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19/29

宴の始まり

 そして、ついにやってきた決勝戦当日の朝。

 俺達を借金生活から解放する日がやってきた。

 決勝戦の敵はもちろんレオンだ。

 レオンも挑戦者達を軽々あしらい、大体ワンパンKOで勝ち進んでいる変態だった。

 なかなか熱い勝負になるかもしれない。もしかしたら、苦戦するのかもしれない。

 そうシャリーに思われたのだろうか? 彼女は何故か鍛冶に使う鎚を会場に抱えて持ってきていた。


「シャリー……今更だけど、何でハンマー持ってきてるの?」

「お爺様にも見守ってもらおうと思って」


 あぁ、そうか。シャリーはお爺さんが好きで鍛冶士になったんだ。そのシャリーが持っている鎚はお爺さんが誕生祝いで作った一品で、ある意味お爺さんの分身とも言える。

 シャリーは自分の作った剣が一番になる瞬間をお爺さんに見せたいんだろうな。

 どう? 私もお爺様みたいになれたよって。


「私が大金持ちになる瞬間をっ!」

「台無しだ!?」


「それとお金を盗もうとする人から身を守るためにね。全力で振れば追い払えるよね?」

「多分、頭割れるんじゃないかなぁ!?」


「なら、安心だね!」

「爺さん泣くぞ!?」


 やっぱりおかしいよこの子。シルフェ、こんな子に憧れちゃダメだよ……。

 良い人なところもあるけど、基本的におかしいぞ……。


「大丈夫お爺様なら笑ってよくやったと言うわ」

「お爺さんも頭おかしい人だったの!?」


 朝から元気なのは、きっと普通の朝ご飯が食べられたからだ。

 パニーニ食べられたんだぜ。野菜も肉もパンの中に詰まってるんだ。祭りみたいな味がした。

 この決勝戦が終われば、ついに俺もちゃんとした食事に毎日ありつける。

 ようやくパンの耳から解放される日が来るんだ。

 長かった……。本当に長かった。

 そして、参加者用のゲートの前に辿り着いた俺達は一旦足を止めた。


「エスト、応援してるから」

「あぁ、絶対に勝ってくる」


 短い約束を済ませて、ゲートに入ろうとすると、シャリーに手を掴まれた。

 こんなことは今までなかった。一体どうしたんだろう?


「ねぇ、エスト、エストが勝ったら、エストはもう家から出て行くの?」

「え? そういえば、全く考えてなかった」


 そもそも寮から追い出された理由って学院をぶっ壊してしまうからだし、あれ? お金が入っても変わらない?


「シャリーが良ければ、居候を続けたいんだけど」

「そっか。いてくれるんだ。良かった」


 シャリーがホッとしたように笑う。

 離れるのが寂しいのか? こうやってたまに不意打ち気味に可愛いところを見せてくるから、ドキッとさせられるんだよなぁ。


「これで家賃が貰えるんだね。私大家さん!」

「そっちかよおおおお!?」


「大丈夫、お金はあるでしょ?」

「俺の純情返せよおおおおおお!」


 嫌な意味でドキッとさせられたわ。

 ちょっとでも可愛いと思った少し前の俺を張り倒したい。


「緊張とけた?」

「へ?」


「朝ご飯食べたときからフワフワしてたから。朝から人間らしい食事をとって浮かれるのは分かるけど、賞金と賭け金が戻ってくるまで安心しちゃダメなんだから」

「あー……。悪い。確かにちょっと浮ついた」


 本当によく人を見ているよ。

 全く、こういうところでは敵わないな。


「それと家賃も冗談。エストがいてくれると、それだけで楽しいから、お金を貰うのは逆に申し訳ないよ。結構儲けさせてもらったし」


 初めて見たかも知れない。

 シャリーが真っ当に俺に照れてくれている姿を。ほんのり赤くそまった頬と照れてちょっと下手くそな笑みになった顔を。

 やっぱり可愛くてドキッとさせられるんだよなぁ!

 さっきの俺、過去の俺を張り倒すのは止めなさい。寛容の精神を持って接するのです。


「俺もシャリーといれば退屈はしないな。そのためにも、勝ってくるよ」


 俺達は拳をトンと合わせて、それぞれの道に分かれた。

 こうまで言われて負けられる訳がないよな。

 あいつの笑った顔を俺だってもっとずっと見ていたいんだから。



 闘技場に辿る道の中で、会場から響く大歓声が聞こえた。


「Aブロック代表、ラストスタンド・レオン選手!」


 レオンの名前を連呼する観客達の声だ。


「レオン! レオン! レオン!」


 さすが一番人気。他国で勇名を轟かせた新世代勇者といったところか。

 中身は変態だけど。


「きゃあああ! レオン様あああああ!」


 黄色い声援も飛ぶ。イケメンだし格好良いよね。

 中身変態だけど。


「レオン! 今日はおはだけしろよ!」


 野太い声の大合唱が聞こえる。

 周りも変態に囲まれているのか!?


