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強化と狂化の魔法

 一方その頃、レオンは防衛隊を率いてクレーターだらけの草原で魔王軍と戦っていた。

 戦況はハッキリ言って非常に悪く、人間側は数で押さえ込まれている。


「くっ! なんてことだ! 僕が来るまでにこんな激しい戦闘が!」

「ハハハ! 誰かは知らんが人間相手に張り切った奴がいるようだなぁ!」


 斧を担いだ巨牛ミノタウロスが高笑いしながらレオンと相対する。


「死ねぇ! 勇者レオン――ゴフォァアア!?」


 だが、ミノタウロスの頭は突如飛んできた火球によって吹き飛ばされてしまった。

 そして、クレーターを生み出すほどの大爆発を起こす。


「ふん、このシルフェン・スタインであれば、張り切らずにこの程度の雑魚殲滅してやりますわ」

「シルフェ君! 君の魔法の痕だったのか! さすがだね!」


 レオンは全ての試合を見ており、シルフェのことも知っていた。

 彼女は大きな戦力になる。獅子王決定戦の準決勝では見事な魔法を披露したし、この平原を荒れ地に変える魔法を撃てても不思議ではない。

 だが、とうのシルフェは少し困惑していた。


「いえ、私、今さっきのが最初の魔法ですが……。私、先ほどこちらについたばかりですわ」

「なら、一体誰が? そうか! 魔王の仕業か!?」


 この場にいる人間も魔物も誰も知らなかった。

 レオンの推測は半分正しく、半分間違っている。

 この荒れ地を作ってしまったのは、この時、賭け金を全て失い、泣き崩れているエストだと言うことを。



 魔王は暴れ回る魔物達を本陣から眺め、満足そうに笑みを浮かべた。


「ふふ、どんな強者がいるかと思えば、レオンだったか。我の部下を苦しめてきた男、さて、あやつはここまで来られるかな?」


 そう口では言っているが、内心では無理だと笑っていた。

 圧倒的な物量による飽和攻撃。

 わずか五千の人間に対して、魔王がかきあつめてきた軍勢は十万。今までにないほどの圧倒的な戦力差だ。

 幾度かの戦争で毎回最後まで生き残った人間とはいえ、これほどの物量であれば羽虫を潰すよりも簡単に潰せる。

 勇者という忌まわしき存在が消えれば、この世界は自分の物だ。そう思うと笑いが抑えきれなかった。


「ハーハッハッハ! 良いぞ! そのまま蹂躙するのだ!」


 だが、魔王の表情は高笑いのまま固まる。

 突然、自分の軍勢が七色の光に包まれ消失したのだ。


「で、伝令! デュラハン将軍率いる万騎部隊消滅!」

「で、伝令! サイクロプス将軍率いる五千部隊消滅! 跡形もなく消えました!」


「な、なんじゃとおおおお!?」


 とても間抜けな魔王の叫びが戦場に鳴り響いた。

 その後も各部隊が壊滅したという情報が次々に報告が上がる。

 一体何があったのか、その目で確かめようと魔王が陣地を出ると、視界に映る二人の人影を見て、戦慄を覚えた。


 黒い髪の少年と少女が剣と鎚を片手にやってくる。だが、二人は人間には見えなかった。


 吐き出す息は白い煙のように広がり、人とは思えない赤く煌めく眼光を発している。

 それなのに口は裂けているのではないかと思うような笑顔を見せていた。

 それは間違い無く二人の放つ殺気が見せている幻覚だったが、魔王はユラリユラリと近づいてくる二人にどうしようもなく、気圧されてしまったのだ。


