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最強の魔法使いと最高の魔剣

 シャリーに連れられて彼女の工房についた俺は正直驚いた。

 日が沈んでも煌々と明るく工房を照らす炉の光は幻想的で、照らされた金床と鎚は艶やかな光沢をおびている。

 ゴミは散らかっておらず、物もかなり整理整頓がなされていた。


「良い工房だな」

「お爺様の工房だからね。勇者達の武器を打った由緒ある場所だし、私にとって思い出の詰まった大切な場所だから」


 シャリーは少し照れたようにそう言うと、俺を剣の前に案内してくれた。

 真っ黒な剣だ。闇をそのまま剣の形に押し込んだような光を全て吸い込みそうな感じ。

 そう思ったのは、この剣が幾多の人の魔力と生命力を吸い取ってきたせいだろうか。

 何か呪われた道具でも前にして緊張でもしているのか、つばが溜まっていたので飲み込んだ。


「じゃぁ、借りるからな」

「うん……」


 シャリーも緊張しているようで、熱い眼差しをこちらに向けている。

 その視線に応えるように剣の柄を握る。その時だった。

 部屋が満点の星空へと変化した。

 全てを飲み込む闇かと思っていた黒い剣は、青くて淡い星のような小さな光が無数に瞬いて、天の川を押し込んだような美しい剣に変化している。

 その剣を見た時、俺の脳にも何かが流れ込んできた。


《魔法:六属性全解放、攻撃魔法全解放、補助魔法全解放》


 魔法の杖が作動すると聞こえる武器の声だ。システムメッセージみたいなものだな。

 授業では杖によって使える属性と魔法の種類が限られていると教えられた。

 全ての属性、全ての魔法が使える杖など存在しない。だから、状況に応じて杖を使い分ける必要があると。

 その杖の常識をこの剣は、剣なのに打ち破った。


「何だこの剣!?」

「成功した……。やっと刀身に星が瞬いた」


「……これがシャリーの作った剣。俺の魔力に耐えきった触媒……」

「そう。これが私の作った最強の魔剣……。闇夜照らす天星の魔剣、オルビス・ラクテウス」


 俺達は二人して剣を眺めながら数秒間呆けていた。

 俺は初めて魔法が使えそうな感覚に、シャリーはきっと初めて人が倒れなかった感動に酔いしれて、動けなかった。

 けど、感動が引けば、次に押し寄せてくる感情は抑えきれないドキドキ感だった。

 魔法を撃ちたい。魔法もどきじゃなくて、異世界ならではの魔法を使ってみたい。


「シャリー! 外に出て試し撃ちさせてくれ!」

「良いわ! 行きましょう!」


 シャリーも自分の剣の力をその目で見たいのか、即断即決で返してきた。



 外を走る足が軽かった。

 一秒でも早く、一歩でも前に進みたくて仕方が無い。

 夜に城塞で守られた街の外に出るなんて、魔物に食べて下さいと言っているような物だが、そんなの関係無い。


「ん? 君達待ちなさい! 夜、街の外に出るのは危険だ!」

「「ハハハハハ!」」

「ヒィッ!? 化け物!?」


 門番が俺達に気付いて止めようとしたけど、俺達は制止を無視して街の外に飛び出した。

 それも大笑いしながら。よっぽど気味が悪かったんだと思う。

 門番のおっさん達は俺達の笑い声を聞いた途端に止めようとするのではなくて、俺達から逃げたから。


 でも、そんなことを気にしているほどの余裕はない。


 俺の頭は魔物に魔法をぶち込むことを考えるのでいっぱいだった。

 そして、城外を走ること数分後、ついに現れる夜行性の魔物。二股の尻尾に鋭い爪と牙を生やす黒い狼のような魔物ハウンドドッグだ。

 すばしっこく動く上に、爪と牙に触れられればかなり深く肉が抉られる。

 この魔物に駆け出しの冒険者が何人も殺されているため、結構恐れられている敵だ。

 夜間に見かけたら、出来れば逃げたい相手上位に属する敵――のはずなんだけど。


「みぃつけたぁあああああ! 魔物だあああああ!」

「あはぁっ! エスト、逃がしちゃダメよぉぉぉ!」


 でも、今日は俺達の方が狂っていた。というか恐ろしかったようだ。

 何かやばいクスリでもきめているんじゃないかと思うような笑顔でハウンドドッグに向かって全力疾走している。

 そのせいだろうか。ハウンドドッグがキャウンキャウンと怯えたような鳴き声とともに俺達の前から逃げ出した。


「何故だ!? 何故逃げるんだ!?」

「あぁっ! 逃げないで優しくしてあげるから!」


「そうそう! 一発だけで良いから! 怖いなら先っちょだけで良いから! 先っちょでちょっと突っつくだけだから! 痛くしないから!」

「魔法と剣の的になりなさああああい!」


 どこからどう見ても完全にヤバイ人達だった。

 というか俺に限れば相手が魔物じゃなかったらセクハラだった。そりゃ魔物も逃げるわな。


 魔物を怯えさせて追いかけ回す人って多分初めてなんじゃないかな? ギルドじゃ聞いたことない。

 だから、よっぽど怖かったんだろうな。魔物は全力疾走して、俺達の手が届かない場所に逃げてしまった。


「ダメだ。離れていくぞ!?」

「仕方無いわね。こうなったらこの距離から魔法を撃つのよ! 幸い影は見えるわ!」


