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side:シャリー  エストの学院へ

 こんなの絶対おかしいよね。


 私はそう思った。でも、こうするしかなかったと自分に言い聞かせる。

 私は今、自分の打った魔剣オルビス・ラクテウスを抱えてエストのいる学院の前に立っている。

 もちろん、こんな押しかけ妻みたいなことをしているのは理由がある。

 エストに剣を貸して、返ってこなかったら私の人生は本当に終わる。


 でも、剣がなければエストは魔法の練習が出来ないと言う。


 だから、妥協案として私が剣を毎日彼のもとに持って行って、授業が終わるまで一緒にいて、その後持ち帰る。という契約をしてしまった。


 確かに鍛冶の仕事は魔剣オルピス・ラクテウスの風評被害のせいで、ほとんど来なくなって、暇してはいる。だけど、問題は朝ご飯がゆでたジャガイモ一個だったし、歩くとお腹空くのよね……。パンの耳が恋しいわ。

 でも、何となく今日も朝からエストに会えるのは楽しみな気がして、ちょっとうきうきしいてる。やっと同年代の友達が出来た上に、まさか私と同じ貧乏生活しているなんて、何だか接しやすくて嬉しいな。


 なんてことを思いながら、エストのいる教室にいくと、無造作な黒髪とちょっと女の子っぽい可愛らしい顔をした彼がいた。


 そんなエストを見つけた瞬間、私の頬に熱い何かが伝わった。涙だった。

 今すぐ近くにいきたい。


「エストオオオオオオ! 裏切り者おおおおおお!」


 私の心に浮かんだ感情は会えた喜びではなく、驚きと、嫉妬だった。

 彼は何と、あろうことか私の前でパンを食べていた。


 しかもジャムまでついてる! うらやま――、ううん、なんて酷いことをするの!?


「うわぁっ!?」


 鞘に入った剣を振り上げて教室に突入すると、エストはかなり驚いた様子で椅子から飛び上がった。


「シャリー!? 何で泣いてるの!? ってか、剣が落ちる! 落ち着け!?」

「これが落ち着いていられると思ってるの!? 同じパンの耳をかじる仲間だと思っていたのに、ジャムをはさんだパンって!? お金持ってるんじゃない!? この裏切り者おおおおお!」


「お、大声を出すなよ。俺だってこれ買った訳じゃないんだ!」

「なら、誰から貰ったのよ!? 幼なじみの女の子!? それともかわいい後輩!? あ、もしかして、大人な先輩とか!?」


「そんなに……誰から欲しがっているか聞きたいなんて……お前まさか……」


 しまった!? つい興奮し過ぎて私の考えが筒抜けになったのかしら?

 何でか分からないけど、気になるのよ。多分それが誰か知ることはきっと大事なことで――。


「お前も欲しいのか?」

「欲しいわよ! 朝ご飯ジャガイモ一個しか食べてないんだから!」


 何かもうやけくそだった。


「でも……お前、これ貰うのに何をするのか知ってるのか?」


 エストはやけに歯切れ悪そうにそう言うと、私にはそれが出来ないみたいなことを言われた気がして、エストはジャムパンを食べられても、私はジャムパンなんてもう食べられないなんて気持ちにさせてくる。

 だから、売り言葉に買い言葉だったけど、私は即答してやった。


「何でもしてやるわ!」

「そ、そうか……。なら、今こっちを驚いた顔で見ているあの金髪のお嬢様がいるだろ?」


 エストはそう言ってそっぽを向きながら教室の反対側を指さした。

 その先には金髪でいかにもお嬢様みたいな感じの女の子が取り巻きをはべらせて、こちらを睨み付けている。

 間違い無くあの女だろう。でも、あのお嬢様とパンに一体何の関係が?


「……あのシルフェの前でパンを恵んで下さい、と土下座する」

「あんた、土下座したの!?」


「……機嫌が悪いときは犬の真似をしろと言われるかな」

「あんたプライドってものがないの!?」


「土下座するだけで腹が膨れるなら安い! 土下座はタダだからな――、って、シャリーどうするつもりだ!? 冗談だって!? 普通に貰ったんだよ!」


 軽々しく土下座なんてしないでよ。

 それともなに? そういうプレイが趣味でご褒美って訳?

