最悪の出会い
俺は放課後のバイトを増やした。
というか、どうせ受からない実技の時間の授業も削ってでも、バイトを増やした。
理由はたった一つ。とてもシンプルな答えだ。
金がない。どうしようもないくらいに金がない。金がないなら稼ぐしかない。
だって、魔法を使おうとするたびに、金貨数枚分の杖が爆発四散していくんだ。
前世の日本の資産価値に照らし合わせば、金貨一枚が一万円くらいだろうか。一度魔法を使おうとするたびに数万円が飛ぶ。魔法使いが魔法を使う度に赤字を抱えるんだ。
だから、俺はそれなりに危険で儲かるバイトをしていた。とはいえ、前世の記憶を持っている俺からすると割と馴染みのある仕事だ。
もう、もろにゲームの世界。冒険者ギルドが管轄している魔物退治が俺のしているバイトだった。
今日は昼からリザードマンを十体倒してきて、戻ってきた所だ。
すると、ギルドのお姉さんが愛想良く笑いながら挨拶してきた。
大人っぽい雰囲気の綺麗なお姉さんな上に、わざとらしく開いた胸元から大きな胸をのぞかせている。もう姿を見るだけで眼福な人だ。
「やほ。エスト君、今日も大漁だね。さすがうちのエース」
「おかげさまで、今日の報酬で新しい杖が買えますよ」
「なぁに? 今日ももしかして素手で倒してきたの? 相変わらず凄いわね。このまま冒険者になって欲しいわー。絶対有名になれるわよ?」
「いやですよ。俺はアランドール学院を卒業したら国付きの魔法使いになって、地質調査とか言いながらのんびり旅行して、たんまりと給料もらうのが夢なんです」
「本当にもったいないわねー。こんな面白い力なのに」
お姉さんがクスクス笑うのも無理はない。
魔法使いが素手で戦うという時点で、この世界ではかなり非常識らしい。
いや、確かに前世の記憶でもマジカル八極拳を使う人はかなり非常識だったな。
そう考えてみると、素手と魔法の組み合わせは確かに非常識なのかもしれない。
「えっと、リリカル・マジカル・ベアナックル! だっけ? エスト君の使う魔法って」
「そんな愉快な名前つけてないよ!?」
「何言ってるの一番最初に聞いた時にそう言ったじゃない? そんな非常識な魔法があるんだと思って忘れられないよ」
「例として出しただけなんだけど、俺も非常識の仲間入り果たしてたかぁ……」
実際、俺はかなり非常識な戦い方をしていた。
授業で砕け散った魔法の杖を握り締め、敵を殴る直前に魔力を込めるんだ。すると、魔法の杖が俺の魔力に耐えきれず、爆発四散するから、その爆発を魔物の身体に密着させてダメージを与えられるんだ。
ゼロ距離な上に魔力自体は強いから、大体どんな魔物もそれこそワンパンで倒せてしまう。
でも、それって全然魔法使いじゃない。魔法武闘家とも言えるけど、パンチしか出来ない武闘家って残念過ぎるだろう。
魔法使いでもなければ武闘家でもない。
ちなみに、剣を振るっても、無意識に溢れ出る魔力が剣を砕いて使い物にならなくする。
剣士にも転職できなかった俺は数ヶ月間、拳が爆発するだけの魔法使いっぽい何かでしかなかった。
マジカル・リリカル・ベアナックルとか言われて、もう一度転生するために死にたくなる。
俺が使える杖さえあれば、俺はもっとちゃんとした魔法使いになれるはずなのになぁ。
だが、落ち込んでいる場合ではない。俺にはやらなくてはならないことがあるのだ。
絶対に負けられない戦いの火ぶたは既に切られているのだから!
「俺の話は良いから早く報酬をお願いします。俺、そろそろ行かないと」
「あぁ、そっか。そろそろだったね。はい、どうぞ」
「ありがとうございますっ! 行ってきますっ!」
「エスト君、負けないで!」
「はい!」
負けてたまるか! 昨日は遅れをとったが、今日は絶対に負けない。
何としても勝ち取るんだ。俺の残された全体力を賭けてでも、掴み取らないといけない物がある。
今手にしたお金と同じくらい大事な、俺の命を支えてくれる相棒とも言える存在を手に入れなきゃいけないんだ。
そんなラスボスからお姫様を取り戻しに挑むような気分で俺は目的地へと向かって猛ダッシュしている。
そして、目的地の建物前に辿り着き、外から窓の中を見てみると、そこには俺の求める物があった。
大きな袋に満杯につめられたそれは、銅貨のつまった袋のようにもみえる。鈍い輝きを発しているように見えるのは俺の錯覚かもしれない。
あぁ、錯覚じゃなかった涙で視界がにじんでいるんだ。涙で光が散乱して輝いて見えたんだ。
そのこと自体にも泣きそうになったけど、俺は店の扉を開け、一直線に目標へと駆け寄り、手を伸ばす。
「よっしゃ! 今日は俺の勝ちだ!」
俺が何度目かの勝利宣言をしたその時だった。
「ラッキー! 今日も私の勝ちね!」
隣から女の声が聞こえて、俺の手とその女の手が目的物の前で触れあったのだ。
俺達の手はほぼ同時に袋を掴み、引っ張り合った。
「俺が先に手をつけたんだぞ!?」
「私が先よ!?」
獲物に食らいついた犬のように俺達は互いの手を離さなかった。
一体どんな犬が俺の獲物を横取りしようとしているのか、睨み付けて追い返そうかと思って見てみると、一瞬目が点になった。
信じられないくらいかわいい黒髪ロングの女の子が袋を掴んでいる。
目がくりっとしていて、小動物のような愛嬌がある顔だ。
街で見かければ今の子すげー可愛かったとテンションが上がるところだが、今この場では俺の敵でしかない。
目的の物を手に入れるための超える壁なのだ!
「というか、さっき今日もって言ったな!? まさか、俺が来た時にパンの耳がなくなった日はお前が!?」
「そういうあんたは今日はって言ったってことは、私が来てもパンの耳がない日はあんたが!?」
酷い話だが、俺達は二人して無料で配られるパンの耳をもとめて争っていた。