準決勝決着
シルフェと俺はほぼ同時に自分の得物を抜いた。
そして、シルフェが取り出した杖を見て、俺は思わず「は?」と声を出した。
シルフェが使っている杖はいつも学校で使う杖じゃない。
150センチと小柄なシルフェを超える180センチの大杖。先端には五色の宝珠が埋め込まれている。
杖に埋め込まれている宝珠は魔法の属性と深く関係していると言われている。
シルフェの杖に埋め込まれた宝珠の色は赤、緑、青、茶、そして白。
闇以外の五属性を操る杖を持ち出して来た。
「シルフェ……お前その杖は……」
「スタイン家の家宝、天地照らす光ですわ」
なんてこった。俺でも聞いたことがある伝説の杖の名前が出てきた。
その昔、魔王を討伐した勇者のパーティがいたという。その勇者パーティの一人が五つの属性を使う魔法使いだった。
そして、その魔法使いの持つ杖の名前がルクス・カエレクティスだった。
世界で十本しか存在しない五属性対応杖の中で、最古の五属性対応杖と言われている。
恐らく学校で配られる杖なんかとは比べものにならないほど、強い魔法が撃てる。
「それいくらすんの!?」
それなのに一番に気になったのが値段だった。
ちなみにレプリカの偽物はカラド金貨十枚だった。もちろん使おうとしたら壊れた……。あの夜は枕を涙で濡らしたな……。
「カラド金貨三万枚よ。その重みを感じながら敗れなさい」
「……は?」
もはや資金チートじゃねぇか……。何なんだよこの経済格差。
戦う前から崩れ落ちそうになったじゃねぇか……。
だが、俺だってこの試合と決勝戦に勝って、金貨二万枚越えを手にするんだ。こんな所で負けていられるかっ!
「勝負だシルフェ!」
「来なさい。私が勝ってあなたを犬にしてあげるわ」
俺は真っ先に水の魔法を発動させようとした。
シルフェの得意魔法は炎だ。水系の魔法をぶつければ、相殺どころか炎を飲み込んで一方的に攻撃が出来る。
「行け! ハイロドカノン!」
剣先に青い光が輝き、光の中から膨大な水の奔流が走った。
全てを飲み込み圧死させる水をシルフェから少し反らしながらぶっ放したのだ。
だが、俺の放った水は激しい音を立てながら四方に飛び散り、嵐のように会場へと降り注いだ。
「私が炎だけだと思ったかしら?」
シルフェと俺の間に巨大な金属の壁が立ちはだかっている。
水の攻撃魔法にとって相性の悪い土の防御魔法を出されたのだ。
とはいえ、魔力は俺の方が圧倒的に大きいため、金属の壁は大きく凹み、もう一発ぶつければ破れそうだ。
なんて考えさせられた相手は初めてだった。
「炎のイメージが強かったけど、他の属性も全く遜色無く使えるみたいだね」
「当然よ。私はシルフェン・スタインなのですわ。学校の杖では私の力は計れなくてよ?」
シルフェがファサッと髪をかき上げ、杖をこちらに向ける。
そして、五つの宝珠のうち赤い宝珠が異常に光り輝いていた。
「見せてあげますの。私の真の炎を」
いや、火属性の赤い宝珠に隠れているけど、水の青、風の緑、土の茶、そして光の白の全てが輝き出した。
あぁ、なるほど。と思った。
これが出来るのなら、精々二属性までしか使えない学校の杖は玩具扱いされるわ。
「こ、これはあああ! 五属性の宝珠が輝きを放っているー!? シルフェン選手、一体何をしようと言うのだああああ!?」
「混合魔法です」
「混合魔法?」
「はい。複数の魔法使いが杖を重ね合わせ、協力して魔法を発動させる協力技です。複数の属性をかけあわせることで、杖には登録されていない魔法を生み出せるんですよ。例えば炎と土をかけあわせ、燃え盛る岩石を生むといったような技です」
「なるほどー。あれ? 協力技と言いました? それって一人で出来るものなんですか?」
「可能ですが、同時に複数の魔法を発動させる多量の魔力と、力配分を間違えて自爆しないようにする繊細なコントロールが必要です。おそらく出来る人は国中を探し回って、両手の指で数えられるくらいの人数しかいないでしょう」
その十人の内にシルフェは入っていた。
その十人と俺は今魔法使いとして勝負をしている。
魔力を上げすぎて魔法を使えなくなった俺が、ようやく魔法使いらしい戦いに参加出来たと思うと、自然と笑みがこぼれた。
「見せてみろシルフェ! お前の炎!」
「お望みとあらば。食らいなさい! 地割る業炎!」
青、白、茶、緑の四つの光が杖から飛び出すと、まずは大漁の水が雷に包まれた。
電気を帯びた水球は風によって撹拌されながら、黒い岩に包まれ、ゴゴゴゴと地揺れのような音を奏で始める。
そして、最後に飛び出した炎はその不穏な球体を飲み込んだ。その瞬間だった。
鼓膜が破れそうなほどの爆音と空気の揺れが襲いかかってくると、業炎にくるまれた大小様々なサイズの岩、沸騰している電気を帯びた熱水、そして、大地を切り裂く熱波が同時に訪れる。
「こ、これはまるで火山の大噴火です! まさに地を割る業炎!」
「火、風、水、土、そして、光。全ての属性の同時攻撃、しかも尋常ではない魔力です! これほどまでにレベルの高い魔法はそうお目にかけることは出来ませんよ!」
実況と解説の人の言うとおりだった。
だったら、俺も見せてやるしかない。レオンとの戦いに向けて編み出した俺の混合魔砲を!