 何でだろう? 何か無性に腹が立ってきた。何かすごい悔しい。エストが見下されているのが何かすっごく嫌。

 私は抑えきれない衝動にしたがって、ズカズカとシルフェという金髪お嬢様に近づいていった。


「エスト、悔しくないの? こんなお嬢様に尻尾ふらないと食事すらろくに出来ないからって、人としての誇りを捨てたら終わりよ。そんなことをするぐらいなら、夢を諦めて、食べていける身分相応な生活を選べ。私の小うるさいお父さんなら、きっとそう言っていたはずよ」

「シャリー……お前……」


 エストの悲しそうな声が聞こえる。そうよ。プライドは大切なの。

 だから、エストの代わりにハッキリ言ってやるわ。


「……あなた何してらっしゃるの?」

「私にもパンを恵んで下さい! シルフェお嬢様!」


 私は土下座をしていた。額もしっかり床にこすりつける勢いで。


「手首クルックルだなぁお前!」


 エストのツッコミが聞こえる。それにクラスの子達のひそひそ話も聞こえる。

 でも、そんなの関係無いわ。


「シャリー、プライドはどうした!? 食べていける身分相応な生活は!?」

「夢を抱きながらプライドを捨てることでご飯を食べられるのなら、私のプライドなんていくらでも捨てるわっ! 犬にだって食わせてあげてみせる!」


「お父さん泣くぞっ!?」

「泣かせれば良いのよ! あんなお父さん大嫌いだから! お父さんの言いなりになるくらいなら、このプライドを抱いたまま泥にまみれても生き抜いてやるわ!」


「えええええ!? さっきのはお父さんを尊敬している流れじゃないの!?」


 エストがさっきの話しは何だったんだよと叫んでいるけど、そのまんまの意味でしかない。

 お父さんが嫌いな話は詳しく聞きたいなら後で話せば良いけど、パンを貰える機会はきっと今だけだから、というか今、私はお腹を空かせているの!


「あなた面白い人ね」

「エストに比べればまだまだですよ。シルフェお嬢様」


「気に入ったわ。犬の真似をしなさい? そうしたら、このチョコクリームのたっぷり塗られたドーナツをくれてやるわ」


 シルフェはそういうと、とりまきの少女がチョコレートのタップリ塗られたドーナツを取り出した。

 チョ、チョコクリームのドーナツですって!?

 そ、そんなジャムパンとは比べものにならないほどの一品をかけて、私に犬の真似をしろというの?


 所詮ドーナツよ? そんな一時の快楽のために人間としての尊厳を捨てろというの?


 このお嬢様、下手に出た相手に恵みを与えるのなら、何を言ってもいいと思っているのかしら?


 良いわ。私がこの世間知らずのお嬢様に世間の厳しさを教えてあげる。こっちは数ヶ月にわたってパンの耳と時折ジャガイモで生活してきた女よ!

 食欲なんかに、チョコなんかに絶対負けない!


「わんわん!」

「あはは。本当に真似したわ。はい、お手」


「わん!」


 どう? これがプライドを捨てきった私の力よ! エストでは出来なかったでしょう?

 エストをバカにするくらいなら、私をバカにしておけば良いのよ。


「シャリイイイイ!? 俺への説教はなんだったの!?」

「ごめんエスト……チ●コには勝てなかったよ……」


「ワザと色っぽく言うなや!? ただのチョコだろ!?」


 エストが私の身体を引き起こすと、若干シルフェの顔が怖くなった気がした。

 あぁ、もしかして、この子、エストのこと好きなのかしら?

 いや、このお嬢様のことだから、自分の玩具ペットが他人に気を遣っているのが気にくわないだけかも知れないけど。


「興が削がれたわね。シャリーさん、あなたつまらないわ」


 しまった!? ここで止められたら、私の食欲をぶつける先がない。

 こうなったら、一か八か、勝負に出るわっ!


