魔王退治
ゆらりゆらりと足が地面から浮いているような感覚で前に進み、魔王が陣取っていると思われる天幕を目指していく。
そんな俺達の前に、一際大きな魔物達が立ちふさがった。
「空の狩猟王キンググリフォン!」
「蝿の王ベルゼバブ!」
「鬼神王タイラントオーガ」
「蛇龍の王リヴァイアサン」
「「我ら魔王四天王! 何人たりともここは通さん!」」
四匹の魔物が声を合わせて、戦闘態勢に入る。
数々の街を滅ぼし、人を殺してきた凶暴な魔物達の王。
ギルドでも指名手配を出している大物達だ。
マジメに戦えば恐らく怯えただろうし、苦戦は必至なんだろうけど、今の俺達は完全に吹っ切れていた。
「「邪魔!」」
俺とシャリーが同時に武器を振るうと、真ん中にいたベルゼバブとタイラントオーガの頭が潰れた。
「ベルゼバブ卿!?」
「タイラントオーガ殿!?」
両端にいたグリフォンとリヴァイアサンが驚きの声をあげているけど、俺達は構わず前へと進む。
「なっ!? の、逃さぬぞ! あの二人は我らの中でも最弱!」
「我々は二人のようにはいかぬ! 魔王様に会いたくば、我々を倒して――、ヒッ!?」
俺達が振り向くと、リヴァイアサンの方が短く引きつったような音を出した。
「エスト、こいつら潰さないと魔王に会えないんだってー」
「そうかー。なら、死んで貰うしかないなぁ」
俺とシャリーは二手に分かれると、後ずさりする魔物の王達を追い詰めるように一歩一歩大地を踏みしめながら近づいた。
大地がジャリッと音を立てて、異常に深い足跡が残る。
「アハッ! 仕方無いよねえエスト! こいつら私達の邪魔しちゃったんだから!」
「ハハッ! そうだなシャリー! 仕方無いよなぁ! 俺達の邪魔したんだから!」
ただ力任せに、乱暴に俺達は得物を振り抜いた。
「「金の恨みだ! 死ねええええ!」」
「「金!? ぎゃあああ!?」」
四天王は仲良く頭を砕かれ地面に倒れている。仲よさそうだったからな、まさに仲良死グループだ。
邪魔をする敵はもういなかった。逃げ去ったのか、全部倒してしまったのかは分からないけど、ここに残るは魔王のみになった。
幕の張られた陣地の中に入り込むと、そこには玉座に座った魔王がいた。
魔物の王は人の形をしており、意外とかわいらしい女の子のような見た目をしている。
ただ、人ではないらしく、魔物らしい六枚の黒い羽根を背中に生やしている。
第一印象は堕天使だった。だから、どうしたという感じだったけど。
「「みぃつけたぁ……」」
「貴様ら! 許さんぞ――ヒィッ!?」
俺達のハモりに魔王が椅子から飛び起き、後ずさりする。
俺達は逆に距離をつめようとゆっくり近づいた。
「シャリー、この魔王面白いことを言ってるぜ? 俺達を許さないだってさ?」
「あはは。面白い冗談を言うよね。私達を許さないなんて」
俺とシャリーはわざとらしく感じるほどの大笑いをし始めた。
それが気にくわないのか、魔王は俺達の笑い声を払うように手を振り、声をあげる。
「と、当然であろう! 余の部下達をどれだけ殺した! 十万だ! 十万! 許すわけがない!」
俺とシャリーはその言葉を聞いた瞬間、俺達は笑いを止めて真顔になった。
そして、殺気のこもった目で魔王を一緒に睨み付ける。
「許すわけがない……だと? お前……俺達がお前のせいでどれだけの損害を受けたと思ってる?」
「あなたが襲ってこなければみんな幸せになれたのよ?」
「ふ、ふん! 人間などいくら死のうが余には関係無い! 貴様らこそ死をもって償うと良い!」
それが魔王の回答だった。
「星霜束ねし理の鎖」
そして、これが俺の回答だった。
これは教育が必要だな……。二度と来ないようにたっぷり恐怖をすり込んでおかないと……。
「なっ!? 何をっ!? ば、バカな!? 身体が動かぬ!? 魔力が押さえ付けられて!?」
地面に這いつくばった魔王を俺とシャリーはゴミでも見るかのような目で見下すと、魔王の目の前に剣と鎚を力の限り振り下ろした。
「ヒィッ!?」
そして、ヤクザ座りで魔王の前にしゃがみ込むと顔を思いっきり近づける。
「さっき俺達を許さないと言ったな? 違うよ? 全然違う。お前は自分が何をしたのか全く分かってない。お前が何をしたかそのぺったんこな胸に聞いてみろよ?」
「人間風情が何を言うか!?」
