同棲開始
いや、マジで本当にどうしてこうなった!?
俺は今学院の寮から追い出されて、シャリーの工房に叩き込まれている。
「……なぁ、シャリー」
「なにエスト?」
「どうして俺は今お前と一緒にパンの耳をかじっているんだろうな……?」
古ぼけながらも綺麗なテーブルを囲んで俺達はパンの耳を袋から取り出してかじっていた。
「……そうね。要因は色々あるし、とっても難しい問題だけれども、敢えて言うのなら……」
「敢えて言うのなら?」
「貧乏だから……かしらね?」
「ぐうの音も出ねぇ……」
その一言で俺は妙に納得した。それで心の整理がつくあたり、俺達はなんて悲しい人達なんだろうと思う。
実際には色々と重なったんだ。
まずは俺が実技試験で校舎をぶっ飛ばしたせいで、寮を追い出された。
何かいつ何を爆発させて、消滅させるか分からないから、という迷惑極まり無い理由だった。とはいえ、実際に迷惑極まり無いことをした手前、文句は言えなかった。
寮に残りたければ、修繕費を払えと言われたら土下座してでも寮から出て行きます。
二つ目はシャリーと魔剣オルビス・ラクテウスの護衛だった。
これを魔物にかぎつけられて、万が一魔王の手に渡ってしまったら、大変なことになるから。という理由で、俺とシャリーがともに行動するよう命じられたのだ。
そして、パンの耳をかじっている最大の問題は……。
「シャリー……お前、料理出来なかったんだな……」
「ジャガイモを煮ることなら出来るわ」
「それ料理って言わねぇよ……」
そして、実は俺達の間にはパンの耳以外にももう一皿、というかもう一鍋鎮座しているのだが、俺はこれを料理と言っていいのか分からなかった。
「ジャガイモの煮汁に牛乳つっこんだだけのこれも、料理とは言えないと思うぜ……」
「何よ? 私は美味しいと思うわよ? 牛乳が入ってるのよ? 不味いわけないじゃない。仮に不味かったとしたら、エストの舌が贅沢なのよ」
シャリーが作ったのはじゃがいものポタージュなんて言えば聞こえは良いけど、薄い牛乳味がして、牛乳の香りがしつつ、舌触りがざらざらとする何か得体の知れない液体でしかない。
俺がなけなしの金で買った牛乳の半分は見事に残念な姿へと変わり果ててしまった。
まぁ、腹が減ってれば何だろうが食べるから、別に良いんだけどさ。
今日の晩ご飯は私に任せなさい、と張り切っていたシャリーから出されたものがこうなるなんて予想もしていなかったぜ……。
「エストだって料理出来ないくせに……」
「実家だと親に任せていたし、学院では学食だったし……」
「私だって外食しかしてこなかったわ。私達が貧乏じゃなければ、外食で美味しい食事を食べていたはずだわ」
「……シャリーが貧乏なのってそのせいじゃね?」
「失礼ね。料理で包丁を振る時間があれば、鎚を振っていただけよ」
少し恨めしそうにシャリーが俺を睨んできた。
どうやらちょっと地雷を踏みかけたのかも知れない。
でも、同時にちょっとだけ気になるな。どうして、シャリーはこんなにも鍛冶にのめり込むんだろう。それも借金をしてまで。
「本当に鍛冶が好きなんだな」
「うん、大好きよ。鎚を振って、武器を作っている間は、何かお爺様と一緒にいられるような気がして」
「あぁ、勇者達の武器を作ったっていう?」
「そう。ワシはみんなを守れないけど、ワシが作った武器がシャリーやみんなを守るってよく言いながら私の頭を撫でてくれたわ」
「優しい爺さんだったんだな」
「そうね。そんなお爺様の言葉に乗せられて、なら私はお爺様を守る武器を作るね。なんて言ったのが始まりだったと思う。だから、私はみんなを守る最強の剣を目指したの」
「へぇー」
シャリーの口から出るとは思えないほど、真っ当で感動的な話しだった。というか、そう思ってしまうあたり、普段の彼女のやっていることと言っていることが酷い裏返しでもあったけど、それは黙っておこう。
「まぁ、お爺様は先に亡くなられてしまったけどね」
そう言って笑うシャリーの顔は笑顔なのに、どこか寂しそうだった。
それほどまでに好きだったんだろう。