 二人が人というよりかは、魔王の座を奪いに来た新たな魔神のように見えるくらいに。



 俺はシャリーと一緒に戦場に辿り着くと、自分達に身体能力の強化魔法をかけた。

 これで簡単に俺達は敵の攻撃を受けなくなる。

 けど、身体能力の強化は保険でしかない。

 魔王軍は見渡す限りの視界を埋め尽くすほどいて、一匹一匹物理で潰すなんて時間はない。


「エスト、正面に邪魔なゴミがいっぱいいるよ」

「そうだな。ちょっと道のゴミを掃除しようか。エクスプロード」


 剣を振り、火の玉を飛ばすと、目の前にいた全ての魔物が消えた。

 おそらく今ので五千ほど消えた。でかい一つ目の魔物が何か叫んでいたけど、聞き取れなかった。


「エスト、右から馬に乗った動くゴミが来るよ。燃やせるゴミかな?」

「そうか、それは燃やせるゴミだな。念のため電気で焼いておこう。エクレールランス」


 シャリーに言われた方へ剣を向けると、雷の槍が騎馬兵の中央に突き刺さり、敵の集団を塵に返した。

 だが、地上の敵はただの陽動部隊。本命は上から来た。


「油断したな人間!」


 蝙蝠の翼を生やした魔人が空から俺達を強襲する。

 前ばかり見ていて上を忘れていた。

 なんて油断する訳ないだろう?


「うふっ、あはっ……あはは。アハハハハハ!」


 シャリーがピクピクと痙攣すると、奇声のような笑い声をあげた。


「私にも出番あったああああ!」

「なんだこの人間――ごぼぉっ!?」


 蝙蝠男の顔にハンマーがめり込み、地面にめり込むほどの勢いで叩きつけられる。

 殴ったシャリーは血まみれなになったハンマーを肩に担ぐと、空を舞う蝙蝠男を可愛らしい笑顔でみあげた。


「次はだぁれ? 私、今とってもあなた達で遊びたいの。あ、そうだ。あなたボールになってくれないかな? キャッチボールしましょ?」


 そして、地面に埋まっていた蝙蝠男を引っこ抜くと、野球でトスバッティングでもするかのように蝙蝠男を空に向かって打ち上げた。


「ヒッ!?」

「えへへー。ダメだよー。ボールはちゃんと受け止めてくれないとー。キャッチボールにならないよ? それともボールは友達って知らないのー?」


 シャリーは壊れていた。俺達にかかった魔法は身体の強化魔法だけじゃなくて、精神の狂化魔法も間違えてかけたのかも知れない。

 その証拠に、シャリーが《ボールは友達》と言ったが、シャリーの打ったボールだったものは、蝙蝠男の友達だったものかもしれない。言葉の通りだと余計酷く感じた。

 これじゃあボールは友達だよ、じゃなくて、友達はボールだよ、だ。

 ちょっとシャリーを正気に戻さないとな。それに、俺も敵を消し飛ばすなんて暴れすぎた。

 二人でちょっと落ち着かないと。


「ダメだよシャリー。こいつらはボールじゃないよ。お金の塊だよ?」

「お金の塊ー?」


「そうだよ。ギルドにこいつらからはぎとった素材を持って行くと、金に換わるんだ」

「そっかー。エストは賢いねー」


「まぁなー。だから、大事に殺さないと。お金に換えられないだろう?」

「なるほどー。さすがエスト。頼りになるなー。賢いなー」


 たいがい俺も壊れていた。


「な、なんだこの人間!?」

「逃げるぞ! 魔王様に報告だ!」


 俺達がよっぽど怖かったんだろう。蝙蝠男達は俺に背を向けて逃げようとしている。

 でも、このまま逃がすわけがないだろう?

 だって、お前らは金なんだぜ……?