 私は飛び込むようにシルフェの耳元に口を近づけると、周りの人に聞こえないようにそっと囁いた。


「あなた、エストが好きなのね? ふふ、ヤキモチ妬いて、かわいい」

「っ!?」


 私の囁きを聞いた瞬間シルフェは顔を真っ赤にして後ろへと飛び退いた。

 取り巻きが突然飛び跳ねて、熱でも出したかのように赤いシルフェを心配している。

 これで形勢逆転よ。


「さぁ、チョコレートクリームドーナツを恵んで下さい。私の口を塞がなければ、何を言うか分かりませんよ? お嬢様」

「ーっ!? 分かりましたわ。受け取りなさい!」


 完全に脅しだった。酷いことをしているって分かっている。でもチョコには勝てなかったよ。悪いのはチョコで私を釣ろうとした世間知らずのお嬢様だ。

 釣りは餌だけをとられることがあるって、勉強出来たわね。ざまあみろ。


 あれ? 私が荒れているのはお腹が空いているからで良かったんだっけ?


 まぁ、いいや、ついにやったんだし。やっと手に入れたのよ! 何ヶ月ぶりかの甘いもの!


 夢にまで見て、朝起きた時に感じるあの虚しさとは違う、本当にお腹を満たしてくれるドーナツを!


「はむっ!」


 あぁー……。幸せぇ……。サクっとして、フワッとして、涙が出るわ……!


「はぁぁー……」


 犯罪的じゃないの!? 美味しすぎる! 歩いてきて空腹になったお腹にストンと落ちる数ヶ月ぶりのドーナツ! 口だけじゃなくて、胃でも甘さを感じているんじゃないかと思うくらいに身体が喜んでいるっ! 脳が甘さで蕩けちゃうっ! あぁ、夢なら二度と醒めないで……。土下座ならいくらでもするから。


「はぁぁん……幸せぇ……」

「シャ、シャリー……」


 エストがよだれを垂らしながら、私のドーナツを見つめている。

 多分無意識だろう。こんなドーナツ一つにあんな切なそうな顔をするなんて、普通にしていても可愛い顔だと思っているけど、こんな顔すると一層かわいいなぁ。


「一口」

「え!?」


「一口なら良いわよ?」

「シャリー……お前やっぱり良い奴だな!」


「代わりにそのジャムパンを二口貰うけどね」

「シャリー! お前最っ低な奴だな!」


「あなたの手首もクルックルね!?」


 手の平が回転しすぎてねじ切れないか心配になるわ。

 ドーナツはお菓子よ? パンより価値があって当然じゃないかしら?

 それを二口で交換出来るなんて、お得だと思うのだけれど、やっぱり男の子は質より量を重視するのかな?


 なんてことを考えていると、シルフェが椅子からがたっと立ち上がった。


「エスト! あ、あなたにもドーナツをあげるから、その低俗な女から離れなさい!」

「はいっ! 今すぐ離れます!」


「エスト!?」


 エストのやつ、すごく良い笑顔で私から離れた!?

 あれ? なんでちょっと残念な気分になるのかな? それにちょっとむかつく。

 って、そんなこと考えている場合じゃないや。


「エスト、あんた私がいないと魔法使えないの忘れたの? ジャムパン二口は剣のレンタル料込みよ?」

「くっ!? ごめん。シルフェさん、俺、この人に弱みを握られていて逆らえないんだっ!」


 エストがジャムパンを軽く握りつぶしながら、すごく悔しそうな顔してこっちへ戻ってきた。


「何で私の時はそんな嫌そうな感じ出すのよ!? そこは手の平綺麗に返してよ!?」

「すまん。さっきのでねじ切れた……俺の手首はもう限界なんだ……」


「ただ、ドーナツを丸々一個分食べたくて仕方無かっただけでしょうが!?」

「何故ばれた!? というかシャリーも食い意地張りすぎだろ!?」


「あぁ、もう、えいっ!」

「あぁっ!? むぐっ!?」


 私はエストの持っているパンにかじりつくと、自分の手の中にあったドーナツをエストの口の中に放り込んだ。

 あ、エストの歯形がついているところ食べちゃった。って、私も自分がかじったところを押しつけたから、量はおあいこのはず。

 でも、何か悔しいから、もう一口頂きっ!


