賭け金の行方
囮になったレオンがいなくなると、確かにドラゴンやハーピーの群れの大部分が移動しはじめている。
だが、全部を引きつけることは出来ないようだ。何匹かの魔物は闘技場に降りてきている。
「きゃああああ! 来ないでええええ!」
「シャリー!?」
こだまする悲鳴の中からシャリーの声を聞こえた。
魔物に襲われたのか!? やばい、あいつはずっと鍛冶士しかやってこなくて、魔物と戦ったことなんて無いはずだ。
ハーピーは単体でそこまで強くないけれど、普通の人が襲われたら間違い無く殺される。
「シャリー!」
助けないと! そう思って振り返った瞬間、ハーピー三匹がシャリーに襲いかかっていた。
そして、血しぶきが舞い、シャリーが真紅の血にまみれた。
「イヤアアアア!」
「ギャアアアアス!」
「イヤアアアアア! 来ないでえええええ!」
「ギャアアアアアス!?」
「イヤアアアアアアアアアアア! エスト助けてええええ!」
「ギャアアアアアアアアアアア!?」
シャリーが染まっていたのはハーピーの返り血だった。
走り出した俺の足が止まるぐらいに俺の頭は活動を止めた。
シャリーの美しいフルスイングが的確にハーピーの頭を叩き潰しているんだ。
イヤアアアって悲鳴じゃなくて、かけ声だったんじゃないかと勘違いする光景なんだけど。
助けても何も、助けて欲しいのは敵の方だと思うぜ……。
「って、ドラゴンいるの忘れていた。さすがに不味いか!」
ドラゴンの咆哮で我を取り戻した俺は、魔法を使って観客席まで飛び上がると、血まみれになったハーピーをハンマーでなおも叩き続けるシャリーの前に降り立った。
「俺、このまま帰ろうかな……」
怖いよ! 近づけないよ!
死んでるハーピーさんがぐっちゃぐちゃになって直視出来ない状況になってるよ。
誰かモザイクを用意してくれ。それか見せられないよの看板!
と、とりあえず、声だけかけてみようかな? 出来るだけ遠くから……。
「シャリー! 助けに来た!」
「あっ! エスト!」
俺に気付いたシャリーはようやくハンマーを振るのを止めて――。
「怖かったああああ! 怖かったよエストおおおお!」
「お前の方がよっぽど怖かったっての!? この惨状を見ろよ!」
俺のつっこみでシャリーが周りを見渡すと、きゃああ!? と可愛らしい悲鳴をあげた。
「なにこれ!? 私がやったの!?」
「そうだよ! その爺さんのハンマーで」
「嘘ぉ!? 私戦ったことなんてないよ!? それともお爺様が守ってくれたとか?」
「いや、そんな感じじゃなかったけど。……ん? まさか、シャリーお前ずっと鎚を振ってたって言ったよな? 包丁よりもずっと多くって」
「え? うん」
「鎚を振り続けて、実は力だけはメチャクチャついたとか……?」
「なんてこと!? 自分の才能が怖いわっ!」
「メチャクチャ怖いな! お前それで泥棒の頭殴ろうとしてたんだぜ!?」
って、こんなことをしている場合じゃない。
本当に一体何が起きたんだ? 魔王軍でも攻めてきたのか?
俺の疑問に答え合わせをするかのように実況者が叫ぶ。
「魔王軍が襲来しています! 王城までみなさん避難してください!」
本当に魔王軍が来ていた。
そう言えばレオンが狙われていると言ってたな。やっぱり勇者が育ちきる前に潰すという戦略で攻めてきたのだろうか。
「シャリー、俺達も逃げるぞ」
「待って。エスト、その前に助けないといけない人がいるの!」
「え?」
シルフェのことかな? あいつなら学院のみんなをまとめて避難しているのをさっき見たけど。
「賭博屋の元締め! 私達のカラド金貨470枚!」
「ああああああああああ!?」
雷でも落ちたかのような衝撃だった。
俺は急いでシャリーを抱えると、観客席の窓から一気に屋台街へと飛び降りて、賭博屋の前に降り立つ。
「いないっ!?」
だが、賭博屋の元締めはテントだけを残して、影も形もなかった。
「ま、まだだよ! 王城に向かう道の中にきっといるはず!」
シャリーはまだ諦めていなかった。
俺はシャリーを抱えたまま逃げ惑う人達の中を駆け抜け、賭博屋の元締めを探してみる。
だが、俺はあの賭博屋を見つけることは出来なかった。
その時、シャリーがある人物を見つけて、叫ぶ。
「あの人! 賭博屋の隣にいた屋台の人! 賭博屋の元締めがどこいったか分かるはず!」
「なんだって!? よっしゃ!」
希望が繋がった。
見つからないと思っていたけど、隣にいたならきっと今も近くにいるはずだ。
せめて賭け金だけは取り戻さないと。
「すみませんおじさん! 賭博屋のおじさんどこ行ったか知りませんか!?」
「あぁ!? あいつなら魔物襲撃があった瞬間、馬に乗って逃げていった やけにでかい袋を持って目立っていたから間違いないよ!」
でかい袋に入っている物が何かは容易に想像がついた。金だ。
「どこに逃げたか分かりますか!?」
「あぁっ!? ドラゴンに食い殺されたよ!」
ドラゴンに食われた? 金貨の入った袋ごと?