「星霜束ねし理のステラ・カテナ!」


 重力で相手を縛る鎖が全ての戦場に張り巡らされる。

 手足や翼を絡め取られた魔物が次々に動けなくなり、その場にうずくまっていく。


「エスト、もう良いかな? こいつら全員素材にしちゃっていいかな?」

「あぁ、金稼ぎの時間だ」


「アハッ! アハハハハハ! 一体いくらになるかなぁ!」

「一体ニビ銀貨一枚くらいさあ! ハハハハ!」


「あははは! なら全部倒せば金貨一千枚くらいかあ!」


 シャリーが笑いながら動けない魔物をハンマーで撃ち砕いていく。


「そうだなあ! お前の借金返すにはちょっと足りないけどなあ! 超残念だわー! ハハハハ!」


 俺も負けじと剣を振り抜いて、魔物を仕留めていく。


「でも、金貨千枚あれば美味しいご飯がお腹いっぱい食べられるよお! 私ミートソースのたっぷりのったパスタが食べたいなぁ!」


 二人の歩く前には真っ赤な鮮血が散る。


「俺今夜はステーキが食べたいなぁ! 分厚い肉!」


 二人の歩いた後には魔物の肉が積み重なった。


「フフフ、エスト、お肉がこんなにいっぱいあるよ? 魔物のお肉っておいしいのかな?」

「やめときなー。腹壊すぜ-。俺それで一日トイレに引きこもったから」


「あらあら、エストってばおっちょこちょい」


 悲惨な思い出も今なら笑って言える。

 あぁ、この気持ちを魔王にぶつけたくて仕方無いなぁ。


「あははは! 魔王どこかなぁ!?」

「はははは! こういうのは大概手下を潰していけば相手から出てくるんだぜー!」


「そっかー! それじゃあそれまでにお金一杯稼がないとねー!」

「そうだなー! ボーナスタイムってやつだ!」


 俺達のいる光景は紛れもなく地獄絵図だった。

 俺達を罵る魔物も、助けを求める魔物も全て等しく息の根を止められる。

 気付けばクレーターには魔物達の死骸が積み重なり、血の池みたいな様相を呈していた。


「あ、エストー、あっちに何か陣地みたいなのが見えるよー?」

「そうかー、あそこが魔王の陣地かー」


「エスト、魔王は殺しちゃダメだからねー?」

「あれ? ダメなの?」


「だって、魔王討伐隊の契約金でカラド金貨一万枚が貰えるんだよ? 魔王が死んじゃったら、魔王討伐隊の契約金もなくなっちゃうよー。あはは、ばかだなーエストは」

「なるほどー、あはは、さすがシャリーは賢いなー」


「それほどでもあるけど、照れるよエストー」


 焦点の定まらない目と横にゆらゆら揺れ続ける首、そして、感情のこもらない笑い声と言葉。

 俺達はもう完全に壊れていた。



 レオンとシルフェは荒野のど真ん中で呆然と立ち尽くしていた。

 いや、二人だけではない。都市防衛に参加した全ての兵士が武器を手から落として震えていた。

 魔王よりもよっぽど恐ろしい物を見ている気がしたのだ。


「あ、あれ、エストとシャルロッテですわよね?」

「だと思うのだけれど、別人のようだね。あのS気満載なエスト君も好みだが……あれは近寄れないね」


「一体二人に何が起こったんですの?」


 エストの魔法で戦場のいたる所が爆発し、巨大なクレーターが空いていく。

 そして、気付けば草刈りでもするかのように、二人が楽々と魔物を駆逐し始めた。

 とても近寄れない。魔王軍を狩るための魔王が降臨した図にしか見えなかったせいだ。


「何か大切な物を失い、怒りに身を任せているのかも知れない」

「大切な物?」


「そうだ。人は何か大切な物のためになら、いつも以上の力を発揮出来る。もし、彼らがそんな状況なら、今の強さも……納得は出来ないが、理解は出来る。覚醒したんだってね」

「覚醒というよりも暴走にしか見えませんわ……」


「……そうだねぇ。この僕が近づきたくないと思ったのは彼らが初めてだよ。というか、ここのクレーターって彼らだね。どちらにせよ近づいたら巻き込まれるかもしれない」

「みたいですね……」


 どちらにせよレオン達は遠くから見守ることしか出来なかった。

 人は後にこの戦いをシュトーレン地方の悪夢と記したという。

 地獄の門が開いたとか、最後の審判が一部前倒しされたのかとか、不可思議な記録が残されているらしい。

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