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パンの耳が繋げる仲

 準決勝の試合後、俺はちゃんと約束を果たすことにした。

 シルフェとシャリーと一緒にお茶会を工房で催すのだ。

 となると、お茶会にはお菓子以外にも食べ物が欲しい。

 ということで、俺達は応援メッセージをくれた熊のパン屋にお邪魔することになったのだ。


「店長、約束通り来ましたよ」

「ん、エストが勝ったか。おめでとう」


「ということで、パンの耳を貰いに来ました」

「勝ったなら買えよ……」


 と言いつつも、パンの耳をちゃんと用意してくれて、袋を渡してくれるから、優しい人だ。

 熊パン新登場ってあるし、可愛い物好きな面もあるんだよなぁ。


「よし、パンの耳も手に入ったし、帰ろうシャリー」

「そうね。欲しい物は手に入ったわ。店長さん今日もありがとう」


「お前ら一人でも厄介なのに二人揃うと最悪だな!」


 いつものやりとり過ぎて、店長はもう怒る気力もなくなっているらしい。

 慣れって怖いな……。


「というか、店長応援メッセージくれた?」

「あぁ、読まれたんだなあれ。追伸まで読まれたか?」


「完全に宣伝だったろ」

「そりゃお前、こんだけパンの耳を持って行き、廃棄を持って行くなら、宣伝くらい手伝えっても罰はあたるめぇ。決勝戦にも応援メッセージ送って良いか?」


「止めて下さいよ。結構恥ずかしいんですよあれ?」


 俺はそう言うと、店長は違う違うと首を振って、俺の肩に手を置いた。


「エスト、俺は思うんだよ。応援してくれる人がいるって思えるのは良いことだって。例えどんなに恥ずかしくても、誰かに思われていると思えることが、勇気に繋がることだってある」

「店長……」


「そして、俺はこうも思うんだ。お前が恥をかいて、店に客が来るのなら安いもんだとな」

「そりゃあ、店長は恥かいてないもんな!」


 店長なんでちょっと辛そうに言うんですか!?

 パンの耳のせいでこんなことになるなんて予想もしていなかったぜ。

 本当に何か買っていかないと次は本当に宣伝だけになりかねん。


「やっぱりエストの周りは賑やかですわね」

「おろ? そこの嬢ちゃんは?」


「申し遅れました。私、シルフェン・スタインと申します。以降お見知りおきを」

「おぉ、こりゃどうもご丁寧に。好きなパンを買っていってくれ」


「ありがとうございます」


 店長が俺達には向けなくなった笑顔をシルフェに振りまいている。

 ここまで嬉しそうな店長の顔を俺達は数週間見ていなかった。


「なぁ、シャリー、どうして俺達は店に入る度に、あんな嫌そうな顔をされるんだろうな?」

「気心知れた常連さんだからよ。私達は他の人よりも一段高いステージにいるんだと思うわ」


「一段所か底抜けて低い位置にいるわ。このパンの屑どもめ。たまにはちゃんとパンを買って行けよ頼むから」


 言われなくても知ってた。

 はぁ、仕方無いな。


「シャリー、熊パン三つ買って帰るか」

「そうね」


 これでちょっとは機嫌を直して貰って、明日以降もスムーズにパンの耳を貰えるように――。


「いらっしゃいませお客様」

「態度が百八十度変わった!?」


 うわっ!? 眩しいまでの営業スマイルだ!?


「こ、これがお客様への対応……今までの私達は何だったの……?」

「お金を払わず、パンを持って行く奴は屑です」


「にこやかな顔して怖いこと言い始めたよエスト!? パンの耳だけ貰って帰った時の不機嫌そうな顔の方がまだ接しやすい!」

「お前ら二人揃うと本当に最悪だな!」


 それでも店長は怒ることなく、呆れて笑っていた。



 工房に戻った俺達はシルフェの入れてくれたお茶を楽しんだ。

 笑いながらお金を払って買ったパンの味はやっぱり格別だった。

 そして、シルフェも初めての買い食いに心躍らせ、両手で大事そうにパンを握り締めながらゆっくりゆっくり食べていた。

 一方でパンを食べ終わった俺とシャリーはパンの耳をかじり始めていた。


「エスト、シャリーさん、それおいしいの?」


 シルフェはパンの耳なんて食べたことないんだろう。

 不思議そうにパンの耳をかじる俺達を見つめている。


「お腹に入れば一緒だな」

「そうね。お腹が膨れるのが一番大事よ」


 最近ちょっとマシな食生活をしたせいで、辛くなってきたけど、やっぱり手放せない。量だけはあるからな。


「シャリーさん、私も食べていいかしら?」

「どうぞどうぞー」


 いつの間にか普通に会話しているシャリーとシルフェを眺めていると、何か自然と頬が緩んだ。


「味がしないですわ……よくこんなのでお腹いっぱい食べようと思いますわね」


 俺もそう思うよ。

 シャリーもうんうんと力強く頷いている。


「貧乏だからね! それにお腹は味が分からないから、味がしなくても大丈夫なんだよ」

「……確かに。どんな食事をとっても、お腹で満腹感は感じても、味を感じたことはないですわね。高級食材でも胃の中に入れば一緒と言いますが、廃棄品も食べられれば一緒なのね」


「エストー……私、泣いて良いかな? 今夜の晩ご飯に残りのお金全部注ぎ込んでも良いかな?」


 この二人、一緒に並べて大丈夫かな……。シャリーがうらやましさから壊れないか心配になってきたぜ……。


「涙じゃなくてヨダレたらしてるから……」


 はからずともシルフェによるリベンジ成功といったところか……。

 大金を手に入れてもこの関係性は変わらないような気がしてきたよ……。

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