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その手に残されたもの

 魔王を撃退した俺達は急いで城に戻り、事の顛末を一部変えて王様に説明した。

 魔王をわざと逃がしたこと、財宝を手に入れたことは黙ってある。

 幸い、シルフェとレオンが俺達の活躍の証人となり、俺達の話はあっさり信じて貰えた。

 そして、俺達は何よりも大切なことを尋ねられた。


「獅子王決定戦の決勝戦を再開出来ないでしょうか!?」

「エスト君!? そこまで僕とぶつかり合うことを臨んでくれて……。嬉しいよ。僕と君で夜の獅子王決定戦を開こう!」


「レオンさん、ちょっと黙ってて! シャリー!」

「はい!」


 シャリーが裏拳を身もだえするレオンに打ち込み、レオンを気絶させる。勇者にやることじゃないのは分かってるけど、今は知ったことじゃない。死ななければ、どうでも良い。

 王様は何か青ざめた顔をしたけど、気にしていられない。


「俺達、どうしても優勝しないといけないんです!」

「ふぅむ……。申し訳ないが無理だ」


「な、何故ですか!? 魔王は逃げ帰ったんですよ!?」

「街の復旧をせねばなるまい。それにそなた達のような剛の者に耐えられる会場は結界を張り直すにも時間がかかる。すぐには再開出来ないな」


「そん……な……」


 それなら俺とシャリーは何のために……。何のために魔王を生きて帰したんだ!?

 それだったら魔王の討伐報酬を貰ったよ! 金貨千枚くらい貰えるだろ!?

 やることなすことが全て裏目に出ていることに、俺は改めて絶望した。

 その後のことは良く覚えていない。

 俺とシャリーは何も考えられない頭で工房に戻り、二人して魂が抜けたような感じで椅子にもたれかかっていた。


「エスト……提案があるの……」

「俺もだ……」


「んじゃ、せーので言おっか」

「うん」


 せーのと声を合わせて。


「「夜逃げかー」」


 幸いにも手元には金貨五千枚分の物がある。

 再起をかけるには十分な元手だ。


「嫌だよぉ……エストと離れ離れになりたくないよぉ……。工房からも離れたくないよおぉ……」


 だけど、シャリーは俺のことを思って泣いてくれた。


「ならさ、俺の故郷に一緒に戻るか? 工房はあっても鍛冶士がいなくて困ってるから、シャリーが来ればみんな歓迎してくれる。俺の方は単位が貰えなくて退学の上に損害賠償の借金があるから、この街にはいられないしさ」

「ひっく……ひっく……うええ……エストぉ……ありがとぉ……えすとぉ……」


「あぁ、もうほら、可愛い顔が台無しだ」


 俺はハンカチでシャリーの目元をふきながら、頭を軽く撫でた。

 俺達が借金地獄から抜け出すために組み立てた計画と希望は、今ここで完全に潰えた。

 それでも俺達は生きていかないといけない。たとえ貧しくても、たとえ餓えても、生きていかないといけない。

 そして――。

 たとえ借金を踏み倒して追われる身になっても! そう生き続けるのだ。


「準備しようか……シャリー」

「……うん」


 短い間だったけど、楽しかった日々の思い出が詰まった道具を袋の中に詰めていく。

 パン屋の店長やギルドのお姉さん、シルフェに別れの挨拶が出来ないのは辛いけど、仕方無いんだと自分に言い聞かせた。

 そして、日が傾き始めた夕刻、俺とシャリーは工房にひっそりと別れを告げて外に出ようとした。


「あれ? 探したよエスト君、シャリーさん」

「げっ!? レオン!? なんでここに!?」


 夜逃げがばれたのかと思って、俺は心臓を掴まれたような感覚がした。


「いや、君達聞いてなかったのかい? 大臣が街を救ってくれた褒美に関しては、被害の算定が落ち着き次第連絡するって言っていたけど」


 その言葉を聞いた瞬間、俺達は袋を落とした。

 まだ希望は繋がっていた。



 再び城で王様に謁見する俺とシャリーはかなりソワソワしていて挙動不審だったんだろう。

 王様にかなり怪訝な顔で見下ろされた。


「エストール、シャルロッテ、此度の働き、まことに素晴らしいものであった」

「「あ、ありがとうございます」」


 挨拶なんてどうでも良いから、早く褒美が知りたくて、俺達はうずうずしていた。


「聞くところによれば、そなたら二名、ともに借金をしているようだな? エストールはアランドール学院に、シャルロッテは貸金業者に」

「「っ!?」」


 ばれてたー!? やっぱり夜逃げ封じだったんじゃないのこれ!?

 終わったよ。最後の希望も断ち切られたよ……。


「褒美はそなたら二人の借金を取り消すよう取りはからおう」


 俺達は声が出せなかった。

 かわりに互いの頬をつねり合った。


「痛いっ! 何で俺の頬をつねるんだよ!?」

「エストだって! でも、でもでもでも!」


「俺達これで!」

「借金から解放よおおおおおおおお! いやったあああああああ!」


「うおおおおお! やっとパンの耳から完全に解放されるううううう!」


 シャリーは喜びを抑えきれないのか、エビぞりになるほど身体を反らせてジャンプした。

 俺もそれに引っ張られ一緒にジャンプしてしまう。

 心も体も軽かった。

 借金から解放されたということは、俺達に残るのは魔王から手に入れた金貨五千枚分の戦利品だけになる!

 大金持ちという訳ではないけれど、普通の生活は数年間保証出来る大金だ。


「それとエストール、学院にはそなたに単位を与えるよう命じてある」

「あ、ありがとうございます!」


 俺の退学危機も救われた。

 全てがハッピーエンドだ。もうこれ以上望んだら罰があたるんじゃないかと思うくらい、俺達は幸運の中にいる!


「うむ。褒美の話は以上だ」

「「ありがとうございました!」」


 精一杯の感謝を伝えて俺とシャリーは退出しようと、その場を後にしようとした。


「待て待て、褒美の話は終わりだが、損害賠償の話はこれからだ」

「「へ?」」


 何を言っているんだろうこの王様は? 損害賠償の話って何?

 何ヲ言ッテイルノカ分カラナイヨ? さっき帳消しにしてくれたよね?


「君達が暴れ回って出来たクレーターと道路の整備費の件だ」

「「嘘だあああああ!?」」


「分かっておる。此度の原因は魔王の進軍によるもの。そなたらが故意ではないと」

「だ、だったら!」


 俺達に損害賠償を請求するのは筋違いだ。


「先々週、道路を破壊したのは魔王とは関係あるまい?」

「なんで!?」


 そう言えばありましたねええええ!? 守備兵の人達が集まって来たあの日だよな!?

 でも、何でばれたの!? 


「様々な証言を重ね合わせてようやく分かったことだが、あの大破壊はそなたらの力以外にありえぬという結論が出た。もちろん、話を断ればどうなるかは分かるな?」


 王様の言葉とともに隠れていた衛兵達が現れて、俺とシャリーを囲んでいた。

 これは兵士を殺さないと逃げられない。

 借金取りに追われるのはまだしも、殺人犯として追われたくない。完全に詰んだ。


「そなたらの功績を考慮して三割に減らし、魔物討伐によってギルドから支払われる報酬を天引きして、賠償額はカラド金貨五千枚」


 頭からハンマーで殴られるような衝撃とともに俺達はその場に倒れ込み、渋々魔王から手に入れた財宝を引き渡すのであった。

 俺達に用意されていた結末はそんな俺達らしいものだった。

 ハッピーエンドはどこ行ったんだよ!?

 本当にどうしてこうなった!?



本日21時に更新予定

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