エピローグ:その手が掴み取った物
借金はなくなったけど、無一文。
いつでもまた借金地獄に落ちることが出来るギリギリの生活に俺達はランクアップした。
借金地獄に比べれば大分マシだけど、それでも気は抜けない。
これからも一層の倹約を心がけなければと思いながら、工房に家具や道具を戻していく。
「はぁー……気が楽になっただけで、状況はあんまり変わらないなぁ。なぁ、シャリー」
そう言いながら振り向くと、シャリーはプルプルと震えていた。
「良かった……良かったよぉ……」
シャリーがまた泣いている。
お爺さんとの大切な思い出が詰まった工房に残れるんだもんな。やっぱり離れたくなかったんだな。
「良かったな。シャリー。お爺さんの工房に残れて」
「うんっ……うん! お爺様が守ってくれたんだ。これだけは隠し通せたっ!」
俺の胸に飛び込んできたシャリーが笑いながらポロポロと涙をこぼす。
すると、ちゃりんという心地良い音が聞こえた。
「あれ? 今の音?」
確か魔王が残した金目の物もお金も全部没収されたはずだ。なのにどうして?
「エスト、これ見て」
シャリーが服の中から取り出した小物を入れる袋には金貨が一杯詰まっていた。
多分五十枚くらい入っている。
「このお金は一体? まさかさりげなく引き抜いたのか?」
「私を何だと思ってるのさ。これは魔王とは関係無いお金」
「でも、こんな大金いつのまに……」
「賭けに勝ったの」
「え? でも賭博屋の元締めは結局どこかの街へ逃げたんだろ? 一体どうやって……」
俺達の金は全額俺に賭けて、全て持って逃げられたはずだ。
賭が出来る元手もなかったはず。
それにそんな大金になるような仕事も受けていない。
「私達がエストに全額賭ける前、金貨十枚だけ生活費に抜いたよね?」
「ん? あぁ、うん、そういえば――ってまさかお前っ!?」
「そう! その生活費の一部を全トーナメントの優勝じゃなくて、一試合一試合の賭けに賭けてたの。あ、もちろんエストの試合だけだよ? それと最後の試合は倍率が低かったし、エストが勝てば大儲け出来ると思って賭けてないんだ。だからあの時言ったでしょ? 儲けさせて貰ったって」
「ってことは、この金……ランマンさんからシルフェとの勝負にいたるまでの……」
「そう! ちゃーんとエストが勝つ方に賭けて、五倍にしておきました! えへへー、生活費が金貨十枚分あるのに、何でご褒美がパンの耳なの? とか思ったでしょ? 実はちゃんと貯めて、増やそうとしていたのでした!」
こいつは本当にずる賢いのか、抜け目がないのか、何と言って良いのか分からないけど、なけなしの生活費すら注ぎ込むなんて、あえて一言で言うならばあれしかない。
会った時から今までのことを考えても、こいつに相応しい言葉だ。
「お前本っ当に最っ低だな!」
「なんて言いながら、エストすっごい笑ってるよ」
「そりゃ笑うしかねぇよこんなの! お前何俺の金まで賭けにぶっこんでるの!? さすが恥将だな!」
「ふっふっふーん、私はラクレーン区の知将だからね」
俺達が散々追い求めた夢の果て。
辿り着いて手に入れた夢は、指からこぼれ落ちて、随分と少なくなってしまったけど、確かに俺達の手の中に残ってくれた。
そして、お金以外の物も引っかかった。
俺は今こうしてシャリーと笑えている。
ちょっとした奇跡のお祝いに仲良くなったシルフェも呼んでささやかなパーティをしよう。
この先も楽しく生きるために、今日という日を祝おう。
もちろん、俺達の手に入れたこの金で。
そんな時だった。シルフェが工房の扉を開けたのは。
「このシルフェン・スタインがお邪魔するわ。今夜の祝勝会に招待しにきたわよ。我が家の料理人の腕に驚き、跪くと良いわ」
「シルフェ! 良く来た!」
「シルフェちゃんいらっしゃい!」
俺達が予想以上に大きな声を出したせいか、シルフェは少々困惑気味だった。
「ど、どうしたのあなたたち?」
「来るタイミングばっちりだったぜ! ちょうど呼びに行こうとしていたんだ」
「だね。テレパシーでも使っちゃったかと思ったわ」
シルフェを待っていたんだ。一緒にご飯を食べて、騒いで、楽しもうって。
だから――。
「「ごちになります!」」
ついさっきまでおごっても良いと思っていた気持ちは綺麗サッパリ抜けていた。
代わりに貧乏性はそうそう抜け落ちることがないという嫌な実感が手の中に残った。
ただ、この不思議な一体感と連帯感はこの境遇じゃなかったら生まれなかったと思う。
強くなりすぎた俺と。
強さを求めすぎた私。
足りない部分を補い合って。
互いの長所を伸ばし合って。
俺達は――
私達は――
ようやく夢に一歩近づけた生活を手に入れた。
夢のような大団円ではないけれど、ささやかな幸せが手に入ったハッピーエンドが待っていた。
はずだよな?
とりあえず完結。後はおまけをちょこっと。