい。
「きゃー男の子が体験に来たわよー!」
吹奏楽部以下、吹部にとって男というのは重宝される。ただし、入部前に限り。入部以降はぞんざいな扱いをされる。
「ほんと!?」
「どこ中?経験者?」
「峰岸中学校です。トロンボーンやってました」
「ほぅほぅ、何か体験したい楽器は?」
「特にないです」
「じゃあ、トロンボーンでいっか」
「君、うまいねぇ……」
そんなことを言われているうちにあれよあれよと入部してしまったのだ。
そして、今に至る。
「今日から入部した、柿原莉子よ。トロンボーン吹きどうし、よろしく」
「はぁ、冴木花です。よろしく」
「ところで、楽器が楽しくないなら辞めてしまいなさい」
何を、言っているんだこの女は……よろしくって言ったばかりだろ?
「むちゃくちゃ言うなよ」
「じゃあ楽しそうに吹きなさい。隣で死んだ音吹かれても迷惑なの」
死んだ音って言われたってわけわかんねぇよ。
彼女はそれだけ言って満足したのか、楽器を吹き始めた。
パァーーーーーーーー…
彼女が吹いた音は教室をあっという間に満たし、窓を通りどこまでも響いた。
少なくとも俺にはそう聞こえた。
「なにボケっとしているの?ここにいるなら練習しなさいよ」
「……あぁ」
耳に残る彼女の音。久しぶりに、無性に楽器が吹きたくなった。