「なるほど! 狙撃系の魔法だな! よっしゃ!」


 俺は足を止めると剣を掲げて、魔力を流し込んだ。

 すると、頭の中にシステムメッセージのように使える魔法の情報が流れ込んでくる。

 その中から、遠くの敵に有効な魔法を探して、選択するかのように魔法の名前を叫んだ。


「天地貫け! 紫電の轟槍(エクレールランス!)」


 その叫びに応えるように夜空に紫色の円環が現れた。

 オーロラのように広がる紫色のカーテンは一度ふわっと広がると、ボールのように収束してハウンドドッグのいた場所に落ちる。

 その瞬間、夜空がひときわ明るく照らす紫色の槍が、ドカンという耳をつんざく爆音とともに突き刺さった。

 かなり離れていた俺達にも落雷による衝撃波が届き、まわりに生えていた木々が根こそぎ吹き飛んで倒れている。

 というか、紫電が落ちた所はそれ以上にやばかった。爆心地の地面が抉り取られて、クレーターが出来ていたんだ。

 間違い無く騒ぎになる。正直言ってかなりヤバイ。魔王軍の幹部が襲ってきたとか勘違いされそう。

 もし、俺がやったってばれたら事情聴取とかされそうだなぁ。かなり面倒臭そうだなぁ。

 どうやったら許して貰えるだろう?

 あーぁ、これからどうするかな? そうだなぁ……とりあえず――。


「あはははは! もう一発撃って良い!? 俺の魔法強すぎじゃね!? さすが成長チートで育てた魔力だわ!」

「あははは! 何今の!? すごいよ! 音圧で身体がビリビリしたよ!」


 俺はシャリーと手を取り合って、飛び跳ねるように踊っていた。

 何と言うことでしょう。俺達は罪悪感ゼロだった。

 そうなった理由はハッキリしている。

 俺達は自分の夢を叶えたと思ったら、待ち構えていた落とし穴に落ちてどん底まで落ちた。

 でも、今日この瞬間俺達は落とし穴から外に這い出たのだ。

 世界の全てが輝いて見えた。だから、もう俺達は止まらなかった。


「よっしゃー! もう一回いくぞー!」

「いいねー! どんどんいけー! ふぁいあーふぁいあー!」


 というか俺の魔法で輝いていた。


「はははは! 綺麗だろシャリー! 六属性の大魔法だぜ!」

「うふふふ! えぇ、本当に綺麗だわエスト! もっと世界を輝かせて!」


 火、水、風、土、光、闇ありとあらゆる魔法が使える快感に酔った俺達は、全ての属性の魔法を同時に撃ちまくり、地獄絵図を描いていた。

 ズドーン! ズドーン! という音とともにクレーターがボコボコ出来て、広大な草原は大戦争でもあったかのような荒れ地と化している。

 その中心にいるのはテンションが振り切って、高笑いし合う俺とシャリー。冒険者や勇者一行が通りすがったら、俺達を魔王と判断して襲いかかってくるような絵面だった。


「魔王軍が攻めてきたぞおおおおお!」


 というか本当に勘違いされた。

 そんな声が聞こえて、俺達はハッと振り向くと、街の防衛部隊が出動していたのだ。


「シャリー、魔王なんかいたっけ?」

「ううん、見てないけど」

「だよな?」


 俺達は自分のしでかしたことを理解せず、呆けていると、そのまま防衛部隊に街へ連れ戻されることになった。

 でも、クレーターが出来たとか、異常な魔力による爆発があったせいで防衛隊が出動してきたと聞くと、俺達は顔を真っ青にして俯きながら歩いた。

 夜間に防衛隊が出てきたのは、間違い無く俺達のせいだった。ギルドの人達がいなくて良かったよ。いたらやばいことになってたと思う。

 知らない人しかいないとはいえ、さっきから冷や汗が止まらないけどな。


「君達は運が良いな。魔王の攻撃を受けて無傷でいるなんて」

「もしかして、お前達が魔王を撃退したとか? ハハハ、そんなバカな話しないよな? にしても、道路の修理代やら整地の金やらいくらかかるんだろうな」


 いえ、この惨状を引き起こしたのは俺達です。なんて言える訳も無く、俺達はただ引きつった笑いで誤魔化した。

 これ以上の借金増額は耐えられない。シャリーも同じ気持ちのようだった。


「ハハハ、ホントデスネ。ナァ、シャリー?」

「ソウネ、エスト。ハヤク魔王ガ退治サレルトイイデスネ」


 片言になるほど挙動不審な俺達だったけど、魔王の魔力にあてられたということで、スルーされた。

 本当に助かった。

 そんな生きた心地のしなかった帰り道も終わり、工房についた俺達は長い息とともにその場にへたりこんだ。


「いやー、危なかった。まさか魔王に勘違いされるなんて」

「ホントね。まぁ、魔王を軽く倒せる武器なんだから当然かもしれないけど」


「ハハハ、本当にすごい剣だよな」

「気に入った?」


「そりゃもう。これがあれば、俺はようやく魔法使いになれるんだから」


 気に入らない訳がなかった。俺は夢への切符をもう一度手に入れた喜びとともに、剣を撫でるように触れる。

 ずっと欲していた物をようやく手に入れたんだと思ったら、自然と笑みがこぼれていた。

 そんな俺の目の前にシャリーは手を差し出してきた。


「ん」

「ん?」


 突然ん、と言われても意味が分からなかった俺は、呆けた声で聞き返していた。

 一体こいつは何を言いたいんだ?


