獅子王決定戦開催
そして、ついに俺達の待ちに待った獅子王決定戦がやってきた。
獅子王決定戦のスケジュールは予選と本選に分かれている。
予選は参加者が一定以下になるまでのバトルロイヤル形式、本選では一対一の決闘方式を用いている。
予選グループはAからEまで五グループあり、それぞれ十人まで本選に残れる仕組みだ。グループ分けは適当でAに強い人が集まるわけではないらしい。
俺はというとEグループに配置された。
何か新世代とかいわれて次の勇者候補なのではないか、と噂されるレオンとかいう強い人達がいるとかなんとか。あぁ、後、シルフェも何故か参加している。
まぁ、どんなのが相手だろうと、予選は十人に入れば関係無いから良いか。とりあえず、適当に逃げ回って、戦っている振りして、10人を目指そう。
――なんて甘い考えは大会の会場一角を見た瞬間、シャリーと捨てた。
予選で全員再起不能にして一人だけ本選に進もうかと思った。
「お……おい……シャリー……あれを見てみろっ……!」
俺は震える指先でとある出店を指さした。
最初は怪訝そうなシャリーの顔だったが、それが一体何の店か分かった瞬間に、目と口を大きく開いたまま固まった。
「あ……あれは……まさかエストあなた……?」
「あぁ……やるしか……ないだろ……?」
俺達の目の前にあったのは賭博屋だった。いわゆる賭け事を取り仕切る店で、もちろんここでおこなわれる賭博は獅子王決定戦で誰が勝利するか? だ。
身体が震えて上手く歩けないまま賭博屋の前に立つと、ガラの悪い店主がぶっきらぼうに挨拶してきたけど、上手く聞き取れなかった。
俺達は生返事を返すと、全神経を使って俺のオッズを探し始めたんだ。
そして、シャリーが見つけた俺の名前を確認すると――。
《エストール 予選撃破数首位150倍、予選突破50倍》
万馬券の倍率だった。いや、俺は馬じゃないから万人券なのか? いやいや、そんなことどうでもいい。ここで何より大事なのは俺が勝てば、金が150倍に膨れあがる。
もちろん、参加者である俺は賭けに参加出来ない。だが、俺には相棒がいる。
パンの耳をかじるという苦楽をともにする大切な仲間が! 彼女なら俺にかわり大金を稼いでくれるはずだ!
「シャリー……いくら持ってる?」
「マルタ銅貨三枚……エストは?」
日本円にして三十円である……。……ことさら金に関しては使えない仲間だった。
「俺は……ニビ銀貨一枚」
日本円にして百円である。……俺も人のことを言えなかった。泣きたい。
いや、ちょっと待てよ? ついいつもの癖で引き算したけど、今俺の財布には……。
「シャリー……実は俺、来週の学費を払うためのカラド金貨五枚があった……」
「っ!? エスト!? まさかあなた!? そんなことしたら、あなた来月から学院にいられなくなるかもしれないんだよ!? 自分の人生どうなるか考えてるの!?」
そうだ。失敗すれば俺は本当に文無し。それどころか前世と同じ職無し、教育無し、訓練無しのNEET引きこもり状態に真っ逆さまに落ちる。
シャリーが驚いてくれたおかげで少し冷静になれた。いくら金がないからってこんな賭け事に人生の全てを賭けるなんて馬鹿げている。
俺はア○ギでもカ○ジでもないんだ。あんな博徒じゃない。マジメに働かないとね。
シャリーだって、ちょっと頭に熱が登っているだけなんだ。すぐに落ち着くさ。
「なんてな? やっぱり賭け事はダメだよな」
「そうね。勝てるかどうか分からない賭け事に全財産注ぎ込むなんて馬鹿げているわ」
シャリーは俺の諦めに同意して、ニッコリ微笑んだように見えた。
「そのカラド金貨、全額私に預けてっ!」 諦めたように見えただけだった。
「人の人生ちゃんと考えてっ!?」
……博徒がいた。
「てめぇ人の金を何だと思って!?」
「もちろん、私も出すわ。最近エストが連れてきてくれたギルドのお客さんから貰った売上金カラド金貨五枚、明日の借金の返済にあてようと思ったけど、それを全部乗せる!」
「なん……だと……!? お前人生ちゃんと考えてるのか!?」
正真正銘、俺以上の博徒だった。
倍プッシュしてきやがったぞこの女!?