シャリーにとって武器を作るという行為は、シャリーがお爺さんと出会う唯一の手段だったんかもしれない。だから、彼女はずっと武器を作り続けてきたのだろう。
「あれ? でもそうなると、シャリーのお父さんはどうしたんだ? 工房にもいないみたいだし」
「お父さんは家を出て行ったわ。もともと鍛冶士の仕事が嫌いで、金貸しの仕事をしているって聞いてる。この工房も潰そうとしていたわ」
「え? お父さんが工房を潰そうとしていたのか?」
「えぇ、だから、私、お父さんに言ってやったの。ここは私の工房だって。私が一人で切り盛りして、世界一有名な工房にして、お金をあんたより儲けてやる! ってさ。十歳くらいの時だったかな?」
「ハハ、シャリーは前から変わらないんだな。それで出来たのがこのオルビス・ラクテウスか」
俺の質問にシャリーは照れながら笑って、頷いた。
それからは毎日ずっと最強の剣を作るために試作を繰り返してきたらしい。
試作した剣を売って、材料費を何とか捻出しながら新しい剣を作ることを繰り返し、材料が足りなくなれば借金をしてでも金を捻出して、鎚を振り続けた。
そして、十六歳になったある日、ついに魔剣オルビス・ラクテウスを完成させたんだとか。
「やっと完成した時は、これで私はずっとお爺様と名前を一緒に残せて、お父さんが私をうらやむくらいに儲けてやる! なんて思ったんだけどね。まさか、エストが現れるまでの半年間使い手が出てこないなんて思わなかったなぁ。おかげで貧乏借金生活だよー」
ちょっと感慨深そうにシャリーはそう呟くと、コップに入った牛乳をとても美味しそうに、幸せそうに飲んでいた。
そんな彼女の顔を見て、ふと思う。シャリーの暖かな思い出に触れた俺はどうしても聞いて起きたいことが出来たんだ。
「シャリーって……もしかして友達いないの?」
「し、失礼ね! いるわよ? えっと、理事長のクレさんでしょ? パン屋のベアルさんでしょ? 後、薬屋の――」
「年が近い友達のことなんだけど……」
「あぁ、それなら、エストが初めてだよ? 後、この鎚かな? お爺様が私の誕生祝いに作ってくれた鎚なんだ」
鎚を持ったシャリーがにこやかに笑った。
何となくそうなんじゃないかと思っていたけど、やっぱりそうだった。
シルフェに対する応援でも驚いたけど、シャリーは同年代の人間と接すること自体がほぼ初めてで、距離感が分かっていないのか。だから、昼間に見せたみたいな間接キスとか頬についたクリームをなめたり平気で出来るんだ。
お爺さんの延長線上に男性というものが存在していて、警戒心とかがないのかな? そう思うと、理事長がシャリーの護衛を任せると言った理由が分かった気がする。
ちょっと放っておけない感じがした。まったく仕方無いな。
俺はフッと笑うと自分の皿にとったポタージュのようなものを一気に口の中にかきこんだ。
「えっと、俺の家で食べた時はタマネギと肉と人参も入ってた」
「なにそれ贅沢だね!?」
「あぁ、だから、金が出来たら一緒に美味いもん食べよう。外食するほどの金はないだろうから、自分達で作らないといけないけど、どうせこれより酷くはならないんだしさ」
「うん! がんばってねエスト!」
「おう、任せろ! ってシャリー! お前も頑張るんだよっ! 俺だけに押しつけんなよ!?」
「ええええ!?」
そして、俺達は同時に噴き出して大笑いを始める。
パンの耳をかじって、メチャクチャ不味いスープのような物しか無い食卓だったけど、俺はここ数ヶ月で一番楽しく食事が出来た気がする。
そして、多分、シャリーも同じなんだろう。
だって、こんなにも楽しく一緒に笑えている。
「エストがいると、美味しくない食事でも楽しいね」
「やっぱ不味いって自覚あったんじゃねぇか!?」
「あっ!? しまった! お、おいしいよ? ざらざらして、臭いがちょっときつくて、味は薄いけど」
「それを不味いって言うんだろ……」
「むぅっ! なら、次はエストが作ってよね!」
「くっ、まぁ、そうだな。居候としてそれぐらいこなしてみせる」
そして、案の定、俺も酷い料理を完成させて、二人して大笑いしながら無理矢理胃の中に流し込むのであった。