新世代勇者と遭遇
何とか会場から抜け出し、廊下に戻ってきた俺はため息をつきながら出口に向かって歩いていた。
「はぁー……酷い目にあった……」
やるもんじゃないなぁ。キャラじゃないことは。
「エストー!」
「うわっ!? シャリー!?」
「ん? 何でそんなに驚いてるの?」
いや、むしろあんなことがあったのに、平然としているシャリーに驚くよ。
でも、シャリーだからなぁ……。
「さっきの実況者と解説の人のからかいはすごかったな」
「あぁー、あれね。どういう意味だったんだろうね?」
「でっすよねー」
やっぱりドギマギしてたのは俺だけか。
冷静になってみると、かなり恥ずかしいことしたな。
「あ、それとちゃんと顔を見て言わないとダメって思ったんだ」
え? そんな改まって言うことって言ったら……、まさかあの大好きってところ?
「宣伝ありがとね!」
「ですよねー……」
「あれ? 何か元気ないね?」
「……何でもねーよ。それより、パン屋にいってパンでも買って帰ろうぜ」
まぁ、それでも、シャリーが嬉しそうなら良いか。シャリーが変に恥ずかしがっていたらそっちの方が気味悪い。
さっさと帰って、飯でも食って気を紛らわせよう。
「あんま簡単に男に大好きなんて言うなよなー。誤解されるぞ」
「ん? うん。別に誤解でもないけど、そういうならそうする」
「本当に分かってるのか? いたっ!?」
シャリーの方を見ながら歩いていたせいで誰かにぶつかった。
「あっと、すみません。余所見をしていて」
「いや、気にしないで良い。それよりも一回戦突破おめでとうエストール君」
「レオン!? さん!?」
次世代の勇者って言われている赤髪のイケメンにぶつかっていた。
次の試合に参加するのか剣と盾、そしてマントと鎧を装備している。
爽やかな笑顔で俺のミスを許してくれているけど、俺はレオンのねっとりした気配を思い出し、思わず後ろに飛び退いてしまった。
「それとも、そこのシャルロッテお嬢様と同じようにエスト君の方が良かったかな?」
やっぱり何かねっとりしてる気がしてならない!?
というか、何故、この人は喋りながらマントを脱ぎ始めたんだ!?
「今日のあれが君の本当の姿、いや、まだまだ柔肌を少し見せたと言ったところかな? それにシャルロッテさんの剣も素晴らしい」
「何で脱いでるんですか!?」
マントの次は鎧に手をかけたぞこいつ!? 留め具を何かやたら丁寧に外していやがる!?
まさかこの人……。
「どうも身体が火照ってしまってね」
変態だー!?
「シャリー逃げるぞ!?」
「待ってくれエスト君! これには理由があるんだ」
「……なんですか? いきなり人の前で脱ぎ出すなんて変態以外の何者でもないじゃないですか」
「美しい女性の前というのはどうしても緊張しないかい? エスト君もシャルロッテさんのような可憐で美しい女性を前にして、緊張したことはないかな?」
「まぁ、……あるかな」
中身は結構残念な奴だけど、外見はハッキリ言ってすごく可愛い。
ドキドキしたことがないと言えば嘘になる。
実際本人を隣にして言ってしまったことに気付いて、またドキッとする。
「そうでしょう? これほどまでに可愛らしいお嬢さんの前なら、緊張して身体が熱くなることだってあるよね?」
「あはは。可愛らしいお嬢さんだって。ちょっと恥ずかしいです。レオンさんもお世辞が上手なんですね」
「いや、本当のことさ。シャルロッテさん、あなたはとても美しい女性だ」
レオンがシャリーの前で跪き、愛を囁く王子様みたになっている。
そんなレオンに対して、あのシャリーが照れている。しかも、言葉遣いが丁寧になっているだと!? 何かちょっと悔しい。
「僕もそうなんだ。可愛い子を前にすると緊張して、ドキドキして、身体が火照って熱くなってしまうんだよ。だからつい着ているものを脱ぎたくなる。ね、これで分かったかな? 僕は変態じゃない」
「わからねえよ!? って、まさか!? シャリーのこと!?」
「ようやく分かってくれたんだね。安心したよ。そう、僕は変態じゃない」
まさかこいつ、シャリーを狙ってるのか!?
俺に近づいて来たように見えたのも、シャリーに近づくためだったのか。
跪いて褒め殺しまでしているし、かなり本気なのかもしれない。
させるかよ。こんな変態にシャリーを渡すものか!
「エスト君、君を見ていると僕は僕を抑えきれないだけさ」
「ぎゃあああああ!?」
狙いは俺だったあああああ!?