賭博屋のおっちゃんが何かカモを見つけたぞ。みたいなすごく悪い笑顔を浮かべているんですけど!?
「エスト、ちょっとこっち来て」
シャリーは俺を引っ張って、賭博屋の影に隠れると、俺に耳打ちするようにこれからのことを囁いてきた。
「エスト、予選はギリギリで突破して。あたかも何か運だけで残っちゃいました。みたいな感じで」
正直、聞いた時は耳を疑った。
何を考えているんだこの女? と頭の中身を疑ったほどだ。
150倍のオッズを捨てて、50倍を取れだって?
自惚れかも知れないけど、この魔剣と俺の魔力があれば、俺以外全員倒すことだって夢じゃないと思うんだけどな。
「いいエスト? よく考えて、今エストの最高倍率は150倍だよね?」
「そうだな」
「何でそんな高いんだと思う?」
「誰も俺が勝つとは思っていないからじゃないのか? 俺、無名だし」
というか魔法が使えない魔法使いとして有名かもしれないから、むしろ悪評の方が目立っているのかもしれない。
でも、それと予選をギリギリで通過することと何の関係が?
「そんな人が本選に残ってみたらどうなると思う? 周りは既に名を上げた実力者ばかり。エストに賭けようなんて人は少ないんじゃない?」
「ん、そりゃ、まぁ、そうだな……。おまっ!? まさか!?」
「ふっふっふ、気付いたようね。そう、例えば本選の倍率が100倍になったとしても、その時の私達の元手は今とは違って桁違いになる。十カラド金貨が予選の五十倍付けで五百カラド金貨。その五百カラド金貨を全て賭けたら百倍付けで五万カラド金貨!」
日本円にして五億! 五億! 五億! 圧倒的財力! 貧困との決別!
「な……なんてこった……。有り金全賭けで倍プッシュだと……」
信じられないほどの度胸だ。
まさかどん底の闇に舞い降りた天才とでも言うのか!?
って、いや、いやいやいや、金額に頭が沸騰しかけたが、ただのバカだろう!? こいつ借金持ちなんだぞ!?
「シャリー……本気なのか?」
「本気よ。これがただのカードとかの博打なら絶対にやらないけどね」
「お前……そこまで俺の力のことを信じて……」
そっか。割と何考えているのか分からない事が多いけど、一緒に暮らしていく中でちょっとは信じてくれるようになったんだな。ちょっと嬉しいかも。
「私は私の打ったオルビス・ラクテウスを信じているから」
「やっぱそっちかよ!? 俺無しじゃただの飾りじゃないか!?」
シャリーは常に、やっぱり自分の武器がナンバーワン。みたいな思考しているから、薄々そう来るとは思っていたけれどもさ!
「そうだよ? だからこそ、信じているの。オルビス・ラクテウスならエストを守れるって」
俺を守る、か。
そう言えば、そうだった。シャリーのお爺さんは武器が人を守ると言っていたんだっけ? だから、シャリーも自分の剣が俺を守ってくれると思っているんだ。
どこかずれてるけど、シャリーは俺のことを思ってくれている。
だったら、もうちょっと俺自身の力も思って欲しいところだけど、今はこれでも良いか。
俺だって、シャリーの剣があれば、全員なぎ倒せると思ったんだから。
「そうだな。お前の武器と一緒なら俺は絶対に負けないか。仕方無いな。俺の有り金、この剣を信じてシャリーに託すぞ」
「ありがとうエスト!」
金貨の入った袋をシャリーに引き渡す。
まるで悪魔との契約だ。
そう思ってしまったからか、俺はシャリーの口からヨダレが垂れたのを俺は見逃さなかった。
「てめぇ!? この金で買い食いしようとか考えただろ!?」
「何でバレ――!? そ、そんな訳ないでしょ!? ちょっと想像しちゃっただけよ!?」
案の定悪魔だった。小悪魔みたいに可愛いけど、中身は間違い無く悪魔だっ!?
「返せ! 今すぐ返せっ!」
「ごめん! ごめんってばあああ! 反射で想像しちゃっただけなのおお!」
こうして俺はシャリーが逃げないようにしっかり手を捕まえて、賭博屋で全額を賭けさせた。
もう後戻りは出来ない。金と生活のためにもっ!