「許すか許さないかは俺達が決めるんだぞ? お前のせいで俺達は四万カラド金貨を失ったんだよ? 許さないに決まっているだろうがこのゴミ野郎! 俺達の金を返せ!」
「そうね。私はあなたを許さないわ。許して欲しいなら、誠意を見せたらどうかしら?」
人の死とか魔物の死とか関係無かった。もっと酷い話しだった。
みんなのためとか、街のためとか、そんな物じゃなく、俺達はただ個人的な金の恨みで魔王を襲っていた。他の人のことなんて一切頭の中にはなかったんだ。
「き、貴様ら一体何をいって!?」
「金出せって言ってんだ! この屑野郎! 金置いてさっさと何処へでも消えろ! お前の命なんてどうでもいい! 俺はお前の金にしか用はねぇ!」
「あんたの持ってる宝物全部よ! あるもの全部寄こしなさい! そして、山奥で一人膝抱えて一生岩の間にでも引きこもってなさい!」
俺達の方がはるかに屑だった。まさか魔王相手に屑行為をしかけるとは思わなかったよ。
「何と強欲な人間め! させぬ! 我の魔力でこの貴様らごとこの鎖を砕いてくれるわ!」
魔王が杖に魔力を流し始めたのか、杖が紫色に怪しく輝く。
だが、俺はその場から離れるどころか、逆にその杖を握りしめた。
すると――。
「な!? 余の杖が砕けた!?」
「悪いなぁ……魔王。俺、杖に魔力流すと杖が俺の魔力に耐えきれなくてぶっ壊すんだよ。おかげで俺は借金まみれなんだよなぁ……。その上リリカル・マジカル・ベアナックルなんてふざけた名前つけられてなぁぁあああ!」
魔王が信じられない物を見るような目で杖と俺を行ったり来たりする。
俺はその杖を砕いた手で魔王の顔をつかみ、ギリギリと力を込めていった。
「さて、何を砕くって? 自分の杖だったか? それとも自分の頭か!? あぁんっ!」
「ヒィッ!?」
魔王の杖を奪い、自由を奪い、戦いは完全に俺達の勝利だった。
でも、俺達の夢を砕いた元凶をそうそう許すことは出来ず、俺はさらに脅しをかけている。
魔王は大人に怒られた子供みたいな顔でビクビクしながら俺達の顔を見ていた。
そんな魔王の怯えた顔を見た瞬間、俺とシャリーはハッと我に返って、顔を見合わせた。
やり過ぎた。落ち着こう。ここまで怯えられたら意固地になって、決死の覚悟で反撃に転じたり、自殺したりするかもしれない。
そうなれば、魔王は逃げてくれなくなる。
もともと、大会を続けさせるためにやってきたんだ。魔王も生き延びてくれないと大会自体がなくなりかねない。
「「持っている物全部置いて、故郷に帰りなさい」」
俺とシャリーは自分達の目的を思い出して、頷き合うと、子供をあやすような優しい笑みを一緒に浮かべて、諭すように語りかけた。
もうこんな悪いことはしてはいけない。争いは無益だ。殺しは悲しみを広げるだけで何も残らないと、物語の主人公のようなことを言うように。
「「さもなければ、このまま殺すよ?」」
「ひぃっ!?」
もう一度魔王の頭の近くに俺達は得物を突き刺した。
失禁する魔王に威厳も戦意も残されていなかった。
俺達の脅しに屈した魔王はありったけの魔法の道具、金、宝石の入った宝箱の位置を吐き出した。
とはいえ、精々中身は五千カラド金貨程度。とてもシャリーの借金には届かない。
「ちっ、しけてやがる。魔王の財力もこんなもんかよ」
「何が魔王よ。魔王ならもっと貯め込んでおきなさいよ」
メチャクチャなこと言っている俺達に魔王はさらに縮こまっていた。
これじゃあどちらが魔王か分からない。
ただ、とりあえず、これで俺達の目的は無事に達成出来た。
「ほら、もう帰って良いよ」
「うん、もう怒ってないから早く帰って」
まるで子供を叱り終えた先生や親みたいに、俺とシャリーは優しい声音で魔王に帰るよう促した。
「ほ、本当に?」
救いにすがるような表情を浮かべる魔王の頭に俺はそっと手を置く。
大人しくなってしまえば意外と可愛い顔をしていることに気付いた。
カワイイは正義と言うけど、俺は少しだけ優しく出来る気がして、ニッコリと微笑みかけて――。
「気が変わると殺しかねないので、早く帰ってくれないかな?」
「ヒィッ!? 帰ります帰ります! ちくしょおおおおお! おぼえてろよおおおおお!」
慌てて逃げ出す魔王を俺達は遠い目で見守っていた。
二度とこの時のことは忘れない。
次会った時、またたかれるように。そう思った俺達は間違い無く勇者ではなかった。