「お金、剣の代金」

「あ、あぁっ! そうか。そりゃそうだよな」


 タダな訳がない。

 シャリーは鍛冶士なんだから、武器を売ったら金を払うのは当然だ。

 確かに懐事情は厳しいが、この剣さえあれば、俺は魔法を使えるし、魔法使いとして正規の仕事にありつける。そうしたら、普通の人よりは安定して高給が貰えるんだ。

 今ここでこのチャンスを取り逃すわけにはいかない。

 金貨十枚くらいまでなら、ギルドに頭下げて借金してでも払う。


「一万カラド金貨ね」

「は?」


 日本の金額にして一億……だと?

 何かの聞き間違いか? ハハ、まさかな? 貯金ゼロの俺にそんな大金をふっかけるなんて――。


「ごめん、チョットナニイッテルカワカラナイ」

「剣の代金は一万カラド金貨」


「ぼったくり過ぎだろおおおおおお!?」

「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」


 いや、そんな可愛らしい笑顔を見せて誤魔化せると思うなよ!?

 そもそも、普通のお店で高い剣でも精々十カラド金貨だ。

 百枚ぐらいになると、もう一点物とか特注品で特殊な力が宿っている。

 でも、一万枚なんて聞いたことがない。こんなの絶対おかしいよ。

 というか、ちょっと待て。一万カラド金貨ってどこかで聞いたぞ?


「てめぇ、人に借金全額押しつけるつもりか!?」

「ゴメン、チョットナニイッテルカワカラナイ」


「片言で誤魔化すなあああ!」

「いや、マジで金が必要なの! 私の返済来月なの! 返済できなかったら工房が取り上げられちゃうから! 今すぐ用意して一万カラド金貨!」


「無茶言うな!? 何年分の給料だよ!?」

「身体を売る店紹介するから!」


「てめぇ人に何させる気だよ!? 俺はそっちの気はないぞ!?」

「魔法使いって回復魔法で臓器の復活出来ないの!? 治せるなら私が売るから!」


「そっちか!? ってそっちも無理だよ! せいぜい傷付いた場所を繋げるだけだって! 取れたら治らない!」

「なら、せめてローンで払って! 頭金多めでええええ」


「抱きつくな!? 当たってる! 当たってるから!」

「もうエストを離さない。ずっとこのまま一緒にいるのっ! エストと工房があれば何もいらないっ!」


 ずっと会えなかった恋人に出会えて、感動している乙女のように、目をはらし、涙をため、真っ赤な顔でシャリーが俺の顔をみつめる。

 正直、かわいい。そりゃもうこっちから抱きしめ返したいくらいに。

 カラド金貨一万枚かぁ……。稼げるかなぁ……。


「って、そんな言葉で借金は肩代わりしねぇよ!? 掴んで離さないのは俺の財布だろ!?」

「ちぃっ、ばれたかっ! さすがエストね」


 舌打ちしやがったぞこの女!?

 それも乙女の顔から虫けらでも見るような顔になった上で! この子、やっぱりおかしいよ!?

 ただ、正直な話し、俺も自分の進退がこの剣にかかっている。

 オルビス・ラクテウスと名付けられたこの一点物でしか、俺は魔法を使えないのだから。

 何とか金を工面するしか無いのだが、どうすればいい?

 そう思った時、ポケットに入っていた紙に気がついた。


「……そういえば、理事長がくれたあれって」

「ん? なによそれ?」


 くちゃくちゃになった紙を広げると、国をあげておこなわれる闘技大会の報せが書かれていた。


「今度開催される闘技大会、獅子王決定戦の報せだよ。これに入賞すれば、今まで足りていない単位を補填するって言われたんだけど……確かここに、あった!」

「賞金が……一、十、百、千、万!? 一万カラド金貨!?」


「あぁ、三年に一度開催される全世界の猛者を集めておこなわれる闘技大会だ。魔王討伐隊に入隊する契約金も含まれているけど、これなら!」


 俺達に選択肢なんてなかった。

 イエス。または、はい。しかない。

 俺とシャリーは紙面から顔を離し、互いに顔を見合わせると勢いよくハイタッチを交わした。


「私の借金が返せて!」

「俺は単位とこの剣が手に入る!」


 お互いにwin-winな関係と結末が待っている。

 こうして、俺達は互いの目的のために、協力関係を構築し、世界の猛者が集まる闘技大会へと参加することになった。

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