「ふふん、ごちそうさまでした」

「あ……えっと……う……お粗末さまでした……?」


 あれ? エスト顔真っ赤にして、私から視線をそらしてる? あはは、何か良く分からないけど照れてるんだ。照れた顔もかわいいかも。

 あ、ほっぺにチョコクリームがついてるじゃん。って、私がつけたのか。まったくエストはしょうがないなぁ。


「エスト、ちょっとそっち向いたまま動かないでね?」

「え?」


「ほい、とれた」


 私は指でエストの頬についていたチョコクリームを拭うと、指先をそのまま自分の舌に持って行き、なめとった。


「なっ!? ななな、シャリー何してんの!?」


 あぁ、そっか。こんなことしたら、エストなら慌てるよね。まさかこんな失敗をするなんて思っていないだろうから。


「次いつ甘い物が食べられるか分からないでしょ? 自分の頬についたチョコクリームに気付かないエストが悪いのよ。返さないからね?」

「おま……はぁー……まぁ、シャリーらしい――って、うわっ」


「へ? きゃっ!?」


 真っ赤だったエストが青ざめた顔で飛び退いたので、何だろうと思って振り返ったら私も飛び退いていた。

 シルフェが髪を逆立たせて、何か赤いオーラのようなものを発していたの。

 何かもう怒り爆発って感じ。


「わ……わ……私のエストに何をしてくれますの!?」

「え? 私、何かした?」


 ただ、単にパンをかじらせて貰って、クリームを拭っただけなんだけど。

 そういえば、エストも何か妙に慌ててたっけ? 同世代の人達と遊んだことがないから、何か変なことしちゃったのに気がつかなかったのかな?


「決闘ですわ! 決闘を申し込みますわ!」


 クラスの人達が一年最強の炎使いが決闘を挑んだぞと騒ぎ出した。今更だけど、このお嬢様魔法使いとしては優秀な人なんだ。

 とはいえ、私はただの鍛冶士だから、決闘と言われても困るなぁ。


「決闘言われてもなぁ。私鍛冶士だし、魔法なんか使えないよ? というか、私はエストにオルビス・ラクテウスを届けにきただけだし」


「あなたの剣など、エストに相応しくありませんわ! そんな剣私がこの手でへし折って」

「あぁっ、抜いちゃだめえええ!?」


 立てかけていた剣をシルフェが抜いてしまった。

 その瞬間、シルフェがまとっていた赤いオーラが剣に吸い込まれ、ほぼ同時にシルフェが前のめりに倒れた。

 とはいえ、そこは取り巻きの人が抱きかかえて怪我はなかったから良かったものの、やっぱりちょっと凹んだ。

 オルピス・ラクテウス、人の魔力を吸って気絶させる魔剣かぁ。なんて酷い剣を作ってしまったんだろうか。おかげで私は吸血鬼の末裔だの、夢魔だの言われてるんだよなぁ。


 ちょっと凹むわ。


「おーい、シャリー……なんでちょっと嬉しそうなどや顔で悩むポーズとってんだよ……」

「悩んでいるのよ。強すぎる剣を作ってしまうのも考え物だってね。魔力に関して上位の力を持つ人間が集められている学院の生徒でも使えないなんて、使える人は本当に人間なのかな?」

「人を人外扱いするような目で見ないでくれる!?」


「あれ? 褒めたんだけど? おかしいと思えるほどの魔力があるって」

「納得いかねぇ……」


 エストは不服そうな顔で剣をしまい込むと、長いため息をついた。

 うーん、そう言えば、何でエストの魔力がすごいって素直になんで言えなかったんだろ?

 なんて考える時間をエストはくれなかった。


「でもまぁ、おかげで今日は実技に出られそうだ。俺の力、しっかり見とけよシャリー」

「そうだね。見せて貰うよ。私のオルビス・ラクテウスの力」


「俺の力っ!」

「私の武器の力っ!」


「「ぐぬぬぬ」」


 まただ。何でエスト相手だと、こんな気持ちになるんだろ?

 へんなの。大好きだったお爺様とも違うし、大嫌いなお父さんとも違う。

 何かもっと新しい別の変な気持ちだなぁ。


 その気持ちが何なのか知るには、ずっと武器と向き合ってきた私にはかなり早かった。

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