たまらず、俺はシャリーの影に隠れて助けを求めてみた。
「あ、分かります! エストって可愛い顔してますもんね!」
シャリーものっからないでえええええ!?
こんな時に天然発揮するのやめてええええ! 俺を見捨てないでええ!
「そうなんだよ。こんなに可愛い顔をしているのに、うちに秘めた力の強大さ。表も中も全てを知り尽くしてみたくなる」
「口うるさいけど、意外と優しくて面白い良い人ですよ」
「君はエスト君の良い所をいっぱい知っているんだね。羨ましいよ」
「ふっふっふー。エストは私の初めての友達ですからね! 一緒に暮らしていますし、パンの耳をかじる貧乏仲間なんです」
「何と羨ましい。僕もパンの耳をともにかじりたいな。いや、エスト君の耳を……コホン、失礼」
俺は反射的に耳を手で押さえてしまった。今なんかやばいこと言ったって!?
シャリー早く止めて!?
「エストのことが知りたいなら、私が代わりに答えますよ」
「そうか。では、まず彼の生年月日、身長、体重、スリーサイズ、筋肉の付き方、嘘をつくときにやってしまう癖なんかを教えてもらえないだろうか?」
「えっとねー、あ、癖って言ったら面白い癖があって」
「止めろおおおおお!」
完全に危ないところまで話が行ってたわ! というかもう引き返せないところまで行っちゃったよ!?
シャリーが俺の事を大切な友達だと思ってくれるのは嬉しいけど、頼むからその変態と俺のことで盛り上がらないで! 泣きたくなるから!
「フッーフッー!」
「おっと残念振られてしまったか。怖い子猫ちゃんだ」
「あんたよくさっきので振られないと思ったな!? どういう神経してんだよ!?」
猫のような威嚇をしたら、鼻で笑われて肩をすくめられた。
やばい寒気がする。
というか、なんなのこいつ!? こんなのが勇者候補ってこの世界どうなってるの!?
「まぁ、大丈夫だ。どうせ君とはまた相まみえる」
「出来れば二度と会いたくないんだけど……」
うんざりしたように答えると、レオンはこらえきれないように笑った。
本当になんなんだこいつ……。
「君が残りの試合も勝利すれば、必ず僕に辿り着く。僕は君とは反対のブロックだからね」
すごい自信だった。勝つのが当然だと言わんばかりに、敗北なんてものは存在しないと言わんばかりに。
「君と早く当たれないことに運命の女神を恨みもしたけど、今日の君を見て僕は考えを変えた。少しずつ君の素顔が見える度、僕の心は焦らされることに気がついた。この気持ちは恋に似ている! 僕は君と戦うことに恋い焦がれることが出来る! 運命の女神に感謝だ!」
「あんたの存在自体が運命の女神のいたずらにしか思えないんだけど!?」
「ふっ、皆がそう言う」
「褒め言葉じゃないと思うぜ……」
こんなのと決勝戦とかマジで嫌なんだけど。でも、戦わないと大金が手に入らないし、我慢するしかないのか……。
「あ、レオン選手! 試合時間ですよ! おや? マントが落ちていますし、鎧がずれていますが、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。すぐ身なりを正して赴く」
「よろしくお願いします」
係員さん! この人の闇に気付いてあげて!?
というか、連れって行ってお願いだから! 俺の目の前に残していかないで!?
「つい長話をしてしまった。では、また会おうエスト君」
「……試合始まるんで、はよ行って下さい……」
「おっと、僕のことをそこまで心配してくれるのか、エスト君は優しいね」
「してねえよ!?」
俺が全力のつっこみをすると、レオンは高笑いとともにようやく去った。
なんかドッと疲れた……。
「エスト大丈夫? 何か疲れているみたいだけど」
「なぁ、シャリー……どうしてこうも俺の周りには変な人ばかり集まるんだろうな?」
「類は友を呼ぶ?」
「……さりげなく俺が変な人にされてないか? 後、それだとお前も変人の仲間入りしてるからな」
「大丈夫。エストが変な人でも私の大事な初めての友達だから」
「そうですか……ありがとな……」
全く、褒めてるんだかけなしてるんだか、どっちなんだろうな。
「んじゃ、その友達が頑張ったお祝いに、何かご褒美を買ってくれると嬉しいんだけど」
「ごめん。それはできない」
「知ってたよ……」
「だから、パンの耳を多めにあげるわ。無くなる前に急ぎましょう」
「マジで!? やった!」
反射的に喜んでしまったことを泣きたくなった。
多少金が使えるから、パンが食べられるようになったのを失念していた。パンの耳も食べているけど、パンの耳以外も食べられるようになったんだった。
貧乏癖が抜けるまで、当分かかりそうだなぁと思って俺は長めの息を吐いた。