「あああああああああ!?」
「うわあああああああ!?」
逃げ惑う人の波の中、突然泣き崩れた俺達におじさんは怪訝そうな表情を見せたけど、すぐに前を向いて走り去って行った。
「ああっ……あああああああ!? 俺の生活は!? 人間らしい食事はどうなるんだあああああああ!?」
「嘘だ! 嘘だあああああああ!? 私の二万カラド金貨はあああああ!? 借金の返済はあああああ!?」
金を持ち逃げされたんだ。魔王軍襲来のどさくさに紛れて!
俺が勝った時に得られた4万7千枚のカラド金貨も、賭けた470枚も全て持って行かれた。
俺達が必死になってようやく掴みかけた明日の希望と夢が全て奪われたんだ。
俺達がどんなに必死に取り返そうと思っても、既に金貨はドラゴンの胃袋の中で吸収されてしまっているだろう。
俺達の金は跡形もなく消えてしまったんだ。
「酷い! 酷すぎる……うあああああ!?」
「こんなのって……こんなのって無いよ……あんまりだよおぉぉおおお」
俺達は抱き合ってボロボロに泣いていた。
もう何も考えられないくらいに泣き叫んでいた。
この世の終わりがやってきて、もう死ぬ直前みたいな絶望で、俺の心が死にかけていた。
「あ、あれ!? エストール選手とシャルロッテさん!? こんなところにいちゃダメですよ! 早く逃げないと!」
「そうですよ。魔王軍がやってきたのです。大会運営委員の一人として、参加者をこんなところに置いておけません」
実況と解説の二人が俺達を見つけて、困ったように声をかけてくれた。
でも、俺達はその好意を受け取ることが出来ずに、ただ泣き続けていた。というか、泣くことしか出来なかった。
「魔王が来なければ本当に良い大会だったのに……」
「そうですね……レオンさんが魔王を撃退さえしてくれれば、きっとまた再開できますから。その時のために早く逃げて下さい」
魔王を撃退すれば、獅子王決定戦が再開出来る。
その言葉を聞いた瞬間、俺とシャリーの涙が止まり、お互いに顔を見合わせた。
それはもう酷い顔で、見るだけで噴き出しそうになる状態だった。
まるで俺達が最初にあったあの日みたいに。
ボロボロで真っ暗な気分に沈んでいた俺達の表情と心だったのに、俺達は出会ってから輝き出した。
その輝きをお互いの顔の中から見出したんだ。
「シャリー……俺、思い出したんだ」
「そうね。私も今思い出したわ」
俺達はいつのまにか大事な初心を忘れていた。
気付けば金の魔力にとりつかれ、違う目的を抱いていたんだ。
そうだよ。俺達は金持ちになるためにこの大会に参加したんじゃない。
「俺は単位とシャリーの剣のために」
「私は剣の力を証明して、借金を返済するために」
シャリーはあんまり変わって無かったな……。
でも、大事なことを思い出せた。
俺達にはまだやることがある。
「二人ともどうしたんですか!? 早く逃げないと!」
「そうです。魔王軍はレオンさんと街の防衛隊に任せれば、大丈夫ですから」
こんな俺達を心配してくれる二人には悪いけど、行かないといけない場所が出来たんだ。
「ごめんなさい。俺達やることがあるんです」
「とっても大事なことなんです」
俺達の覚悟に二人は一体何を? と尋ねてきた。
そんなものは決まっている。
「「ちょっと魔王を退治してくるので、大会の準備しといてください」」
何の迷いも無く、淀みもなく、俺達はそう言い切った。
「「それと賞金カラド金貨1万枚!」」
俺達はまだ終われない! 終わらせない!