「なっ!? エストール選手の周りに六色の光が!?」
「ありえません!? 六属性の同時使用を可能にした杖など存在しません! ましてや剣でそのようなことが!?」
「なら、あの光は!?」
「分かりません!」
ここから先は世界初の魔法のお披露目だ。解説なんて出来るわけがない。
俺の魔力とシャリーの魔剣の力、その真の力をようやく見せられる相手が来たことに感謝だ。
「星霜束ねし理の鎖!」
六個の光が交わり弾けた。
すると、会場が一瞬にして闇に包まれた。
そして、闇を照らす無数の星が輝き始めた。
小さい星から大きく映る星まで、宇宙で天体観測しているかのような空間が広がると、星から七色に輝く鎖が伸びて、飛散しているシルフェの魔法を絡め取る。
気付けば闇は消え去り、会場には空中から生えてくるように飛び出し、会場の中央で絡まった鎖が残されていた。
「な、何が起きているのでしょうか!? 今の一瞬の光景は幻影だったのでしょうか!?それにシルフェン選手の魔法は一体何処へ?」
「いえ、魔法だけではありません! シルフェン選手を見て下さい! 手足を完全に絡め取られています!」
「動けないようですね。何かに押さえ付けられるように伏せていますが……プラネさんこれは?」
「すみません。やはりこの目で見ても、一体何が起きているのか、私にも分かりません」
起きあがれる訳がない。
彼女の身体には自分の体重の何倍もの重さが乗せられている。
全ての属性が同時に発動すると、魔法は理に達する。理はこの世界にあまねく存在する物で、例えばその中の一つが重力だ。
闇夜照らす天星の魔剣と名付けられたオルビス・ラクテウスは剣に星の輝きを内包していて、星は重力を生み出す。そうして、干渉出来る重力を魔力で束ねて、七色の鎖として実体化させた。
俺はシルフェの魔法を絡め取った鎖を魔剣オルビス・ラクテウスで切り裂くと、鎖はパリンと軽い音を立てて割れて、シルフェの魔法は残渣すら感じさせないほど消滅させた。
「シルフェ……」
「私の負け……ですわね」
「さっきの話しだけどさ。俺を手に入れてもシルフェは何も変わらないよ」
「……知っています。何度もそうしてきましたから。いくら欲しい物を手に入れても、満たされないのですから」
「だから、まぁ、何というか、ちゃんと友達からやっていこう」
「……え?」
「俺の自由はあげられないけど、自由でいられる時間と場所くらいなら作れると思うから」
俺はそういってシルフェを縛っていた鎖を断ち切って、自由を返した。
シルフェが自由でいたいのなら、嘘もプライドも全て捨てて素顔でいられる場所が欲しいのなら、作ってあげようと思った。
そうすれば俺達はきっと今よりももっと良い関係を築ける。
俺はシルフェの手を引っ張って起こすと、出来るだけ楽しそうに笑って見せた。
「お茶に誘ってくれると嬉しいな」
タダでお菓子も貰えるからな!
なんてゲスなことは考えてないぞ? いくらなんでもそこまで心は病んでない。
今までよりちょっと優しくお菓子をくれたら嬉しいなって思っただけだ。
どちらにせよ病んでるなぁ……。
「今、エストを見ていたら若干寒気がしたのですけれど」
「……気のせいだと思うよ?」
「そう? ならいいけど」
ふぅ、どうやら誤魔化せたみたいだ。
友達になってとか、自由を作るとか言って、その実茶菓子が欲しいなんて思われたら、申し訳なくて仕方無い。
「今までより簡単にお菓子が貰えてラッキー。と思ったのではなくて?」
「何でばれたの!?」
「ふっ、私を誰だと思っているの? シルフェン・スタインよ? あなたを見て来たのだから当然だわ」
「……俺をどんな目で見ていたのか気になるのだけれど」
「犬?」
「やっぱり餌付けって俺のことだったのね!?」
「ぷっ、あははは」
シルフェがお腹を抱えて大笑いし始める。
その大笑いは俺の勝利を告げるアナウンスをかき消すほど、お嬢様らしくない楽しそうで大きな笑い声だった。