「続けてBブロック代表、リリカル・マジカル・エストール選手!」


 俺の番か。

 さすがにレオンみたいな歓声は期待出来ないだろうな。

 いや、少なくとも二人はいるか。

 暗い通路から明るい会場へと出ると、一際元気な声が俺の名を呼んだ。


「エストー! がんばれえええええ!」


 ハンマーを抱えながら立ち上がって叫ぶシャリーがいた。

 それともう一人。


「エスト! 勝ちなさい! 私の上にいるのはあなただけで十分よ!」


 シルフェも応援してくれている。

 これだけで頑張れる気がした。と思ったら――。


「エスト! エスト! エスト!」


 会場の一部が俺の名前を連呼し始めた。どこからと思ったら学院の制服を着ている集団がいた。

 まさか学院総出で応援に来てくれるとは思わなかった。全く聞いてなかったからメチャクチャ驚いたよ。理事長さん憎い演出をしてくれてありがとう。


 パン屋の店長が言うとおり、ちょっと気恥ずかしいけど、心強いよ。


「死ねえええええ! このハーレム野郎!」

「シルフェン様にあなたは相応しくないのよ! この犬野郎!」


「ギルドのお姉さんにも手を出しただろおおおお! この浮気野郎!」


 これは応援……なのか?

 ののしりに来たというか、レオンの応援なんじゃないのかこの集団……。

 理事長さんのこと憎むぜ……。

 というかギルドのお姉さんとは何もねえよ!?


「エストール選手は学院の中でも人気者のようですね」

「ですね。学院中から認知されているようです」


「あんた達の耳と頭どうなってんの!?」


 この実況者と解説者もおかしいだろう。

 シャリーに類は友を呼ぶとか言われたけど、この混沌は俺が呼び寄せているの!?

 会場入りして早々酷い目にあった俺がげんなりしていると、レオンが髪をかきあげながら笑った。


「ふっ、やはり僕の目に狂いはなかった。エスト君、君は人の中心にいるべき人間だ」

「いや、確かに中心にいても、囲まれて棒で叩かれている側だと思うんですが……」


「それはさぞかし気持ちよさそうだね。羨ましくて、ゾクゾクするよ。身体が火照ってくる」

「あんたやっぱりどうしようもないくらいに変態だな!?」


 試合開始前に脱ぎ始めようとしてるぞ。審判も止めてやれよ……。


「だからいきなり脱ぐなっ!?」

「ふっ、言葉は不要か」


「言葉がなくても突然脱ぐ時点で変態だよ……」

「良いだろう。君がそういうのなら、僕も君に合わせてゆっくり自分をさらけ出していこう」


「言葉通じていない! まぁ、いいや。どうせあんたは金貨四万枚のための踏み台だ!」


 もう強制的に黙らせる。

 一秒でも同じ空間にいたくない。速攻で終わらせてやる。


「レオン選手の言う通り、もはや二人について語ることはありません。いくつもの国を魔物から救った新世代勇者レオン! その相手は誰がここまで残ると予想したか!? いや、誰も予想しなかった! 流れ星の如く現れ、全ての者の目と心を奪った流星の魔法剣士エストール! 試合開始いいいい!」


 泣きそうだった。

 実況者が初めてまともな称号をつけてくれた。

 でも、泣いている暇は無い。試合はもう始まったんだ。

 まずは強化魔法を――。と思ったその時だった。

 俺とレオンの間に目も眩むような大爆発が起きたのだ。真っ赤になった目の前から炎が俺を飲み込もうと襲いかかってくる。


「アイスウォール!」


 咄嗟に氷の壁を自分の周りに展開して炎を避ける。

 レオンのやつ、全く魔法を出す気配がなかったのに、この威力の魔法を発動出来るというのか?

 と思ったら、レオンの方も盾で身を守っていた。

 今のはレオンの魔法じゃない? となると一体なんだ!?

 突然の爆発に戸惑う実況と解説、何故か陰る会場の中、そして、雷鳴のような方向が鳴り響き、皆が天を仰ぐ。


「ドラゴン!?」


 龍の群れが空を旋回していた。

 そして、そのドラゴンの背中から何か鳥の様な物が飛び降りてくる。


「エスト君、それだけじゃない。ハーピーもきた」

「一体何が!?」


「どうやら、魔王に僕の居場所がばれたかな? 全く手荒い出迎えだ。エスト君ここは僕が囮になって何とかする。君は逃げろ」

「あ、おいレオン!」


 突然の魔物の襲来。慌てふためく会場に、避難勧告を出し続ける実況者と解説者。

 楽しいお祭りは一気に地獄の様相と化した。

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